この画像を大きなサイズで見るチャールズ・ショーは、当時の最高指導者、フルシチョフ政権下のソビエト連邦が描く、科学の発展による空想的な理想主義を形にするために、モスクワでガイドブック1959を作成した。ガイドブックにはこう書かれている。
”見た事がない形をしている”、”新しい時代の象徴である”
”これは、遠くからだと中世からきた鎧をまとった騎士のように見える。しかしその鎧はアルミニウムでできており、その下には動く心臓や流れる脈もない。彼の心は機械でできており、血は電気である。彼はロボットなのだ。”
1959年、ソ連国民経済達成博覧会が開催された。出展されたロボットは来場者に挨拶をし、こう伝えた。
ガイドブック1959
この画像を大きなサイズで見る”私はただちには多くの事をできない。今は歩いたり、話したり、回ったりするだけで、無線機によって操られているだけにすぎない。しかし自慢できる事もある。まず私たちロボットは恐れを感じるということはなく、熱さや寒さも感じない。また例えばロシア語を話せない来場者がいたとしよう。近くにある電話機を使えば、私は彼のメッセージをフランス語や英語、ドイツ語にだって変換することができる。”
こちらは1939年の博覧会で出展された”エレクトロ”というロボットの映像。タバコを吸うことが可能で、観衆を多いに魅了した。
これらのロボット開発は、当時の西と東の争いを象徴したものだ。1950年代から1960年代にかけておこった宇宙競争と核兵器の激化も結局の所、機械的自動化の技術が必要不可欠であったので、冷戦中において、ロボットは科学技術の未来の象徴となったのである。
そしてこの”エレクトロ”のようなフレンドリーなロボットは、抜け目のないプロパガンダ(宣伝活動)の手だてとなった。つまりこのロボット技術は、ソ連社会主義体制の象徴として、世界への重要な宣伝となったのである。
派手な外装が特徴のソ連製Agat 4は、アップルⅡを参考にして作られたもの
この画像を大きなサイズで見るロボットと赤ん坊の写真 (ヤングテクニシャンズ駅 1969年)
この画像を大きなサイズで見る未来を象徴する形をしたロボットに婦人がビールを手渡している(カリーニングラード州 1969年)
この画像を大きなサイズで見る自動化されたロボットが来場者を案内(モスクワのポリテクニック美術館)
この画像を大きなサイズで見る頭にテレビを付けたロボットの開発 1971年
この画像を大きなサイズで見るロボットの中の動きの研究 1973年
この画像を大きなサイズで見るロボットと人間が夏の恋 1969年
この画像を大きなサイズで見る















労働者を全部ロボットにしてればソ連は崩壊しなかったと思います
※1
そもそもロボットの起源が「労働者」という語やロシアと関係したものなので…
筑波万博のロボットはどうなったのだろうか(遠い目
ヤングテクニシャンズ駅と言うその駅名はどうなのか
すごくいかがわしい地帯のように感じるが
レトロ感に加えてデザインのチープさダサさにいかにもソ連らしい味わいがあるので、これ今も残っててオークションへ出したらすごい値がつくんじゃなかろうか
ロシア人がまだ気がついてないんなら誰か仕入れに行ってひと儲けすればいいんじゃね?
中の人など居ない!
星新一のショートショートみたいだ
2本足で歩くってことがいかに凄い事かよっくわかるねw
これは歴史的価値ある画像だわ。
Agat4ヤバいカッコいいな!今秋葉原のショップブランドで出したら売れるんじゃないのか。
まるで手塚治虫の漫画に出て来るロボットみたい。
先行者より先進的な大昔のロボット
レトロフューチャーってやつだな。
ヨシャパテ!
ロシアって、失礼ながらいまひとつ興味湧かない国だったんだけど
最近親近感沸くネタが多い