この画像を大きなサイズで見る精神的な回復力は困難から形勢を立て直す能力のことで、心の弾力性もしくはしなやかな強靭性、とも称される最高に魅惑的な性格特性の一つだ。
回復力がある人は、物事が悪化した時にそれに引きずられることなく前向きに進もうとする人だ。人生で人々が求めるものの大半は、人々が前向きにそれを得ようとするパワーがあれば得ることができる。
ここでは魅力的な回復力とは何か?それを得る為の方法を見ていくことにしよう。
1. うまく切り抜ける手段を知っている
薬物やヤケ食い、エクササイズという依存的手段に走らず、できる限り健全な方法で対処する能力は、強く人々を惹きつける。
感情をぶちまけずに受け流す。自分を責めるかわりに問題を解決する。呆然とするのでなく、何かを生み出すことができる人は回復力が高いと言えるだろう。
2. どこまでも楽天的
時に、おめでたい人と烙印を押されてしまうこともあるだろうが、自分の運命を動かすのは自分だと信じ、自らを成功に導くことができるのは楽天的な気質を持っている人だ。
挫折するかわりにネガティブな出来事を様々な人生の試練として、それらが成功への道になる、ととらえることができるのだ。そこからにじみ出る自信や幸福なエネルギーが、周囲の人々が描き出すその人の人物像になる。楽観的な姿勢は信じがたいほどに魅力的であり、それが困難を打ち砕く回復力となるのだ。
3. .自分自身を客観的に見ることができる。
穴にこもって死んだふりをするのではなく、新しい人生を生きる。悲しい気持ちをバネにして、新しい成功を手に入れる。
自分の生き方を変えると同時にすぐに立ち直り、新しい興味やアクティビティを見いだす。良い状態につながる新しいドアを探し出して開くことで、一番魅力的な自分になる。人生に新たな視点を持つと、物事は好転する。
4. 甘やかされる必要はない
回復力のある人は壊れモノでもなければ繊細な花でもない。彼らの友人や家族は、彼らが危機的状況にあってもくじけない冷静な人物だということをわかっている。
”この人は心が折れそうな目にあうとダメになる人だから”、と周囲が常に甘やかしてやらねばならなかった人に比べ、”この人なら何があっても大丈夫” と、物事をうまく切り抜けると思われている人のほうが人々の心を惹きつける。
5. 過去のことにこだわらない
思い出すのも嫌な経験や辛い過去は誰にでもあるだろう。でもはじめから、それが行く末を真っ暗にするものだなんてそうそう見分けがつくものじゃない。明るい未来に目に向けつつ、人生で起きたネガティブな出来事は過去にとどめておくことだ。
希望の光に焦点を当てる回復力が備わっている人々にはたくさんの手段がある。それには別な形の考えが必要になる。仕事がクビになったら、次はもっとマシなものになるさ、と次の仕事に期待して意識を集中させることだ。また、そのような人は親友とケンカしても、むしろそれが相手とさらに仲良くなるチャンスだということに気づく。人生万事塞翁が馬だ。
6. 日増しに強くなっていく。
回復力があれば生きていく上でノックダウンされるような強烈なパンチを浴びてもすぐに立ち直れる。そこが人生の素晴らしいところでもある。立ち直りの早い人は障害を克服せざるをえなくなるたび、同じ失敗を二度と繰り返さなくなる訓練を受ける。
7. 変化に適応する能力
回復力には変化に適応できる能力が必要となる。変化を受け入れるのは抵抗があるかもしれないが、人が成長する為にとても必要なことであり、変化に適応することで人生は上向きになる。
新しい挑戦が日課になり、いつの間にかもっと健康的で有益な素晴らしいライフスタイルを達成してしまう。回復力が早い人は困難から形勢を立て直しているだけでなく、新たなスタートを切っているのだ。
via:elitedaily・原文翻訳:R
折れない心、回復力・抵抗力を身につければ人生はそう悪くないものであることに気が付く。回りに保護されることを望む生き方よりも、あの人ならば何があっても大丈夫だ。と思われるような生き方をしてみたいものだ。














集団の中に一人このようなポジティブで建設的で行動力のある人間がいると、集団全体を引っ張り上げて困難な状況から離脱してゆくのだろうけど、人類は過去からそのような困難の連続を生き抜いてきたグル-プの末裔なのではないだろうか。
それが出来たら苦労せんわな。
※2
同意
無能過ぎると流石に詰むだろうからある程度能力ある人だろうなぁ
いつでも前向きになれる人って
※3
能力無くても、自分の世界が狭い世間知らずな人も大丈夫。
ようは他人との比較対象だからね。
くだらねー。
MAOA遺伝子や、成長過程における親の適切な愛情による脳神経の健全な発達のおかげ。
あとからどうなるもんでもない。
自分からは何もしないって奴がいるよな。
こういう人格は辛いことや心の痛みを何度も乗り越えて形成されるんだと思う
単に鈍感なことによる物事に動じない、前向き楽観的な人もいるからなぁ
でも時にはそういう人も必要か・・・
※8
「集団の中に一人このようなポジティブで建設的で行動力のある人間」がいて、「集団全体を引っ張り上げて困難な状況から離脱してゆく」
この否定的なレスのオンパレードの中そんなことが言えるということは、それが、あなたとういうことでしょうか・・・?
ほぼ逆のことしてるからうまく行かないんだろうな、俺は
遺伝子とか生まれつきなんて話じゃないと思う。最初から投げやりなら何も変わんない。少なくともそういう回復力を持とうとして努力したら少しは変わるかもしれないよ?
自分もネガだけど、そういう人に近づけるよう努力したいよ。
エクササイズって依存的手段なの?
結構健全的だと思うんだけど
なんだ俺か
※12
要するに、逃げの姿勢で過度に依存する対象をつくらない ということだろう。
運動は健康的だけど
ハマれば快楽で十分依存性あるしね。
短期的にみたらむしろ精神的な余裕を回復してくれるとは思うけど。
自然とこんな人間になれるのは本人の気質だけじゃなくて環境にもよると思う。受け流しきれないほどネガティブな事象を浴びせられ続ければ前向きな人間では居られない。周りにこの記事と真逆な人間がいれば確実に足を引っ張られる。
それでも前向きに生きないと楽しいと思える生活に辿り着けないんだよな…生きていくのって難しいな
言うのは簡単だわな で実践したのか?
菩薩かなんかにでもなったつもりか?
そう言う人だと思っていた人が、突然、いなくなるんだよ。
焼き切れたように。
そんな人間はいないと思う。
※17
出来る人の話をしているだけ。君には言ってないから気にするな。
ストレスの発散方法や落ち込んだ時の解決策に筋トレ
→3年後、そこには元気に職場を走り回る筋肉達磨の姿が!
客観的に見たら正しいよ。でも何か胸くそ悪いのは何故?
問題の渦中にいる人間にとっては、問題の根本を取り除くことの方が先決ですよ
問題の渦中にあるときは無理に解決しようとせずに、ただ足元だけを見て歩いていれば十分だ。前向きじゃなくていい。
自分を許そうよ。自分を許す自分を可愛いと思おうよ。
※22
>問題の渦中にいる人間にとっては、問題の根本を取り除くことの方が先決ですよ
これは問題点を外部のせいにしている
この記事にあるような人間は、問題点は自分のうちにあると思い、解決するために自分から動く
他人に解決してもらうことではない
ただただポジティブって下手するとただの相当な無能バカだからな
どちらかと言うと自分のネガと向き合い、受け入れコントロールできる人間が表面上そう見えるだけじゃないか
3番以外俺だ!
仕事に必要なこと以外、
忘れやすい性質が寄与していると思う。
しかし、怒られた時くらい少しは凹め、
と周囲は思っているはず。
あれでしょ、松岡修造。
全部守ったら完璧人間になるわけだが
お前はろくでなしの人間なのにいちいち記事を書いて完璧人間を求めるのか?
自分がなれよ
うまれつきでは?
しかし、環境の変化に生き延びる為には、色んなタイプの人がいた方がいい訳で、こういう人じゃないとダメな訳じゃないし、ひきずるタイプを責めたり、辛い思いをしている人を支援しなくていい訳では勿論ない。
逆境に強い人、楽天的な人もそれがゆえに落とし穴に落ちることがある。周りに迷惑かけることもある。心配症が役立つこともある。
こういう自己啓発系シリーズ大好き。
管理人さんもっとやってーヽ(´▽`)ノ
他人に啓発されるのは自己啓発じゃないよ。
スタートが自分自身でなきゃ何事も身につかない。
こういう完璧人間に見える人が本当にいたとして
その人は過去に何度も苦労と失敗を重ね、辛いことを乗り越えて徐々にそうなっていったんだろうよ。最初から終始楽天的なタイプはここで語られてるのとは別のナニカ。
過去に一度経験してるということは、ふとしたきっかけで失敗したときの辛い気持ちがぶり返すこともあるということ。
人前では弱い心を見せずに、自分の強い心に惹かれる他人に対しリーダーシップを取り続けるなんてのは苦行でしかないし、乗り越えるエネルギーがある反面、どこかで必ずガス抜きされてるもんだよ。
※31
パルモたんが
、いつ完璧人間を求めたよ?
他人に対して、ろくでなし、なんて言葉、、
簡単に言うもんではないと思うけど。
頭ではわかってるんだけどそれができない
いままでの黒い経験を簡単にくつがえせれるならそうしたいわ
辛いときに上のような回復力が高い人を見て立ち直る人もいるよね。
一見、こう言う人に見えて、実際に困難を乗り越え続けてた人がいる
けどずっと無理を続けてたのか、ぷつんと何かが切れたように病んでしまった
心というブラックボックスに現実の問題を投げ込めばいいってもんじゃない。
自己啓発本の罪は、社会経済的な問題をあたかも個人の心の問題であるかのように錯覚させる点。
心は便利な処理装置として利用されてきたことを忘れてはならない。
パルモありがと~、こう言うの知りたかったからありがと~。
頼れる人になりたかったのだ、なのに絶望に飲まれた人を救おうとすると足を引っ張られるんだ、”絶望”して、”絶望”にまみれた時間を過ごしている人は 実は自分で「絶望」を選択し今に至って苦しんで悲しんで下を向いてると気がついて、それは他人がどうこう元気つけようとしても、その人は”絶望”が好きだったから選んだわけで、
僕はただ、端からみていると痛々しく悲しげで放って置きたくないと世話を焼くという選択をシテシマッテ、太宰治のお話の「蜘蛛の糸」の糸みたいに頼られすぎて切れちゃった
んである、僕の名前は優しい王様から名前を取ったと言われて、バカで親が好きな僕は期待に答えたかったのだった
名前変えようと今は考えてる”自分”がしあわせになれる名前に
今この瞬間に辛い思いをしていて「自分はダメで無能な人間だ」とネガティヴな状態にいる人達ほど、今後こういう「強い人間」になる可能性があるんだ思う。
「強さ」「回復力」と言うのは「生まれつき傷つかない鈍感さ」からは絶対に生まれない。
人間は「深く傷ついた経験」が絶対に必要。
「自分なんて…」「自分には無理…」と思う人、今この瞬間に辛い苦しいと思っているあなた達のその気持ちが、次の誰かのお手本になる強さに繋がるんです。だから、大丈夫。