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古代アナトリアの2600年前の碑文がついに解読される

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(著) (編集)

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トルコにある2600年前の碑文が書かれた遺物「アルスラン・カヤ」この画像を大きなサイズで見る
Photo by:iStock
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 トルコには、古代アナトリアのフリギア時代に建てられた記念碑がある。約2600年前に建てられたその碑は火成岩でできており、ライオンとスフィンクスの彫刻で飾られていた。

 新たな研究により、その記念碑の基部に刻まれた碑文が解読された。

 その碑文は、長きにわたる浸食と人為的な破壊により、文字の判読すら困難だったため、ずっと考古学者を悩ませてきたものだった。

 このたび成功した解読によると、どうやら、このモニュメントは古代の母なる女神に捧げられたものだったと思われる。

2600年前に建てられた記念碑

 2600年もの間、トルコ中西部の小さな谷の南端に、崩れかかった火山岩でできた記念碑がぽつんと建っていた。

 トルコ語で「ライオンの岩」を意味する「アルスラン・カヤ」と呼ばれるこの岩の像には碑文があるが、現在ではほとんど判読できない。

 火山岩でできた土台は浸食が進み、スフィンクス、ライオン、女神の彫刻が刻まれていた顔は何世紀にもわたる風雨にさらされて磨り減っている。

 扉や華やかな装飾は宝探しのならず者たちのダイナマイトでことごとく破壊されてしまっている。

 この像の基部に刻まれた碑文も、同様の被害を受けていたようだ。1884年にこのアルスラン・カヤについて初めて記述した考古学者ウィリアム・ミッチェル・ラムゼイ氏は「縦に細長いフリギア文字が使われていて、梯子持参で近くでじっくり見ないと判読することができない」と書いている。

たとえ梯子があったとしても、状況はそれほど変わらないだろう。「碑文は絶望的なほど破壊されてしまっている」とラムゼイは報告している。

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かなり廃れてはいるが、アルスラン・カヤはまだまだ健在だ Image Credit: Ingeborg Simon, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

基部に刻まれた文字の解読に成功、女神に捧げらた像だった

 長いこと研究者が解読に取り組んできたが、ラムゼイの見解は正しいようだ。 例えば”μ . τματερα“と記述されているようにも見えるが、そのときの光の具合などによって文字が異なって見え、研究者を悩ませている。

 ペンシルバニア大学の古代ギリシャ史・考古学教授のマーク・マン氏らが、最近になって、最適な状況で撮影された碑文の写真と過去の写真とを詳細に比較し、実際にどの文字が刻まれていたのかを正確につきとめることに成功したという。

 その結果、マン氏は女神の称号、またはマタル(母)の直接目的格を表す「マテラン」に捧げられた像だという結論に達した。

これは彼女の名前の真下の壁龕(へきがん:西洋建築で、彫像などを置くため壁面に設けられたくぼみ)にかつてあった像への言及として理解できます(マーク・マン氏)

 これは注目に値することだ。アルスラン・カヤだけが古代フリギアのこの神秘的な母なる女神のことを言及しているわけではないとはいえ、かなりユニークな存在だといえる。

大きなモニュメントにこのような母なる立像が彫られているものは他にありません。可動式の像が置かれていたのかもしれませんが、アルスラン・カヤはマタルの像と彼女の名前を記した碑文が刻まれた唯一のフリギアのモニュメントという点でかなりユニークな存在なのです(マーク・マン氏)

 フリギアのほかのモニュメントの例から判断すると、この名前はかつてはもっと長い碑文の一部だった可能性があるという。

 そこにはこのモニュメントを最初に建て、女神をマテランと名づけた人物のことが記録されていただろう。

 この建造物は、アルスラン・カヤの南西40kmのところにあるアレヤスティスモニュメントに続くもので、こちらの神はマテラン・アレヤスティンと呼ばれている。

 フリギア語はまだ十分に理解されていないため、マテラン・アレヤスティンがなにを意味しているのかは不明だ。新たな証拠は古代アナトリア言語と文化を研究する学者にとって、非常に興味深い。

本研究は『Kadmos』誌(2024年10月24日付)に発表された。

References: "Hopelessly Obliterated”: Ancient Inscription In Lost Language Finally Deciphered | IFLScience / Professor writtens 2,600-Year-Old Inscription That Linguists Claimed Could Never Be Read

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この記事へのコメント 6件

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  1. 2600年前というと皇紀とほぼ同じか
    皇紀はまあ初期はファンタジーだろうが

    • +3
  2. フリュギア語では女神を表すのにMatar ~ と表記します。キュベレーなら Matar Kubileya といった具合です。想像ですがキリスト教時代に像を惜しんだ住民が碑文から女神の名を削って聖母像としたのかもしれません。そしてイスラム時代に像の部分も破壊され来歴もわからなくなってしまったのではないかと思います。

    • +12
  3. 少し前、女神の特徴についてのコメントに対して
    『そんなモノ存在しないから荒ぶろうが関係ないでしょ…..
    多神教時代のローマを肯定するのは普通にアウトだよ』と書いた人がいたね

    今回の解読について何を思うのだろう
    私は女神マテランがどのようなものか興味があるのだけれど…
    豊穣神か旅や交易、勝利かとか
    同じ豊穣神でも四季神とか雨の神とか、神の逸話で気候や生活がわかるので

    • +19
  4. 地母神とか女神を祭るのはアナトリア西部ではわりと多い印象ある。それこそエペソスのアルテミス像とかね。ギリシア人は自分たちの宗教観でアルテミスだのアテネだのと比定するけど、もともとはその地域の女神としてまつられていたものもたくさんあった。またギリシア人が有名な女神を宗教観の中に取り込んでいるのが、そもそもこれら東方の影響である可能性も十分に指摘できる

    • +2
    1. 土着の神々を取り込むのはよくあるね
      ギリシャでもたわわな乳房を葡萄の房のようにつけたゼウスの像とかあるが「化身」ということで処理してる
      ゼウスは美少女や子供、老婆になり、鹿、白鳥になり、黄金の雨になり…様々に変化し女性を落とす
      インド神話でも複数の異名(二つ名)を持つのもそれだし、仏教もヒンディーの神を取り入れてる(その後、逆転し仏陀はヴィシュヌの化身される)
      一神教のキリスト教などは祭りを取り込んでる(クリスマスやハロウィンが有名)

      • +2
  5. マン氏の研究、本当に興味深いです。壁龕に置かれていた像への言及、ということは、このモニュメントはそれだけ重要な場所だったということでしょうか。アルスラン・カヤがユニークな存在というのは、他のモニュメントとの比較からすると、より際立って見えますね。フリギア語はまだ解明されていない部分が多いとのことですが、この研究が新たな手がかりになるかもしれませんね。

    • +1

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