この画像を大きなサイズで見る古代エジプトで猫が神として人間に崇拝されていたというのは有名な話だが、今回アメリカの研究で、猫と人間の宗教的関係(?)が明らかになった。
調査によると、宗教を信じる人や教会へ頻繁に行く人よりも、特定の宗教を信仰しない無宗教者の方が猫を飼っている割合が高く、彼らは宗教の代わりとして「猫にたくさん仕えている」ことが判明したのだ。
猫はどちらかというと神に近い存在で、まさに「ネコと和解せよ」なのだ。
猫は非常に神に似ている
オクラホマ大学は、2000人以上を対象に猫を飼う人の特性を調査。すると、信仰心があり週1回以上礼拝する人が平均1.4匹の猫を飼っているのに対し、非宗教者は平均2匹以上の猫を飼育していることがわかった。
猫は「非常に神に似ている」ため、特定の宗教の代わりとして所有されている可能性が高いというわけだ。
今回の発表が、ジャーナル誌『Scientific Study of Religion』に掲載された研究者のサミュエル・ペリ教授は、次のように説いている。
人々が宗教に求めるものの一部は、ペットに求めるものと同じなのではと感じたことからこの研究を始めました。
ペットを所有するのは、私たちがペットを仲間として迎えることに喜びを感じ、彼らと私たちの互いに提供し合う特別な相互作用が大好きだからです。
飼い主が猫に仕える行為は神として崇める思いと同じ!?
複数の点において、ペットは実際に人間の相互作用の代わりを十分果たしてくれる。
しかし、信仰に深く身をゆだねている人や教会を頻繁に訪れる人たちは、既に「社会的相互作用」を十分に得ているため、無宗教者と比較すると猫を飼う必要はあまりないだろうというのが調査で得た結果のようだ。
猫を飼っていないキリスト教信者から見ると、猫は飼い主の愛情を絶え間なく必要とする一方で、飼い主は必死に猫の愛情を獲得しようとし、結果として飼い主が猫に無条件で仕えている。つまりその特性は、猫を神に非常に似たものにしているという。
古代エジプトでは猫は神として崇拝
古代エジプトの時代まで遡れば、エジプト人が猫を崇拝していたことは有名だ。紀元前450年前は、猫を殺した人間には死刑が科せられるほどだった。
また、エジプト神話に登場する猫の神として知られる「女神バステト」は、エジプト神殿の中で最も人気ある神だったそうだ。
そうしたことからも、「猫は神」とする研究も決して的外れではないといえよう。作家で無神論者だった故クリストファー・ヒッチェンス氏は、自身の書物の中でこのように綴っていた。
犬に餌をやれば、犬は人間を神と思うだろう。一方、猫に同じことをする場合は、猫に人間が仕えるため、猫は神という結論を導き出す。
猫は気まぐれで、人間に冷たい仕打ちをしたり愛情を示したりするが、それは時に神が人間にするのと同じものだ。
References:Daily Mailなど / written by Scarlet / edited by parumo














なるほど神は猫だったのね
辛くても報われなくても信仰してる人が不思議だったけど
今とても納得した
自分は無宗教と思ってる人も大抵は何かを信仰してるもので対象がアイドルだろうが二次元だろうが他人が何と言おうとその人にとってそれは神に違いないのだよね
>>2
お前とは美味い酒が飲めそうだ
この推測には違和感がある
高所得者や都市部の人が猫を飼っている比率が高そうだから
所得が高い人ほど無宗教が多い気がする
イタリアとアメリカ以外の先進国では無宗教の人の比率が過半数以上だし
生活に余裕がある人は猫を飼える=無宗教が多いのでは?
※3
まあそう堅く考えんでも。
いいから猫撫でとき
>>3
まあ、統計なんて観察者の意図ありきだからね
人の複雑な要素が絡み合って産み出される行為が宗教と猫の2軸で表せるわけはないな
指摘する収入と宗教の相関関係も抜けてるし、宗教の有無による時間と支出の違いこそが原因かもしれん
もしかしたら宗教している→教会にいくための車がある→車庫付一軒家に住んでいる→猫を飼える、かもしれん
言い出したら切りがないが統計なんてそんなもん
※3
貴方の仰る通り「交絡バイアス」と呼ばれる統計的な誤りの典型例だと思います.
ノーベル賞受賞者数とチョコレートの消費量には相関関係があります.
しかし,これはチョコレートのような嗜好品を多く消費する国は経済的で豊かで,
経済的に豊かな国は教育レベルが高いから生じるものです.
この相関関係を因果関係とみなしてしまうと,
「チョコレートを沢山食べるからノーベル賞が取れる」という誤った結論を導き出します.
この研究者は,統計データの解釈の仕方に関して無知だったのでしょう.
多くの学者が実はそうなのです.
無宗教ではない
猫を崇めているのだ ニャ~メン
結局のところ真に無宗教な人間なんて赤子を除けばおそらく一人もいないからね
※5
「勧誘されてもスルーできるスキル」は、そういうことなんだろうね。
にゃんこに抗うのは難しいけどね!
つまりNNNは、大いなる存在の使徒そのものである、と
有神論者も猫飼ってるだろう
猫が神とか今さらだろ
猫は神であり神は猫である
これは世の理
うちの神が世界一かわいいし他の神は普通に可愛い
>>8
他のネコも等しく愛しい
これは多神教なのか
それとも唯一ネコと数多のその分身の関係なのか
ふわふわクッションなどをイマジナリーネコとして撫で回す行為は
さながら灌仏会で釈迦像に甘茶をかける行為に相当するのか
ネコへの興味は尽きない
> 猫は気まぐれで、人間に冷たい仕打ちをしたり愛情を示したりするが、それは時に神が人間にするのと同じものだ。
ぐうの音も出ない
ネコ
と
和
解
せ
よ
つまりキリスト教の神ってのは信者の愛情を絶え間なく必要とし、一方信者は必死に神の愛情を獲得しようとするものって訳なのか
悪いがキリスト教への理解が遠退いた
Σ(・□・;)なんとー!!な~るだからアテナ=城戸沙織、ヘスティア、駄目神=アクア、エリス、ヘファイストス、フレイア、ミヤハ、ゼウス、ハーデス、ゼルダ、スフィード という神が大好きなワイ 猫好きなんだな その上NNN=猫神というのは本当だったんだな
※12
貴方が多神論者なのは判りました。
※12
アクシズ教徒はお帰り下さい
ヨハネによる福音書で「神は愛である」って文言が無かった?
だから愛くるしい存在(猫)が神に通じる感じるのは納得できる。
面白いジョーダンだが、一理あると思った。
我々が飼い猫にやっていることは、日本人が神棚や仏壇にやっていることとそう変わらないのでは。
単純に神に夢中になる代わりに猫に夢中ってこと
注目の対象が猫であって神にも勝てちゃう趣味・趣向が猫様なんだろう
二ゃッラーは偉大なり
※16なおイスラームの祖ムハンマドは猫が大好きだったという説があるというw
数日前に神父や僧侶には猫様がよってきてほっこりだね みたいな記事ここで見たぞ
猫を守護する神とかいたら、猫飼いの人が信仰するかもね。
>>18
守護神ではないけど、ニヴェルの聖ガートルードという方が猫の守護聖人らしいです。隠棲してた尼僧で、ネズミよけに猫を飼っていたとか。
わかりますよ
我が家にも茶トラ様がいらっしゃいます
幸せでございます
復讐するは我にあり。
ご機嫌を損ねては殴られておりまする。
知ってた
見えぬ神より見える猫
科学の時代になって信仰の多くが死んでいってるけど、猫は多かれ少なかれ生きている信仰だよね、金運アップの猫のひげしかりNNNしかり
①無宗教者のほうが時間がある、だから多頭飼いが出来る。
②猫(あるいはトキソプラズマ)の与える多幸感が、宗教的な癒しの替わりになっているとか?
この場合は猫を飼わない人との比較のほうが優位さが出るはず、だから追試を。
③「高学歴それも学者は猫派」同様に「高学歴(高知能)ほど無宗教」というデータもあるから、これらのワードとの相関も考えないと
猫が気まぐれに膝の上でふにゃり、てした時の感覚、あれが法悦だったのか
無宗教者に信仰を与えるとは猫恐るべし
な、なにー!?ニャンニャンスリスリ
猫好き界の文豪村上春樹大先生が
「人生で大切なことは大体猫が教えてくれる」
「猫を飼えば大抵の悩みは解決する」
と言っていたけど、確かにここで猫と神を置き換えると非常にしっくりくる
キリスト教では猫の扱いが悪いだけでは
※29
これだよな
悪魔の使いとか魔女との関連性があったし
※29
天罰が下ってたよね
うちの馬鹿猫は少なくとも自分は人間だと思ってるのは確かだろうな。
家族と同じことをしたがるからなぁ。
お昼寝の時は家族と川の字になってるし、食事も同じものを食べたがるかな。
うちの父親が宗教が嫌いで猫好きなのはこの為だったのか
まぁ俺は無宗教だけど犬好きだがな
そんな事よりなんで写真のオッドアイ女性が顔にいっぱい点々描いてるのかの方が気になる
※32
描いているのではなく、そばかすだと思う
変なものにかぶれるぐらいなら猫を愛したほうが健全
少なくとも命あるものを信仰するほうがマトモよ・・・。駅前で冊子ばらまいてる某新興宗教にロックオンされてしまいウンザリだし。猫様の下僕なら喜んで受け入れるけど。奴等にはある種の狂気しか感じないし。
はじめに猫ありき!
どの神様も俺に冷たいけど、猫さんだけは今日も優しく温かい。
それだけで充分だよ。
猫と私
=ねことわたし
=礻コトI
∴神
証明終了
インドやケルトのように神同士で争うことはあるだろう。
だが信徒同士が争うことはない。
神は自分の爪以外で信徒の血が流れることを好まない。
下僕よ、争う暇があったらちゅーるとオモチャを持て。
神は、いるだろうなぁと思っている事と、宗教を信じる事との間にはだいぶ差があると思う。さらに、この宇宙にクリエイターなんていないと思っている人々と、クリエイターはいると思っているけれども漫然と生きている人々と、特定のクリエイターの存在を信じていて、その宗教の教義で自分の精神と生活を律している人々と、3種類の人間がいると思う。
どこの宗教だったか忘れたけど(イスラム教だったかな)は預言者が猫好きだったんで宗教的に猫は大事にしてると聞いたよ
でも「動物には魂なんかない」っていう宗教もあるし色々だよね
自分はキリスト教徒だけど、親からの愛に恵まれず、
それで選んだんだ。
神様がどんな人間でも深く愛して下さる宗教だから。
もちろん自分の猫3匹と犬とも愛し合ってるけどね。
飼ってないけど毎日庭で猫様が寝ていらっしゃる。2匹もw
多猫教
※51
多猫教徒だったが諸事情で1猫教になってしまった
また多猫教に戻るべく頑張る
NNNって宗教団体だったのか
(本当かどうかわからないけど)以前何かの本で「猫は飼い主(=人間)を何かの拍子で巨大化した猫だと思っている」と読んだ時、「コイツらとんでもない」と驚嘆したことを思い出した
そうか、やっぱり猫はとんでもにゃい存在だったのか…
Oh my cat!!!
猫が神に似ているのではない。
神が猫に似ているのだ。