この画像を大きなサイズで見るアメリカ人スキューバダイビングインストラクターのブランディ・ミューラー(32)が最近、ミクロネシア・チューク諸島を訪れ、一週間かけて潜り、美しい自然と海に沈む第二次世界大戦の爪痕を撮影したそうだ。更に追加のニュースとして、2015年6月に地元の作業員が偶然発見した機体が、日本海軍の「二式水戦(二式水上戦闘機)」であることがわかったという。
「太平洋戦争中の1944年2月17日-18日、トラック島空襲と呼ばれるアメリカ軍機動部隊による日本軍の拠点への航空攻撃により、チューク諸島ではおよそ400機以上の航空機、50隻の戦艦が破壊され、2000人以上の日本兵が米軍のこの作戦で命を落とした」と海外サイトに紹介されていたが、今回二式水戦を撮影した映像を公開してくれた、水中写真家の戸村裕行氏によると、チュークの沈船の場合、インリーフに限れは駆逐艦クラスで文月、追風くらい。後は民間から徴用され軍属となった特設艦船などがほとんどで、戦艦ではないのだそうだ。貴重な情報をありがとうございました!
1. 海底に折り重なって横たわる日本軍の戦車。サンゴに分厚く覆われ、海洋生物たちの住み家になっている。1944年2月、米軍のヘイルストーン作戦によって沈められた。コメント欄によるとこれは三式戦車ではなく、95式軽戦車だという。
この画像を大きなサイズで見る2. 沈んだ戦車の中に残されていた日本軍の大量の弾薬。
この画像を大きなサイズで見る3. 撃墜されて沈んだ四機の戦闘機から見つかった酸素マスク。ひしゃげた金属の中には比較的保存状態のいいガラスビンも見られる。
この画像を大きなサイズで見る4. 砂から突き出す戦闘機のプロペラ。
撃墜されて以降手つかずのままここに眠る。
この画像を大きなサイズで見る5. 潜水艦の中の遺物。保存状態のいい救急箱やビン、皿などが見られる。沈められた船の多くは、カロリン諸島の日本の海軍基地に物資を届ける商船だった。
この画像を大きなサイズで見る6. ハンドルがちゃんと残っている日本軍の軍用トラック。
戦車や航空機と共に眠る。
この画像を大きなサイズで見る7. 色鮮やかなサンゴや魚の間に残る、速度計やたくさんの魚雷。チューク諸島のラグーンは、1万1500人の日本の水兵、航空兵の墓場になっていて、日本のパールハーバーと呼ばれた。
この画像を大きなサイズで見る
この画像を大きなサイズで見る8. トラック島空襲におけるアメリカ軍の作戦名はヘイルストーン作戦。日本軍に壊滅的な打撃を与えたこの作戦は、日本の真珠湾攻撃への報復とみられている。
この画像を大きなサイズで見る9. チュークラグーンは、広大なカロリン諸島の一部で、歴史的にはニューフィリピンとして知られている。500の小さな島から成り、現在は政治的にはミクロネシア連邦とパラオの所轄。
この画像を大きなサイズで見る10. 日本軍の錆びついた戦車の残骸の中で、ひと息つくダイバー仲間。
この画像を大きなサイズで見る11. 沈んだときのまま手つかずのボトルケース。
この画像を大きなサイズで見る12. マーシャル諸島への進軍の成功に続いて、米軍はヘイルストーン作戦で日本軍の心臓部に壊滅的な打撃を与えた。
この画像を大きなサイズで見る13. ミクロネシア連邦の日本軍の残骸が沈むこのあたりは、絶好のダイビングスポットだ。
この画像を大きなサイズで見る14. 藻やサンゴに覆われ、手つかずのまま海底に放置されている
この画像を大きなサイズで見る15. 戦車から潜水艦まで、これらはかつて日本軍の海軍基地の一部だった。
この画像を大きなサイズで見るvia:barnorama・dailymail・written konohazuku / edited by parumo
更にこんなニュースがあった。
前にちらっと触れたが二式水戦に関しての嬉しいニュース。水中写真家である戸村裕行氏によるOcean Planetが、ミクロネシア連邦チューク州近海に沈んでいた日本海軍の「二式水戦(二式水上戦闘機)」をメディアとして初めて撮影したことを発表したそうだ。
これは2015年6月、地元の作業員がモエン島の近くの海底29mで偶然発見したもので、その機体の正体が分からずそれから約半年ほど放置状態となっていたという。今回、戸村氏が撮影した写真が軍事専門誌「丸」の鑑定により、「二式水戦」であることが明らかとなった。
「二式水戦」は第二次大戦中に大日本帝国海軍が使用していた水上戦闘機。終戦時には24機が残存していたそうだが、すべて処分されたために現存する機体はないという。
追記:タイトルを訂正し再送いたしました。














50隻も戦艦があったら…もっといい勝負しとるわ
三式中戦車ではなくて、九七式中戦車じゃないかな?
4の写真は、戦闘機ではなく4発機である二式大艇のように見えるね。
※2
これは二式大艇だね
※2
ああ!二式飛行艇がひっくり返ってんだw
なるほど
一番最初の戦車、明らかに三式戦車じゃないと思います。砲塔のサイズがあまりにも小さいので95式軽戦車かなにかではないでしょうか?
12はスチームパンク系(?)の潜水服みたいだ
チュークは行ってみたい場所の一つだなぁ
旧日本海軍が建設した空港が、今も国際空港として使用されてるところの一つだったかな
ご先祖様に敬礼(`;ω;´)ゞ
当然だがゲームじゃないリアルがあるな・・・
とりあえず、戦車のは九五式軽戦車ハ号だろ。
メリークリスマス(´;ω;`)
バイオショックだな
合掌。
おかげさまで、今日もなんとか生きています。
(姐さん。もし硫黄島の記事があったら、いつかお願いします)
三式中戦車は44年9月に生産が始まったばかりで、本土決戦用に温存されてフィリピン戦にも参加してません。トラック(チューク)島に配備されてた記録もなく、元記事のキャプションが間違っていると思われます。
遠浅の美しい海の底には戦争の痕跡が沈んでいる光景は、なんだか切ないですね。こういった南国って、今ではリゾート地になってるけど
70年前には熾烈な戦いがあったんだよなあ。改めてお国の為に戦った英霊に感謝したいです。
えっ、チヌって数がそろわなくて、日本本土から一歩も出られなかったんじゃなかったっけ?(フィリピンに送られる計画は一応あったが)
写真を見るに九五式ハ号かテケに見えるが…
こうやって海に沈んだ陸上兵器を見ると、その裏にある未練や無念を感じて居たたまれない
その良し悪しはともかく、今はこうして戦いのない世界に佇んでいるのだなぁ
三式中戦車は本土防衛用だった定説を覆す発見か!?
と思ったら、どう見ても九七改か一式中戦車じゃねえか!
本当にありがとうございました
一枚目の写真は95式軽戦車っぽいですな。
砲塔のサイズなどから明らかに違いますが、
ヘイルストーン作戦は1944年2月、三式戦車の試作車両完成が1944年9月なので
3式戦車でありませんな。
鉄人や轟天号はまだ見付かっていないようだな
※17
>写真を見るに九五式ハ号かテケに見えるが…
よーく見ると、左が九五式ハ号(砲塔の下の垂直部分が平らで球形の銃眼がある)で
右の方が九七式テケ(砲塔の下の垂直部分に銃眼がなくて曲面)だよね
砲塔の形状も搭載砲の太さもちょっと違うしw
この角度からだと割と似てるんで分かりにくいけど、たぶん横から見たら一目瞭然だと思う
ご冥福をお祈りします。
光明へ導かれて、安らかにご成仏されますように。
あの潜水服みたいなのは中どうなってるのかって考えて怖くなり切なくなった。
トップ画潜水服かと思った
私有地だから勝手には見に行けないらしい。
・・・海が私有地ってなんじゃそりゃ?
※22
ただのボンベですね
コンプレッサーとつながったエアーのボンベにゲージ二つが付いてるだけです
二式水戦…こんな物が眠っているとは…
二式水戦を簡単に説明すると、有名な零式戦闘機の水上機版の機体です。降着用の脚を取り外して水上フロート類を取り付けて有ります。後は垂直尾翼の形が零式と少し違っていました。動画の物は特徴の有るエンジンカウルやスピナーの形から、まず二式水戦で間違いないと思います。案外と原型を留めていますね。動画の最初の方でエンジン部分が脱落しているのかと思ったら、後半でちゃんと機首部分も映っていました。
二式水戦は、あの華奢な翼端フロートが折れていない。
一方、中心の主フロートは先端がもぎ取れている。
敵機に撃たれ不時着水に失敗したのか・・
操縦士は生き延びたのか、あるいは愛機と運命を共にしたのか・・
二式水戦は、何も語らない。
ただ、六十余年前の、
戦いの跡を
あくまでも黙って示すだけ・・・・。
二式水戦て零戦ベースの水上機型だね
水上戦闘機としては異例な高性能機だったみたい
(´;ω;`)ゞ
このトラック空襲を生き残り唯一現存してる帝国海軍艦船が
初代南極観測船でもある宗谷、お台場の船の科学館で会えるよ
戦艦50隻もあったら真珠湾なんかやらんで堂々と艦隊決戦できたな……
その前に建造費と維持費で帝国海軍、というか日本は破産か
日本も海外もメディアって適当だな
12はミニオンだろ
よし、次のストリートビュー・オーシャンズはここ撮影しよう!(提案)
経済戦争を仕掛け(プロパガンダ上言及されないが、国際法上で先に殴りかかってきたのはアメリカ)、オレンジ計画を始めとするアメリカの侵略に対し、勇敢に立ち向かった英霊には頭が上がらんよ。
トップ画、伏龍の類だと思ったw
戦艦というか軍艦?
あれが三式中戦車なら大発見だったな
しかしこの手の記事の「戦車」や「戦闘機」や「戦艦」の表記にはイラつく事が多いね…
味噌の区別とかキャベツとレタスの区別も付けずに料理を語るに等しいのにねぇ。
※36
真珠湾の奇襲うんぬんは、アメリカ側の対応も悪かったと米軍が認めて、真珠湾にある記念館に英語で公開されてますけどね。
あと、当時の日本は日露戦争とWW1の賠償金等で、物は無いけど金はある状態でしたから、あの程度ではまだまだ破産はしませんでしたよ。
で、逆にアメリカは物はあるけど金が無いという状態で、戦後に日本の金と欧州各国からの謝礼金を手に入れて、ようやく今の基軸通貨制度を完成させた訳です。
実際、その為に戦後間もない頃の日本が一番貧しかった訳で…。
間違っていると思ったなら、ただせばいいだけだと思うの
それに対していらつくとか言われると、これだからオタはとか近寄りたくなくなるんだよね
怖さと好奇心の入り交じった複雑な気持ちになるな毎回こういうの見ると
搭乗員はどうなったのだろう?機体に弾痕が見られないので無傷のまま海底に落ち、一番先に下駄破損、横転だろうか?
機体番号とか尾翼のマークとか手がかりが何かほしいね
海上でフロート破損をくらい転覆、沈没ではないかと。ペラすら曲がってない(ように見える)
ちなみにやはりフロートなしの戦闘機相手には苦戦したようだ。
だが米軍のようにブルドーザなんかでの迅速な飛行場設営ができない日本軍には
頼らざるを得ない機体だったようです
涙無しには見れない。聖なる墓所。
二度と戦争が起こらないことを祈るばかりですね
※46
まあ、そう言って差しあげるな。これを公表した人が、外国の、しかも相当昔の兵器に詳しいとは限らないよ。3式戦車と書いたのは「日本には3式戦車という物が有って、何か形が似ているよな?」「これがそうなんじゃないの?」(← ほとんど他の事は調べていない)辺りが真相だと思うよ。こうして画像を紹介してくれるんだから、ラッキーと捉えた方が気楽だ。