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アンコール・ワットで失われた塔と螺旋状の建築物を発見(カンボジア)

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(著)

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 カンボジア北西部にある世界遺産アンコール・ワットの地中に、砂岩で作られた8つの塔と巨大な螺旋構造を持つ建築物が埋まっていることが判明した。

 レーザースキャンで発見された巨大な建築物は1,500×600mの広さを持ち、幾つかの長方形の螺旋構造を特徴としている。その役割はまったく分かっておらず、アンコール遺跡でこれに相当するものは一切ないという。発見者であるフランス国立極東学院の研究者らは、1つの仮説として、儀式や食事を行う庭園であり、螺旋構造には宗教的な意味があったのではないかと推測する。

 調査からはアンコール・ワット建設当初の12世紀頃のものであることが判明しているが、同世紀中頃から後半までの短い期間しか使用されなかったようだ。また、後になって螺旋デザインを横切るように溝が掘られており、未完成だった可能性も指摘されている。

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 地中レーダー探査と発掘調査からは、倒壊した8基の塔らしき遺構も発見されている。これらは砂岩とラテライトで作られており、アンコール・ワットの西側の堀を渡す参道付近で見つかった。

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 建設された時期ははっきりとしないが、12世紀初頭から中頃にかけてはかなりの数の塔が建てられていたようだという。一部の塔は四角を描くように建てられており、複数の構造物を支えていた可能性があるようだ。さらに、その多くが門の壁が建設される以前に建てられたことも判明している。

 研究者の仮説によれば、これらの塔はアンコール・ワットを建立する最中に使用していた寺院の基礎だったらしい。中央の寺院が完成し、門の建設が着手された時に破壊されたのではないかということだ。

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 また、調査からは寺院の僧侶が使っていたと思われる家と池の跡も発見されている。

 アンコール・ワットは12世紀頃、アンコール王朝のスーリヤヴァルマン2世によって、ヴィシュヌ神を祀るヒンドゥー教の寺院として建てられた。高さ65mの主塔は、4つの塔と壁で囲まれている。その配置は、当時の世界観であった須弥山とそれを囲むミルクの海を模したものと考えられてる。

 その後、孫のソター王によって仏教の寺院に改修され、1979年には政権を追われたクメール・ルージュによって要塞としても使われた。アンコール・ワットが最後の役目を終えたのはこの時である。

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via:livescience・written hiroching
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この記事へのコメント 15件

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  1. >1979年には政権を追われたクメール・ルージュによって要塞としても使われた。
    な、なんだってーーーーー!!!!!!!

  2. え、その溝は人も通れるくらいのスケールってこと??すごいんですけど

  3. アンコールワット周辺には、まだ未発見の遺跡が埋もれている可能性が有るとは、以前から言われていたが、結構と大きな建造物が発見されたね。早く見てみたいものだ。発掘に何年くらい掛かるんだろ?エジプトでも砂の中に未知のピラミッド発見!とか報じられて、何年も音沙汰なしとかの物も有るから、気長に待つしかないかな?

  4. 下手に掘り起こしても風化したり、もしかしたら何処かの偶像崇拝反対勢力に破壊されたりするかもしれないから(中に偶像があるかどうかワカランが)
    後世の為にそのまま地中に眠らせておく方がいいな

  5. これを螺旋といわれるとムズムズする…
    なにかこの出汁巻き構造とでもいうべきものを他国でも伝わる言い方に出来ないものだろうか

  6. アンコールワットは巨大な貯水池や町などを含む計画都市の一部としてあったので、広大な場所にはもっと色々なモノがあってもいいんだよね。

  7. アンコールワットについての本を読んでいた俺に
    取って面白そうなニュースだな。
    そういえば渦巻き・迷路といったものは世界的に共通するシンボルらしい

  8. アンコールワット前って、屋台村が並んでてカンボジアのグルメ食べまくりできるんだってね
    某ライトノベルで見て、調べたら本当にあった

  9. ◎アンコールワットの歴史に触れて
    此れから明らかに成る歴史から、
    アンコールワット(カンボジア)の衰退にアユタヤ王朝(タイ)の進出と一般的にあるが、歴史はもっと複雑です。
    中国の明が領土拡大を図り、ベトナムを侵略する。
    アンコールワットは世界最大の貿易国であったが、主要な米を輸出する為の海外交易港であるベトナムのクイニョンが、明の侵略により失い貿易量が激減する。
    15世紀頃アンコールワットには人口約100万人の大都市であったが、主力の交易港であるクイニョンを失った事で、国の国力が大きく低下する事と成る。
    アユタヤ王朝に貿易を依存する体制から、国土をアユタヤ王朝に徐々に奪われて最後には吸収併合される。

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