この画像を大きなサイズで見る太古の昔から、人類は美しくありたい、かっこよくありたいという欲望を持ち、それを追求してきた。ファッション、ヘアスタイル、化粧など、時代によって方向性は違えど、様々な流行が生まれていたのだ。
当時最先端だった流行も時代が変わると奇妙に見えてくる。ここでは大昔に流行った5つのファッショントレンドを見ていこう。
真っ白な肌を追求した古代ローマ女性の化粧
この画像を大きなサイズで見る古代ローマの女性たち。紀元前20年から紀元20年頃のローマ、セントセレにある邸宅のモザイク画
credit:Alberto Fernandez Fernandez (January 2008) / WIKI commons
ローマの女性の理想は、ずば抜けて白い肌だった。色が白いということは、ほとんど外へ出ることなく屋内で過ごせる、使用人を雇える裕福な身分であることを意味する。
だが、もともとローマ人の自然な肌色は象牙色というよりオリーブ色に近かった。そこで、不自然に肌を白くする方法がもてはやされた。そこで使われたのが、チョークの粉、ワニの糞、白鉛だった。
かのエジプト女王クレオパトラも、美白のためにロバのミルクのお風呂に浸かっていたという。エジプトでは、シワ対策には白鳥の脂や豆の食事、紫外線のせいでできてしまったシミにはカタツムリを灰にしたものが使われた。
傷やにきび隠しのために、よくフェイクのポイントメイクが施され、頬はバラの色素やケシの花びらなどで赤くしたと言われている。
男性のハイヒール
この画像を大きなサイズで見るイアサント・リゴー(1701年)によるルイ14世の肖像。トレードマークのハイヒールを履いている。
image credit:public domain/wikimedia
現在ハイヒールの靴は女性の靴とされているが、昔は違ったようだ。歴史においてはさまざまな時代で男性も履いていた。
kothorniというかかとのついた履物は、紀元前200頃のギリシャの俳優が履いていたもので、8~10センチの高さの木製のコルク底がついたハイヒールだった。
この高さは、社会的身分や、舞台で演じられるさまざまなキャラクターの重要性によって差がつけられていたと言われている。
中世ヨーロッパでは、男女ともパッテンと呼ばれる靴を履いていた。当時の町の通りはぬかるんでいて汚く、その頃の履物は壊れやすく高価だったため、通りを歩くときに靴を壊さないよう、地面に直接足がつかないオーバーシューズ、パッテンを履いていたという。
ハイヒールは、あぶみ代わりにもなるため、ペルシャ騎兵も履いていた。16世紀末から17世紀始めにかけて、ペルシャのシャー、アッバース1世は、共通の敵オスマントルコに対抗するための同盟を求めて、ヨーロッパへ外交官を派遣した。
外交官が履いていたペルシャのハイヒールを見たヨーロッパの貴族は、乗馬のときの実用性は度外視して、男らしさの象徴、ステータスシンボルとしてすぐにそれを取り入れた。
古代エジプトの巨大なかつらやつけ毛
この画像を大きなサイズで見るハトル風かつらをつけた女王イアフメス=メリトアメンの胸像(紀元前1550年頃、第18王朝)
image credit:Captmondo / WIKI commons CC BY-SA 3.0
大古の昔から、人々はあらゆる目的のために、さまざまな被りもの、かつら、つけ毛、帽子などで自分のイメージを変化させてきた。
現存しているかつらは、当時の社会の文化やファッションを反映していて、昔の人たちの日々の生活が垣間見える。
最古のかつらや被りものの記録は、古代エジプトにさかのぼる。かつらを被る理由はさまざまだが、基本的にはこれらは衣装の一部で、とくにエリート階級にとっては、つけている者の社会的地位の高さを示すためのものだった。
気温の高いエジプト地域では、かつて人々は頭や顔を剃り、太陽から頭を守ったり、涼しさを保つためにかつらを被ったと言われた。
そのスタイルはさまざまで、頭を剃るといっても、完全な禿頭ではなくて短い髪を残すこともあった。かつらは単に保護用という意味合いだけではなく、ファッション表現として重要な役割を担い、社会の象徴となったのだ。
2014年、エジプトのテル・エル・アマルナからたくさんの人間のミイラが見つかった。手の込んだヘアスタイルをしていて保存状態も良く、70以上ものつけ毛をつけていた女性のミイラもあった。
ヘナで赤く染められたつけ毛が幾重もの層になって、頭の上に高く飾られていたという。この女性の手の込んだヘアスタイルは、日常的に使われていたかつらやつけ毛の典型だが、今では古代の墳墓から見つかることは非常にまれだ。
歯を黒く染める化粧法、お歯黒
この画像を大きなサイズで見る歯を黒く塗るお歯黒は、東南アジア、太平洋諸島、南米でも見られるが、とくに日本では、美の象徴として行われていた。
お歯黒の起源は定かでないが、日本では古代から存在したとされ、主に民間では明治時代末期まで、東北など一部地域では昭和初期まで、特に既婚女性の風習として見られた。
貴族の女性は歯を黒く染め、17~19世紀の江戸時代までは、貴族だけでなくほかの階級にも広がっていった。
黒い歯にするための伝統的な方法は、鉄漿水(かねみず)と呼ばれる酢酸に鉄を溶かした茶褐色・悪臭の溶液の染料を使う。染料を作るには、まず最初に鉄を酢と一緒に茶または酒に浸す。鉄が酸化すると、液体は黒くなる。
それを口に含むと歯が黒く染まる。黒い色を長持ちさせるためには、一日あるいは数日に一回はこれを繰り返す。
お歯黒を施した江戸時代の人の遺骨を調べると、その歯はまだ黒かったという。
古代エジプトのビーズネットドレス
古代エジプトでは、ファショナブルだと思われることは、とくにエリート階級にとって、日常生活の重要な要素だった。そんな上流階級のファッションの代表がビーズネットドレスだ。
このドレスの芸術性は知られていたが、実物が実際に発見されたのは、1920年代になってからだった。
その名のとおり、すべてビーズを組み合わせて作られた服飾品で、古代エジプトの女性たちのファッションだと考えられている。
例えば、女司祭は頭にビーズの被りもの、首にビーズのカラーをつけていた。上流階級の女性たちは、祝いの席でファヤンス焼き(彩色を施した陶器)のビーズネットを上着の中央3分の1くらいのところにつけていた。
身分の低い女性たちは、腰回りにビーズをつけていたらしい。ビーズネットドレスは、おびただしい数のビーズが菱形模様になるよう配置されて作られていた。
女性たちはこうしたドレスを日常的に着用していたと思われ、ほとんどは墓から見つかっている。これら貴重な衣装は、極めて珍しいもので、現存するものはわずか20着だという。
References:5 Outrageous Fashion Trends from the Ancient World | Ancient Origins/ written by konohazuku / edited by parumo
















今日学んだこと ワニのンコは白い
※1
べつにワニの糞自体が白色の塗料なんじゃなくて、
肉食獣の糞に含まれるタンパク質分解酵素や漂白酵素が
毛穴とかの皮脂汚れの黒ずみを落としたり
シミ・ソバカスの脱色に効果がある、って感じじゃないかと。
日本だったら、ウグイスの糞が同様な美白商品扱いだったり
着物の染み抜きに使われたりしていた。
同じ肉食でも、哺乳類に比べて 鳥類や爬虫類は
尿道と肛門が別れていない総排泄孔で、
糞に尿素(保湿成分)も含まれているそうだし。
ワニの糞は鶯の糞と似た作用があるのかもしれないな
鶯の糞は尿素とグアニンと何かしらの酵素が美白に効くということらしいから、近い爬虫類のも良いのかも
あとお歯黒は虫歯予防も大きいっての重要だと思う
子供のころお習字の時に使う墨汁を歯に塗って「お歯黒~」とか言って遊んでたけど、後年、東京湾で釣ったスズキを食べた時「うぇ~、墨汁臭ぇ」と思って、「あっ、そうか「泥臭い」って墨汁のにおいなんだ!」と思い知りました。
男性のハイヒール、なんか色っぽくて好きかも
せっかくだからもっと突き詰めて男性のピンヒール流行れ流行れ
いずれはここにヤマンバギャルが入ってきそう
>>7
悪霊(男)避けの祈祷、まじないが籠められた淑女のパワーメイクであったとされている
巨大かつらっていうと、昔のヨーロッパの貴婦人が付けてた、船や噴水を編み込んだやつかと思った。
お歯黒は虫歯予防ですよ
>>9
それは後付けの理由
元は公家の習慣で高貴な身分の象徴だから、男もお歯黒してた。
やがて「鉄漿が不味い」「面倒」などの理由で、江戸時代では男はやらなくなった。
女だけが結婚するとお歯黒、子供を産むと引眉をして、
外見で既婚未婚や出産経験の有無を判断出来るようにした。
ただやはり女にも不評だったらしく、江戸の末期ではやりたがらない女も増えていたらしい。
※38
元の平安貴族は、「黒い歯が美しい」というより
「歯なんて粗野な存在は見えない方が美しい」
という感覚だったんじゃないかと思う。
口紅はおちょぼ口に塗り唇を小さく見せるし、
喋る時は扇や笏や袖口で口元を隠したりするし。
逆に、狂人や鬼の描写では、殊更
歯を剥いた表情を恐ろしい形相の象徴として言及する。
昔の室内照明では、暗く塗っておけば
あまり大きく開けない口の中の歯は目立たなかったんだろう。
今でも、日本人女性(特に中年以上)には
笑うとき手で口元を隠したりして、
「大口を開けて他人に見せるのは みっともない」って感覚はある。
>>41
確かに堂々と見せるものでもないですね。
頻繁に表示される歯のホワイトニングの広告が、口元をこれでもかとアップで見せていますが、あれを見せられると不快になるのは自分だけかな?
それも黒く塗ったらどうかと揶揄したコメントを投げても、(広告主に忖度してか)弾かれましたけどね。
ビーズネットドレスおしゃれだな
ハリウッドスターがこれを着てレッドカーペットを歩いていても違和感なさそう
美的感覚なんて本当に曖昧で、明治初期だとまだ「大人の女がお歯黒をしてないのは不気味」という風潮すらあったんだよ。今なら考えられないよね。
江戸時代の吉原遊女もお歯黒してたよ。理由は記事ある通り、お歯黒=貴族風の化粧だったので、染めるだけで高級感あるイイ女になれたから。お客には侍や大臣も多かったから、生まれよく見せることは重要だった。
オリーブ色の肌ってどんな色?
※12
百聞は一見に如かず、
「olive skin」とか「olive color skin」で画像検索して
出てくる写真を見た方が早いと思う。
平均的な肌色(medium)よりも軽く茶色寄りで、
黄色味がかった小麦焼けの肌が出てくる。
地中海方面のラテン系の地黒を指して使うことが多いらしい。
単純な肌色の濃さならアジア系も含んだりするけど、
「オリーブ」のニュアンスからすると、
黄色味のある warm skin(暖色系の肌)よりも
もうちょっと茶緑色っぽい彩度が渋めの地黒っぽいイメージ?
>>12
スペイン人なんかに多い、綺麗に日焼けするタイプの白人が日焼けした肌の色
北方の白人は白いっていうかピンク色してるじゃん?
そういうのじゃない地中海沿岸に多いメラニン色素を作れるタイプの白人の肌色と思ってくれれば良い
髪と虹彩は黒から茶色系
割と東アジア人と似た感じのカラーリングの白人の肌の色を指す
※12
私も検索しちゃった。そしたらオリーブ色って緑やんけ!とショックを受けました。が、 ※16 のおかげで olive color skin を検索してわかりました。
ファッションなんて時代と文化でいろいろ変わりますからねぇ。日本のバブルのころの女性のスーツの肩パッドたるやすげぇ肩幅になってたし、そのちょっと前の女子高生のスカートはくるぶしくらいまでの袴のような長さだったのに、 10 年もするとセーラームーン張りに短くなってパンツ見えそうなくらいになった。ひざ下はルーズソックスとかね。
海外に目を向けると首に金属のワッカをたくさんつけて、首を長くしている人がいたり、下唇にお皿をいれたり、私の好みじゃないけど、その文化のなかでは美しいハズ。
お歯黒は西洋人にはだいぶん不評だったらしいけど、慣れたら美人に感じたハズ
お歯黒は昭和初期までおったよ~ん(私の高祖母)
THE ALFEE の高見沢俊彦は男だけどハイヒール(ロンドンブーツ)履いてます
中世で流行ってた女性胸出しファッションも意味わからんぞ
しかも当時の教会が嘆いて辞めさせるようにしてたし
誰得なファッションだったのだろう
後は現在でも通じるきのこ保護パックもわかれば意味通じるが
ぱっと聞いただけだとただの貞操帯にしか思わんだろうな
※15
それが胸の上部と背中を見せるデザインのことなら、梅毒に感染した痕跡(バラ疹)が無いのを見せて、私は梅毒に感染していませんよとアピールするためだと言われてるね
お歯黒をしていた人は歯が守られてよかったかも。
江戸時代は、白い歯に保つために貝殻の粉や色々な
もので歯を磨いてエナメル質を大分削ってしまったりもしたし。
古代エジプトのビーズネットドレス、今見てもめっちゃオシャレだ
秘密のハイヒールを履いてる男はたまにいるよね
※21
ありがとう 浜村淳です
>>28
どうも。野口五郎です。
お歯黒が虫歯予防ならなんで男はやらなかったのだろうか?
虫歯で〇ぬなんて当たり前の医療レベルだったのに。
>>22
既婚女性中心てことは妊娠出産で歯が弱くなるから、とかかな?
実際には見た目の理由がほとんどで、白い歯を見せて笑うのがはしたないからってことだろうけど
>>22
平安時代の麻呂は確実にお歯黒してる。
戦国時代まではある一定以上の身分の男性もしてたよ。特に名門の血筋の人。
例えば東海一の弓取り今川義元・氏真親子、九州で暴れ回った島津四兄弟(義久・義弘・歳久・家久)とか。
江戸時代になって止めちゃったのは、「さあ?何ででしょう?」としか。代わりに月代に命を懸けだしたようだから、ファッションとはそういうものなんでしょう。
※22
男もしてたよ。
公家はもとより、身分が高い武将も
首を取られた際に見苦しくない化粧をして出陣するのは
マナーに沿った身だしなみとされた。
白い歯は身分の低い雑兵と見なされた。
ただ、戦況が激しくなって、礼儀作法うんぬんよりも
下剋上の成り上がり者みたいなのが増えると、下火になってくる。
一方の女は、江戸時代に入って庶民文化の隆盛で
町人にまで ますます広く普及していった。
逆に江戸っ子の伊達男は、白い歯至上主義になった。
公家的な優美さよりも、いなせが売りだったのと、
吉原通いの際に口が臭い男は嫌われるから
ピカピカに手入れして白くしておくのが粋な通者だったっぽい。
※36 >江戸っ子の伊達男は、白い歯至上主義
「親のすね 齧る息子の 歯の白さ」という川柳がありました。
当方衣装関連の職についているが、16世紀のハイヒールと同様に14~15世紀に流行った「男性の股 を肥大させたパンツ」は面白いなと思っている。
今のように前面にチャックではなく、前面一部がペロンと布一枚外せるようになっているが、男性器のサイズが大きいと見せるためにズボンのパターン自体がその部分だけあからさまな立体になっている。シティーハンターも真っ青のモッコリ。
当然詰め物をしているわけだが、市民階級ではそのモッコリが随分大きかったそうだ。
どの時代でも男の虚栄心はソノ部分に尽きるのだな。
バブルの頃のファッション、今から見ると妙な感じだ。男も女も、みんな水商売の人に見える。
ファラオのミイラのマスクに見られるライディーンみたいな独特な顎髭も生前は威厳を誇示するための付け髭だったり
おしゃれは我慢
おしゃれは苦行
美しさはないものねだり
不自然なまでに歯の白さを求められる現代
中世ヨーロッパで流行った襞襟や奇抜なかつらもかなり奇妙なファッションだよなあ
コッドピース、ブラゲットはランク外か
あれも結構珍妙なファッションだけど