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1500年前の武器と武具のありかを発見!兜や鎖かたびら、100点以上がザクザク(デンマーク)

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デンマークで発見された発掘された4世紀の鎖かたびら  image credit:Vejle Museums
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 デンマークの道路工事現場で、1500年前の武具と武器が大量に発掘された。

 出土した数々の装備品は、小規模な軍隊並みの量があり、当時この地域に住んでいた指導者により埋められたものとみられる。

 その中身は、鎖かたびら(チェインメイル)、剣、槍、ランスなどのほか、国内初の発見となる、4世紀のローマ時代の兜の一部も含まれていた。

土の中に眠っていた大量の武器と武具

 大量の武器や武具が発見されたのは、ユトランド半島中東にあるロスニング・ソンダーマーク地域だ。

 発見のきっかけは、現在デンマーク政府が進めている三車線化工事だ。その調査の際に偶然見つかったのだという。

 これらは2000~1500年前の鉄器時代のもので、出土した武器は100点以上と非常に多く、小さな軍隊なら十分なほど大量にある。

 さらに、馬具やその他の軍事的な装備品も見つかっており、この場所が戦士の墓ではなく、より大きな意味を持つ祭祀の場だった可能性もあるという。

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ロスニング・ソンダーマーク地域で発見された剣やその他の武器/Credit: Vejle Museums

デンマークで初めて発見された古代ローマ時代の兜

 その中には、一見したところ用途不明の2枚の鉄板もあった。

 大きさは、人間の手のひらほど。当初、その正体は不明だったが、X線でさびを透過して調べたところ、驚くべき事実が明らかになった。

 それは4世紀に一般的だった古代ローマの兜のパーツだったのだ。片方は首を守る首当てで、もう片方の装飾があるものは頬当てだ。

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X線で観察すると、頬当てには装飾があることがわかる/Credit: Vejle Museums

 この発見には大きな疑問が残る。なぜ首当てと頬当ての片方しか見つからなかったのか?

 この発掘を指揮した考古学者エリアス・ウィッテ・トマセン氏は、次のように説明している。

その答えは、この時代の鉄器時代における戦後の儀式にあります。この時代、武器や軍事装備がそのままの状態で埋められることはほとんどありませんでした。

槍の穂先は柄から外され、剣の刃は柄と分けられ、装備は分解され、戦いに関わった勢力の間で分配されたのです。

 見つからなかったもう片方の頬当てや兜の上部は、他の場所に持ち去られた可能性が高いです(トマセン氏)

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2枚の鉄板と思われたものは、ローマの兜の首当てと頬当てだった。兜の上部は未発見のため想像図となる/Image Credit: Vejle Museums

 また、スカンジナビア南部において、鉄器時代のローマの兜はきわめて珍しい。

 同様のものは、ドイツ北部のトースベルク湿地やスウェーデン南部などで見つかっているが、デンマークでは初となる。

 この謎について、トマセン氏はこう続ける。

この兜は、かつてローマ帝国の補助兵として戦ったゲルマン人の戦士が持ち帰った可能性があります。

彼はローマ軍での勤務を終えた後、自分の個人装備として故郷へ持ち帰ったのかもしれません。あるいは、ローマ帝国とゲルマン人の国境付近での戦闘で、敗れたローマ兵の装備が戦利品として奪われ、その後ユトランドへ運ばれた可能性も考えられます(トマセン氏)

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兜の破片の発掘現場 Vejle Museums

保存状態の良い鎖かたびらも発見

 また、保存状態の良い鎖かたびら(チェインメイル)も発見された。こちらも兜と同様、南スカンジナビア地域では非常に珍しいものだ。

 鎖かたびらは、細かい鉄の輪をつなぎ合わせて作られる防具であり、作るにも大変な労力を要した。また、当時の技術では非常に高度な加工技術を必要としたため、ごく一部の最上級戦士しか持つことができなかった。

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発掘された鎖かたびら。所有者の権力の大きさを物語る/Credit: Vejle Museums

 こちらも兜と同様、南スカンジナビア地域では非常に珍しいものだが、注目すべき点は、この鎖かたびらが集落跡で発見されたということだ。

 従来、北欧で見つかる鎖かたびらの多くは、戦士の墓や湿地から出土していたため、今回のように定住地跡から出土するのは極めて珍しいケースである。

青銅の首輪の一部も発掘される

 こうした武具のほか、青銅で作られた特徴的なデザインの首輪の一部も発掘されている。

 それは2020年にデンマークで発見された「ヴィンデレヴの財宝(Vindelev Hoard)」の金製ブラクテート(薄いメダルのようなもの)に描かれたものとよく似ている。

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同じ場所で発掘された首輪のパーツ。/Credit: Vejle Museums

 そうしたブラクテートには、今回の首輪のようなものを手に持つ人物が描かれている。この人物は、権力や威光を象徴したもので、ローマのメダルを模倣して作られた北欧の遺物ではよくあるモチーフだ。

 青銅の首輪はその所有者の財産の一部として、チェインメイル・剣・馬具などの武具と一緒に捧げられた可能性がある。

 こうした発掘品は、2025年2月8日からヴァイレの文化博物館で展示されている。

References: Presscloud / https://www.vejlemuseerne.dk/udstillinger/digitale-udstillinger/vaabenofringen/

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この記事へのコメント 4件

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  1. 金属をたたいて板にする、それを変形させてヘルメットや胸当てやその他の防具は、まぁわかるの範囲ですけど、チェーンメールとなるとそりゃすごく作るの大変だったろうなと思うと記事中の上級戦士か死なせたくない将軍とか貴族・王族って感じなのかなと。 珍しいとあるので歴史を変える大発見の最初の一つじゃないかとか想像したらちょっと興奮しましたw

    • +3
  2. このチェインメイルは紀元前3世紀ごろからローマ兵や属州兵へ支給され出した一般的な軍装で、軍団兵と聞いて連想する鉄板を並べた鎧が登場し、そして廃れた4世紀以降も使われ続けたとの事。
    奴隷を酷使しても一着分に二か月ほどかかる反面、絶えず鎖同士が擦れ合うので錆びる事は無く長持ちするとの事。

    • +2
  3. 実用品の極みと言ってもいい武具が大量に埋められる状況というのはちょっと説明が難しいね。祭祀というのは考古学者や歴史学者がよく分からない発見物に用いることの多い考察だけど、じゃあもっと合理的な説は無いのかと言われると確かに難しい

    例えばある軍隊が敗北して多量の死者が出た場合、普通その武具や生活用品は勝者や地元民に奪われるから、矢尻とかならともかく大量の鎧や兜が残されるのは珍しい。しかし墓の副葬品という感じでもない。ポンペイのような自然災害で埋没したならともかく、決して安価とは言い難い金属資源をわざわざ埋める理由はなんだろうね。食料や貴金属と違って土中に保管して避難させるというのもちょっと考えにくいし

    • +3

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