この画像を大きなサイズで見る高山の頂上から、固い雪や激しい急斜面と戦いながら滑降するエクストリームスキープレーヤーたち。命のリスクを顧みず、より困難なルートに果敢にチャレンジし続ける彼らのチャレンジは止まることがない。
そんなエクストリームスキー界のレジェンドとして有名なのが、故ダグ・クームスだ。
彼は今からおよそ14年前に事故で他界するまで、多くのエクストリームスキープレーヤーたちが憧れる滑りに挑戦し、未知の降下を開拓した。
大学でエクストリームスキーの技術を身に着ける
1957年にアメリカのマサチューセッツ州で生まれたダグ・クームスは、同州で育ったが、モンタナ州立大学へ進学し、その時にスキーのスキルを身に着けた。
この画像を大きなサイズで見るクームスは、これまで誰もチャレンジしたことのない数百もの降下に挑んだ他、アラスカへリスキー(リフトの無い頂上にヘリで向かいそこから滑降すること)も開拓。
この画像を大きなサイズで見るスキーという分野を新たなレベルに引き上げ、スポーツの境界を押し広げたと言われたクームスは、エクストリームスキー界ではその名を知らない人などいないほどプロスキーヤーとして有名な存在になった。
超急斜面に挑むクームスの姿
クームスは、80年代後半から90年代にかけて、エクストリームスキー界で大きな活躍を果たした。
彼の滑りは、まるで液体のように滑らかでありながら非常に強く、理解し難い反応速度で自然なターンを伴っており、鋭く働かせた第六巻で自然のリスクを避けるように滑った。
彼は、900メートルを超えた山でも45~50度の傾斜を滑降することをものともせず、完璧なターンを驚くべき速度で展開させる驚くべき技能の持ち主なのだ。
この画像を大きなサイズで見る研ぎ澄まされた五感と鋭い第六感を使って滑降
クームスのスピードや滑降力、鋭い感覚は完璧だったと言われている。彼は、斜面を見ただけで、水がどのように流れ落ちるのかを察し、リスクに気付くと素早くラインから抜け道を見つけ、巧みなスキルで滑降を続けた。
クームスは、プロのトップスキーヤーであるとともにクライマーであり、アルピニストでもあった。多くの山を経験したという事実はもとより、彼には研ぎ澄まされた五感と危険を察知できる第六感が備わっていたようだ。
この画像を大きなサイズで見るでは、極限にチャレンジし続けるクームスが、自らにも他人にも厳しい性格をしていたのかと言うとそうではなく、普段の彼はフレンドリーで明るく、前向きで、何事にも熱心に取り組む情熱的な人物だったという。
この画像を大きなサイズで見るクームスは、心の底からスキーを愛していた
美しくそびえ立つ雪山は、常にその姿を変化させる。あらゆる山々の地形の特徴をほぼ完全に把握していたクームスは、スキーヤーとして滑る時だけでなく、クライマーとして登頂する時にも、体と頭脳を使用し、体脂肪のない鍛えた体で無限のエネルギーを使い、登山にチャレンジした。
また、彼はこれまでのスキー界のレジェンドたちのスキルを一切追わず、独自のスキルを切り開き続けた。そして自身だけでなく、周りのスキーヤーらが新しいスキルを習得し、完璧を求めてチャレンジする姿を見ることが、何より好きだったそうだ。
未開拓の急斜面を次々と滑降したクームスが、自身をプッシュし続けた根底には、スキーをこよなく愛するというシンプルな気持ちがあったからだ。加えて、自然に対して巧みに対応するスキルが備わっていたと、クームスを知る者は話している。
キャンプで彼と話していたら、「最近暫くスキーをしていないから、腕が落ちている気がするんだ」と言ってきたので、「どのぐらいご無沙汰なんだい?」と尋ねたら「5日間」と彼が言ったんだ。その後、みんなで「たったの5日間!」と大笑いしたことがありました。彼は、心の底からスキーを愛していたのです。
1991年と1993年に、エクストリームスキー世界選手権でチャンピオンになったクームスは、1992年にスキープレーヤーの女性と結婚。1993年、ワイオミング州にDoug Coombs Steep Skiing Camps Worldwideというキャンプ施設を開設し、世界中のスキーヤーたちの指導にあたっていたという。
やがて1997年には、そのビジネスをアメリカからヨーロッパへ移したクームス。しかし、キャンプ中だったフランスで、彼は命を落とすことになった。
2006年、キャンプ中に発生した事故で他界
2006年4月3日、フランスのラ・グラーヴでキャンプ入りをしていたクームスは、オフピステで一緒に滑っていた友人がクレバスに落ちた時、彼を助けようとして460メートルほど滑落する事故に遭い、この世を去った。
現場で、クームスは遺体となって発見され、落ちた友人は数時間後に病院で息を引き取ったという。
48歳にしてこの世を去ったクームス。スキー界は情熱溢れる素晴らしいプレーヤーを喪ったと、多くの人が彼の死を悼んだ。
この画像を大きなサイズで見る生前、クームスは複数のドキュメンタリー映画に出演しているが、彼の死後2007年にもドキュメンタリー映画『Steep』が公開された。その中で、クームスはこのように語っている。
私自身は、世界的に有名なプロのエクストリームスキープレーヤーという人生を敢えて選んだわけではなかった。自分としてはごく普通に人生を生きる予定だったんだけど、そうはならなかったんだ。
彼の死から10年以上経った今でも、クームスをレジェンドとして慕うファンは多い。彼の類まれな資質は同業界では唯一無二のものとして、多くの人々から「スキー界の比類なき最高のプレーヤー」と絶賛され続けている。
References:historycoolkids/Instagramなど / written by Scarlet / edited by parumo
















日本人でこの手の滑降と言うと、富士山直滑降とか
エベレスト直滑降しか思いつかないな。
多分、パラシュートを背負ってのスキーが
印象に残っているんだと思う。
毎年、スキー場のコース外を滑って事故やってる熟練スキーヤー様方が出るが
なんたらと天才は本当に紙一重なもんだな
一般的なスキーヤーと同じカテゴリーで考えてはいけませんよ
ダグ・クームスに代表されるエクストリームをやる人は
スキーヤーである前に冒険家ですよ
「なぜ、あなたはスキーをすべりたいのか?」
「そこに山があるから」
人間の限界に挑戦するのは馬鹿みたいに見えるがそういう無謀さに人は勇気を貰らえるからね
彼があんなことが出来るんだから俺もできるって
馬鹿だ馬鹿だと叩くのは一時は気持ちいいしれないがそれは停滞で思考停止そのものだからな
>45~50度の傾斜
経験者なら分かるけど、これ体感だと垂直だよ
凄っ、カッコよ。