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”悪魔の綱” 有刺鉄線にまつわるダークな歴史

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(著)

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 日本でもおなじみの有刺鉄線は、主に金属でできた頑丈な鉄線に、斜めに削いで尖らせた短い鉄線を組み合わせが茨のトゲのようなもので、人間や動物などが入ってこられないよう、立ち入り禁止区域や守るべき敷地内に設置されるものだ。

 中には電気を鉄線に通す事によって生き物が触れると感電するものもある。

 さてこの静的な兵器的役割を果たす有刺鉄線についての歴史を見ていくことにしよう。

ほとんど未開の地だったアメリカ西部

 1800年代中頃、ミシシッピ以西へ足を踏み入れた(ノンネイティブ)アメリカ人はごく少数だった。

 都市計画家のフレデリック・ロー・オルムステッド(1822年-1903年)が初めて西部を訪れたとき、「嵐の後で膨れ上がったかのような草原の海が広がっている。」と表現するほど、バッファローの大群がうろつき、無人の大地をカウボーイ(牛飼い:畜産業に従事する牧場労働者)が牛を追って走る、まさに手付かずの地であったのだ。

 植民地時代から19世紀初頭にかけて、アメリカ中部に暮らしていたのはネイティブ・アメリカンと増加するカウボーイだった。それゆえ、ほとんどが未知の大地であり、地図には”大アメリカ砂漠”と記されていた。

 だが、”悪魔の綱(デビルス・ロープ)” と呼ばれるシンプルな発明によって、その状況は後に様変わりすることとなる。

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有刺鉄線のフェンスが西部を変えた。

農民の西部移住を推進

 しかし、1800年代中頃に席巻した自明の運命説(アメリカは北米全土に拡大する運命にあるという説)によって、アメリカ政府は農民の西部移住を推進し始める。

 彼らはカウボーイとは異なり、永住し、コミュニティを築いていった。1862年、リンカーン大統領はホームステッド法に署名し、そこで農業を営む者に約65ヘクタールの土地を5年間無償で与えることにした。

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 希望者がこぞって西部への移住を始めるが、すぐに問題にぶち当たった。作物を守るための柵の原料不足だ。

 草原の海では柵になる木材が手に入らず、牛に作物を荒らされないよう防ぐことができなかったのだ。

 農民はトゲの生えたオーセージ・オレンジの藪を柵代わりしようとしたが、これが育つまでには5年もかかり、現実的ではなかった。

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オーセージ・オレンジ

 普通のワイヤーも試したが、これでは牛に壊されてしまう。失望して、諦める者も続出した。新聞や農業関係誌、さらに政府でも柵の問題が取り沙汰されるようになった。1871年に公開された農務省の研究では、柵がないために西部移住は不可能であると報告されている。

有刺鉄線 の登場

 そしてついに有刺鉄線が登場する。

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 この時期、トゲを有した柵の特許に関する様々な出願が提出された。下記はそうしたデザインの一部である。

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 最終的に採用されたのはジョセフ・グリデン(1813年-1906年)のデザインだ。彼が設計したのは、普通のワイヤーをひねったものに鋭い金属のトゲを巻いて、トゲが滑らないようにしたものだった。

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ジョセフ・グリデンの特許の図説

 これが見事に大ヒット。1876年までに、彼の会社は毎年およそ13万6千トンの有刺鉄線を生産するようになった。

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億万長者となったジョセフ・グリデン

 有刺鉄線が西部を分割する前、農民が藪のフェンスで四苦八苦する姿はカウボーイの物笑いの種だった。

 移住者が来る以前には、”自由放牧”が西部では当たり前だった。牛に牧草や水を与えるために、草原の移動を自由にしておく必要があったのだ。

 これは牛を列車に載せて東海岸へ輸出することを目的とした大都市への長距離移動においては、特に重要なことだった。

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 有刺鉄線はこの自由放牧と真っ向から衝突するうえ、牛に怪我をさせることもあった。牛が見やすく、避けやすい、より”人道的”な有刺鉄線の設計も試みられたが、それほど普及しなかった。

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木片を編み込み、牛からの視認性を高めた有刺鉄線

 いずれにせよ、カウボーイと農民たちとの緊張は高まることになった。ブロードウェイのミュージカル作品『オクラホマ!』で歌われる『農夫と牧童』はこの状況を描いたものだ。

Oklahoma! – The Farmer And The Cowman (with lyrics)

カウボーイと農民の間の対立

 歌のコーラスは”地元の仲間”が仲良くするよう懇願しているが、現実においてはカウボーイと農民はしばらくの間険悪な雰囲気だった。柵をどんどん作り上げる農民をカウボーイが嘲笑し、これがやがて柵切り戦争へと発展する。

 1881年、カウボーイは農民が権利を有さない土地に作った柵の切断に乗り出す。彼らは夜な夜なマスクをかぶり、柵切りギャング団を結成して暗躍した。そして、次第に法的な権利を有する柵にまで手を出すようになった。

 ほとんどの場合は器物破損だったが、時には銃で命を奪うこともあったようだ。とうとう連邦政府とテキサス州までが介入し、騒動は1885年頃には沈静化した。

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野生動物にも被害をもたらす有刺鉄線

 だが、柵は牛だけに被害を与えただけではない。バッファローの群れもまたその影響を受けている。

 1800年代において、アメリカ西部では大量のバッファローが死んでいる。これは皮目的の移住者に殺されたためでもあるが、有刺鉄線によってバッファローが牧草や水源に有り付けなくなったことも原因である。

 白人が西部に移住する前、草原には6500万頭のバッファローが闊歩していた。しかし、19世紀末にはわずか1000頭を割っている。

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バイソンの頭蓋骨の山。肥料として利用された。

有刺鉄線は悪魔の綱(デビルス・ロープ)と呼ばれるように

 バッファローが絶滅しかけると、今度はその群れを追って暮らしていたネイティブ・アメリカンの生活も破壊された。そして、彼らは有刺鉄線を”悪魔の綱”と呼ぶようになった。

 19世紀末までに西部は ”悪魔の綱” で覆われていたが、それから間もなくヨーロッパは別の文脈においての ”悪魔の綱” に覆われるようになる。

 第一次世界大戦では塹壕に張り巡らされたことで悪名を成し、第二次世界大戦では強制収容所の象徴となったのだ。

有刺鉄線が役に立った事例も

 有刺鉄線の歴史は、そのほとんどが管理、占有、分離にまつわるものだが、唯一、分離ではなく、人々を繋ぐために使われた例も1つある。

 有刺鉄線がこの世に登場したのとほぼ同時期、アレクサンダー・グラハム・ベルが電話を発明した。

最初、電話会社は都市部には電話線を敷設したが、田舎の市場にはそれほど関心を払っていなかった。しかし、農民は電話を必要としていたのだ。

 それは同時に農場を繋ぐネットワークが必要になるということでもある。これに有刺鉄線の柵が役に立った。

 きちんと処理された銅線ほど明確な信号を送ることはできなかったが、それでも何年もの間、有刺鉄線のネットワークが利用された。

 自分で作業すれば、10ヶ所以上もの農場を25ドルで接続することができたのだ。つまり、農民は最も早く電話を利用し始めた人たちである。

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 1930年代までには、ベル電話システムは西部および中西部の人里離れた田舎にまで普及した。もう彼らが自らの手で電話線を接続する必要もなくなった。

 そして、有刺鉄線は再び本来の利用方法へと戻っていく。人々を囲い込み、侵入を防ぐというその目的のために。

 テキサス州マクレーンにある、有刺鉄線の博物館「デビルス・ロープ・ミュージアム」。

The Texas Bucket List – Devil’s Rope Museum

via:gizmodo・原文翻訳:hiroching

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この記事へのコメント 50件

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  1. アメリカの開拓時代の歴史としてはとても勉強になったんだけど、
    先端恐怖症にはつらい記事だった。

    • +8
  2. 有刺鉄線死ぬほど苦手。テレビの画面ですら直視できない。 怖いもの見たさで勇気を出して記事読もうとしたけど、次ページ開けませんでした(泣) 想像だけで目の奥が痛い…

    • +6
  3. 悪魔の綱か…ネイティヴアメリカンにとってはまさにそうだったんだろうな
    うちの田舎ではトンボ線という平和な呼ばれ方だったわ

    • +37
  4. ガキの頃に足にからまってね…!
    見た目が悲惨なもんだからぎゃん泣きしたんだけど、深く刺さらずあっさりと抜け、出血も少なかった
    病院で消毒して絆創膏貼って終わり
    アホなもんだから綺麗さっぱり忘れ、トラウマにもならんかった
    30年ぶりくらいに思い出したぞ

    • +8
  5. 戦争に起源をもつ発明品だと思ったら違ったんだね

    • +22
  6. 大仁田厚率いるFMWでイヤってくらい恐ろしさを知ったわ

    • +6
  7. 有刺鉄線は耐爆性能といい敷設コストといい本当に強い。
    軍でも乗り越え訓練するくらい厄介。

    • +13
  8. 日本人は第一次大戦よりも前に日露戦争の旅順要塞の鉄条網で散々苦しめられてるからな

    • +7
  9. 有刺鉄線で今でも左腕に大きな傷が残ってる
    大人の今でも有刺鉄線を見ると怖いので遠くにあっても
    やっぱ苦手だ

    • +4
  10. 有刺鉄線も大仁田厚だけは通過できちゃう。

    • +4
  11. モノと歴史と文化、って切り口の読み物として
    なかなか面白かった。
    新発明&時代の移行期という重なりで
    どういう反応が起きていくかが面白い…っちゃあ語弊があるけど。

    • +9
  12. WWⅠで有刺鉄線+塹壕が砲撃で破壊しにくかったから
    それを突破する為に戦車が生まれた

    • +4
  13. 有刺鉄線も興味深かったけどバイソンの骨の山の写真が衝撃的。
    何でこんなに必要だったんかねぇ

    • +1
  14. タモリがこれで失明したんだっけ?怖いね。

    • 評価
  15. 『軍靴のバルツァー』で、有刺鉄線出始めの戦略みたいなのをちらっとやってて面白かった。軽くて扱いやすくて足留め力高いとか、最強すぎる。

    • +1
    1. ※15
      タモリは電柱にから出てるボルトのようなもの刺さったんじゃなかったか?

      • 評価
  16. 有刺鉄線にこれほどの来歴があったとは意外でした

    • +2
  17. それより積まれたバイソンの骨の画像が……
    肥料?何それ?本当にそれ必要だったの?
    有刺鉄線の画像よりショックだった……

    • +6
  18. 興味深かった…
    しかし、あの骨の山…鯨もそうだけど白人の凄さを思い知らされる。

    • +23
  19. 有刺鉄線といえば映画「大脱走」のバイクで飛び越えられなかったシーンを思い出す

    • +12
  20. 確かバックトゥザフューチャー3で有刺鉄線売り込んでる人でなかったっけか?

    • +4
  21. 有刺鉄線のせいで「ローハイド」みたいな長距離移動型のカーボーイは失業したのだそうだ。

    • +4
  22. 俺の地域はバラ線って名前だわ
    最近は電牧に変わっていってるけどまだまだ見る機会は多いね

    • +8
  23. これは力の入った記事乙
    ためになった

    • +5
  24. 有刺鉄線:Devil’s Rope
    勉強になった!

    • +6
  25. 私おっさんだけど、子供の頃は普通に工事現場にあったのに全く見なくなったな有刺鉄線

    • +9
  26. 6500万頭がわずか1000頭になっちゃったの?
    人間っておそろしいほど愚かだ

    • +2
    1. ※29
      確かに最近見かけませんね~。
      私東京ですが子供の頃は空き地なんかは普通に有刺鉄線で囲ってありました。
      セーターなんかよく引っかけたもんです。

      • 評価
  27. そうだ、昔は有刺鉄線じゃなく鉄条網と呼んでたわ
    何十年ぶりかにその言葉を目にした

    • +2
  28. 第二次大戦の時は有刺鉄線を吹き飛ばす専用のバンガロールブレードって兵器(棒状の爆弾)があって、映画『プライベートライアン』のオマハビーチで使われてた。
    たしかフューチャーウェポンか何かでも紹介されてたけど、今でも使われてるのかな
    >彼らは夜な夜なマスクをかぶり、柵切りギャング団を結成して暗躍した
    KKKみたい

    • -3
    1. ※32~37
      日本陸軍でも同じような物を使ってたな。
      ”肉弾三銃士”
      で有名な奴だ。
      竹の中に爆薬詰めて鉄条網の下に押し込むんだが、鉄条網の下に押し込んだ後に
      点火してたのでは間に合わないので、先に点火してから鉄条網に突進してたという・・・

      • 評価
  29. シンプル故に幅広く応用が利く
    単純なバリケードとしてはこれほどコスパが良いものはないしな

    • +5
  30. 西部開拓史の1ぺージ、アメリカ発明史の1ページでもあるね。
    楽しく読めて勉強になった。過去、モンゴル地方でも開拓農民と遊牧民の間で土地の使用をめぐる争いがあったという事だけど、東西を問わず両者には生活様式や哲学で相容れない部分があるんだね。

    • +2
    1. ※36
      この前見たディスカバリーチャンネルにそういうのが出てた。
      現代の爆弾特集だったけど、そういう名前だったか忘れた。
      継ぎ足して長く出来るやつだったよ。

      • 評価
  31. バッファローの骨について白人が~とかいってる人がいるが、日本も江戸期に鮭の乱獲で絶滅させかけたり(これは最上とそのたった一人の部下のおかげで回避できたが)、今でもウナギやマグロを絶滅させかけてるんだからどこの人種も変わらんよ
    絶滅させられるだけのリソースがあるかないかだけの話

    • +2
    1. ※37
      同じ番組の再放送かな
      調べたらバンガロールブレードはバンガロール爆薬筒の比較的最近開発された改良型みたい。
      具体的な開発時期とか採用年数が分かんなかったけど、兵器関係の紹介記事にありがちだね
      海外でもフューチャーウェポンぐらいでしか紹介されてないのか、英語版wikipediaにフューチャーウェポンの動画が貼ってあったw

      • 評価
  32. 面白い記事だった
    家畜用に作った物が人間にも使われるようになったのは、なんか皮肉的だな

    • +1
  33. これは多くの人に読んで欲しい記事だな。
    同情するとかそんなものじゃなくて

    • +3
  34. 今回のまとめは、非常に有意義かつ良くまとめられてました
    学校の教材に使いたいくらいです

    • -3
  35. ちなみにバイソンに関しては他の絶滅のように必要だったから狩ったのとは訳が違って、インディアンがバイソンに依存した生活を送ってるのを知り弱体化のためにバイソンを減らした。つまり、肥料とかそういうのはオマケに過ぎないという恐ろしさ。
    またオセアニアに移住したイギリス人は先住民を「狩り」の対象としてる。

    • +1
  36. 発明者は極貧の画家だったらしいが、一次大戦で有刺鉄線はバカ売れして、巨万の富を築いたって聞いた。死後、遺産を計算するのに数人の会計士が何年もかかったらしい。

    • +1
  37. 動物実験されてたチンパンジーの記事読んでから来たが
    人間の生活の方がよほどえげつないのな

    • 評価
  38. 舞台「オクラホマ!」のバックヤードに悪魔の綱の存在があったとは
    芝居が好きなのにほとんど歴史の勉強をしてこなかった
    己の無知を恥じ、これからは勉強してから舞台鑑賞したい

    • +3
  39. 有刺鉄線ひとつでここまで書けるのか。大したもんだ。

    • 評価
  40. ネイティブアメリカンとバッファロー達にとって移住者たちは文字通り悪魔だったんだな

    • +10
  41. そんなに歴史の深い物だと思いませんでした。

    • 評価

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