
氷河が解けて露わとなったバイキング時代の遺物 image by:cambridge
ノルウェーのヨトゥンヘイム山地の標高1800メートル付近にある氷が溶けている。ここはレンドブリーン氷河と呼ばれていて、この千年の間、毎年新たな層が積み重なり、一年じゅう氷に閉ざされている場所だ。しかし、この20年、地球温暖化のせいか、その氷がゆっくりと溶けている。永久凍土の融解は世界中で起こっているが、レンドブリーン氷河の場合、考古学者にとっては、まるでサンタクロースのような結果をもたらしている。
地表が露わになっていくにつれ、氷の下に埋まっていた宝物級の遺物が次々と姿を現したのだ。それはバイキング時代(800年 - 1050年)の峠道である。
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氷河の下にはバイキング時代の峠道
これらを詳しく調べた結果、およそ1000年前にはこの付近一帯は、たくさんの人が行き交う重要な道だったことが確認された。いや、ただの道だっただけではない。見つかった馬の蹄鉄、旅の装備などから、この道はかつて活気あるバイキングの交易路だった可能性があることがわかったという。

写上は2006年、下は2019年のレンドブリーン氷河
image credit:Espen Finstad / secretsoftheice.com
すべてではないが、これまで60点あまりの遺物を放射性炭素年代測定で分析してみたところ、中世の時代にこの地域では頻繁に人の往来があり、14世紀にヨーロッパに大打撃を与えた黒死病(ペスト)が原因で衰退したことがわかった。「氷が溶けたせいで露出した遺物は、紀元300年から1500年の間に使われていた物であることがわかった。遺物の年代がもっとも多かったのが1000年頃で、ちょうどバイキングの時代だった。人の移動が活発になり、政治の中央集権化が進み、北ヨーロッパで貿易や都市化が盛んになった時期だ」研究チームは書いている。
「レンドブリーン氷河は、高地移動に影響を与える社会経済要素についての情報をもたらし、地域間や地域内での伝達や交易における山岳街道の役割の理解を進めた」
これまでも、このあたりからは遺物がいくつか見つかっていた。1970年代〜80年代から、発見が報告され、地元の考古学者に提出されている。その中には、1974年に見つかったバイキング時代の見事な槍などもある。

発見された馬の蹄鉄 image by:JH Barrett & Glacier Archaeology Program; Pilo et al., Antiquity, 2020
気候変動により氷河がとけ、大量の遺物が発見される
とくに2011年夏は酷暑だったため、大量の氷が溶け、大量の遺物が出てきた。その事態に驚いた考古学者たちは慌てて現地へ走り、新たに露出した地面に散らばっている遺物を回収・分類して回った。この付近が再び雪で覆われる前に急がなくてはならなかったのだ。研究者たちは、2015年まで毎年、2018年、2019年にも現地に戻って、回収を繰り返し、サッカー場35個分に相当する25万平方メートルの範囲から、おびただしい数の遺物を集めた。氷が残り、岩でごつごつした現場での作業は、それは過酷なものだった。
「たびたび天候が荒れ、現場での作業はそれは大変でした」インランデット州議会の考古学者ラース・ピロはブログに書いている。
「でも、そんな過酷さも吹っ飛ぶほどのすばらしい結果が得られました。失われていた峠道を発見することができたのですから。氷河考古学者にとって、まさに夢のような場所です」

10世紀頃の紺色の織物 image by:Espen Finstad / ecretsoftheice.com
冷凍効果で保存状態の良い遺物
氷河は、本来なら過酷な気候にさらされて朽ちてしまうあらゆる有機物を保存してくれる。革、骨、木、毛などが、非常にいい状態で発見されている。何世紀にもわたって、ヨトゥンヘイム山地を行き来していた人たちの日常生活を、現代のわたしたちに垣間見せてくれるのだ。発見物の中には靴、手袋、衣類もあった。3世紀にさかのぼる完璧な状態のウールのチュニック、木製の火口箱(火打ち石を入れた箱)、そりやその一部、テントのペグにするために束ねられた小枝、小型ナイフ、セイヨウネズの木を削って作った小さなくつわなどがあった。
これは、人間が飲む分のミルクを確保するために、子ヤギや子ヒツジが飲み尽くしてしまわないようにさせるために使ったらしい。

子ヤギか子ヒツジ用のくつわ image by:Espen Finstad / ecretsoftheice.com
馬の蹄鉄で峠道の存在を確認
この場所が道であったことを示すものは、馬の蹄鉄の存在だ。馬の蹄に合わせて作られたスノーシューまであった。さらに、石を積み上げて目印にしたケルンも発見されている。これらは、道行く人たちが迷わないための道しるべとして、長い間繰り返し使われたのだろう。
馬用のスノーシュー(かんじき) image by:Espen Finstad / ecretsoftheice.com
「レンドブリーンが、この地域の移動放牧や、ローマの鉄器時代(1〜400年)に始まり、中世(1050〜1537年)の終わりまで続いた、長距離の旅路のための中心地だったことは、明らかだ」論文は続く。「この場所から出土する考古学的遺物が非常に豊富なことが、季節によって山を移動する放牧システムについて明らかにし、地球規模で峠道を研究するための適切なモデルを提供してくれる。こうした山の峠道は、大昔の人の移動において重要な役割を果たした。移動放牧のルートを切り開き、地域間の行き来や長距離の旅を容易にしたのだ」
考古学の学術雑誌アンティクィティ誌に掲載された研究論文
Crossing the ice: an Iron Age to medieval mountain pass at Lendbreen, Norway | Antiquity | Cambridge Coreレンドブリーン峠を覆っていた氷河は、いずれすべて溶けてしまうだろう。2019年は考古学的調査の最後のシーズンになったが、やるべきことはまだまだある。
https://www.cambridge.org/core/journals/antiquity/article/crossing-the-ice-an-iron-age-to-medieval-mountain-pass-at-lendbreen-norway/
新しい論文では、2015年までに発見された遺物だけをとりあげているが、試験、分析しなくてはならないものは膨大にある
氷河は、氷が溶けたこの地域が、見事なタイムカプセルである可能性を示してくれた。研究チームはすでにべつの場所にも目を向けている。
「2019年にレンドブリーンでの発掘作業を終えたすぐ後、さらに西の尾根で氷が溶け初めている場所が見つけています」ピロは書いている。
「冬の雪がやってくる前の最後の日に、ざっと調べて、鉄器時代の靴とかいばの一部を回収しました。きっと、もっと出てくるでしょう」
A walking stick with a runic inscription
References:secretsoftheice/ written by konohazuku / edited by parumo
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コメント
1. 匿名処理班
ロマンがあっていいなぁ…
2. 匿名処理班
こうなると雪のない、薄い時代は確実にあって、その時間的なペースは変わりつつあるのかも知れないが、「そこまで異常なことなのだろうか」という気もするなぁ
3. 匿名処理班
ヨトゥンヘイム…!
4. 匿名処理班
未知のウイルスも溶け出てる
5. 匿名処理班
つまり万年氷なんてもんは1000年前には無かったわけで、万年でもなんでもないよと。
平安時代は今より平均気温が高かったらしいし、たまたまその後寒冷化しただけなんちゃうかと。
二酸化炭素で温暖化詐欺は根深いなあ。
6. 匿名処理班
逆を言えばその頃は凍ってなかったという話になるし、寒くもなかった。
今の人間がいかに自分勝手な話をしてるかというのが分かる話。
見つかれば温暖化で危険、見つかなければ寒冷化で危険。
7. 匿名処理班
かんじきがあるから冬季に雪に覆われていたのは確実。夏に氷があったとしても人の往来で道が維持されていたんじゃないか。
8. 匿名処理班
西暦に入ってからの気候を大雑把に言うと
西暦1年以前〜200年頃:寒冷期
西暦200年頃〜500年頃:温暖期
西暦500年頃〜700年頃:寒冷期
西暦700年頃〜1300年頃:温暖期
西暦1400年頃〜1800年代末:寒冷期
特に二回目の温暖期は、現在よりも平均気温が2〜4度
くらい高かったと推定されています。
9. 匿名処理班
これだけ遺物が残っているという事は、結構みんな、そのへんにポイ捨てしてたって事だよね
10.
11. 匿名処理班
これ氷が流れ下って移動してしまう「氷河」と違ってずっと同じ位置にとどまってる氷(アイスパッチ)だから遺物が無事に保存されてるんだとナショジオのサイトで見た
12. 匿名処理班
「ヨツンヘイム」って単語だけでワクワクするよな
13. 匿名処理班
※9
落としたほうが多いんじゃないかな。蹄鉄はわりと落ちるものだし、馬用のかんじきも気が付いたら外れてたというケースが多そう。ウールのチュニックは風に吹き飛ばされて失くしたものだろう。貴重な防寒具をわざわざ捨てるなんて考えにくい。
14. 匿名処理班
※6
ただ、人間がその活動を自粛することで空気が澄むと言う事例は真なようなのでペースを乱しているという面では全くの絵空事でもない感じでしょうかね
15. 匿名処理班
>>5
温暖化云々は
人類がその勢力が拡大し
他の生物の生活圏まで侵食してしまっている以上
人類だけが良ければ良いというわけにもいかず
他の生物の事も考えましょう
肥大し続ける欲望を
理性でもって歯止めをかけましょう
霊長として知性で共存する道を模索しましょう
そういう事じゃないかなぁ
16. 匿名処理班
※5 ※8
サギかどうかは置いといても、白亜紀やジュラ紀には二酸化炭素濃度が 2000ppm くらいと、今の 400ppm くらいの 5 倍もあって、南極も暖かだったモヨウですね。産業革命以前は 280ppm からは上昇してますが、個人的には暖かいほうが生産農地が広がって、さらに植物の生育も良くなると人類にもメリットが大きいと思います。嵐が強くなるとのことですが、それは人類の英知に期待したいですねぇ。
※14 のおっしゃることはその通りで、電気や石油を無駄遣いしていいとは全く思わないですが、今の状態を維持したいなら、変わらないように配慮しろってことですよね。
私は、電気もガソリンも節約していますが、今より温暖化してほしいと思ってます。トータルでは人類にメリットが大きいように思います。現在の生活を変化させたくない人たちをどう手当てしてあげるかが問題かなぁと。変化を受け入れ、最大限に生かせるようなテクノロジーを応用してくときっといいことあるんじゃないでしょうかね。
17. 匿名処理班
この記事を見てふと思い出したのが
「平安時代の日本は今より暑かった」という話し
地球の温暖化だぁ?お前ら人間ごときに左右されねえわw(Earth談
18. 匿名処理班
記事中に出てきた授乳防止のくつわ、発掘した研究者にも初めは何の道具か分からなかったらしい
展示を見た農家出身のお年寄りが「昔うちでも使ってたわ」と説明してくれて初めて用途が判明したエピソード好き
19. 匿名処理班
※18
ロゼッタストーンの解読も周辺の少数民族の言葉を頼りに古代の言語を発掘していったんですよね。
意外と痕跡が残っていたりもするという、ロマンですね。
縄文時代後期の用途不明の土器もどこかにヒントがあるといいなぁ
20. じょん・すみす
昔々、昭和基地周辺で一気に氷が解けた事があり、その時に
第4次隊で行方不明になった人とか、第2次隊中止で回収できなかった
犬が見つかった、なんて話は聞いた事がある。
21. 匿名処理班
>>15
日本語が通じない…
22. 匿名処理班
>>13
矢じりや剣も落とすのか…w
凄いな
23. 匿名処理班
台風の次の日に海岸にゆくと色々面白いモノが拾えるという話を思い出した。ワクワクするだろうね。
24. 匿名処理班
※22
それこそ捨てたより落とした方がありうるのでは
剣なんて折れても短剣に鍛え直して使うくらいの超高級品だし
25. 匿名処理班
>>24
いやいやwこの人、剣みたいな重たいうえに腰にぶら下げてるものを
落とした
とか本気でいってんのw
大笑いしたよw
26. 匿名処理班
>14世紀にヨーロッパに大打撃を与えた黒死病(ペスト)が原因で衰退したことがわかった。
この時、ノルウェーの人口の50〜60%が亡くなったらしい。
貿易港のベルゲンにイングランドから感染船が入港し、人間や物資が移動する街道に沿って広まって行ったって。
水際対策の大切さは昨今のCOVID-19でも散々思い知らされたよ。
27. 匿名処理班
交易路だったつーのなら貴重な品を落としたのは人では無く馬なんだろう
さらに雪の上、派手な金属音もせず気づかなかった…とかじゃねーの
28. 匿名処理班
※17
その頃の住宅が、とにかく夏の暑さを凌ぐ事第一で作られていたというのも納得ですな
29. 匿名処理班
>>22鏃や剣を捨てていったと考えるよりは普通に落としたと考える方が自然なのでは?
30. 匿名処理班
※22
矢じりや剣は戦い・争いや狩猟の際に落としたというか回収できず放棄されたなどの例が普通に考えられる
交易路を行く旅人が盗賊の類に襲われることだってあっただろうし狩猟民が鳥や野生動物を射て逃げられることもあるだろう