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「神が人を作ったのか、人が神を作ったのか?」浮世絵で見る日本の神々

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時に「神が人を作ったのか、それとも人が神を作ったのか?」という問いを思いだすことがある。日本における神の概念は多種多様で、人知を超えた絶対的存在である一柱の神のみ崇拝するといった唯一神教的価値観より、神もカミも仏もいるといった多神教的価値観が根付いていると言われており、江戸時代の浮世絵に出てくる神の数の多さからも伺い知ることができる。

 文頭の問いの答えに戻るが、日本人にとっての神とは、やはり「人間によって作られたもの」という局面が強いように感じる。自然災害を、「天罰」や「天の警告」という人もいるが、「神」を作ったのが「人間」なのだとしたら、「天罰」も神でなく人が作り出したもので、自然という抗いようのない巨大な力に押しつぶされそうになったとき、「神」の力が働いたのならしょうがないと、行き場のない憤りの矛先を収め、自分を納得させる為に登場する、そんな「神」であるような気がしてならないのだがどうなんだろう。

 人間にされたことなら腹が立つけど、神にされたことなら腹が立たない。神の下した罰ならば、甘んじてそれを受け入れ自分を戒める。というまあ、人間心理にマッチングした偶像ではあるわけなんだけど、確かに人は欲望に溺れ、心の中に潜む魔物を押さえ込む力が弱まり、他者を責め、魔女狩りのような行為を行ってしまいがちだが、それを抑制する為の自浄作用が神を作り出しているのかもしれないね。

 とは言え、「神」を利用するのも、ほどほどにしておかないと、だだの責任逃れになってしまうわけなんだけどもね。昔から神は政治に利用されていたわけだけれども、権力を欲するものは、神の力すらも手にいれたがるものだからね。

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この記事へのコメント 105件

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  1. 神ネタだと、またまたささいなことで荒れそうな予感ww
    バルモたんも罪なひとね♪

    • -1
  2. 浮世絵ってかっこいいな~。それと大神のBGMがいいね!!

    • 評価
  3. この話(文章)はとても面白かった。神ネタ好き。

    • 評価
  4. 被害に遭ってない人間が天罰だなんだと言っている場合、
    まったく意味合いが違うだろ。
    今回天罰言ってるのは自分が神様気取りなんだよ。
    もしくは死を間近に控えた年代になって、神に媚を売ってるだけ。
    傲慢とへつらい、いやしい人間ならではの行動だ。

    • 評価
  5. 京極夏彦の豆腐小僧というおもしろ妖怪小説を読むとそのあたりの概念がよくわかるよ

    • 評価
  6. 政権争いに利用したのは仏です神ではありません。
    もともと日本は神の国です。

    • 評価
  7. 第四紀後期更新世に日本列島に移住した古代縄文人が大陸から切り離された豊かな土地で幾千年かけて作り上げた土着信仰を7世紀にまとめ上げたのが日本神話。韓国人も中国人も入り込めない日本人の心の世界の物語、それが日本神話。

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  8. 神が人を作ったに決まってるだろ!釣針

    • 評価
  9. そうか納得した。今度の地震は建御雷神が居眠りをしてる時にナマズが暴れたのかぁ・・・?。
    どうりで、どんなに拝んでも効果が無かった訳だ・・・。

    • 評価
  10. 腹が痛いときに近くに便所がないと悪魔の存在を感じる。

    • 評価
  11. 関係ない話
    幼児の頃、山道に大自在天の彫り物がぽつんとあったんだよ。
    幼児だから何なのか理解できないのに、なぜかそれが怖くて怖くてずっと記憶に残ってるんだよ。今は怖くはないけど、シヴァっぽいのを見ると得体の知れない不安が蘇るね。
    降臨しないでほしいもんだ。

    • 評価
  12. ほかの宗教は偶像崇拝によって自己を戒めるみたいだけど
    日本人は神とか宗教とか、何かの基準がなくても
    すごい自浄作用というか自己否定の国だと思う

    • 評価
  13. 俺はポァッとした神さま以外認めねーぞ

    • +1
  14. 日本人にとって神様=上様
    ようするに先人、先祖を敬えって事だろ

    • +1
  15. 一神教教徒と日本人の違いは万物に感謝できるか否か。
    一神教は全ての感謝は神にのみ捧げる。施しを誰かが用意したら、『神よ、今日の糧に感謝します』。
    日本人なら『いただきます』『ごちそうさま』。食材は勿論、料理人にも、農民にも感謝を捧げる。

    • 評価
  16. 神様、仏様の違いって何? どちらも人間を上回る力を持っているから同じようなものじゃない?

    • +1
    1. ※21
      横から注釈だけど,その場合の「神様」は一神教での神,つまりGodのことで,日本神道とかでいう神様ではないよね(アメノミナカヌシ神は一神教での神に近い概念かもしれないけど).
      あと仏様は仏教の概念だけど,誰もが仏(大雑把に言えば神様のようなもの)であるっていう概念があるから,ある意味では人間は仏そのもの,という概念も含んでいるんだっけ?

      • +1
    2. なんだか流れが早いなぁ。なので各論はともかく
      >>21の補足(その一)
      多神教でも一神教でも「神話」には天地創造神話がたいてい引っ付いてる
      それを最も先鋭化したのがキリスト教で、究極には神様以外は無から有を
      創造できない(自己原因)って辺りまで行き着いて、物理法則と区別つか
      なくなる。んでも、聖書のいちばん最初のとこは、実は日本神話の国生み
      とあんまし変わらない。そんなわけで、
      神様(あるいは神話の最初の神様)は世界の創造者

      • 評価
    3. >>21の補足(その二)
      んで、御釈迦さんとその弟子は何したかって言うと
      「世の中うぜー、超うぜえ」っておもったので、
      その原因は何処だろうって考えて、結局世の中を知らなかったんだ
      って気がついて、世界の実相を正しく捉えようとした。
      んだから、これも行き着く果ては物理法則とあんまし変わんない。
      でも、とっとと大人になって厨二な悩みから解かれるのが
      仏教の本質だから、世界を創造するとかしないってのは
      あんまし重要視してない。そんなわけで
      仏様は早く大人になって幸せになろうって教える人

      • 評価
  17. 日本人の皆様は日本の神々の末裔でございますから、皆様も尊き神々の一柱になれる可能性があったり、なかったり。

    • 評価
  18. 技術大国日本。その技術に酔い痴れるあまり、人間が最も神様に近い存在だと勘違いし始めた。人々は心の隅でこう思っている。
    「我々は創造神の様にして、自然をコントロールできるまでに成長したのだ。」
    一神教世界の影響を受けたこの日本に、150年前まで普通の姿だった日本人が殆どいなくなった。
    我々は自然への敬愛・畏怖を忘れた。八百万の神様は一体どこに行ってしまったんだろう。

    • 評価
  19. Godと日本の神様の違いってどういうものなんだろう
    Godの場合は世界を創造し、人間に物を与え罰を下し救いを与えるような存在?
    日本の神様はただ力を持ったそういう存在がいて、人間は信仰と引き換えにその後利益を分けてもらっている?
    うまい線引きが見つからん
    *20
    仏の場合は人から成るパターンもあるよ
    僧が修行して菩薩になり、菩薩が修行して仏になる
    あと仏の場合はご利益とかじゃなくて死後には救いの道があるという事を教えてくれる存在じゃなかったっけ?
    信じる事で救われるのですよ とあくまで仏が救うのじゃなく道を教えるみたいな

    • 評価
  20. *27
    神の場合も人から成るパターンあるよ
    崇徳上皇や菅原道真は祟り神として有名だし
    時代が下れば徳川家康や伊達政宗みたいな武将も神になった
    日本人にとって「すごい人」はみんな神になるんだろう
    江戸時代の国学者新井白石はアマテラスやスサノオにもモデルとなる人物がいたと考えて「神は人なり」といった

    • 評価
  21. 生きるために働くのか、働くために生きるのか

    • 評価
    1. ※30のつづき
      ちなみに,信仰とひきかえにご利益っていうのは,なんだか神様をなんでも屋みたいなふうなイメージで神社に参拝する人も多いけれど,俺の知る限り本来はそういうものではない.ただ,神道はそもそも厳密な教義を持たない宗教だから,いろいろな解釈がある.たとえばお稲荷さん(赤い鳥居がたくさんある社)はどこにでも祭られていて,特に商売繁盛など,人間の願いをかなえてくれるってので有名だけど,本体の神様はもっと大きな存在で,そうそう人間の欲をかなえてはくれない(たいていは本人にとっても周囲にとっても良い結果にならないため).代わりに,神様の眷属(狐の姿をしている)が人間の願いをかなえてくれるということに,一説ではなってたりする.この場合,人間はお礼や信仰を欠かしてしまうと,神様本体ではなく眷属が怒って罰を与えてくる,というわけ.
      ちなみに,アメノミナカヌシノ神や,伊勢の外宮に祭られている神は,創造神の概念とほぼ同一であるとする解釈などもある.
      > あくまで仏が救うのじゃなく道を教えるみたいな
      宗派によってそれらの解釈は違うようにも思えるけど,だいたいは「道を教える=救い」という認識が仏教にはあるとは思う.仏教はよく哲学にたとえられたりするよね.

      • 評価
      1. ※29のつづき
        イエスの死後,イエスの教えを弟子たちが広め,キリスト教会を作っていくことになる.そしてイエスは,旧約聖書に書かれている「救世主」であったと解釈されるようになった(聖書の中では,本人はそんなこと一度も明確には言っていなかったはず).キリスト教会は,ユダヤ教の神としての概念を引き継ぎながら,その「創造神」としての概念を前面に出すことになる.ちなみに初期キリスト教会においては,神の概念や神と人との関係などにおいて,さまざまな異なる解釈が存在した(たとえばグノーシスキリスト教など).しかし後になって主流派以外のものは異端として抹殺されてしまう.
        こういう経緯なので,端的にいえば,日本的な神の概念が創造神としての概念に拡張されてしまったため,おかしなことになっている,というのが俺のだいたいの感想.

        • 評価
      2. ※29-31に追記と修正.
        ※27じゃなくて※27へのレスでした;
        >「人間に物を与え罰を下し救いを与えるような存在」かどうか
        ちなみに聖書だと,悪魔に指示を出す神様(God)が書かれているw
        > 多くの宗教では,人がこの意味での創造神になれるということはない.
        「この意味での」というのはいらなかったw 創造神になれるという概念はほとんどの宗教ではないという意味.ただ,創造神の一部であるという概念は結構あったりする.
        > 日本も統一されていなかったころ,あちこちに国があってそれぞれがそれぞれの神を拝んでいた時期もあったようだけど,
        それに近い状況に当時のユダヤ人たちがあったという意味.たとえば「バアル神」という異教の神との神様対決みたいなものが書かれていたりする.
        あと書き忘れたけれど,旧約聖書の創世記にあるように,自分たちの信仰する神こそが根源神(創造神)であるという認識はユダヤ人たちにもあったはず.ただ,ユダヤ人の神っていうのはぶれていない.

        • 評価
  22. 一神教の外人に日本人の神感?を、パルモさんと似たような感じで説明したことある。
    ギリシャ神話と似てて、日本の神さんは八百万の事象の擬人化同人、みたいに言ったら納得してたが
    あながち間違ってはいないと思う。
    あと、日本には漫画の神様や代打の神様もいるんだぜって言ったらジーザスって笑ってた。

    • 評価
  23. TVTokyoで池上氏が創造論者を取り上げていたが、その信仰の深さに驚いた。
    日本人でも同論を信仰している人もいるかと思うが「どこでも神様」を信じる自分には理解できないものだと感じた。
    日本においての信仰では、産土神が最も身近な対象かと思うが、この対象があるから自分が住む土地を愛しその結果土地が荒れないのだろう。共産主義国の「だれの土地でもない」のだから荒らしても他へ移れば良いという考えに陥ってしまうことなく生活できるのが日本だと思う。
    日本人のあらゆる対象を擬人化する精神が神をも作り出しているのではないだろうか。
    なお、今回の津波災害で亡くなられた方々にはお悔やみ申しあげる。

    • 評価
  24. 神様は不純物がないエネルギー体。

    人間はまだ修行中の汚いエネルギー体。
    キリストもヒンドゥーもイスラムも仏教も神道も呼び方が違うだけで同じエネルギー体を崇める。

    • 評価
    1. ※34
      旧約聖書では前述の神様対決みたいなエピソードなんかもあったりするし,相手のバアル神とかはギリシャ神話や神道の神様のイメージに近い.宗派や教え方によるだろうけれど,もともとそういう概念がないというわけではないと思う.英語ならdeityやspiritといえばだいたいわかってもらえたような気がする.ただ,一神教の外人っていっても,人や国,宗派によってもずいぶん入れ込み方が違うよね.同じキリスト教でもカトリックとプロテスタントはずいぶん違うし,ほかにたとえばサウジアラビアの人はガチガチのイスラム教の人が多いけれど,イランの人はイスラム教とはいえ,無宗教に感覚が近い人が多かったりもする.バングラデッシュのイスラム教徒の友人で牛肉食べないけどお酒はガバガバ飲む人もいたw
      ※35
      別に本来は創造論そのものが宗教であるわけでもないんだけど,可能性として捉えるならともかく「信じる」なら宗教になっちゃうよね.創造論の概念自体が「どこでも神様」と矛盾するかというとそうでもないけど,「一神教の信仰する」創造論だと他宗教との対立って構図になってしまう.
      ※37
      > 日本の神の力って信仰心の大きさに比例するってところ
      ちょっと意味していることがどういうことかわからないけど,ソースがあれば教えて欲しい.俺は某創作以外では聞いたことがない.

      • 評価
      1. ※74でまたミス はぁ・・・.
        ※34→※33,※35→※34.
        ※35
        スピリチュアリズムか,クンダリニーあたりの考え方に近いように思える.
        ※60-62
        おおむね同意なんだけど,
        > 「おまえが思うならそうなんだろ。お前の中ではな。」ということ。
        については,両方の可能性を考慮すべきだと思う.つまり神(定義がなにかによるけれど)という存在が「実際に」存在するか,しないか.ただの空想の産物でしかないのか否か.
        たとえば,生まれつき目の見えない人にとっては,「色」の存在が実感としてわからないし,存在しているかどうかもわからない.周囲がいくら「色」とはこんなものであって,こういうふうな感じだと言っても,色そのものを見たことのない人にとっては色が存在しているかどうかすら「そう思うならそうだろう,おまえの中ではな」の世界になってしまう.
        「神」を,「色」以外にも「世界」とか「意識」などに置き換えてもほぼ同じことが言えてしまう.
        こういう部分をなるべく厳密化・客観化して,真理に近づいていこうとするのが「科学」の立場だと思っている.

        • 評価
  25. 神仏習合、キリスト教と異教の風習の融合(ハロウィンとか)はよくあること。
    本地垂迹で仏が姿を変えたのが神という考え、神が主で仏が従うと考える神本仏迹説があった。

    • 評価
  26. *28
    そういえばそうか
    それにしても日本の場合は神は範囲が広すぎる
    妖怪と神にも明確な区別はないしなぁ…
    なるほど「神は人なり」ってそういう考え方だったのか…勉強になった
    *29~31
    なるほど考え方の土台は一緒だった部分があるわけか
    まぁ信仰と引き換えのご利益っていうのは何でも屋というか
    日本の神の力って信仰心の大きさに比例するってところからそう思った
    神も人もお互いに生きるの為に必要なものを賄い合ってるとかさ
    そういう部分で見ると、信仰無くしては生きられない神っていうのは割と珍しいものなのだろうか?
    こういう話ってやっぱり面白いなー
    神様の特徴の共通点も多いどころか、思想や信仰の共通点まで多いのがとても面白い
    日本の妖怪文化やケルトのピクシー(妖精)文化も姿形が違うだけで思想としては同じ部分が見られるしね
    流石にひだる神とかそういう部分まで大量に妖怪化してるのは日本くらいだろうが…w

    • 評価
  27. 人智を超えた圧倒的な力に対する畏敬の念が神さまの最初のイメージだと思う。台風、雷、地震、噴火、太陽が毎日昇ること、季節があること、穀物が実ること、子供が生まれること、すべてが驚嘆すべきことだったと思う。このような自然の不可思議さに対して「カミ」という概念を張り付けたと思う。「カミ」という概念は人間が作ったが、対象となる自然の圧倒的な力、ひいては宇宙の生成する力に対して、不思議さと畏敬の念とともにいまだ未知なるものだという感じがする。

    • 評価
  28. >という局面が強いように感じる
    なんかしらんけど記事書いた奴日本語勉強しなおせ。
    このボキャブラリーで神を語ろうなんて10000年早い。

    • -1
  29. 日本神話と他宗教との最大の違いは日本神話ではいわゆる「教え」ってものが何も入ってないんだよな
    「何々をすることは良いことだからしなさい」ってのは一切無い
    だから政治が宗教を利用しようとしたときに「教え」が明確な仏教を利用したわけだな

    • 評価
  30. 個人的には、道徳を教え身につける為に日本は神や妖怪を生み出した側面と
    人智の及ばない自然に対しての畏怖や不安、恐怖を和らげる為神や仏に絡めて安心を得た
    現在は多くの事象が科学的に説明ができ、神や仏の出番は無くなった
    現在も心の拠り所として、或いは金儲けの手段として宗教が存在してる
    自分は神よりも人に感謝する生き方をしたいと思ってます

    • 評価
  31. 彷徨ってきたが賑わってるな。
    >>現在は多くの事象が科学的に説明ができ、……
    神が取り決めた仕組みを人が気付いただけって言うのは考えられないかな。よくわかんないけど。
    神って名付けたのも人間だがな。特殊な力もった人間がいても不思議じゃない気もする。

    • 評価
  32. 神様が作ったのは人じゃなくて環境でしょ
    だから人のことなんてお構いなしに台風やら地震やらなんでも起こす
    それは神様が人に与えた試練だってとらえる人がいるけど、それなら試練を乗り越えた先になにかご褒美とでも呼べるようなものがあるかっていうとないでしょ?
    それになんでもできる神様が、何か悪いことが起きた時に自分(神様)に怒りの矛先を向ける思想をもつ人もいる人間なんか作りたいと、生かしておきたいと思うかなって思う

    • 評価
  33. *47
    今こうして世界中に国家という集団が生まれてる事
    食事のときにいただきますやありがとうを言う事
    食べ物を残してはいけないという事
    他人を無闇に傷つけてはいけないという事
    そしてその人に感謝をするという事
    これらは全て宗教的な概念なんだけどね
    今人間が当たり前のようにしているマナーや世界の仕組みは宗教の教えがあってこそのもので
    その宗教の裏には神や仏は必ずついてるよ
    まぁ宗教の教えあってこそって言ってもそんな大層なものじゃないしそんなの知らない方が普通だけどね
    あと神や仏は人知を超える畏怖に対してじゃなく、集団の仲間意識や生命への意識(いただきますなど感謝)、死後の導きが主だと思う
    妖怪に関してはそれで合ってるけどね
    妖怪は科学も何も無い時代に生み出された発想力・想像力の賜物だよね

    • 評価
  34. 神が人を作り、わしが育てた
    ちなみに神はわしが育てた。

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  35. 「日本の神は~」と言うけど、神様にも昔から人格化され政治利用のためにあり方が改変される神から、名前すら曖昧な神、信仰がいつの間にか怪談になってしまって妖怪に身をやつした神、厳しい村の守り神が縁結びの神に変化したり、弔い上げされた祖先のことを「カミ」と言ってみたり、擬人化された自然や行為の理想を指したり、過去の為政者だったり、守備範囲も全国津々浦々から一家の家の納屋にだけいる神、村の象徴や子供や身分や行動や持ち物で区分けされた守り神、起源も役割もあり方も多種多様の神々が狭い範囲でうまく住み分けして、あまりケンカせずに祀られているから日本の宗教観は面白いんじゃないかと。妙なナチュラリズムじゃなく。

    • 評価
  36. なんだか皆、神様ってのが先にあって、それが
    世界を創ったのか創らなかったのかって云ってるけど
    「世界を形成した何か、人を作った何か」を人は「神」と呼んだんだ
    で、その「神」が人間みたいな「意志」や「自我」を持っているか
    それとも、所謂「自然」的な何かなのか、という点で、宗教観は変わってくる
    それと、仏教は「神様」について語るのではなく
    今、ここにある「世界」について語り、「世界」を正しく
    認識することで「苦しみから逃れる」ための「思想」であり
    「奇跡」や「救い」は幸せに至るための方便に過ぎないんだ

    • 評価
  37. *51
    今の日本人はほぼ無宗教だけれども、今の当然は長い歴史の間に培われたものだからね
    「(命を)いただきます」これだって今じゃ当然の事
    今や宗教と関係なく食事の時のマナーの内に入るようなものだけれども
    この意味はかつて宗教に組み込まれていたものである という事です
    もう殆ど国民だけで言えば無宗教国家みたいなもんになってるけど
    かつては日本だって宗教対立が起こるくらいそういうのは浸透してたからね
    キリスト教の絵踏だってそれだしさ
    勿論その教えを維持し、これが日本人だって言われる程のマナーの良さは人の力のものだよ
    だけれどその根本、起源は宗教的なものから来ているよって事です
    自分は正直神様が災害起こしたとかはどうでもいいかな
    妖怪だって今じゃ科学的に証明する事の出来る、逆に言えば当時は証明出来なかった不可解な事を擬人化したものだし
    クトゥルー教とかスパゲッティモンスター教なんかは最近出来たばっかりの神話だしね
    自分の中で重要なのはその教えと戒律かな

    • 評価
  38. これも日本人的な思想かもしれないけど
    差別を無くせ 他国と仲良くしよう 平和的に解決しよう 命に感謝する 恵みに感謝する
    昔から日本はこういった宗教の教えの「良いと思う部分」を沢山取り入れてきた
    クリスマス・ハロウィン・お盆だってそう
    一神教国家が多い中、日本は他の宗教の神様や教えをどんどんと取り入れていった
    そしてそれが日常に浸透し、現代では人としての当然のマナーと呼ばれるまでになった
    それが神や仏の教えが基だなんてどうでもいい、つかこれって人として普通の事でしょ?
    ってレベルまでにね
    技術や科学力は人間の努力の結晶だよ
    だけどもその様々な国から知識を取り入れ、また、多くのグループと協力して、という土台はそういう教えから生まれたものなのさ

    • 評価
    1. >>55
      クトゥルフ神話はホラー小説家たちが架空の邪神(封印された宇宙の支配者)たちをテーマにして書いた、モンスターホラー小説群。現代で言うところの『二次創作ジャンル』の走りであり、複数の作家が一つの世界観を共有して作品を書く『シェアワールド』という創作方法の代表的な例。ただ『クトゥルー教』という呼称は初めて見た。
      空飛ぶスパゲティモンスター教(スパモン教)はインテリジェントデザイン論(ID論)を批難する運動の一つで、2005年頃に流行ったミーム(インターネットのブーム)。
      ID論とは『何らかの知性』が生き物の創造に関与した、というトンデモ学説で、ダーウィンの進化論を認めないキリスト教徒によって支持された。アメリカの一部の州では高校の指導要領に加わり、そのことが科学者を中心に大ブーイングを巻き起こす。スパモン教はその一環で、宗教をパロディすることでユーモアたっぷりにID論を皮肉った。曰く「『何らかの知性』は『スパゲッティ・モンスター』であり、ブッシュ大統領を始めとしたID説の信奉者は我等がスパゲッティ・モンスター教を学校教育に採り入れる為に戦ってくれている」
      ちなみに、祈りの言葉は「ラーメン」
      クトゥルフもスパモンも触手系のモンスターであるところに、>>55のこだわりが見られる。

      • 評価
      1. >>57
        そりゃ勘違いだよ
        生粋の日本人は女系の家系なだけで、元をたどれば(辿れるほど家系図が残っていれば)最終的に神様までたどり着く
        天皇家は男系の家系だから重宝され、偉いんだよ
        だから天皇家で女の子がうまれるとがっかりされる
        まぁ当然、朝鮮や中国などから移り住んできた人もいるので、昔からいる日本人のすべてがそうと言えるわけではないがな

        • 評価
  39. *24
    >日本人の皆様は日本の神々の末裔でございますから、皆様も尊き神々の一柱になれる可能性があったり、なかったり。
    天皇家などの特殊な家系以外は日本列島作ったらいつの間にか勝手に存在してただけだよ。
    草のように生えてきたので『青人草(「あおひとくさ)』と云ふ。

    • 評価
  40. 神とは1本を自在に使う存在。 
    仏とは1本を自在に使い、あんじん(安心)を得ている存在。
    日本には仏は存在しません。したがって中国やアメリカからは「信用できず、政治の語れない国」と言われています。
    出来る限り早く、仏のいる国作り、つまり民主国家を建設する必要がある。
    ポツダム宣言を誠実に履行しなければならない。
    少し熱くなったかな?

    • 評価
  41. まず、「日本人はほぼ無宗教」ってのが間違いだと思う。
    無宗教であると主張する日本人でも、「いただきます」「ごちそうさま」を
    宗教的否定はしないとおもう。
    日本人のソレは自身が食事をできることに対してのすべてに感謝する行為で、
    神様だけに感謝するキリスト教などとは違い、立派な神道の宗教行為。
    「七五三」も神社の氏子になる行為で、すなわち神道の信徒になるということであって、
    極端な話、人種関係なく、日本人としての生活習慣が身についていれば、誰でも
    神道の信者なんだとおもう。

    • 評価
  42. 極論からいえば、人間の知的探求や願望によりできたのが神仏。
    「なぜ、自然は荒ぶり、慈しむのか」
    「人は死後どうなるのか」
    「今の苦しみから救われるにはどうしたらいいか」
    とか。
    だから、「人が神を創った」のは間違いない。
    よって、天罰だの神の恩恵だのは場の状況や考え方で勝手に人間が言っている
    理屈に過ぎない。

    • 評価
  43. だからこそ「神様はそれぞれの人の心」であって、
    神に救いを求める以上は自分でも精一杯の努力をしなければならない。
    ただ、神様にお願いしただけではなんの効果もなし。
    心(神様)が実現させる意思をもっていないから。
    努力して念願成就したら、心(神様)がその意思をもって動いていたということで、
    そういう時は、神様に感謝してお祭りしたりする。
    お祭りすれば人間も神様も楽しい。
    結論として、良くも悪くも「神はいない」という人間には間違いなく神も仏もなく、
    「神は存在する」という人間には、もれなく神仏は存在する。
    どちらにせよ
    「おまえが思うならそうなんだろ。お前の中ではな。」ということ。

    • 評価
  44. 宗教上の神というのは、聖書などの経典で定められた人格で
    いわゆる八百万の神というのは、自然の様々な要素に人格を与えたもので
    精霊ともよばれる。
    宗教上の神は、あくまで精霊から発展したモチーフを全能にした偶像にすぎない。
    八百万の神といわれるように、なんでも神にしてしまう理由はというと、
    人間のコントロール可能な(と思われる)世界と、コントロール不可能な世界を
    区別し、そのコントロール不可能な自然界の力で、人間との関わりがあるモノに
    ある種の人格を付与する習慣が人間には元来そなわっていたから。
    精霊は原始時代には、まず動物の姿で現れると考えられていた。
    次に、文化が発展すると、元の動物の精霊を傍らにおいた人間の姿の神か
    あるいは動物の精霊と融合した半人間の姿の神が登場する。
    そうなる理由として考えられるのは、狩猟時代には動物との関係が濃かったけれど
    農耕が始まると、そうした動物との関係が薄れてしまった為だろうと言われている。
    仏教やキリスト教は、そうした精霊神の社会がさらに発展し、精霊信仰が本来の
    意味を忘れてしまった頃に、形だけの精霊信仰に、哲学的な意味を見出そうとした
    結果として生まれた二次的信仰であって、ここで神と呼ばれているものが、
    概念的なのはそういう理由に起因しているのです。

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  45. 上の補足
    二次的信仰の神について考えるとき、それが哲学的な色合いを持つのは
    二次的信仰の発生から見ればごく当たり前のことで、そこに答えを見いだせる
    のは、信仰の下でしかありえない。あるいは論理学の範疇になってしまう。
    その一方で、文化人類学的、あるいは民俗学的、社会学的に人間を客観視
    すると、それは人間の本能的な衝動が産み出した偶像でしかなくなってしまう。
    どちらも探求することには意味があるけれど、この二つの立場を混同していては、
    はじめから議論には成り得ないでしょうね。

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    1. ※63
      > 宗教上の神というのは、聖書などの経典で定められた人格で
      これは宗教の神には人格神しかいないという主張? 人格の定義がよくわからない.

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      1. ※76
        >神(定義がなにかによるけれど)という存在が「実際に」存在するか,しないか.ただの空想の産物でしかないのか否か.
        「実際に」というのが物理的というか物質的に、という意味なら存在しない。
        人が勝手に空想し創造した頭の中だけのものだから。
        自然現象はただ現象であり、霊山などのシンボルもただ、山であるだけ。
        現人神もただの人間。
        そして、「実際に」というのが精神的というか思想的なものも含めるならば、
        神様は確実に存在する。
        実際に存在すると「思っている」人は、たとえば願掛けをしてみた

        • 評価
  46. 神話は常にエリートが創りだすものだ
    という事を忘れてはいけない。
    エリートとはシャーマンに始まり、司祭、
    果ては権力者にいたるわけで、権力者が
    神話を作り出す頃になると、支配のための恣意的な操作が
    いたる所にみえてくる。
    海幸山幸彦が、実は九州支配を磐石にするための
    プロパガンダとして創りだされた説なんかは有名だし
    日本神話は典型的な権力者が創りだした神話なわけです。
    最も古い祖先が女系なのは、狩猟民族のほぼ全てに共通で
    これはなぜかというと、初期の狩猟時代には小さな集団
    としてしか群れを維持できなかったので、男はたいていが
    成人すると群れから追い出された為。
    結果として群れ自体の祖先を遡るには、女系しかありえなくなる。
    男が群れを追い出されて、他の群れと合流し、そこで妻を娶るという
    話は、古い昔話には世界中どこを探しても似た話が存在する。
    このことからも、男は群れを離れて、女が群れの祖先的血統を
    受け継いでいたことがわかるわけ。

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  47. さらに補足
    あらゆる民族の血統を最終的にさかのぼると、
    それは必ず女系の祖先に行き当たる。
    実は日本におけるいわゆる「山姥」は、そうした
    女系祖先としての偶像だった。
    これは西洋では「魔女」だし、ロシアでは
    「ヤガーばあさん」とよばれている。
    彼女たちは、「あの世の境目」にいて、子孫が通過儀礼で
    境目を訪れた際に、魔術的能力を付与してくれる存在だった。
    これが最も古い人類の創作的祖先の姿です。
    神とはあくまでも、農耕時代に出現した新しい偶像で
    神が最も古い祖先というのは、信仰の下では正しいかも
    しれないけれど、学問的には否定されます。

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    1. >>67
      >神話は常にエリートが創りだすものだ
      都市伝説が神話の構造を持っていることは、その場合どう説明するの? 『オルレアンのうわさ』なんかではユングの集合的無意識で片付けてたけど。
      また、規模の大きな国ではなく、ムラなど小さな共同体が持つ神話の場合も同じことが言えるのか?

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  48. 上について考えるとき、人類がたどってきた
    文明の歴史を無視することは決してできません。
    初期の人類は小さな集団で移動しながら狩りをする
    狩猟採集を生業としていました。
    このころからいわゆる「神話」はすでに存在していました。
    口承によって代々伝えられたこの「神話」が、
    今も存在する「神話」の起源なのです。
    そして最初に崇められたのは自分たちの祖先であり、
    「大地が生命を産みだす力」の継承者でもあった女性でした。
    「山姥」「魔女」「ヤガー」が、今でも数多くの昔話に
    登場する理由は、つまりはそれらが最も古い「神話」に
    起源を持ち、それらがモチーフとして今でも受け継がれている
    という証拠なのです。
    このことを証明したのが、「ウラジミール・プロップ」
    というロシアの昔話・口承文学者で、「形態学」の先駆者
    として評価されています。

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  49. 日本という国について ふーんとか思いながら(現在 多分かつてない程尊さからはなれていて)本来あった日本という有り様は など思いつつ   七福神が一艘の船に仲良く集ってしまうあたり まさしく 寛容なる宗教観を垣間見る気がした。古神道とよばれる世界に そのルーツはあるのだろうか?                        天地創造もしくは開闢、成された神は確かに存在する。ただ神は 信じようとしない者の問いには 無記にて答えるに違いない。

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  50. > イスラム教徒の友人で牛肉食べないけど
    牛肉じゃない.豚肉だ.疲れてるのかな俺.

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  51. ごめん、ミスった。
    実際に存在すると「思っている」人は、たとえば願掛けをしてみたり、
    願いがかなうようにお守りを手に入れてみたり。
    「物質として」と考える人は神社はただ、建物でしかなく、
    ゴミを捨てようが、いたずら書きしようが、神主さんなどの所有者からは
    怒られるだろうけど、真の所有者(ということになっている)である、神様からは
    怒られるはずもない、と思うはず。だって、存在しないんだから。
    「精神として」と考える人は神社はただの建物ではなく、神聖で冒しがたいもので、
    穢そうものなら、神主さんに怒られるだけでなく、神様からもなにかしらのお咎めを
    受けると考える。だって、単純に持ち主(神様)が一番怒るのは当たり前のことだから。

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  52. ぶっちゃけ、神様は空想の産物。
    でも、空想の産物だから存在しないとはならないはず。
    存在しないものは何事にも影響を与えられないから。
    空想の産物が影響を与えないなら、小説や漫画、映画など人が空想して創り出したもので感動することはなく、よって「この作品の影響で作りました」ということもありえないはず。
    もし、「神様が実際にいるなら、物質としてこの目でみせてみろ」というひとがいるなら、「心という物質はどこに存在する?君の脳とか心臓とかを解剖すれば、心とか気持ちっていう物質が見つかるのかい?」といえばいい。
    科学的にということは物質として存在しないと検証できないとおもう。
    ならば、科学的に間違いなく神様は存在しない。
    ただ、科学的に心や思想を完璧にコントロールできるなら、神様は間違いなく存在する。
    神様の概念を自由に創り出して植え付けるも、取り除くも可能なはずだから。

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  53. > 神様は空想の産物。
    これは神様の定義によると思う.たとえば「意識」は想像の産物,などと同じことが言えてしまう.
    > 科学的にということは物質として存在しないと検証できないとおもう。
    科学で証明できるものではないということは同意だけど「物質として」の意味がひっかかる.
    たとえば,物理法則は「物質ではない」けれど証明できるし,数学でもそう.また,たとえば物理学では5次元以上の次元の存在を仮定したりするけど,それらもここでの「物質として」の定義にあてはまらないと思う.証明されない限り,5次元目が存在してるかどうかなんてわからないから.

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  54. 神は軍事を。   仏は政治を。
    現在も区別は明確です。
    日本だけは明治維新で大乗仏教を徹底的に弾圧して、神国日本となり仏のいない国となりました。
    国や民族が滅びる場合は無条件降伏した時の約束した民主化を実行せず、「子供と政治が語れない」のアドバイスも無視しています
    神=利己主義=1本を自在に使う=武士=日本の大人

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    1. ちょっと※85修正.
      > 科学で証明できるものではないということは同意だけど
      現時点では,という意味.いつか科学的に証明されないとは限らない.

      • 評価
  55. >たとえば「意識」は想像の産物,などと同じことが言えてしまう.
    うーん…
    そういわれて考えると、自分の考えと「神様は空想の産物」が
    矛盾してくるような気がする。
    もうちょっと考えを煮詰めてみる。
    >科学で証明できるものではないということは同意だけど「物質として」の意味がひっかかる.
    この辺に関してはこちらの知識不足。失礼した。
    まだまだ俺は勉強不足のようだ。
    しかし、とても勉強になった。
    Is9VOhJk0氏に感謝。
    震災の影響でクサクサしていたが、とても有意義な時間をすごせたよ。
    また出直してくるよ。
    ありがとう。

    • 評価
  56. 投稿していらっしゃる方たちは 紳士が多いですね。  議論するにあたって、<どう、定義するか>を 整理しておかないと、議論を展開していくのは難しくなりますよね。このテーマだと、<日本の神><神><精神世界><科学> 丁寧に煮詰めながら話されているので 読みやすかったです。                          神について というか 世界観ですよね。造物主である神と被造物である生命を含んだ(大地・海も生命とすることでもよいと重います)環境の定義になるのかなと思います。  造物主は一人ですが、人間を育み慈しむ存在、導きを与える存在としての神は、様々な時代・地域に生まれ、当然その普遍的価値の大きさから影響力の違いも生まれ、優位性を競ったりもしてきた訳ですが、ではそれらの神々に対して、造物主たる神は導きを与えてこなかったのか?ということですよね。宗教戦争なんかがおきるのは、宗教そのものが悪だからだ、というような、(歴史認識のあまり深くない風におもえるのですが)意見もありますが、永い歴史の中で、善悪や幸福などの価値をしめしてきたのは、宗教ですし、民族は宗教によって形成されると云われる所以です。
      あなたの中で、神とはどの様に在る存在ですか?

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  57. NO90:えあ<<わたしは神を6神通を得た存在と定義します。
    成長した人間は、国家・民族・人種を越えた存在です。その人間性のゆえに一段低いそれぞれの国の立場を主張しても、国際政治の折り合いがつきます。
    日本人は一本だちの利己主義の神なので、国際政治で民主主義国家から除外されつつあります。
    6神通とあんじん(安心)を得た民主的大人のいる国を作りたいものです。

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  58. 宇宙皇子を思い出したよ
    昔読んだわ
    天界行って神様とかといろいろあったり、すぺくたくる、だったような
    宇宙皇子だか天之稚日子だかで
    …神は過去で
    ……仏は未来だとか….なんとか…..かんとか
    当時読んでて良く理解できなかった事を思い出したわ

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    1. ※90
      Godの意味だと,個人的には,近づいていくべき方向,もしくは解明すべき真理って認識かな.
      Godの意味ではない広い意味での神なら,俺の嫁.

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  59. 明治維新で廃仏毀釈して以来、あんじん(安心)とは何か解らない国となりました。
    師家さん(禅寺の心の使い方の先生)で「わしは偽物だ」と言っている方なら「あんじん」が何か、知っていてそれを得ていないと述べているので、もっとも信頼できる坊さんです。1本を自在に使える日本の大人であるのはもちろんです。
    道を求めるのなら、初学でも正しい見識を持ちたいものです。

    • 評価
  60. そんな事言ったら、神様が怒るだろうが!
    あ、今自分神様を信じてるんだなぁと実感した

    • 評価
  61. 94:a<<神罰が降るか?
    何時も神罰や仏罰がくだっているよ。
    それと同じぐらい神や仏(仏教徒)に助けられているよ。
    国や民族の危機を伝えている者にいつか笑いの時代が来ると信じたい。

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  62. 1945年9月日本は無条件降伏して神国日本から民主主義国家へ変わる事を連合国に約束しました。100%近い人が今の日本は民主主義だと思っています。
    民主主義は民主的な社会制度と民主的な性格の大人を必要としますが、日本には民主的な大人がいません。民主的な大人とは「ほとけ」と定義できます。アメリカや中国の言葉を率直に受け入れ、対等に話のできる社会を作りたいものです。
    心の働きの分からない人には理解できないでしょうが今の日本の危機を歴史を学ぶことでも知ることができます。

    • 評価
  63. NO98:あ=中国が全体主義か、どうか私は知らない。
    社会主義と自称してはいるが・・・。
    どちらにしても人間の成長にとって阻害要因の国だ。
    1本を自在に使い、安心(あんじん)を得ている大人(たいじん)のいる国ではあるが・・・
    中国の社会制度が民主化した時、人類に貢献できる国になる。

    • 評価
  64. すいません、書きっ放しになってしまいました。91> 6神通ですが、結果として得ることができたのでしょうが、そこに至る動機こそが、神ならしめる根源ではないかと。動機が、修練・修行を経て磨かれ、精密化され、純化され、神通を得、神の領域に臨めるのだと理解しています。ただ、その神はまだ創造主ではないですね。6神通を遙かに超えたところに、始原があります。

    • 評価
  65. 100:えあ<<禅はすべての宗教の流れる大本と言っています。
    禅を学んで、他のいかなる宗教も見通せないとしたら、禅を学んだとはいわない。
    貴方の言う「始原」とは≪悟り≫ですか?
    「悟る」ことをとうして「神」や「仏」になります。

    • 評価
  66. 101:richman4600<  「悟り」・Enlightenment は、一言で括るには余りにも多彩な仏(神でもよいですが)の性質の一部であると思っています。ある意味、神仏の創られた世界に置ける真理(法・ダルマ)の獲得でもあるのかな、と。禅の主体は、公案にあると伺ったことがあります。禅にも、頓悟禅・漸悟禅と呼ばれるものがあって、どちらも、釈迦の説いた広大な法を全ているようには感じられなかったのですが。ただ、真摯に真理に向かう姿勢は伝わります。それが、衆生救済のエネルギーをも持ち合わせるなら、さらに素晴らしいと思います。

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  67. NO102:えあ<<日本では神仏と一括りにします。それでは日本の危機を伝える事になりません。
    今の日本に必要なのは1本を自在に使い、あんじん(安心)をえた「ほとけ(仏)」です。
    1般の人が「頓悟禅・漸悟禅」の言葉を知っているのが不思議ですが?
    鈴木 大拙でもよみましたか?
    鈴木 大拙は法華経が何を要求しているか、知りながら逃げ出した人です。

    • 評価
  68. 103:richman4600< 日本で言う神仏の神は、主に神道系の神々を指し、キリスト教圏、イスラム教圏でいう神とは、少し在りよう「信じる側から見て)が異なるようにおもうのですが。      本当に、今日本は危機にあると思います、その事実に気づくべきだと、その根源がなんであるかに、気づくべきだと思います。

    • 評価
  69. 104:えあ=神は「私は在る」であり、仏は「私はありません」です。
    キリスト教圏・イスラム教圏でも同じです。
    キリストはたびたび「主なる神」と言いました。1本を自在に使う神が「主なる神」にあたります。イエエス・キリストは「利他行」をする存在です。
    イスラム神秘主義はアラーを崇拝しません。イスラム神秘主義は西へ向かった青い目の仏教徒と考えています。
    日本の危機にきずいてくれてありがとう。

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  70. 日本古来からの宗教って自然信仰から生まれたもので、つまりは山や木、海や生き物、その他諸々といった万物の全てには神が宿っているから自然を大切にしましょうってことだよね。
    だから、この世界そのものが神と考えることも出来る。
    魂が神格化したものは話は別だけど。

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  71. NO106:。<<ごく普通の考えだね。
    その考えでは、宗教はなくてはならない大切なものにならないのでわ・・・。
    宗教は自利利他や「あんじん」などを求めて、人間が成長することが、必要であるものです。    イワシの頭も信心から・・・のようないい加減なものではありません。
    宗教は価値判断や生き方の基本となる合理精神が根本にあって、十分に働くもの。

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  72. 豆知識だ 仏は個人の救済で、日本の八百万の神は地域とか血縁の救済が主なんだ。

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  73. 木花咲耶姫の話。昔、八ヶ岳と富士山が背比べをしたんだ、富士山より八ヶ岳のほうが背が高かったんだけど、それに逆切れした木花咲耶姫は八ヶ岳を殴って破壊してしまったんだ。それで日本で一番高い山は富士山になり、八ヶ岳は八つに別れてしまったとさ、チャンチャン

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  74. 人間が神を想像または創造しました。神と言う言葉も神の形をかたどった像もみんな人間が想像して創造したものです。まぁ人間の都合いい道具のようなものですよ。なのに人間は自ら造った道具に翻弄されすぎ、はっきり言ってバカです。

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  75. 誰かが「無」って物を証明してくれたら神は居ないって断言出来るんだけどなぁ。今の所「分からない」が正解だよね。「0」って定義上の物で現実世界には存在しないし・・・。でも死んだ後本当に「無」っていう世界だったら勿論自分の意識も無い訳だし・・・つまらないよね。天国とか地獄とか良く分からないけど、やっぱり輪廻転生はあって欲しいなぁ。でも食われる立場の動物とかに生まれ変わったら嫌だなぁ。それが地獄なのかな?うーん。でも「無」よりはマシなのかなぁ?・・・わかんねーや。

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  76. NO111:<<「無」は貴方の使っている意味と違う使い方がある。
    「無」は心の世界を表しているのが宗教です。
    禅で、「有無に落ちず」と言った場合、現実と心の世界を知ったうえで、片方の世界に偏った生き方をしない事です。
    興味があればあちらこちらに書いてあるrichman4600のコメを参考にしてください。 求める者になりさえすれば道を教えてくれる神が姿を現わすでしょう。

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  77.   「神」について語る前に世界観の確認を
       宗教家は、その物質化された世界が全てではなく、物質なくしても存在する世界・あの世と呼ばれる・こそが、真実の世界だと伝え続けてきたのです。
      「神」の声を通して、神の創られた世界の真実、惑う人々、苦しむ人々への答えを伝え続けてきたのです。それが、救世主と呼ばれ、仏陀と呼ばれ、メシアとよばれたのです。
       
       神の声を預かる者には、資格が要ります。誰もが神の声を聞けるわけではありません。そして、誰でも聞けないことにつけ込んで、邪悪なる者が神の名を卑しめてきたのです。長い長い人類の文明史の中で、何度も起きてきたことです、悲しいですが。
        ですが、創造主である神は、救いの手を差し伸べ続けてくださいました。それが、時代を変え、地域を変え、神の声を伝える〈教え〉が、美しいダイヤの一面を表すかのように、地球に散りばめられたのです。
         けれど、悲しいことに、その教えに邪悪なる意思が取り付いた時に、命の根源のミッション、「調和」と「発展」を見失い、憎しみと嫉妬に運命を翻弄されるようになりました。
      真実を見抜く目を持たねばなりません。神の創られた命の意味を知り、尊さを知り、美しさを知り、愛されていることを知り、その命を屠る、悪なる意思の仮面を剥ぎ、偽りを暴き、あなたのその美しい命を守り、あなたの大切な人の命を守らねばなりません。
       『疑』から生まれるのは、破壊です。『信』から生まれるのは、調和です。発展です。命を汚すものを、信じてはなりません。命を慈しむものを、疑ってはなりません。
       命の真実は、肉体を去ってもなお、生き続けるのです。
     
     
      

    • 評価
  78. NO113:eternity<<美しき言葉だ。きれいごとでは、悩んでいる者を救うことは出来ない。
    自分の利益や他の人に利益を与えることが出来なければ宗教を学ぶ価値などはないと断言しょう。

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  79. 八雲立つ
     出雲八重垣妻ごみに
      八重垣つくる
       その八重垣を
       

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  80. 神には2種類ある。人(など)をつくった神と、人がつくった神。後者は作り物…フィクションの神。

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