この画像を大きなサイズで見るヴィクトリア朝の時代(1837~1901)のイギリスでは、死後故人をまるで生きているかのように見せかけ記念撮影をする「遺体記念写真(ポストモーテム・フォトグラフィー)」が流行していた。とする話を聞いたことがあるだろう。カラパイアでもかつて紹介したことがある。
当時は死は身近なものであり、愛する者を亡くした親族たちは、最期に故人の安らかな顔を写真に収めることで追悼したと言われている。
だが最近の記事によると、当時、遺体を固定させるために使ってたスタンドで遺体を支えることは不可能に近く、ネットに多く出回っている、立ったまま生きているかのように見える遺体記念写真の多くは、実際に生きている人間のものだという。
遺体記念写真にまつわるエピソード
イギリスのヴィクトリア時代、当時の人々は現代の医療なら命を落とすことのない怪我や感染症などで、今よりずっと若くして亡くなっていた。それゆえに愛する者の束の間の人生に意味を与えるべく、趣向を凝らした悲しみの儀式を執り行うようになったのである。
こうした状況が写真の発達と同時に進行したしたことから、遺体記念写真が普及することになったと言われている。
ヴィクトリア時代の人々は、遺体の身なりを整え、専用のスタンドで上体を起こしては、雄弁に何かを物語るかのような写真を撮った。
スタンドのおかげで遺体はまるで生きているかのようで、残された遺族はそれにポーズをとらせて集合写真を撮ることもできた。と言われているが・・・
この画像を大きなサイズで見る実際は生きていた?
遺体記念写真がまるで生きているように見える理由
実は、ヴィクトリア時代の遺体写真の中に、立ったまま生きているかのように見えるものがある理由は明確だ。実際に生きているからだからだ。
スタンドは生者が露出中に動かないようにするためのもの
ポーズをとるためのスタンドは、当時まだ生きていた被写体が長時間の露出に耐えるためのものだ。
当初、写真撮影に必要な露出には30分から1時間かかった。だがこれは風景を撮影するためのもので、人物が被写体になることはなかった。1839年、ダゲレオタイプが発明されると、露出時間は最長でも30秒か1分といったところになった。1850年代には3~8秒だ。
長時間の露出というと、なにか被写体は何時間もポーズを取り続けなければいけないように聞こえるが、そんなことはない。だがそれが1秒だったとしても、写真がピンボケするには十分な時間だ。ゆえにポーズスタンドが必要であった。
この画像を大きなサイズで見る遺体記念写真が不気味に見える理由は当時の現像技術によるもの
遺体記念写真の数々は、どこか気味が悪いために死体だろうと連想される。やたらとかたい姿勢、不自然に見える目、不気味な影などからそうした印象を受けるが、それらは古い写真技術であることを証明するものだ。
昔の現像技術では色が異なって現れ(青い目は白くなる)、顔を明るく見せるために手足の露出が暗くされたのだ。
この画像を大きなサイズで見る当時のスタンドでは遺体は支えられない
ポーズスタンドはマイクスタンドやギタースタンドに似た代物だ。鋳鉄製だが、とりわけ頑丈で重いわけでもない。せいぜい9~11キロといったところだ。
遺体の体重を実際に支えるようには作られておらず、強度が不足していた。本当に遺体を立てかけたら、間違いなく倒れただろう。
当時の資料に遺体を撮影したという記録はない
ヴィクトリア時代と呼ばれる1800年代はそれほど遠い昔のことではない。資料がまだ残っており、当時の人々が家族の遺体を処置していた方法や写真の撮り方、あるいはそれに関する発明といった事柄を詳しく知ることができる。
スタンドの発明者が残した記録にはその用途が記載されており、写真家や被写体となった人々が残したその使い方に関する記録も残っている。
スタンドの挿絵入りのカタログだってある。一体、誰のために作られたものなのかを示す証拠がすべて揃っているのだ。
この画像を大きなサイズで見る生きているように見える遺体記念写真は生者の可能性大
手違いか、あるいは意図的にそう表示したのか、ネット上には生者のものである遺体記念写真が出回っている。
それはヴィクトリア朝の奇妙な習慣と共にSNSはもちろん、信頼性が高いとされるサイト経由で拡散されていったものだ。。
2009年のホラー映画『エクトプラズム 怨霊の棲む家』の中に登場する遺体写真はヴィクトリア朝に撮影されたように見えるが、実際にはスタジオで撮影されたものだそうだ。
もし生きているように見える遺体写真があるなら、それは生きている時に撮影されたものの可能性が高い。特にスタンドを使っている場合には。
カラパイアでもかつて遺体記念写真を紹介したが、生きているように見える写真は、遺体でない可能性が高そうだ。ちなみにwixsiteというサイトではネット上で出回った遺体記念写真のうち偽物であると思われるものが集められている。
関連記事:故人をまるで生きているかのようにポーズをとらせ撮影する、ビクトリア時代の「死後記念写真」
via:skepticink / neatorama / atlasobscuraなど/ written by hiroching / edited by parumo














日本の遺影のルーツだったりするのかな?
しかし完全なねつ造ならそれは最初に嘘ついて担いだ奴は大した想像力だ
遺体という発想はなかった…
あれらの写真から感じた哀切はなんだったのか…
※4
「立っていて妙に生気がある写真はフェイクの可能性大」
と言っているだけであって、
「遺体記念写真という物自体が存在しない」とは言ってなくね?
遺体を立たせたまま支える技術が無いってのが否定根拠なら、
ベッドに寝かせている写真等なら普通に可能だし。
※8
「遺体記念写真という物自体が存在しない」ではなく
「遺体記念写真という風習流行が存在しなかった」可能性があるってことでしょ
それに故人の遺体をモチーフにすることは道徳的な良し悪し抜きにして今でもよくある物だし
※11
イギリスのことは知らないんだけど、19世紀から20世紀初頭のアメリカでは喪の儀式の一環として、遺体の写真撮影を行うことがあった。肖像画代わりにしてたそうな。
手持ちの本には子供の写真しかないので、大人がどうだったかはわからないけど、服を着せて、椅子に座らせたり、ベッドに寝かせたり、親が抱っこしてたり。
生きてるように見せる演出として人形を抱かせてるのもある。
※21
“Sleeping Beauty: Memorial Photography in America”を持っているようだね
ヴィクトリア朝イギリスにおいても、眠っているようにした遺体(特に子供)や、棺桶に入っていたり、花で飾られた葬送の写真というのはある
大人が生きているように座っていたり立っていたりする場合には死んでいないということ
死後硬直したらポーズを取らせるのは無理だし、硬直する前に大急ぎでポーズを取らせたら撮り終わる頃には硬くなって、椅子に座ったポーズだったりすると棺桶に入れられなくなるし……そもそも遺体を使ってこういう写真を撮るのがかなり難しいと思うけれど、どうしてたんだろう?
米5
死後硬直後にポーズとらせりゃいんじゃねーの?
生前写真を遺影としてたら死人の(死後)に撮影されたと勘違いされたってこと?、
※6
記事中に挙げられている検証サイトを見るに、
写真そのものは単なる家族の記念撮影だったり
有名な写真家の芸術作品だったりするだけなのに、
ネット上で適当に「右から○人目は死人」とか
出まかせの解説がついて流布してるだけ
みたいなのが多いっぽい。
この装置『ダゲレオタイプの女』っていう映画に出てきたな
>せいぜい9~11キロといったところだ。
だったら、1~2歳ぐらいまでの乳幼児なら
いけるんじゃね?
アザーズって映画がそういう写真がきっかけでラストの怒涛の大どんでん返しにつながっていったね。おもしろかった。
※12
それだ、自分も連想した
あの映画はムードが良い
写真とか小道具の使い方もそうだし「部屋を移動するとき必ずカギを締める」
このルールがあることでグッと良くなってる
ダゲレオといえばFF
生者が露出中に動かないようにするための幽波紋
カラパイア好きなのは、1度こうして盛り上がったネタでも
もしその後違うかも?って時にちゃんとその説も
取り上げてくれるところだよ
パルモたんのそういうとこが好き~
生きてるぽい死後記念写真は、写真屋のサンプルなんじゃないかね?
「このとおり、故人様も美しいままのお姿を遺せます」ていう。
どう取り繕っても、あきらかに生気の感じられない写真も少なくないのも確か。
遺族がなけなしで大急ぎ肖像画を描いてもらったようなもの、と思うと泣ける。
ピンボケじゃなくて被写体ブレですね
長時間露光が必要なのは現代の様な強い光源が作れなかったのが大きな要因だから仕方なし
でも前の記事でベッドに寝てるものや椅子に座ってるけどあきらかにだれてるもの、棺に入ったものは多分本当に死後写真なんだね…
流行までは行かなくとも故人の姿を残そうってのは結構あったのでは
白人特有なのか解らんけど
偉人の遺体を安置したり
ほんま理解できんわー
※22
海の向こうの人達「即身仏とか、ミイラとはいえ遺体を飾っておくとか理解できんわー」
死後の写真だと思ってた。
不気味だけど不思議と魅力があると思ってただけに
少し残念。
まさかとは思うけど試したのかな?
それで出来ないって判ったとか