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最強の戦士は?実際に行われたと語り継がれている10の異種格闘戦の勝敗結果

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(著) (編集)

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 日本のサムライとスペインのコンキスタドールはどちらが強いのか? あるいはローマ兵と古代中国兵の勝者は? 最強の戦士については白熱の議論が繰り広げられる。

 だが実際に歴史を通じて、非常に珍しい組み合わせの戦いが生じている。ここでは猛獣を含めて実際に行われたと語り継がれている、10の異種格闘戦いをその結果と共に見ていくことにしよう。

10. 日本のサムライ vs. スペインのコンキスタドール

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 1582年、スペインのコンキスタドールと日本刀で武装した侍との戦いがあった。貿易のためフィリピンを訪れたスペイン人は日本の海賊と遭遇。40人ほどのスペイン人は海賊船を発見すると、そこに乗り込んだ。

 そこにはサムライの一団が待ち受けていた。侍は日本刀で武装し、海賊からの火縄銃による支援を受けている。対するコンキスタドールは長槍とマスケット銃で武装。西洋の槍と日本の刀の戦いである。

結果:コンキスタドールの圧勝

 サムライの武器はコンキスタドールの鎧を貫くことができず、援護射撃の精度もスペイン勢が上回っていた。コンキスタドール40名は数千人を乗せた日本船10隻を蹴散らす。ファン・パブロ・デ・カリオンが恫喝すると日本勢は一目散に退却した。

9. 戦象 vs. 砲兵

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 1825年、ダヌビュの拠点を大英帝国軍に包囲されたビルマの将軍マハ・バンドゥーラは、イギリスの砲兵を破るために17頭の戦象でなる精鋭部隊を出撃させた。

 技術的に自分たちを上回る敵軍を倒すためチャンスに賭けたのだ。古来より無敵を誇った戦象部隊であるが、今回の相手は銃と大砲で武装した近代的な軍隊だ。伝統と最先端の戦いである。

結果:イギリス軍砲兵の圧勝

 戦象兵は敵の前線にも辿り着くことができなかった。出撃後、銃弾と砲弾の集中砲火を受け、敵にまったく攻撃を加えることなく戦象は死んだ。

 イギリス軍が再度攻撃を開始すると、バンドゥーラは逃走。ビルマ軍は力の限り戦ったが、最新兵器に抗する術はなかった。

8. ヴァイキング vs. ネイティブアメリカン

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 ヴァイキングが初めて新世界を訪れたのは10世紀のことだ。赤毛のエイリークの息子、ソルヴァルドはニューファンドランドで現地の部族と対峙することになる。

 相手はおそらくイヌイットだと思われる。話し合いが物別れに終わると、ソルヴァルドは地元民を誘拐し、8人を殺害。両者の対立は決定的になった。

結果:ネイティブアメリカンの勝利

 1対1ではヴァイキングに敵わなかっただろうネイティブアメリカンだが、彼らは優れた戦術家であった。フィヨルド沿いを毛皮でカモフラージュした船に乗ってソルヴァルドを追跡。谷を通過するヴァイキングめがけて矢を一斉に射掛けては、逃走するという戦術をとった。

 これによりソルヴァルドは絶命。その後も投石機でヴァイキングの村を襲撃すると、2名を殺害し、残党も追い払った。執拗に繰り返される襲撃に耐えられず、ヴァイキングたちは新世界を後にした。

7. 少林寺 vs 海賊

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 1550年、ポルトガル人、中国人、日本人の海賊が少林寺の僧侶と戦った。海賊たちは明王朝でやりたい放題であり、その対策として皇帝が1,000年の歴史を持つ少林寺に助けを求めたのだ。

 カンフーや棒術をマスターした僧侶の相手は、ポルトガル伝来の銃と大砲で武装した海賊だ。鍛錬とテクノロジーの戦いである。

結果:少林寺の圧勝

 戦いは4度行われ、少林寺が3勝した。その1つでは、120名の僧侶と120名の海賊が対峙し、僧侶が海賊を皆殺しにした。一方、少林寺側の死者は4名のみである。海賊は鉄の棒によって叩きのめされたという。

6. トラ vs. ライオン

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 草原の王者の座をかけた戦いは何度か起きている。自然界においてトラとライオンはお互いに無視を決め込むことが多いが、人間が見世物として戦わせたのである。ローマが1世紀にこれを行い、19世紀にインドでも真似された。

結果:トラの圧勝

 どちらもトラが圧勝している。ローマの記録によると、トラはライオンを殺しただけでなく、ズタズタに引き裂いたという。

 インドではこれを主催したヴァドーダラーのガーイクワード家がライオンに37,000ルピーを賭け、全額を摩る羽目になった。ローマの詩人マルティアリスは、トラは「森の中では事なかれ主義だが、人前では凄まじく獰猛に豹変する」と記している。

5. モンゴルの騎馬兵 vs. ヨーロッパの騎士

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 モンゴル軍はアジアを制圧すると、そのままヨーロッパへ侵攻し、鎧をまとった騎士と対決した。

 特筆すべきは1241年のワールシュタットの戦いで、モンゴル軍7万とポーランド・ドイツ連合軍が衝突。ポーランドの騎士はランスとブロードソード、モンゴル騎馬兵は弓矢で武装していた。

結果:モンゴル騎馬兵の圧勝

 攻撃と退却を繰り返すモンゴルの戦術に慣れていない連合軍はこれに翻弄され、遠くから射掛けられる矢によってばたばたと倒れた。

 突撃しか知らない騎士たちは騎馬兵の動きに対応できず、25,000名が命を落とした。モンゴル軍は騎士の耳をそぎ落とし、それを9袋分も集めたという。

4. 僧兵 vs. サムライ

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 1180年、平家打倒の令を発するもこれに感づかれた以仁王は三井寺に潜伏していた。態勢の立て直しを図るも、平家の追っ手が迫ったため僧兵を伴い脱出。南都へと落ち延びた。

 やがて平家の軍に追いつかれ宇治橋で交戦した。平家の侍と弓や剣で武装した僧兵との戦いである。

結果:僧兵の束の間の勝利

 僧兵の華々しい活躍が伝えられている。五智院の但馬は飛んでくる矢を切りはらうなど巧みな技を披露。浄妙坊は24本の矢で12人を討ち取り、11人を負傷させた。

 しかし次々と迫る追っ手にさしもの僧兵も防ぎきることができず、結局以仁王は討ち取られている。

3. ローマ軍 vs. 中国軍

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 紀元前36年、ローマ軍の1軍団が行方不明になった。真相については諸説あるが、一説によると東へ向かいモンゴルのフン族に出会ったという。

 亡命に成功したかに思えたが、漢民族の軍隊が立ちはだかった。こうして史上初めてローマ軍と中国軍が戦うことになる。漢民族は歩兵と騎兵で、中国古来の兵法に長けている。記録によると、ローマ軍団は145人ほどで長方形の盾を持ち、亀のような陣形を組んでいたという。

結果:ローマ軍の判定勝ち

 漢民族が勝利しているが、まともな戦いではない。モンゴルの支援があったとは言え、たった145人のローマ兵に圧倒的な数の漢民族が襲いかかったのである。

 それでもローマ兵は奮闘し、漢民族を感嘆させた。生き残った者は漢軍に編成されたという。

2. ヴァイキング vs. イスラム帝国

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 ヨーロッパを席巻したヴァイキングだが、844年にはイスラム王朝のウマイヤ朝に襲いかかった。当時、イスラム教は世界中に広まっており、現在のポルトガルやスペインもイスラム圏であった。

 ウマイヤ朝で最初にヴァイキング襲来の報を受けたのはアブド・アッラフマーン2世で、リスボンに100隻あまりのヴァイキング船が並んでいたという。これをイスラム兵が迎え撃った。

結果:最終的にはイスラムの勝利

 イスラム兵は序盤で大いに苦戦することになる。ヴァイキングはリスボンを破壊すると焼き払った。それから1月の間、ポルトガル中で暴れまわり、男を殺し、女と子供は奴隷にした。

 流れが変わったのは首都コルドバから援軍が到着してからだ。復讐に駆られるイスラム兵はヴァイキングの船などの所有物を何もかも燃やし、あらゆるヴァイキングを殺し尽くした。

1. ローマ皇帝 vs. 殺人クジラ

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 ローマの博物学者であった大プリニウスは、オスティアの港でクラウディウス帝が殺人クジラと戦っているところを目撃したと記している。

 1隻の船が転覆し、港に毛皮を撒き散らしたのだという。これにクジラが引き寄せられてくるが、浅瀬に乗り上げ、暴れていた。皇帝はいい見世物になると踏んで、自らの戦いをローマの大衆に披露することにした。

結果:クジラの判定勝ち

 無論、クラウディウス帝はまともに戦ったわけではない。船で囲んで身の安全を確保してから挑んだのだ。ところが、追い詰められたクジラは潮を吹いて1隻の船を転覆させた。その直後、他の船に乗っていたローマ兵が一斉に槍でクジラを突き刺した。

 クジラは死んだが、宣伝されたような皇帝とクジラの一騎打ちではない。犠牲者の数で言えば、クジラの勝利だ。

via:Top 10 “Who Would Win” Battles That Played Out In Real Life/ written hiroching / edited by parumo

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この記事へのコメント 167件

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  1. ライオンは群れの動物だしなんかもやもやする(´・ω・`)

    • +5
    1. ※2
      宣伝以上に脚色してよいならローマ皇帝VS殺人クジラだな
      ただクラウディウス帝って優秀だけど、50過ぎてからの皇帝で子どもの頃から体が不自由だったってことだけど

      • +2
    2. ※2
      ストーリーとして面白そうなのはローマ兵が前漢の兵と戦い編入される辺りかなぁ。

      • +4
    3. ※2
      ローマ軍 vs. 中国軍かな。
      ハリウドは中国に媚びてるし。

      • +1
  2. つうかなんで海賊船に侍が乗り込んでんだよw
    ただの日本刀持った野盗だろな

    • +8
    1. ※3
      その野盗は元侍だろ。犯罪を犯すのは職を失って、略奪をしないと生きていけないから。
      集団で動く野盗が、戦闘の素人なわけがない。実戦経験でいえば、侍より侍崩れの盗賊の方が数こなしてるし、強いだろ。

      • +2
      1. ※55
        微妙なところだな
        当時海外にいた日本海賊は、
        倭寇の流れを汲むもの
        秀吉の刀狩以前つまり兵農分離以前の、平時には農民・漁民だが戦時には武器を持って戦う、いわゆる「サムライ」の流れを汲むもの
        元々各地の戦国大名に所属する職業軍人としての侍の流れを汲むもの
        これら三者のミックスだから。

        • +6
      2. ※55
        実際の記録などで野盗の集団vs侍集団が幾つかあるけど、全部侍側の圧勝で野盗はほぼ皆殺しにあってる。逃げた奴も山狩りされて軒並み駆逐するという徹底ぶり。野盗の実践なんて農民や旅人襲ってただけなんだから、任務の為に命平気で掛けてた侍とはメンタル面からして負けてるし、指揮統率の面でも話にならない

        • +4
        1. ※61
          それは個人の能力の差ではなく、リーダーの能力の差だろ。
          野盗と侍どっちが強いか? その答えは、強いリーダーシップを持つ組織の方だろ。

          マンガ(ベルセルク)な話だけど、野盗崩れのならず者の集団だった鷹の団がなぜ、爵位を得るまで強くなれたか?団員は数百人も居たが、本当に強かったのはグリフィスただ一人。彼の強力なカリスマとリーダーシップがあったからこそ常勝無敗の最強の戦闘集団になれたんだよ。逆に大国のチューダーがなぜ負けたか?男色司令官やセクハラ将軍みたいな屑がリーダーだったから。 所属する組織や階級は強さには比例しない。 士気が高い方、強力なリーダーを持つ方が勝つんだよ。

          マンガな話をしたけど、リアルでもそうだろ。腐敗しきった強者を血気盛んな弱者が打ち倒すのは稀によくある話・

          • -9
          1. ※96
            マンガの読みすぎ、というか現代の物語を史実と被せてる時点でお話にならない。侍というのは、1人では存在しないんですよ。
            >「腐敗しきった強者を血気盛んな弱者が打ち倒すのは稀によくある話」
            侍が腐敗しきった強者って事?野盗が元侍なら落ち武者か食い詰め浪人の成れの果てですよ。1対1ならそりゃ強い個人が勝てるけど、「野盗」vs「侍」という括りならどう転んでも「侍」の方が強い。指揮官云々関係ない。当時の野盗がどういう者だったか知っててそんな幻想抱いてるの?

            • +6
          2. ※96
            流石に痛すぎるマンガの話は置いておくにしても
            戦闘行為で一番大切なのは兵の士気だぞ
            指揮官の能力なんざ二の次だわ
            お前だって侍が本気で殺しにかかって来たら逃げるだろ?
            覚悟の出来てる軍人と覚悟の出来てない野盗が戦っても野盗が負けるのは当たり前
            指揮官能力以前の問題

            • +1
      3. ※55
        その「元侍」とは、どの程度の階級の者だと思う?
        武器として刀剣類を所持してるだけで、元々はただの農民か、半分農民の足軽が
        ほとんどでしょ。
        そしてまともに集団戦を学んだ知識階級がいないなら、単に「強盗団のおかしら」が
        まとめてるだけの荒くれ者たちだよ。まともな軍に勝てるわけがないw

        だけどスペインに侍がボロ負けしてるこの記事は、コメントでもちょこちょこ
        言われてるようにどう考えても船と侍(海賊)の人数が合ってないw
        元ネタが韓国歴史並みの捏造でしかないじゃないか・・・。

        • -2
    2. ※3
      昔、仕事が無かった浪人は船に乗り込んで海賊となったことは結構有名
      フィリピンとかで働かされてた日本人奴隷が海賊になったケースも無くはないが、サムライが結構出稼ぎに出てる
      何より戦国時代は上から下まで戦闘民族で火縄銃の訓練を受けてるような農民も結構居た時代だからな・・・

      • +6
  3. 幕末に相撲vsレスリング、相撲vsボクシングならあったよ~
    どっちも相撲圧勝

    新撰組vs相撲は新撰組圧勝

    • 評価
    1. ※6
      天正伊賀の乱かな?第一次は織田信雄が攻め込んでこっぴどく敗退、ニンジャの勝利!第二次は信長自ら大軍で攻め込んでサムライの勝利!

      • 評価
  4. 正規兵と民兵(マスコミ風に言うと武装集団)とでは正規兵の圧勝じゃん

    • +6
  5. 最初のは侍というか、単に日本刀を持った海賊だなあ

    • +20
  6. 5の場合戦術というよりは戦列の問題があった
    たとえば王族の妻や家族などの付き添い、さらに餌や武器などの
    鍛冶職人やらちょっとした町を持ってくる感じですんげえ長者の列
    対してモンゴルは馬一つで寝起きも出来移動可能
    さらにモンゴルは軽さで勝負するのでちまちま攻撃可能だが
    ヨーロッパ騎士は重量60キロと高重量
    戦いはまず延び切った後方を叩き潰し、あとは動けない前線は疲れる
    まで放置し一気につぶす
    最初から試合にはなりません

    • 評価
    1. ※11
      モンゴルvs騎士は、多国で連合組んだせいで、言葉通じず大混乱ってのがかなり有ったみたいだね。

      • +3
  7. これは侍じゃない。浪人、海賊,
    ならず者たちだよ。

    • +19
  8. コンピューター上で生き物の挙動が完全にシュミレーション出来る日まで
    この手の異種間残酷ゲームの真偽の究明はお預けだね

    • +3
  9. 40 VS 数千 で圧勝ってそれはいくらなんでも・・・

    • +20
  10. 海賊との戦いは負けると記録に残らないからアンフェア極まりない

    • 評価
  11. 10番は日本の海賊が、どうしてサムライの代表みたいになってんの?
    日本の海賊ならば、バイキング辺りと戦わせろや!と言いたい
    (まあ、例がないんだろうけど)

    • +3
  12. 練度とか装備差以前にフィジカルの差がね・・・
    現代よりももっと顕著だったろうし、ガチのやりあいじゃ勝てんだろう。

    • 評価
  13. >コンキスタドール40名は数千人を乗せた日本船10隻を蹴散らす

    凄いもんだな……無双をやる力があってもやられた奴の身体が邪魔になって身動きがとれなくなってあまり力を発揮できないように思われるけど。それが現実か。

    サムライ大将の娘を人質にとって進んだら、予想外にも殺り放題だった……なんてのなら日本人的だけど、そういうのじゃなく40名で数千人を蹴散らしたのか。

    • -11
  14. 「コンキスタドール40名は数千人を乗せた日本船10隻を蹴散らす」
    10隻に数千人か、えらく大きな海賊船だなwwwww
    当時のオランダの超巨大商船でも定員100人だったはず
    ペリーの黒船の中でも巨大船で10隻って感じか?
    特アじゃないんだから「実際にあった」じゃなく「実際にあったかもしれない」とかにタイトルだけでも変えるべきだと思うよパルモちゃん

    • +25
    1. ※22
      元記事にそれを言おう
      ローマ皇帝 vs. 殺人クジラの記事の下に原文のサイトがあるよ
      Top 10 “Who Would Win” Battles That Played Out In Real Life

      • 評価
    2. ※22
      ……常識的に考えて、このコメントに大量のGoodが放り込まれている理由が判らんわ。
      まず『港を出港してすぐに目的地・目的海域に到達する船』の積荷と、『港を出港して数週間から一ヶ月以上で目的地や目的海域に到達する船』の積荷が同じだと想定していることがダメだし、
      もっと言えば船員を気軽に補給できる状況と、船員を気軽に補給出来ない状況を比べているところからしても考えが色々と足りなさすぎる。

      そもそも、同時期に運用されていた戦闘用の重装ガレアス船(ヴェネツィア・ジェノヴァ船籍)にしたって300名以上の船員を積んで戦争に従事していたんだぜ?もちろん、大型級のガレオンならばそれを上回る500名を乗船させている記録だってある。
      (16世紀最大級のガレオン船ならば600人も乗船可能)
      もちろん日本の海戦を見てみると安宅船でも最大200名の船員を乗せていたし、中国の海戦で用いられていた大型ジャンクもやはり最大で200名程度の船員を乗せていたことが判明しているんだぞ?それを考えれば『10隻で数千名』というのは何もおかしい話ではないのだよ。

      しかしながらスペイン側が自分たちの船の構造から推察して「あれだけの大型船なら一隻あたり200名以上は乗っているだろう!」と考えたのかもしれぬし、
      それとも倭寇側が10隻あっても実は船員を満載していたのはスペイン船を取り囲む数隻(効率よく取り囲める二、三隻)だけで、残りは牽制や援護射撃の為に航行に必要な最低限度の人数で操船していたのかもしれないがね?
      そのへんはキチンとした資料が出なければ断定は出来ない。ただし『当時の日本や中国の船ならば10隻で数千名の人間を乗船させることは可能であった』ということに関して言えばそれは正しい説であるのだ。

      • +5
      1. ※84
        常識的に考えて倭寇が数千人単位の艦隊を編成するほうが可怪しいだろ
        そもそも倭寇がサムライ扱いされてる時点でお察しじゃねぇの
        ※96
        リーダーの能力の差ってオメーな……
        ぽっと出のストリートギャングと若年期から訓練を受けたSWAT・SADでもリーダーの能力の差か?

        • +2
        1. ※99
          他人に噛み付く前にせめて文章をよく読め。
          私は数千人動員していた!とは断言してねーだろうが。お前は※84のどこを読んでどこをどう読んで私の意見が『数千人居たことは確実!』と読んだんだ?
          (なにせ、その辺は私も疑問に思っているからそんな事まで言及・断定しないように気をつけたのだ)
          私はあくまでも『当時の船10隻に数千人はありえない。オランダの超大型船でも~』という当時の艦船事情を一切無視したコメントに対して『当時の船なら十分可能だが、コストや補給の問題がある』という話をしただけに過ぎない。

          実際に数千人の船団であったかどうかに関しては、何度も言うが適切な資料がない限りは何も断定は出来ないんだ。

          • +2
          1. ※103
            ほーん
            じゃ、※22が言いたかったのは船のスケールが可怪しいと、それだけなんか?

            • -2
    3. ※22
      もっと言及させてもらうなら、オランダの大型商船(大型ガレオン級)でも船員100なのだから十隻で数千名はおかしい!という非常に馬鹿げた意見にもきちんと突っ込みを入れておきたい。

      あくまで商船は『近海での海賊行為・戦争行為を目的としていない』のだから平時には100名しか乗船『していなくて』当然なのだ。
      なぜなら長距離交易や冒険航海ともなると、船員の体調や士気を考えた食糧事情や自衛の為の武装を積むための船倉の圧迫に対して、交易品買い付けと販売のための船倉の余裕(そして航行日数分の船員や将官の給金)をきちんと考えて利益の出るように運行しにゃならんのだからな!
      つまりは『コスト的な問題で100人以上は乗せなかった』だけの問題。それをすり変えて『数千人の人間を10隻の船に乗せることは出来ない』と思い込むんじゃあない。

      商業に従事していた大型ガレオンでも戦時には200名以上の戦闘員を乗船させて(更に20~50門の対艦砲を取り付けて)戦争に従事することが出来たので『船体構造的に100名以上も乗船できなかった』というのはまったくデタラメな説だ。

      • -2
    4. ※22
      コメ84・85の人が詳しく書いてくれてるけど、記事中の1582年には
      ヨーロッパではキャラック船と、それを元にしたガレオン船があるよ(wikiを見てみた)

      1520年には乗員約400名のサンタ・カタリナ・ド・モンテ・シナイ号(ポルトガルの軍艦・カノン砲140門)が完成
      1588には乗員600名のサン・マルティン号(スペインの無敵艦隊の旗艦・大砲約50門)がアルマダの海戦に参戦

      • +2
      1. ※88※84
        海賊が、ガレー船や多数のライトシップ持てると思ってるの?

        • 評価
        1. ※95
          ここで突っ込んでいるのはコメ22のこの部分だよ
          当時のオランダの超巨大商船でも定員100人だったはず

          倭冦がそんな大編成で移動してるのはありえないかもしれないけど、当時の船は定員100名がいっぱいいっぱいみたいなのは間違いってこと

          • +2
        2. ※95
          その答えだが、海賊はそういう船を持っているといえるし、持っていないともいえるんだ。

          というのも一口に海賊と言っても、敵国への海賊行為を国家が承認して海賊や軍人や交易商人なんかに軍事力を貸与していた『私掠艦隊』だとか、
          後期倭寇のように沿岸部地域に支配圏を持つ地方有力者(九州大名や博多の海運商、明国の地方役人および海運商)と強い繋がりがあったために多額の金銭支援や、船舶と人員の支援を受けていた海賊だとかも居るし、
          或いは貧しい農村民が片手間で行う人質ビジネスや小規模な密輸に密航を行うチンピラ集団(名称は不適切ではあるが)のおおよそ三つの種類に区別できるわけでな?

          しかしもっと細かく言えば、海軍の監査の目が行き届いていない海域で無許可に他国の船を襲撃する武装商人や海軍くずれも居たし、同国の商人を襲う海軍くずれも居たわけで……

          つまり『海賊勢力による』としか言い様がないのだ。
          しかしそういう答えではモヤモヤするだろうから、後期倭寇がそういう船を持っていたか?という問いに関してならば、後期倭寇は前期倭寇時代の安宅船や、豊臣秀吉の新規制下で造船された関船に、中国のジャンク(それと東南アジア諸国の大型船舶)、東アジア全域で使われていた小型快速船多数(日本の小早含む)を取り揃えていた、と答えることが出来る。

          • +1
  15. 10. 日本のサムライ vs. スペインのコンキスタドール

    それ後期倭寇の成れの果てだろ
    殆どが大陸の人で日本人が居ても侍ではないぞ

    • +14
  16. 侍は野外じゃ槍使うんだっての
    なんで侍=刀にしてんだよ

    • +13
  17. ・4 日本の場合、僧兵と侍は仕えてる対象が違うだけで武技も武器もほぼ同じだから、異種格闘戦に含めるのは無理があるような

    • +12
  18. クジラってなんだ? シャチ? フィクションじゃないのか?

    • +5
  19. >4. 僧兵 vs. サムライ
    このビジュアルは・・・これでいいの?
    以仁王の僧兵って・・・中国拳法の使い手だったの?

    • +8
    1. わたくし・・・※32なのですが・・・コメントするとき「※4」って書いた記憶ないんですよね・・・。管理人さんが「あ、レス安価間違ってる」って気を使って直してくれたんでしょうか・・・? でも別にわたくし※4の方にレスしてるわけじゃないんで・・・。お気遣い有難いんですが・・・。あ、もし本当にわたくしが「※4」って書き込んでたんならゴメンナサイ・・・。間違えないように今後一層気を付けます・・・。

      • 評価
  20. ここまでコンキスタドールコーヒーのコメントがないとは

    • 評価
  21. 銃と大砲で武装した海賊に圧勝した少林寺が凄い。
    テクノロジーの前に武術は勝てないと思っていたが圧勝するとは、
    本当に少林寺の武術はどれだけ優れていたのかと驚いてしまう。

    • +3
  22. 勝てば官軍負ければ賊軍とはちょっと違うけど、
    昔の事だし、作り話かねつ造か情報が不正確なものばかりなんだろうね。

    • +5
  23. 別に10番は侍だろうが海賊だろうが何でもいいんだよ
    数千人でしかも火縄銃持っている相手に、40人で勝ったというのが凄い。。

    船に鉛玉と火薬を大量に備蓄してて、弾が偶然当たらなかったんだろうなぁ

    • +4
  24. チンギス・ハーン率いるモンゴル軍は実際、
    半端なく強かったみたいですね。それもその筈、
    嘗て敵だった相手でも勝った暁には、敵の猛者を処刑も捕虜にもする事無く、まるで国賓であるかの如く丁寧に扱った上で、お願い事としてモンゴル軍の育成監督を願い出たり、破格の報酬も支払い非常に人道的に優れた待遇で迎え入れたそうで。
    そりゃ軍も強くなりますよね(笑)

    • +6
  25. 7の少林寺 vs 海賊は夜襲でもしたか。
    鉄砲と大砲120 vs 鉄の棒120で飛び道具が全滅で鉄の棒の死傷者4人って、寝込み襲う以外で勝てる見込み0だろ。

    • 評価
  26. もープリニウスさんは大ボラ吹くから-

    • 評価
  27. スペインのフィリピン総督は日本武士団が想像以上に銃で武装し組織化されているから手を出せなかったとあるんだから。倭寇と侍は別なんだけどさ。

    • -3
  28. 数万規模の戦争をスペインでもやってたのかな?

    • -3
  29. 鎌倉武士とモンゴル正規軍の戦闘をカウントしろよ…元寇。
    て言うか、この記事完璧な白人目線だな

    • +3
    1. ※47
      だって元は英語の記事だし…
      あんたも日本人目線じゃん…

      • +7
  30. ポーランドの騎兵がナチスドイツの戦車と相見えたのを知ったばかりの自分にはタイムリーな記事だった

    • 評価
    1. ※48
      フェンシングじゃなくてスペイン剣術じゃない?剣を前に突き出して、円の動きを使う。フェンシングみたいに直線的な動きじゃないし、ダガーやマントを防御に使うから戦いにくい相手

      • +3
      1. 剣術を習ってる日本人としては、10の結果は悔しいが(あくまでも文章のとおりに解釈するとして)、それでもスペイン側の擁護をひとつ。

        この頃のスペイン剣術(※97参照)は数あるヨーロッパ剣術の中でもダントツに最強と呼ばれた流派だったことも確か。
        だからそういう意味で言えば、彼らの中には当時のヨーロッパの中でも最強クラスの剣客なんかが混じっていた可能性はあるのだ。

        • +2
      2. ※97
        なるほど
        たしかに、戦術が優れてたら勝てるかも知れない。
        別に侍2000人が40人に負けてもいいし、寧ろ称えたいレベルだけど、
        調べるほど明らかに話を盛ってそうが問題。
        接近戦で40人のうち何人生き残ったんやろか。

        1582年のスペインってイスパニア帝国で大勢力だったし大砲うちまくってたら海賊くらい
        蹴散らせそうだし、そっちの記述なら現実的なんだけども。

        でも花の慶次読んでたら、イスパニア人にはカルロスっていう一発の飛び蹴りで10人ぐらい胴体真っ二つにできるやつがいたらしいから、案外史実かもしれん。

        • +1
    2. ※48
      「ポーランド騎兵隊がドイツ戦車隊に挑んで壊滅した」というのは当時のイタリア新聞記者による捏造記事でした。実際にはポーランド騎兵隊はドイツ歩兵隊陣地を急襲、一旦は退却させる事に成功したものの、駆け付けたドイツ自動車化歩兵隊の反撃により退却しています。戦闘終了後に現地を取材したイタリア記者はポーランド軍馬の死骸と警備のために後から来たドイツ戦車を見てこの物語を思いついた様です。これは「ファシズムと戦って勝利した」という国威発揚を求めていた戦後ポーランドには格好の英雄神話だったため、捏造報道だったにもかかわず長く流布する事となりました。

      • +1
      1. ※150

        ※48はポーランドの騎兵が勝ったとは書いてないよ。ドイツ戦車と相見えたと書いてる
        それとちょと検索してみたらこの時代はまだ各国で騎兵隊が活躍もしていた時代みたいだよ。イタリアは第3竜騎兵連隊「 サヴォイア」がソ連軍に騎兵突撃を成功させている

        • +1
      2. ※150
        むしろドイツのプロパガンダという説もあるみたいです。私は英語とイタリア語は辞書を使えばギリギリ文章を読む事はできるのですが、ドイツ語はそうではありません。日本語でしか読むことができない場合の外国の記事は色々難しい側面があるのだと思います

        • 評価
  31. 1はカガヤンの戦いかな。フェンシングで2000人の侍と戦ったとかいうの昔wikiかなんかでよんだけど。
    これは侍ではなくて倭寇で、後期はほとんど中国や朝鮮のはず。
    スペインからしたらわからんのやろけど
    フェンシングは1vs1での戦闘はかなり強いとおもうけど集団戦はどう考えても弱いだろうし。別に侍の負けを認めたくない訳ではないし烏合の集だから中国朝鮮が負けたわけってわけでもないが、フェンシング最強を広めたいような記事だったから信憑性が怪しいなぁ。
    現実はせいぜい、海賊を取り締まった程度だとおもうよ。
    あまり知られてない理由は信憑性の問題やないやろか。

    • +4
  32. ポーランドもその後モンゴル帝国の後継国家と戦うことで騎兵と戦術を洗練させて、国力低下で維持できなくなるまでヨーロッパ最強だったフサリア騎兵を生み出すんですけどね

    • +1
  33. あれ?フェンシングじゃなくて長やりに変わってるのか今は。

    • 評価
  34. 数千の侍が1隻の船を襲撃したの?
    効率悪い。
    そもそも一隻当たり数百人が乗り込んだ船なんて当時日本には無いだろw
    しかも侍は鉄砲を持っていても負けたらしいけど
    40人のスペインの兵士は普段から銃を防ぐような鎧で完全武装して船に乗っていたのかな?
    南国の船でそんな武装をして普段から船に乗っていたら動きにくいし熱中症で倒れるぞ。
    そもそも1582年ならスペインのフィリピン侵略が行われていたころだろ。
    スペイン戦こそ海賊だろ。
    何か胡散臭い記事だな。

    • +19
  35. 人間が殺し合うのは勝手だけど、動物はなぁ….

    • +1
  36. スゲーな倭寇はフィリピンで戦争でもしに行ったのか。
    1隻あたり数百人なら当時世界最大の船だが
    どこで創って10隻の船団の指揮官は誰だ。

    • +6
  37. 侍対スペイン人は、単にマスケット銃の性能の方が良かったからだと思う。

    • +1
    1. ※57
      日本の火縄銃って
      近世まで部品のほとんどが楔止めだったって聞いてちょっとガッカリした
      職人が娘を売り払って尾栓ネジの作り方教えて貰ったって有名なエピソードがあるけど
      それより小さいネジは当時の日本の工業力じゃ無理だったみたいね…

      • +2
    2. ※57
      加えて、10隻すべてが接触することはできないから数千人が同時に襲うことはできない
      戦闘に実際に参加できたのはごくごく一部じゃないかな
      粘ればいずれ勝てるけど割に合わないと判断して撤退しただけだと思う

      • +6
    3. ※57
      船の性能差で距離を保ちつつ撃ち減らしながら逃げ切ったって話なら信じられるけど
      刀が通らないような重装備をして海に出てきて40人で数千人を圧倒して
      叫んだら侍が逃げたって相当無理があると思う

      • +3
  38. コンキスタドールの相手は倭寇(時期的に後期倭寇)を名乗る賊でしょうなぁ。
    1582年だからサムライとは言えないかも。

    これが前期倭寇の13~14世紀ならサムライと言って良いけど、元寇への復讐で中国朝鮮を相手にしてたので、手を出したかと言えば疑問。

    元寇(主体は中国朝鮮人)は男皆殺し、女生け捕り(手に穴あけて紐で結んで引っ張っていった)で一人も残らなかった等。キレて当然かと。

    • +4
    1. ※58
      それは日蓮の日蓮書状の中での対馬侵攻の様子を述べているものだよね
      元寇全体の様子ではなく文永の役の対馬島を表したものだよ
      男性は皆殺しではなく、生け捕りと殺害

      • +1
  39. 日本の海賊(士分を有する賊と、東アジアの国籍ゴチャゴチャ集団)は確かに強かったらしい記録が中国に残っているみたいだけど、それでも白人様には敵わんだろうな~。
    強い『日本の侍』は昔の日本国内と周辺の地域の人種の間での話でしょうね。
    残念だけど、西洋の軍隊とはまったく勝負にならないだろうね。
    たとえばの話で、徳川家康が征夷大将軍になった頃の、言わば『侍』が一番強かった頃の日本の侍軍団と、同時期の西洋諸国のどこかの軍隊がやり合っても、海でも陸でも侍に勝ち目は無いんじゃないかと思う…。

    少林寺が強いのは凄いね。銃火器を用いない、極小規模の戦闘なら無類に強かろうね。
    中世の軍隊ではモンゴルが一番だったろうね。
    でも銃火器が出てからは、もう西洋が一番。

    • -8
  40. おおっ、8ってウィンランドサガのレイフのおっちゃんの弟のエピソードじゃんか‼︎

    • 評価
  41. 侍対スペイン人の元ネタはカガヤンの戦いというらしい。
    スペイン軍がフィリピンのカガヤン川の河口付近にあった日本人集落を襲撃して虐殺したもの。

    • +5
  42. エジプト軍 vs. 海の民 (紀元前1207年、紀元前1180年) はよ

    • 評価
  43. 倭寇船10隻で数千人はちょっとおかしいな
    13世紀頃ならともかく16世紀だし
    日本人かどうかも怪しい

    • +13
  44. 実際に戦って結果が出てんのに、結果に納得いかないからって文句言うのはおかしいんじゃねえの?
    妄想だろそれ
    「実際に戦った結果」VS「妄想」で論争しても結果は見えてる

    • -6
    1. ※75
      歴史なんてほとんど妄想だよ。
      だから議論の余地があっておもしろいんじゃん。

      • +1
  45. 日本刀が西洋の鎧に通用しなかったって事実がショックだわ

    • -3
    1. ※76
      日本の甲冑よりカバーできる面が広いだろうし、甲冑着た相手を斬る時も脇の下や叉や膝の裏といった稼働部を狙うものだから、西洋の鎧を着た相手を船上でとなると更にきついだろうね。

      • 評価
  46. 10番、本当かな?数千人に10隻潰して更に逃げた船が有ったんだろ?大船団じゃん。
    今の空母打撃艦隊で10隻位で数千人規模、で更に多く船が有ったとなると、下手すりゃ万単位に近い話になっちまうぞ。

    • +2
  47. 武道じゃないから最強の戦士ってのにはちょっとだけ違和感。練度とか装備とか環境で変わっちゃうし。

    あとこういうのって勝てば官軍というか、、プロパガンダ利用とか当時の娯楽作品の創作とかもあるし、歴史の記録ってどこまで調べてどこまで信用するか難しいよね。でも面白くて好き。

    • +2
  48. 10.の倭寇側の頭目の名前は”Tay Fusa”。まあ名前からして大陸系だよね。
    この時期の倭寇は本物ですら日本人比率は3割程度だし頭目は間違いなく日本人。
    日本刀を模した中国製の倭刀と日本人から入手した種子島で武装し、倭寇を名乗る中国人海賊も多かった。
    まあそういうことなんでしょ。

    • +10
  49. 元史料が明示されてないので断定はできないが、ほとんどが1つの史料からの記述だと思われ客観性に欠ける内容と言わざるを得ない。
    1に関してはおそらくスペイン側の史料であろうし、海賊(倭寇)を撃退したことから誇張した内容になっている可能性がある。上記でも指摘されている方がいるが、後期倭寇はほとんどが中国人であるといわれているし、撃退したから勝利というのも評価として公平なのかという疑問も残る。

    いずれにせよ、”三国史“ではなく“三国志“程度の読み物として読むべき記事であろうと思う。

    • +8
  50. 李舜臣が、日本の船団相手(輸送船w)に亀甲船(構造上外洋を進めないおとぎ話)で圧勝した!
    とかと同じレベルだな。あとは主語がとにかくでかいかのどっちか。

    • +7
  51. カガヤンの戦闘って、スペインはガレー船1隻と軽船5隻で、対する海賊船は平底の中国漁船のサンパン数十隻。
    海賊・商人・漁師・住民の居住地を、スペイン派遣部隊で侵略しに行ったお話・・・だったはず。

    • +3
  52. 数千人というのも何か吹いた数字だな
    実数は10分の1くらいか?

    正規兵同士ではないので参考記録かな

    • +5
  53. 侍とは言ってもピンキリだからなぁ
    農民を引っ張ってきただけかもしれないし
    本物の侍は兵として異質だった

    • +3
  54. スペイン人が侍の傭兵を評価してたという話もあるけどね

    ttp://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-371.html

    • 評価
  55. 海賊が侍⁇
    誰が作成した記事か知らんが、ただの馬鹿だと言うのは確実だな。

    コンキスタドールは確かに最強、いや最凶だよ。
    各地に病原菌撒き散らし国を衰退させてるんだから。

    • +4
  56. 本当に侍なのかなぁ
    日本刀って明にも輸出されてコピーもされてたし
    装備だけ似てる大陸系の海賊ってオチじゃないのこれ?

    • +5
  57. ぶっちゃけ強さなんて個人の能力と資質だろ。 
    侍だから強いとかローマ兵だから、騎馬民族が~とかキリがないでしょ。

    • 評価
  58. 戦って学習して新たな戦術産み出してからが面白いのに

    • 評価
  59. 日本刀持った野盗vsマスケット銃で武装しちゃんとした訓練を受けたコンキスタドール
    こんなもん勝敗は火を見るより明らか

    • +6
  60. 金砕棒使わない時点でバッタもん間違いなしだな

    • 評価
  61. 侍の異種格闘戦なら幕末の大英帝国艦隊対鬼島津のほうがふさわしいだろ。
    結果は鹿児島城下壊滅に対し英艦隊副指令と旗艦艦長死亡。

    • +1
    1. ※117
      あれは1863年だからこのラインナップじゃ無理じゃないだろうか
      この記事の10例ってファンタスティックなものを多分に含んでの古代~中世(~近世始め)あたりまでの検証であって、近世~近代戦の薩英戦争は生麦事件・治外法権の問題など時代が現代と近過ぎるので

      • 評価
  62. やっぱきちんと訓練された兵は強いね。
    大昔、大洋ホエールズの二軍の選手が3人で、50人クラスの暴走族を壊滅させた話を思い出した。

    • -1
  63. 最早このコメント欄の方が侃々諤々喧々囂々の大戦争勃発で御座る…。

    • +3
  64. 10の海賊がサムライで、7の海賊はサムライではないようだが、違いは何かな?

    • +1
  65. まぁいくら日本刀が優れてると言っても
    鉄の鎧は斬れないわな
    鎧の隙間を狙う突きみたいな点の攻撃ばかりじゃ戦いにはならんし
    負けてもしゃあない

    • -1
    1. ※122 ※137
      そもそも鎧を真っ二つに切断できる剣なんて存在しないから隙間を狙うのはどこも同じ
      日本刀だけが斬れないかのようなミスリードを誘う物言いは話にならない

      • +5
      1. ※141
        戦場って日本刀ではなくて槍や弓が主な武器だったよね

        • +2
  66. いつも4chで外国人が引き合いに出してくるけど、10番の戦いって存在自体が怪しいんじゃなかったっけ?

    サムライの名前も「テイ」とか日本人とは思えない感じだし

    • +9
  67. この手の話題はロマンがあるけど荒れやすい

    • +2
  68. 戦乱で生じた落人なんかが流れ流れて東南アジアで傭兵になるケースがあったそうだけど、シャム国なんかではスペインのアユタヤ侵攻を退けるのに功があったというし、やっぱり一戦の結果は一戦の結果であって、戦士としての優劣を語る上で話の種にはなっても優劣を決定付けるものじゃないわな。

    • 評価
  69. 10の侍の話=カガヤンの戦いはこれか。話全然違うじゃん。
    ttp://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/handle/2324/27526/pa001.pdf
    スペインは6艘で何十人か+雇われ中国人で構成。航海中に日本+中国の数百人の海賊に遭遇→スペイン旗艦に侵入されるも押し戻す→大砲で一掃&撃退→さらに進むうちに海賊の砦を発見→スペイン兵士「敵1000人くらいいそうだし、無理だよ帰ろうよ…」→18艘の1人乗り船に襲われる+中国人に反乱(逃亡?)される→スペイン人「もうやだこの国、本国より増援ください」→(数百年後)→「スペインが侍を圧倒!」
    …って感じ?

    • +7
  70. >>草原の王者の座をかけた戦いは何度か起きている。自然界においてトラとライオンはお互いに無視を決め込むことが多いが

    >>トラは「森の中では事なかれ主義だが、人前では凄まじく獰猛に豹変する」

    この時代…ってことは現代のライオンとは違うもの?なんか混乱してきた
    今のライオンは草原でトラは…あれ?でも「草原の王者の座」っていってるしでも「森の中では」って言ってるし

    みんなつっこまないけどなぜ?

    ちなみにローマ軍VSペンギンとかできるゲームがあるよ

    • 評価
    1. ※132
      君の意味不明なコメントの方にみんな突っ込みたいんだと思うよ。
      「この時代」っていうワードも無ければ、混乱するような文章でもない。

      • 評価
  71. 悔しいわ~
    侍惨敗で悔しいわ~
    日本人よえー所詮井の中の蛙なのね

    • -11
  72. どちらにしても侍というか日本の装備の質は酷かったからね
    良い質の鋼、鉄は一握りで穂先や鏃はクズ鉄が大半
    言うまでもなく日本刀はリングメイルすら「斬れない」し槍は刺すものじゃなくてぶっ叩くもの
    火縄銃は銃そのものの性能は良くても銃弾がこれまたすぐ潰れる質の悪い鉛ばかりで竹束すらろくに貫通できない(現代で火縄銃の評価試験をする場合大抵銃弾が現代基準で下手をするとライフリングまできってある)
    当世具足はこれまた板札がクズ鉄や銅ばかりでまともな鉄や鋼札で作られた具足を用意できたのはほんの一握りだけ
    日本刀の折り込みなんてまともな鉄はさや鋼が手に入らなかった苦肉の策だし

    • -5
  73. 倭寇も日本人だけの集団ではなかったんだけど、この海賊もどうなんだろ?
    日本刀と苗刀でも全然違うし、後期の方では中国人が殆どだったしなあ
    1582年ってまさにその年代ドストライクなんだけど

    • +5
  74. トラとライオンは住んでる所も環境も違う。人為的に会わせない限り戦う事がない。
    しかもトラは基本単独行動、ライオンは集団行動だし1対1で戦わせるのには無理がある。
    ライオン(特にオス)は体が大きすぎて機動性に欠けるので敏捷性があるトラにはタイマンでは勝ち目がない。バカな戦いさせるなよと言いたい。

    • +2
  75. 3のローマ軍 vs. 中国軍は元ネタは「漢書」の陳湯伝だろうけど、かなり誇張してるな
    実際は漢側のほうが少数だし、奮戦して漢側を感動させたのも嘘で一方的に押し負けられたあげくフン族は皇帝とその一族の女たちも含めてすべてが戦死。生け捕った145人に関しては西域諸国の王たちに分け与えられたとあるだけで漢軍に編成されたとかも嘘。
    そもそもこの145人がローマ兵だったかどうかもわからん。

    • +3
  76. 10番はまあ話盛ってるだろうなとは思うけど、これが「日本のサムライ40人が他国の軍1000人に圧勝」という作り話だったら米欄もこんなに沸き上がらず如何に日本の侍が凄かったかを讃えまくる流れだったんだろーな…と思ってしまった

    • +1
  77. 刀剣の歴史詳しくないんだけど、戦国期はまだ今の日本刀オンリーじゃなくて太刀と日本刀その他混在の時代だと覚えてたんだけど、もしかして自分間違えて覚えてる??詳しい人教えてください。

    あと、最近読んだ戦国期の兵糧本で、従軍負担が原因の生活苦から、武具馬を売っちまって慌ててる侍やら、借金まみれで富農に肩代わりしてもらう条件で次代からの侍の権利委譲しちゃってる侍とかも居たと書かれててさ。
    何が言いたいかって、戦国当時の農民も侍も身分なんて流動的で、個人負担がデカいからただ生存する!に個人の能力と判断が上も下もやたら問われた時代だよな~、平成時代に生きてて良かった!兵以外の誰かが養い続ける専業兵やっぱ強え!ってだけです、ハイ。

    • +1
  78. ヨーロッパは正規軍や騎士意外の仲間の数をカウントしない病気があるからな
    40人のコンキスタドール以外はいないものにされて相手はみんな侍扱いだからな
    そもそもこれ商人に率いられた日本人移民の集団なんだけどな

    • 評価
  79. カラパイアが紹介する歴史関係の記事はだいたいガバガバやぞ。けど歴史関係は考証がめんどくさいから大目に見たったらええんや。

    • +4
  80. 訂正
    ×ポーランドの騎兵が勝ったとは書いてないよ。
    ◯ポーランドの騎兵が壊滅したとは書いてないよ。

    文章が変になってた。すみません

    • 評価
  81. 数千人の10隻ってどんな超巨大海賊団なんだよ
    さすがに盛り過ぎではなかろうか

    • +1
    1. ※154
      免許状を有した(堺か博多あたりの)武装商船団じゃない?

      • 評価
  82. 今みたいに情報網発達してないし、たぶん全部話モリモリだと思う
    安全保障は武力の増強だけじゃなく
    自分たちの威勢をいかにアピールするかでもあるって証左だな
    話し合いで解決するにしても端っから格下と甞められてたら
    まともな交渉なぞ無理だしな

    • 評価
  83. スペイン人が侍を倒したとか自慢してた話があって、英語WIKIを調べたら、フィリピンで後期倭寇と交戦、海上戦である程度勝ったが数で負けていたので、地上戦に移行。地上戦は要塞にこもって、海賊と対峙。地の利を得て撃退。
    スペイン人の吹かしぶりがすごいという落ちだったと思う。まあ、少人数で防衛に成功したという点では、偉いと思うが、「侍に勝った」は言い過ぎだと思った。
    何という名前の戦いだったか・・・日本名はないと思う。

    • 評価
    1. ※158
      名前はカガヤンの戦い

      英語で、1582 Cagayan battlesと検索するとヒットするよ

      • 評価
  84. サムライが本当に強かったのなら、秀吉の唐入りの時、朝鮮半島なんてぶっちぎりで突破していたはずなんだよなあ・・・

    戦国時代を経験してきた日本のサムライは、経験値も装備も、日本史上もっとも優れた戦士たちだった。しかし国際比較をすると、クッソ弱かったりする。

    秀吉の唐入りで具体的に見ていくと、李氏朝鮮で発生した反乱に乗じてスムースに北上できた文禄の役ですら、山海関(半島や満州から中国に入る際、最初にたちふさがる要塞)にも到達できなかった。
    まして慶長の役では、半島南端の拠点に籠もって明と朝鮮の軍を迎え撃つのが精一杯だったりするからねえ。

    ぶっちゃけ中国を征服してきた歴代の騎馬民族にくらべると、日本のサムライはクッソ弱いんだなあ・・・

    • -1
  85. スペイン艦隊が、タイで浪人集団に2回も撃退されただろ

    • 評価
  86. *150
    明史には、サムライはべらぼうに強いと書いてあるぞ

    • 評価
  87. *159
    文禄の役では土地の占領に拘った為に兵站線が延び、占領地に兵力が分散してしまい力が発揮できなくなった。
    慶長の役での南部における築城はその反省を生かした戦略だった事は増田長盛が藤堂高虎に宛てた書状でも、朝鮮側の記録である宣祖実録でも伺える。
    国を支えていた土台であった南部に長らく進駐され続けた結果、朝鮮の産業基盤と財政基盤は崩壊し、明国も有効な打撃を与える事が殆どできず、軍が疲弊し、明滅亡、女真族台頭の遠因になった。
    明史/巻322には、明及び朝鮮に勝算は無かった。と記されている。

    • +2
  88. 侍擁護が多すぎて笑えるwww
    やっぱ日本人は侍憧れ強いのね。

    • 評価
  89. 侍ジャナイー 海賊ガー バカウヨウッッッザ “現実”を受け入れろや 日本刀()如きじゃ騎士団の甲冑は貫けねぇよ

    • 評価
  90. 10隻の船を40人が蹴散らしたのも信憑性はあるだろ
    スペインいや西洋のキャラック船、ガレオン船はアジアの船よりはるかに丈夫で数門の大砲も装備している
    アジアのジャンク船や安宅船は西洋と比べたら大砲がない門数が少ない上かなり脆い
    おそらく艦載砲で蹴散らしたんだろう
    西洋と東洋の船、火砲の技術は次元が違う

    • +1
  91. 戦国時代の日本人、男性でも平均身長150cm少々
    軍馬も野間馬のような体高120cm前後の小型在来種がメイン
    ちっさい人達がわーわーやっていたのが侍の現実なんだよね
    それが悪いとは言わないけれど(むしろ可愛いではないか)
    こと闘争における強さという点から考えると頭に疑問符がつかざるを得ないかな

    • +1
  92. 当時の火縄銃、日本製の方が銃身が長く命中率も高く威力も上じゃ無いのか。
    援護射撃したダケでスペイン兵の甲冑を貫き、あっと言う間に全滅出来そうだよな。
    変だよな~
    確か、フィリピンで武装化した華僑が暴動を起こした際に、スペイン軍が敗走して、現地に居た武士数十人かに助太刀を要請して、武装化した華僑の暴動を初めて鎮圧出来たと言う話を聞いたんだが。
    そんなに強いスペイン軍なら敗走などするわけも無いし、弱兵の武士にスペイン兵の代わりに武装化した暴徒の鎮圧を頼む筈無いよな。矛盾してらー
    武士達が暴徒どもの鎮圧に成功した後、スペイン人は武士達の武力を恐れて、フィリピンから追放してるんだよな
    数千人を40人でケチらすスペイン軍が和束な武士を恐れる理由が見つからないと成るよな。
    変な話だぜ武士VSスペイン兵の結末は

    • -1
  93. >159
    各々、好きなことヤってたんだろ。
    虎刈りとかして遊んでたのにか。
    はっきりした戦略目標も無しに只無闇に前進してる途中で朝鮮軍の関を潰し、交戦し蹴散らし、圧制に喘いでた民衆が、ドサクサに紛れて火を付けたり暴れてただけだろ。

    • -1
  94. デスカバリーチャンネルでヤってたな
    日本刀で西洋の甲冑を斬る実験をな。
    浅手だが斬れたな
    先で突いたら貫きそうだけどな。
    もっとも、当時のスペイン軍、半甲冑で装備してたから隙間だらけでズバズバ斬れる所ばかりじゃないのか。
    しかし下らないネタを本気で信じてるとか
    孫悟空がキントン雲で1000里を一飛びを信じてるのと大差ないぞ
    マゼラン船とか言い出してる奴は本文読み返せよ。

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  95. 刀持ってれば侍とかふざけんな! 島津とか豊臣とかの大名に連なる面々じゃなければ、侍とは呼べないわ

    浪人や野党なんかは侍とは呼べない。 高々40人に蹴散らされたと解ったらそいつらのトップが腹捌かなければいけない世の中。 恥は末代まで語り継がれてしまうはず。

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  96. サムライ負けると発狂する奴多過ぎて草

    実際貿易でマカオ行った武士が騒ぎ起こしてポルトガルに殲滅されてる例あるが。その件で幕府に挨拶に来たポルトガル人を逆恨みして数十隻千人以上で襲撃したが、商船一隻を沈めるのに四日四晩掛かってる。
    山田長政とかシャムに進出して勢力築いた連中も早々に負けて駆逐されてるし。
    海外出たサムライは弱いよ。

    朝鮮に進出した戦国オールスターすら局地戦で勝てても結局何の戦略目標も達成できず万単位の犠牲出しただけで撤退。唐入りのはずが朝鮮すら突破できず、朝鮮を焦土化しただけで中国領土に触ることすら出来ず。つまりは戦略的な大敗北を喫してるしな。

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  97. 侍の強さなんてファンタジーだから負けても何の不思議もないな。それより日本の僧兵なのにチャイナ少林寺カンフーマンっぽいイラストなのが気になる(笑)

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  98. この十六世紀のフィリピンは壮絶なんだね
    教科書では触れられてないカンジだったから調べてみた
    まず日本人コミニュティなので名前も日本名ではなかった、もちろん中国籍の舟もあったようだね
    そういう現地の商売人集団(アジア人)が居たと思った方が良さそう
    鎖国で日本国から見限られて後ろ盾も失ってしまっていて気の毒ではあるね
    ロウニンですらない、勝つも何もない

    これ、もしも鎖国しなかった場合
    とんでもない戦争になった可能性が極めて高いよね
    半島出兵は止めて対スペインにシフトする選択肢もあったろうとは思うけど
    鎖国で正解かな

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  99. コンキスタドールはただ自分らの手柄を誇張して喧伝してるだけだろうに。そもそも倭寇(海賊)如きを武士と同列に語るな言いたい。本当に弱かったのなら欧州で侍が傭兵として信頼されてた事実はどう説明するんだ?

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