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各国政府によってUFOが回収されたと陰謀論者が信じて疑わない10の例

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(著) (編集)

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 上空に輝く奇妙な発光体の目撃証言は無数にあるし、コンタクト寸前だった事例すらある。結局のところUFOって地球に来てるの?来ていないの?という話になる。

 だが、政府が墜落した宇宙船を回収し、異星人の宇宙船やテクノロジー、あるいは遺体を回収したとい言われている例はいくつかある。ここで挙げるのは、信ぴょう性に乏しいものもあるが、陰謀論者が政府がUFOを回収した証拠であると主張している例である。

10. パラダイスバレー事件:1947年、米アリゾナ州

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 その言い出しっぺはUFO作家フランク・スカリーであることもあり、かなり疑わしい。しかし彼はきちんとしたUFO研究家で、たまにあえて偽情報を流しているのだと、スカリーを弁護する人たちもいる。

 事件のあらましはこうだ。1947年10月、狩りを計画していたセルマン・E・グレイブズと友人らはウォルト・セイラー宅に到着。しかしセイラーによると、計画していた目的地は軍によって立ち入り禁止になってしまったという。

 少々興味を引かれたグレイブズらはそこにある鉱山へ向かってみることにした。鉱山からは立ち入り禁止区域を一望でき、軍の様子をつぶさに観察することができた。大勢の兵士が天文台の上部にあるような「大きなアルミ製ドーム」の側にいるのが確認できた。

 後年、グレイブズはスカリーの書籍を読み、それが墜落したUFOであったと確信したという。スカリーによると、ある退役軍人が軍に宇宙船を報告したのだという。グレイブズはその人物はセイラーのことであると信じている。彼もまた元軍人だったのである。

9. キングマン空港付近でUFOが墜落:1953年、米アリゾナ州

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 1953年5月21日、アリゾナ州キングマン空港から13キロ北東の地点で未確認飛行物体が墜落したと報告があった。軍はただちに一帯を封鎖し、機体を回収。それらは悪名高いネバダ州エリア51か、オハイオ州ライトパターソン空軍基地(証言にばらつきがある)に搬入された。政府は極秘裏におよそ40名の専門家を集め、回収した機体の調査に当たらせたという。

 その中の1人、アーサー・スタンシルの証言によると、調査では「飛行物体は時速1900キロで墜落したが、ダメージはなく、人間が作ったものでないことは明らか」と結論づけられたという。

 また「形状はティアドロップ型で、流線型の葉巻に似ていた」らしい。レオナード・ストリングフィールドという別の科学者は、船内を覗き込むと、「銀の金属スーツを着た人間のような生物の遺体が4体」確認できたと証言している。

8. カラハリ事件:1989年、南アフリカ

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 1989年5月7日、正体不明の機体が南アフリカの領空に侵入。迎撃に出た空軍機によって撃墜され、カラハリ砂漠のボツワナとの国境付近に墜落したという。

 軍はすみやかに機体を回収。墜落現場では、一部の砂と岩が激しい熱のために融合していたが、砂をかけ直して墜落の跡は隠蔽された。

 情報をリークされた新聞によれば、機内に乗員2名が発見されたため、なめらからかで銀色に輝く機体に設けられていたハッチをこじ開け中に進入。乗員はまだ生きており、両名ともに細い体にピタッとしたワンピースで構成されたスーツを着用していたらしい。頭部は体に比べるとかなり大きく。身長は122~152センチほどであった。

 一説によると、アメリカ政府は回収した機体と異星人の遺体の引き渡しを交換条件に、南アフリカ政府に核技術を供与したという。実は3人目の異星人も存在しており、こちらはアメリカに知らされることなく南アフリカ政府が身柄を確保したままであるという噂もある。

7. 砂漠で無人のUFOを回収:1958年、米ユタ州

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 シリウス機密情報公開プロジェクトによれば、1958年、ユタ州の砂漠某所にUFOが墜落。軍によって回収され、異星人のものであることが判明したという。

 しかし異星人の遺体は発見されなかったようだ。であれば、そもそも軍はなぜそれが異星人の機体と断定できたのかという疑問が浮かぶ。

 実は以前にも似たような事件が起きていたという可能性もあるだろう。あるいは機体がドローンあるいはAIが操作する無人機であった可能性もある。

 その機体に関しては、「技術的に卓越」しており、当代随一の航空技術者によって解析されたが理解の及ばない代物であったという。それでも「膨大な技術的データ」を入手することができた。それがどのようなデータだったのか、また現在それが応用された技術があるのか……今のところ推測するしかない。

6. バーウィン山事件:1974年、英ウェールズ

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 公式には地震と隕石によるものと発表されたが、伝えられるところによると、ほぼ40年後に公開された政府の機密記録によって、これがUFOとの遭遇であったことが確認されたらしい。

 1974年1月23日午後8時30分、英ウェールズのバーウィン山脈で巨大な爆発が発生。爆発によってマグニチュード3.5の揺れが観測され、英国地質調査所は地震である可能性が高いと発表した。しかし付近の住民は納得しなかった。

 UFO研究家のマーガレット・フライは現場に赴き、付近で聞き取り調査をおこなった。彼女によると、誰もが振動を起こしたと思われる爆音を耳にしており、地震という発表を信じている人はほとんどいなかったという。

 また、ある住民は当時現場付近を運転しており、山腹に脈動するオレンジの輝く物体が見えたと証言。さらに地元のホテルオーナーによると、現場に軍が殺到し、現場付近の森は完全に封鎖されてしまったという。

 また別のUFO研究家トニー・トッドは、この件に関して内部告発者とのコンタクトに成功したと述べている。その人物は生きた異星人を最先端の化学コンテナに入れてポートタウンに運搬したと証言したそうだ。ポートタウンはUFOと陰謀論で有名な町である。

5. アズテック墜落事件:1948年、米ニューメキシコ州

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 1948年3月25日、米ニューメキシコ州アズテックで墜落したとされるUFOについては、長年完全なでっち上げだと考えられてきた。

 例のフランク・スカリーによれば、飛行不能となったUFOが米軍によって回収され、2週間かけてさまざまな基地に搬入されたという。だが、おそらく最も疑わしく思える情報は、墜落現場で16体の異星人の遺体が発見されたというものだ。

 一件はこれまで幾人もの研究者によって調査が進められてきたが、それを裏付ける証拠が2015年にスコット・ラムゼー、スザンナ・ラムゼー、フランク・セイヤーの著書によって明らかにされた。

 彼らによれば、公開された機密文書の中で噂を裏付ける記述が発見され、さらにかなりの目撃者が口外しないよう脅されていたとの証言も得られたそうだ。

4. グディニャで発見された奇妙な生物:1959年、ポーランド(ソ連)

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 冷戦の最中にあった1959年、ソ連の衛星国であったポーランドにおいて「輝く物体」が港の海の中に墜落するところが目撃された。

 報告によると、墜落した機体の残骸をポーランド海軍が発見し、調査が行われたが、特に何も発見されなかったという。それにも関わらず、港周辺は軍の管理下に置かれた。そして数日後には「奇妙な影」が海中から這い上がり、衰弱して砂浜に横たわったという報告が上げられた。

 その「男」は謎の言語を話し、顔には酷い火傷を負っていたという。またユニフォームのようなものを着ていたが、地元の病院で検査する際に脱がそうとしても、ファスナーの類が見つからず、また素材が薄く柔らかい一方で金属のように丈夫であったため、脱がすことができなかった。

 男の最後や、彼が本当に異星人であったのかどうかについては、いくつか証言に食い違いが見られるが、どうやら発見後まもなく死んだようだ。遺体はモスクワの地下防空壕に安置されているという噂もある。

3. ラレド墜落事件:1948年、米テキサス州

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 1948年7月7日、完全武装した2機の米軍機が「銀の円盤」を追跡。その謎の飛行物体はテキサス州ラレド付近に墜落した。

 一帯は軍によってただちに封鎖され、回収班が派遣された。この一件について報告するノエ・トレスによると、UFOはサンアントニオの秘密軍事基地に運び込まれたという。また「酷く焼けた非人間の遺体」も米軍によって回収されたそうだ。

 このUFO遭遇の噂はUFO研究家とラレドの住民の双方でささやかれていたが、全国的に知られるようになったのは、UFOと異星人がサブカルチャーの中で人気を博すようになった1970年代後半のことだ。

2. UFO同士の戦闘:1989年、ロシア

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 冷戦期、鉄のカーテンの向こうでもUFO目撃は多数報告されている。ソ連政府がしばしばこうした事件について「邪悪な米国」の仕業と説明していたことを考えれば、少々割り引いて受け止める必要はあるかもしれない。何しろ、1989年9月16日の事件は愛好家にとってあまりにも美味しすぎるのだ。

 その日の晩、UFOが地上に墜落したのみならず、上空で異星人同士の熾烈なバトルが繰り広げられたという。

 カマ川にあるザオストロフカ(Zaostrovka)の港上空で数機の「銀の円盤」が「色が暗い物体」に対して「光のビーム」を照射し、軍の訓練場に墜落させたのだ。目撃者は数知れず、また一帯では停電が発生した。

 墜落した地点が湿地であったため、機体の回収が試みられたのは地面が凍結する11月下旬になってからのことだ。唯一判明していることは、兵士4名が調査に派遣されたが、間もなく「酷い体調不良」を訴え出したため、放射線による影響と推測され現場が封鎖されたということだ。

1. バルジニャ事件:1996年、ブラジル

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 1996年1月20日の夜12時過ぎ、奇妙な光る物体が「地面に突っ込んだ」という通報がブラジル、バルジニャの警察に寄せられた。

 当時の住人に知るよしなどなかったのだが、同時刻、ブラジル軍も領空侵犯を犯した未確認飛行物体を追跡していた。

 だがそれだけではなかった。さらに奇妙なことに一帯で「見知らぬ生物」がうろついているという通報まで寄せられた。

 最初、いたずらだと思っていた警察だが、自分たちが「混乱して放心状態」にあるこの世ならぬ存在と遭遇すると、住民と同様仰天したと言われている。

 異星人はすぐさま捕獲され、軍に身柄が引き渡された。しかし、その後の行方は分からない。その遺体を解剖したと噂される人物もいるが、皆関与を否定している。陰謀かどうか定かではないが、現在この事件は作り話であると一般にみなされている。

via:10 Claims Of Recovered Extraterrestrial Craft – Listverse/ written by hiroching / edited by parumo

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この記事へのコメント 19件

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  1. スマホやツイッターができてからパッタリとワクワクするようなUFO映像の話題が減ったと思う

    • +10
    1. ※1
      それはね、みんな画面をみていて、空を見なくなったからなんだよ

      • +9
  2. なんで広い土地である中国や他国で目撃例ないのだ
    未確認生物って着陸する場所決めてるのか

    • -4
  3. 1989年5月7日、正体不明の機体が南アフリカの領空に侵入。迎撃に出た空軍機によって撃墜され、カラハリ砂漠のボツワナとの国境付近に墜落したという。

     軍はすみやかに期待を回収。墜落現場では、一部の砂と岩が激しい熱のために融合していたが、砂をかけ直して墜落の跡は隠蔽された。

    期待➡機体だろ?(笑)

    • -9
  4. 一方、日本には焼きそばUFOがあったのだった

    • +7
  5. ソ連時代にMiG-21で未確認飛行物体追跡した映像があったような、、、
    当時のソ連は領空侵犯機は即撃墜するところだがこの未確認飛行物体は撃墜出来なかったそうな
    今はGoProとかあって怪しい現場への潜入はFullHDで記録出来ちゃうからこの手のいかにもな話は無くなっちゃったなあ

    • 評価
  6. どいつもこいつも人気のない所に落ちやがって!
    都心や住宅地に落ちる気概を見せろってんだ!

    • +2
    1. ※12
      飛行機やヘリコプターもわざわざ人気のないとこに移動してから落ちるだろ
      UFOも人命を配慮してんのさ

      • +4
  7. どんな科学力だよ。
    人間が作る飛行機ですら滅多に落ちないのに、やたらと墜落するもんだねえ。
    車ですら自動運転の時代なのに、あっちではどうやら宇宙人自らが操縦してるっぽいし。

    • +2
  8. 今はパソコンで画像処理して色々と作れるからね・・
    TVでもそんなのばっかり取り上げて、ロマンのかけらもない

    • 評価
  9. ドローンが身近なものになってからはドローンや新型戦闘機開発のためのテスト飛行だったのでは、と夢の無い事を考えてしまう。

    • 評価
  10. 知らないうちに軍に接収される事はあっても
    UFOが着陸して宇宙人が出てくる光景が実況中継されたり
    群衆の目の前に現れる事はないんだ

    • 評価
  11. 宇宙船が大気圏内を飛行する時点で考え方がおかしいって気付け

    • -1
  12. アメリカ空軍のビデオ見たけどなんで撃ち落とさないの?

    • 評価
  13. 8. カラハリ事件:1989年、南アフリカ
    これは南アフリカ空軍のミラージュ戦闘機がレーザーかメーザー兵器を使って撃ち落としたとされるが当時はレーザーもメーザーも実用化されていないから嘘のようです。
    ただし、米軍の元上層部による告白では南アフリカでは1960年代に南アフリカ空軍に撃ち落とられたUFOがあり、アメリカと秘密裏に取引されUFOがアメリカ側に渡ったという情報があり、こっちのほうが信用できます。

    1. バルジニャ事件:1996年、ブラジル
    目撃者がたくさんいて現地のマスコミが大騒ぎして伝えているので真実なのでは?
    それ以上の情報が無く、証拠と言われると何とも言えません。

    • 評価

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