この画像を大きなサイズで見る1940年代頃、アメリカには女性が馬に書籍を積み、その本を読みたい人の元へ運ぶ移動図書館があった。
彼女たちは”ブック・ウーマン”として知られていた。
馬に鞍をつけ、たいていは夜明けに出発して、雪の積もった丘の中腹やぬかるんだ小川を延々と行く。その目的はただひとつ。ケンタッキー州の人里離れた山岳集落に本を届けるためである。
雇用対策で誕生した移動図書館
1929年から起こった大恐慌により、アパラチア地方(主にケンタッキー州東部)の人々も深刻な失業と貧困に直面していた。失業率は40%に跳ね上がり、石炭鉱業で働く男性たちの仕事も減っていたが、女性が働ける場もほとんどなかった。
フランクリン・ルーズベルト政権は1933年、「我々が恐れるべきものは、恐れそのものだ」という有名なスピーチとともに、大恐慌からの復興を目指してニューディール政策を開始。1935年にはWPA(Works Progress Administration、雇用促進局)を設立した。
女性が馬で本を運ぶ移動図書館は、このニューディール政策の一環として、WPAの支援を受けた公的事業の「パックホース図書館プロジェクト」として始まったものだ。パックホースとは荷馬車のことである。
雇用された図書館員(ブックウーマン)は自ら調達した馬やラバに乗り、週に約160~200kmにおよぶ、険しい山岳ルートを走破し、本を届けて回った。給与は月額約28ドル(現在の価値で641ドル程度)で、その過酷な労働に見合った金額ではなかったが、多くの女性にとって貴重な収入源となっていた。
公費を投入して行われたこのプロジェクトは、女性の雇用を生み出すことだけが目的ではなかった。
この画像を大きなサイズで見るパックホース図書館が生み出す雇用対策の相乗効果
アメリカ政府の統計よると、1930年代当時、アメリカ全域の14歳以上の国民のうち、いかなる言語も読み書きできない「非識字者」の割合は4.3%であった。しかし、同時期、ケンタッキー州東部では非識字者の割合が約31%と高く、さらに地域によっては50~65%に達することもあったとされている。
ケンタッキー州東部の田舎は、地理的に周囲から孤立した地域が多い。このプロジェクトが始まる前、多くの住民にはアクセスできる範囲に図書館がなく、活字に触れる機会が少なかった。
当時、ケンタッキー州はすでに電力や高速道路の整備などで近隣の州に遅れを取っていたとされる。つまり、パックホース図書館プロジェクトは、ブックウーマンとしての女性の雇用を増やすだけでなく、識字率を押し上げ、教育水準を高め、結果として男性も含めて、地域全体で雇用を創出する狙いがあったのだ。
この画像を大きなサイズで見る本はすべて寄付されたもの
当時、ケンタッキー州の半数近くの郡には図書館がなかったが、WPAが公費で負担してくれたのはブックウーマンへの給与だけだった。そのため、地元の学校、教会や民家が提供してくれたスペースを図書館とし、本や雑誌、新聞などの読むものはすべて、PTAやDAR(アメリカ愛国婦人会)、地元住人、旅行者からの寄付によるものだった。
この画像を大きなサイズで見る1940年12月、ローカル新聞のマウンテン・イーグル紙は、レッチャー郡図書館が古くてボロボロでもいいので、本や雑誌の寄付を必要としているという記事を載せている。本のニーズはどんどん高まり、それを補うため、古い雑誌や新聞は切り抜いて、例えばレシピや手工芸といったテーマごとにスクラップブックにまとめられた。
この画像を大きなサイズで見るそんなスクラップブックのひとつが、今日でもまだ残っており、ニューヨークにあるFDR大統領図書館で保管されている。
歴史家のドナルド・C・ボイドの著書によれば、昔のクリスマスカードを再利用して、しおりとして使ったり、ページの隅が折れてしまうダメージを防ぐために補修したりするのに使われたそうだ。
同年7月、マウンテン・イーグル紙はレッチャー郡図書館を次のように称賛した。
この図書館は私たちの郡や地域のもので、私たちのためにここにある。図書館を訪れ、可能な限りあらゆる方法で図書館を支援するのが、私たちの義務だろう。そうすれば、地域社会が活性化していく要因として図書館を維持し続けていくことができるかもしれない。
Mountain eagle (Whitesburg, Ky.), July 4, 1940
ブックウーマンが走破した険しい道のり
この画像を大きなサイズで見るブックウーマンは、馬やラバに乗って、天候に関係なく指定されたルートをたどった。
目的地が遠すぎて馬で行けない場合は、途中で馬を降りて徒歩で向かった。ほとんどは地元で採用された、普通の女性だ。ボイドの著書によると、よそ者になかなか心を開かない山の人々にとっても、なじみの顔になっていたという。
1938年末までには、29の郡に274人のブックウーマンが居た。このプロジェクト全体で、1000人近くが雇用されたという。
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この画像を大きなサイズで見るしかし、1943年にアメリカが第二次世界大戦に本格参戦すると予算が打ち切られ、財源が底をつき、戦争需要によって失業率が大きく低下したこともあって、WPAは解散した。アメリカ全体では失業率が2%未満まで下がり、事実上、誰もが職についている「完全雇用」に近い状態だった。
プロジェクトの終了後、それまでに集められた蔵書は郡庁舎などで管理され、閲覧可能となった。しかし、多くの地域では郡庁舎にアクセスするのは困難で、再び、図書館がなかった時と同じ状態へと逆戻りした。この状態は、1950年代後半に、モーター式の移動図書館(ブックモービル)という形で再開するまで続いた。
この画像を大きなサイズで見る時に読み聞かせも。本だけでなく真心を運んだブックウーマン
ブックウーマンは、ただ読む物を届けるだけでなく、こうした地域社会にとっての心のよりどころ、信頼のおける存在となっていた。住民の希望を尊重して本のリクエストに応じ、文字が読めない者が取り残されないように読み聞かせをし、「本がある生活」を共有することで、その地域の誇りを育んだ。
利用者の一人はこう話している。
ベッドの両側にテーブルを寄せて、ランプを灯して、ずっと読みふけっているんです…。あなたたちが持ってきてくれた本は、私たちの人生を救ってくれました。
The WPA: Creating Jobs and Hope in the Great Depression – Page 57
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この画像を大きなサイズで見るReferences: Smithsonianmag / Atlasobscura / Blueridgecountry














まさに
映画『海すずめ』
ですね
たしかにそうだと思うよ
知らんけど
映画化決定
してほしい
ケヴィン・コスナーの「ポストマン」みたいね
ヤクルトさんの図書版みたいな感じだろうか
非効率に感じる分心が伝わる仕事ですね~
※5
非効率に見えるんだ。
当時の道路事情や自動車・バイクの普及率事情を鑑みると、ウマを使うという方法はナイスアイディアだと思うけどなぁ。自転車では無理そうな悪路も多いし
※13なるほど。険しい山々を考えると馬が最適なのかも知れませんね。
心が温かくなる職業だなぁ
アメリカって、だだっ広い国だからな
だから整備される前は、こういう制度が必要だったんだろう
当時の届けられる側の人から見たら、天使みたいな存在に思える
現代でも、自動車に本を載せて移動図書館をやっている人の
紹介記事が、たまにここのサイトでも紹介されているよね?
いつの時代でも、本を必要としている人は居るって事だと思った
鞄に知識と物語の塊を詰め込んで馬に跨るとかすげーかっこいい
「ブックウーマンに駆け寄る子供達」本を持って来てくれるお姉さんの来訪は
本好きな子供には嬉しかっただろうね
今は大手書店や通販さらに電子書籍があるから本は手軽に手に入る時代になったけど
自分が子供の頃は欲しい本が注文して簡単に手に入るような時代じゃなかった
1940年代というとうちの両親が生まれた頃
「いい時代になったよね」と通販で本が届くたび本好きな両親は言ってる
まだかな まだかなー
図書館の おばちゃんまだかなー♪
こういうネタを映画にしてほしい。
この手のネタは賞はとれても興行的に
厳しいことはわかっている。だけど。
コメントをどうぞ
やだすごいカッコいい・・・
みなさん言ってるけどこれは映画で見たい。
記事読んでるだけで泣けてきました。
こういうの見ると家にいながら色んな本が選べて買える事に改めて有り難さを感じる
通販サイトや配達してくれる人に感謝
まず馬が偉い。
現代の日本ではどこの図書館も高齢者のたまり場か税金で作った漫画喫茶みたいになってしまった。貸出冊数や入館者といった数値目標に縛られるからそうなる。
文中に
>ほとんどは女性だったのがWPAのプログラムの中(といってもほかの活動はほとんどない)でも特異だった。
―とあります。
原文は
>The WPA paid the salaries of the book carriers?almost all the employees were women, making the initiative unusual among WPA programs, but very little else.
―です。
当該原文の日本語訳は誤りではないでしょうか。
正しい訳は、
>雇用された人のほとんどすべてが女性だったのが特異だったが、WPAは給料の支払い以外のことはほとんどしなかった。(以降の記述でカウンティやボランティアの取組みが述べられる)
WPAは多岐にわたる事業に3百万人を雇用し、決して当該文で記述された事業等わずかを実施したわけではありません。そのことを知っていたら、当該原文が読み取れなくても、何かへんだなと思うはずです。以上
ゲームのオブリビオンで馬に乗って新聞だったかを届ける女性NPCがいたけど
こういう歴史が元ネタだったりするのかな?
世界が戦争に向かうなか、これを実施できた合衆国の豊かさ、底力を感じる。
2,000馬力のエンジン積んだ戦闘機や原爆以前に勝てない相手だったと思う。
女性の人類学者の方が世界中の色んな秘境に行ってたのだけど、口を揃えて
「女性ひとりでそんな所に行って大丈夫なの?」って聞かれるそうだが
男性だと警戒されて最悪命の危険もあるのだけど、遠い国から女性が1人で来たって言ったらみんな打ち解けて親切にしてくれるんだって。
これも山奥まで行くのなら男性の方が良さそうに思えるけど、馬に乗ってるから体力関係ないし、何より僻地の人の警戒心が薄れるからすごく効果的なんだね。
ギターを抱いた渡り鳥の本バージョン
馬で学校に通いたがっていたの思い出す
馬やラバで良かった
山羊や鹿を使っていたら危なかったなぁ
意外と最近まで馬が実用的な使われ方してたのね。
馬だけに
「 LIFE 」は、今でいう写真週刊誌だからその時代の世界の様子がよく分かって田舎の人は特にありがたかっただろうなぁ、とても素敵なアメリカ史の1ページだな。
過酷だよなあ。WPAの事業で雇ってもらえたのは生活保護家庭だけだったようだから、自分が主力で働くしかない事情を抱えた女性ばかりだったってことになるのかな。
これで月額28ドル…現在の日本の価値になおすのは調べてもわからなかったけれど、ちょっとワリのいいパート程度? 肝心の馬やミュールの入手と維持運用費はどうだったのだろう…自腹なのかな。老いたラバを使うしかなかった女性は乗らずに歩いたというから大変だ。効率度外視してでもっていうこんな雇用事業をよくひねり出したもんだと思います。一応モデルはあった雰囲気ですが。
米国の女は強いね しかし日本の女も勝るとも劣らぬ位強いよ
ブックウーマンが性犯罪に巻き込まれたこともあったんじゃないかと心配。
でも男だと、警戒心抱かれるっていうのは確かにそうかもなぁ。
拳銃くらいは持たせてもらえてたら良いのだが。
でも馬に乗るから体力関係ないっていう意見は、
そんなこともないと思う。
乗馬っていうのは、それなりに体力使うよ。
馬の負担からすると
女性のが体重軽い、も有るのかな
しかし、肉体的負担ある仕事だ
この時代の職業婦人はかなりのインテリだろうから読み聞かせしながらいろいろ面白い雑学聞かせてくれそう。ワイのイメージでは高校の頃の世界史教師やわ
ブックウーマンを国語で読んだのでとても感心しました
負担すごい仕事なのによくやるな〜
ワイは無理だわ
ブックウーマン来てほしい
「僕のブックウーマン」を国語の授業で習って、感動した!
うちだったらやりたいけど、できないかもしれん。
ブックウーマンすげーーー
すごすぎる
へー
凄い
kkkkkk
マジで映画にして
すごすぎる映画化してくれおい笑える
すごすぎる私もこの時代で生きたみたかった
現代では
大きな船一艘丸ごとが
図書館だか本屋さんというのもある
他に医療の乏しい国々を周る
病院船や病院列車があったりとか
イキスギィ!
ブックウーマンいいねーーーーー
ブックウーマンすごくいい話ですよね
ぼくのブックウーマンの資料になりそう
資料に使えそう
失業率下げてるとか国に貢献しすぎ。
おもしろーい
映画化決定だね