この画像を大きなサイズで見るある意味死は平等だ。誰にでも確実に訪れるのだから。
とはいえ、いつどのタイミングで誰に死が訪れるのかを完全に予測することなどできない。
保証された明日なんて本当は存在しないのに、あたりまえのように日常を過ごしていると、死が常に隣り合わせにあるということを忘れてしまいがちだ。
死を改めて意識するのは、親しい人や、有名人の訃報を受けた時だろう。だが、ネット上では毎日のように様々な人の死が記録されている。
遺族や関係者の中には、故人の生前最後の写真を投稿することで、その人が確実に生きていたという証拠をネット上に記録し、多くの人に共有してもらい、故人を追悼してほしいと願う人も多いからだ。
そうすることで残された人々の心も少しは安らぐのかもしれない。
そして我々は、「メメント・モリ」を再び思い出す機会を得る。限りある命なのだから、今を大切に楽しく生きようと。
1. 2001年9月11日(アメリカ同時多発テロ事件)に撮影された、消防士だった、いとこのゲイリーの最後の写真
この画像を大きなサイズで見る2. 祖父が亡くなる前の週、私はこっそりと老人ホームへ彼の大好きなビールを差し入れた時に撮影した写真。彼の人生最後のビールだった。
この画像を大きなサイズで見る3. 息子と娘に別れを告げていた私の親友。彼は膵臓がんで次の晩に亡くなった
この画像を大きなサイズで見る4. 母がなくなった直後に、何気なくグーグルストリートビューで母の家を見た。そこには彼女の生前の姿が記録されていた。
この画像を大きなサイズで見る5. バージンロードで花嫁となる娘の手を引くという願いを叶えた父は、その5日後に亡くなった。
この画像を大きなサイズで見る6. この日兄は、いつもと同じように大学に向かっていった。だがこの日、兄は交通事故の被害者となり、帰らぬ人となった。今でも彼を思わない日はない。
この画像を大きなサイズで見る7. 最近見つかった父親の自撮り写真。面白表情で撮影されたこれらの写真は、彼の古いタブレットの中にあった。父親の生前最後の姿を映した尊い写真だった。
この画像を大きなサイズで見る8. 結婚して69年後のある日。おじいちゃんはおばあちゃんの最後の息がなくなるまでじっと見守っていた。おばあちゃんは95歳だった。
この画像を大きなサイズで見る9. タイで洞窟に閉じ込められた12人の男の子とコーチの救助活動を行っていたサマーン・クナンさんの最後の写真。ボンベの運搬作業中行っていた時、洞窟内通路で死亡した。極限に達した疲労と体温低下が原因だったという。
この画像を大きなサイズで見る10. 弟が銃に撃たれて亡くなる数週間前に一緒に撮った写真。
この日はクリスマスでいつものように家族で写真を撮っていた。
この画像を大きなサイズで見る11. 病室で笑う母の最後の写真。母はこの後歩いて脳外科手術へ向かった。その後膠芽腫(脳腫瘍の一種)が急激に悪化し、帰らぬ人となった。母は最後まで、辛い時でも笑顔でいることの素晴らしさを私に教えてくれた。
この画像を大きなサイズで見る12. 乳がんで余命宣告を受けた花嫁は最後に最愛の人と結婚した。12月22日、コネチカット州の病院のチャペルで式を挙げた。亡くなる18時間前のことだ。
この画像を大きなサイズで見る13. 父は昨日亡くなった。前の週に中国へ旅行し、パンダに会ったことを楽しそうに話していた。これが彼の最後の写真で、私はとても気に入っている。
この画像を大きなサイズで見る14. 祖父が無くなる数日前の写真。鷹匠(鷹飼い)をしていた医師が病院に鷹を連れてきて祖父に見せてくれたんだ。
この画像を大きなサイズで見る15. 集中治療室で撮影した父の最後の写真。父は肝不全でこの後すぐに亡くなった。彼は最後まで笑いを忘れなかった。彼の好きな言葉は「太っているんじゃない。恰幅が良いのだ(fat but good looking)」だった。
この画像を大きなサイズで見る16. 100歳の祖父と、96歳の祖母。祖母が亡くなる直前の写真だ。
2人は結婚77年だった
この画像を大きなサイズで見るwritten by いぶりがっこ / edited by parumo
追記:(2018/12/19)本文を一部訂正して再送します














泣いて最後まで見れなかった…
パルモ姐さん素敵な記事を紹介してくれてありがとう。また今日も精一杯やってくるよ。立ち止まるその日まで。
涙が出てくる
叶うなら、人生最後の写真は笑顔でありたい・・。
15番目の人みたいな死に方正直憧れる
笑って死んでいけるのって良いよなあ
1と9
特攻隊が出撃直前に撮った写真に似ている。
使命感と決意に満ちた表情。
特攻そのものは愚劣極まりないが、この表情にはいろいろ考えさせられる。
悲しすぎて、泣きました。
爺ちゃんと婆ちゃんほんと仲睦まじかったんだなって見ず知らずの人間なのに涙出る
年取って涙もろくなったわい
Googleストリートビューに写っていた、というエピソードは時々あるようだ。
我が家の住所を調べてみたとき、そのとき既に寿命を終えていた愛犬の、まだ元気だったときの姿が写っていた。
残念ながら、その後の更新で写真が変更され、選択できるうちもっとも古い写真でも、そのときの写真まではさかのぼれなかった。
あのときブラウザのスクリーンショットをとらなかったことを悔やんでいる。
>>9
確かヒストリーって機能で過去のも見れるって聞いたことある。今も出来るか分からないけど。。
※61
ウェイバックマシーンも使えたと思う。
親父が末期ガンで自宅に戻った時、何となく写真を撮らねば、と思ってカメラを構えた。けれども、壁からこっそり覗いてしか撮れなかった。ちゃんと撮っていれば…
某掲示板で看護師の人が立てたスレによると
「入院中とかで禁止されている本人の好物をあげると逝く事が凄く多い」
のだそうで
生も死も尊いものだって分かるね。
良い記事をありがとう。
祖母のときは一人で写ってる写真が無くて
あまり話さなかったけどそういう人だったんだなと思った
パンダの画像パンダにやられたのかと思ってしまった
チャールズ・ディードリッヒの「今日という日は、残りの人生の最初の日である」という格言を知ってから、なるべく大切に生きるようにしてる。
自分達が今生きてるって、奇跡なんだよな。
どれもドラマチックな写真だった。
「太っているんじゃない。恰幅が良いのだ」
…こういう楽しくてポジティブな生き方をしていきたいもんだなぁ!
※16 fat but good lookingなら「デブだけどイケてんぜ!」じゃないんでしょうか?
見方を変えれば死を考えることができるのはモータルの特権とも言える
911と洞窟のお二人。本当にお疲れ様でした。ありがとう。そのほかの写真も、胸が締め付けられるよ。
この記事を書いた方、ありがとう!
自分はまだ40代でバリバリだけど
孤独で身寄りもないから
もし死んだら自分の死を少しでも尊重してくれる人がいるだけでありがたい
また、そういう未来であって欲しい
お年寄りの場合は多少覚悟ができているとはいえ
どれもこれも切ないな
大学生の子供が二人いるので、亡くなった若者の写真はこたえる。遺されたお母さんの悲嘆がわかるし、人生まだこれから楽しいことがいっぱいあるのにと思うとね…
11のもの年末に脳外科手術するので他人事じゃねえわ
でも今の判断では良性の確率高いので、ここの住民に
なる可能性は低そうだ。でもそういう時に限って余命
数か月なんてあるんだよな。こればっかりはフラグなんて
ハズレてほしいぜ
>>22
頑張って!
※22
応援、というのもおかしいけど。
勝手に、ここにいるみんなに支えられてる気になっていていいぞ。
頑張れ!
涙で前が見えなくなった…
人は死ぬ、どうせ死ぬ、いつか絶対死ぬ、死は避けられない。
※24
だから一つでも後悔を減らすために生きるんだよ。
膝を抱えてないで一歩踏み出してご覧。
尊いな。
誰一人、面識もないが涙が落ちる。
死は誰にも、絶対に訪れるという意味では平等だけど、どのように訪れるかは平等ではない。
最後の写真は、究極の幸せのひとつだなあ、と思う。
>保証された明日なんて本当は存在しない
3.11の、津浪が来る直前まで宮城県沿岸の会社にいました
そこに勤務してたんじゃなくて顧客との会合のため
九死に一生でした
終末(金曜)だったので、社有車で移動中はのほほんと、
「兄弟の誕生日が近いから明日はプレゼント選びに行こう」とか
「部屋掃除して、ガソリンが半分切ってたな、給油しなくちゃ」とか
そんな「いつもの週末」を思ってました
でも「いつもの週末」はその時永遠に来なかった
人も街も、完全に元に戻るまで数年を要しました
明日、何が起きるかわからないのは本当にその通り
身を以て知りました
刹那的かもしれないけれど、1日1日を大切に生きましょう
平和な明日が必ず来るとは限りません
おじいちゃんとツーショット撮りたかったなぁ
死にたくない。
※32
そうだね。どうなってしまうのか、って考えるととても怖くなる。
でも生まれた瞬間から、そこに向かって動く道に私たちは立っている。
何が悔いなのかは、その時になってみなければ分からないけど、
1日、1日を大切にして生きたい。
別のサイトのキャプションには「Last Photo Of My Grandfather, He Passed Away A Couple Of Days Ago. The Doctor Was A Falconer And Brought His Falcon To The Hospital」とあります。鷹匠だったのは医師の方ではないでしょうか?
逝ってしまった人を思うともっと写真を撮っておけばよかったと思う事は多いな
同じ死でも愛する人に看取られる姿は何だかほっとする
どうせ死ぬのなら幸せに死にたいが、自分には果たしてそんな死に方が出来るだろうか…
バージンロードの写真の「妹」は誤訳?
意味がわかりません
※36
写真を投稿したのが姉で、写っているのが妹の手を引く父親ってことだと思う。
爺さんが「死ぬのは怖くない」言ってたの思い出した
「死んでもあっちに婆さんがいるから」って
本当に大切な人を失うと死への考え方とか向き合い方ってかわるのかなー?
※37
どっかで読んだ話を思い出した。
日本は宣教師の墓場って言われてた時代の話。
宣教師が、「神を信じて毎日祈りなさい。さもないと地獄にお落ちますよ」
と、農民や商人などに布教してたら、
「なら、あんたの神を信じていない死んだ父や母、祖父は地獄に落ちたのか? なら自分は天国になど行きたくない。家族を見捨てて自分だけ天国に行くよりも、家族のいる地獄に自分も行きたい」
と返されて、宣教師たちが何人も改宗した話。
日本人の言ってることのほうが説得力があって、キリスト教の在り方が本当に正しいのか不安になったとか。
どこで読んだ話だったか……。
※40
戦国時代に日本にやってきた宣教師たちの報告書だね
でも「宣教師たちが何人も改宗した」のはウソ
実際は「そういうことを言われた、しかし粘り強く布教し続けたので信者を増やすことができた」って報告だよ
>>40
ごめんあんまそういう美談というか寓話みたいなの信じられないわ。
なんか良いように話を持っていってる気がして本当にあったと思えないんよな…
いや個人の意見だからあんま深く考えないでな。
※40
そりゃ地獄に落ちますよって言われたら怒るわなあ、懸命に生きてきた日本人なら。
永遠を得られると吹き込めば考慮位はしてくれたかも知れないのに。
ただ、日本人は永遠って感覚に疎いから、改めて定義付けしてあげないといけない。
そこで、手っ取り早く永遠とは天国にあるとでも言おうものなら、また日本人が怒り出す。
※37
確かザビエルが本部へ送った手紙
※37
祖母が死んだとき、家族で話したこと。祖母が天国に行って「あなた~、あなた~、来ましたよ~、どこ~?」と呼ばわっても、どうせ祖父は地獄に落ちてるだろうから会えないだろう、、、って、皆で笑ってたのです。大往生だったからこそ言える冗談ではありますが、死とは(苦しみを超えれば)ここからいなくなることに過ぎず、向こうに繋がっているという感覚は大事にしたいものです。
泣いてまう。
紹介してくれてありがとう。
いい記事ですね。😢
タマネギNINJAの群れが俺の部屋でパーティしてやがる。
勝ち組とか、負け犬とか、他者から見た勝手な価値観の押し付けがあるけど、この記事の人たちは間違いなく、自分の人生においての勝者だなと思った。
心揺さぶられる写真がいくつもあった。ありがとう。
タイの洞窟で救助活動されてた方、ご自身が力尽きてしまう前にどうやってでもほんの少しでもいいから休んで欲しかった。遭難した子ども達のことを思うと1秒だって無駄に出来ない(休息は決して無駄ではないけれど)と思っていらっしゃったのだろうか。それでも生きて欲しかったなぁ。
※47
多分だけど、
そういう「自分の命を賭しても~」みたいな美談ではなく、
救助側の事故死って
「自分ではまだまだ大丈夫だと認識している
(現場に臨んでいる興奮状態もあって、疲労を自覚しづらい)
⇒『あ、ヤバイ』と思った時点では
もう体の自由が利かない段階だった」
みたいなパターンが多い気がする。一般の遭難でもだけど。
そういう注意点って、理論上はプロなら重々承知しているけれど
それでもいざ第一線に出ている時は
退き時を見誤って事故につながることも往々にしてある。
>>63
今更ですがコメントついてたので。遅くなってすみません。
はい、63さんが書いてくださったことも分かっているうえでコメントしたつもりだっんですけど、伝わりづらい文章でしたね。補足ありがとうございます。
フィルターかけて美談にして感じ入っているように見えたなら恥ずかしいなぁ。でもこの方の心根は美しかったんだろうなと思うくらいには恥ずかしいやつです。すみません。
※47
例の洞窟はものすごく狭く長くて(1キロだか2キロだか)
プロのダイバーであってもまったくの未知の領域だった
結局欧州から「洞窟ダイビングのプロ」というとてもニッチな達人が来て
ようやく救助が進んだって話
だから無茶をしたわけでも美談でもなく、
単にあまりにも難度が高くて、彼は事故で亡くなってしまったんだよ
良い記事でした
被写体となったすべての人に憧れます
御利用は計画的に。 by日本地獄HD代表取締役 閻魔大王
老衰とか病気なのは流石に先が長く無いのが推測できるけど、
天才や事故や事件で若くして亡くなった人の写真は考えさせられる物がある
寝なきゃいけないのに涙が溢れて止まらないよ
年寄りや病気系は予告というか、それなりの覚悟や気持ちの準備する時間が多少はあるだろうけど(もちろん悲しみが半減する訳ではないけど)不慮の事故とかは本当にある日突然ポッカリ消えてしまうようで特に嫌だな。
自分の大切な人が消えてしまったら、自分がどこまで正気でいられるのか自信がない…
死に際までユーモアや笑いを忘れなかった人に憧れる
本人も辛いのは分かるけどあまりに負の感情に囚われすぎて悲劇のヒロインみたいになっちゃってるのはちょっとなあ
自分や周りを悲しみや苦しみで埋め尽くしたくない
甥っ子が遊んでいる動画をよく撮るのだけれど、少し引いて両親が入るように撮影しています。
きっと、いつかいなくなる両親の何気ない日常の記録は宝物になるだろうから。
やはり人の最後と言うのは、美しく、勇ましくあればあるほど、尊さや伝わるものは何物にも勝らないものだ。
写真だけでも涙が零れたが、皆さんのコメントを見たら涙が止まらなくなった。自分もそういう人間になりたい、素晴らしい言葉が言える人間に。
8と16で涙腺がもう…
私もおばあちゃんになったら、おじいちゃんになった夫と手を繋いで死にたい。そんな幸せな死に方ってないよ。
でも私が先に死んで夫が悲しむのは嫌だな
勘違いしている人多いな
笑って死んだわけじゃない
手術で死ぬと思わなかったんだ
胸に来る
上手く言葉が出ない
毎年交通事故で1000人は死ぬと言われていて、来年死んでしまう1000人は今どこで何をして家族と過ごしたり笑ったりして普通に生活しているのか、自分が1年後に死ぬとは夢にも思わずに。という文を読んで、人の命は本当に儚いし完全に不運を避けることなんてできないって怖くなった。
普通は若さを美しく感じるものだけど、この記事では老いた人こそが美しく、若さはひたすらに悲しい。
※66
方言で、「なくなる」と「みてる」の区別がある地域に住んでいた。
「みてる」というのは「満てり」、つまり用途に沿って徐々に消費していき、所与の容量全部を「満了した」という意味。
例)・「お母さん、ポケットティッシュが無くなった」
⇒「何やってんの! どこに落としたのよ!?」
・「お母さん、ポケットティッシュがみてた」
⇒「そう、じゃあ次のを出しとくわ」
底が尽きたのに「満てた」と言うのが、ちょっと不思議な語感だった。
(実際、役割の「満了」説でなく、わざと逆の意味を持ってくる「忌み言葉」説もあるが。)
前置きが長くなったけど、人が死ぬ時にも
天寿を全うした老人には「みてた」を使う。
これは、若い人が事故や急病で「亡くなった」場合には当てはまらない。「なくなった」だと、まだたくさん余力を残しながら急に失われた悲壮感があるけれど、「みてた」の方が「今まで長きにわたりお疲れ様でした」といった穏やかさを感じる。
記事読んで世の中は老少不定だとしみじみ感じたな
数年前に相次いで他界した祖父母の歌い声と話し声が入ってるカセットが出てきたことを思い出した
もう一人で号泣してしまいましたよ(´;ω;`)
一度しかない他人の生き方に口出しするような人って命は永遠にあると思ってるのかな?
サムネの写真、おじいちゃんの毛布にいっぱいLOVEってあるのにキュンとくる。
可愛くて、そして荘厳。
何十年も愛し合っている夫婦って奇跡に思える。
ちょうど「悼む人」を読んでいたところだ
実家のばあちゃんに電話でもするか・・・
※75
電話くらいにしとけ
俺みたいに息子夫婦が要介護4のジー様と字が書けないバー様の面倒みてくれない、施設も入りたくないって泣いて頼まれて全てを捨てて田舎に帰って介護してるとアタマいかれそうになるから。ジーちゃん子だったはずなんだけど8年もやってるとじーさんの我がままとばーさんの不手際さにイライラしてくることも多くなってきてる。
会った事もない人の死を悲しんだり胸が苦しくなるのは潜在意識下で皆が繋がっているからだと思う。つまり他の人が亡くなる事は自分の一部が無くなるのに等しい。
命って切なくて計り知れない価値がある。
号泣。
この記事が投稿された時、ちょうど祖母が危篤だったので、ページを開けずにいました。
ただ生きて在る、それだけのことが、どんなに素晴らしいか。
会ったことあるなし関係なく、種の如何にかかわらず、いのちって、もう。。。(泣)
なんとなく、その人が最後まで何を大事にしてたのかが分かるような写真ですね。
夫婦が寄り添って写ってる写真なんかは、愛を大事にしてたんだなって思いました。
死ぬときは自宅で家族に見守られながら死んでいきたい。日本の病院は点滴に痛みを緩和する薬剤を混ぜるので意識が朦朧として最後の言葉すら話せない。病院で死にたくない。