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ピラミッド建造のルーツか。エジプトで発見された5000年前の墓が示す高度な建築技術

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(著)

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Image credit:Ministry of Tourism and Antiquities
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 巨大なピラミッドは、ある日突然砂漠に現れたわけではない。その背景には何世紀にもわたる技術の積み重ねが存在する。

 エジプト最高古物評議会は、同国中部の遺跡から約5000年前に造られた2基の墓を発見した。

 初期王朝時代に造られたこの墓は、壁の下部を厚くし上部に向かって薄くするという、重量を分散させる高度な構造になっていた。

 2基の墓の構造は、数世紀のちに巨大なピラミッドを建造するための高度な構造工学の技術の元となったと考えられている。

 この発見は、エジプト観光・考古省(Ministry of Tourism and Antiquities)の2026年6月20日付の公式Facebookページに紹介された。

エジプト中部で約5000年前の墓を発見

 エジプト中部、ナイル川東岸に位置するミニヤー県ジャバル・アル=タイア遺跡で、約5000年前に造られた2基の墓が新たに発見された。

 エジプト最高古物評議会の調査団が発見したもので、 2基の墓は、エジプトが統一されて最初の王朝が始まった初期王朝時代(紀元前3100年頃 – 紀元前2686年頃)のものだった。

 ジャバル・アル=タイア遺跡は、数千年にわたって埋葬地として利用されていた場所だ。

  調査団の報告によると、今回見つかった2基の墓は、古代エジプトの建築技術がどのように発展していったかを知るための極めて重要な証拠になるという。

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ジャバル・アル=タイア遺跡で新たに発見された5000年前の墓の遺構 Image credit:Ministry of Tourism and Antiquities

墓に使用されていた重量分散の構造工学

 1基目の墓」を調査したところ、壁の造りに際立った特徴があることが判明した。

 壁の下部が厚く造られており、上に向かうにつれて徐々に薄くなっていたのである。

 考古学者たちは、この特殊な壁の形状が、建物の安定性を高めるための工夫であると考えている。

 建物の重量をうまく下へ逃がして分散させるという、高度な構造工学的手法がすでに用いられていたのだ。

 1基目の墓はのちの時代に石のブロックが持ち去られて損傷していたが、当時の技術を示す重要な痕跡は残されていた。

 石の表面には、古代の労働者が石を切断して切り出した際にできる酸化線の跡がはっきりと確認できた。

 さらに、建物を補強するための巨大な木製の支柱も構造に組み込まれていた。

  壁の端から端まで全体に伸びている木材もあれば、区画ごとに独立して設置された木材もあった。 これらの遺構は、5000年以上前の建設方法を知るための非常に希少な情報である。

 1基目のすぐ南側からは、ほぼ同じ技術で造られた「2基目の墓」があった。

 こちらは後代の石泥棒による被害を免れており、建物の大部分が当時のままの状態で手付かずで残されていた。

 保存状態が非常に良かったため、調査団は建設当時の本来の特徴をより詳細に研究することができた。

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2基の墓はアビュドスのデン王の墓と構造が似ていた

 これら2基の墓の設計は、エジプト南部ナイル川の西岸の砂漠のアビュドスにある古代エジプト第1王朝の第5代ファラオであるデン王(在位:前2814-2772年頃)の墓と非常に似ていた。

 アビュドスは、、古代エジプトのエジプト神話に登場する冥府の神、オシリス神復活の地で、オシリス信仰の中心地として知られている。

  アビュドスとジャバル・アル=タイア遺跡は地域が離れているにもかかわらず、同じ構造で作られていたのだ。

 これは、エジプト国家が形成される初期の段階で、異なる地域の建設者たちがすでに建築のアイデアを共有していたことを示している。

ピラミッドへと繋がる建築構造技術

 調査団は今回の発掘で、初期王朝時代よりも古い先王朝時代の墓地の一部も発見している。

 そこからは、植物のマットに包まれてうずくまった姿勢で埋葬された人々の遺骨が見つかった。

 遺骨の横には、エジプトが統一される前の、銅器時代のナカダ文化に特徴的な、黒い縁取りの土器が置かれていた。

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埋葬されていた遺骨や土器 Image credit:Ministry of Tourism and Antiquities

 さらに、ずっと後の時代である末期王朝時代に造られた、木製の棺の残骸を含む個人墓や集団墓も特定された。

  これらの発見により、ジャバル・アル=タイア遺跡が数千年にわたって埋葬地として継続的に使用されていたことが証明された。

  1基目の墓で見られた壁の重量を分散させる工学技術は、数世紀後に造られるピラミッドの建築にも受け継がれていったのだ。

References: Ministry of Tourism and Antiquities / 5,000-year-old tombs found in Minya rewrite the origins of Egyptian pyramid architecture | Archaeology News Online Magazine

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この記事へのコメント 7件

コメントを書く

  1. しかし結局車輪もなく2.5トンもの巨石をどうやってあの短期間で運んで積んだのかは謎という……800kmも離れた所からよ?

    • -1
    1. 謎じゃないよ
      実験考古学でいろいろやって方法は分かっている
      詳しくは河江肖剰先生のYoutubeを見てくだされ

      • +6
      1. あの人の動画はめちゃ面白いんだけど、
        全部ニンゲンが地道にちまちまやってたんかと証明されて
        ある種、今と変わんねえなって夢が壊れる部分もあるんだよねえ。

        • +2
  2. 弥生時代から平安時代までで人間は何も進歩しなかったかというと、そんなことはない。その期間中に法隆寺程度は建立できるくらい知恵がついた。ただし、同時期のものはこれくらいしか残ってないが。ピラミッドだって僅かな期間の一時の話しじゃない。5000年くらい前から2000年くらい前の期間では大分発達した。
    その一方で最初の基礎つくりから最後のてっぺんの飾りを乗せるまで、少しの妥協も無く、長い年月と世代を隔てても、一番最初の図面とそのコンセプトと初心をもって丁寧な建築が現代人に出来るかと言うと、無理だろう。

    • 評価
  3. >>エジプト最高古物評議会

    ここもかなり苦労してるみたいなんだよな
    今のエジプトはイスラム教国家なのでこういった過去の宗教に関する設備は破壊せよという強行派とかの圧力があったりと。

    • +5
  4. ピラミッドよりも数百年前にこんな技術があった…だと…
    人類って可能性の獣だなぁ

    • +2
    1. これを大型化したのがピラミッドだからね
      同時期に中東各地でジッグラトなど巨大建造物が建てられ始めているから
      何かしらの技術的革新か流行でもあったのかも知れない

      • +4

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