この画像を大きなサイズで見る音楽は人類共通のものであり、あらゆる文化において存在する。民族音楽や宗教音楽、ラブソングに子守唄、世界には多種多様な音楽が存在するが、じつはそれらには普遍的な共通点があるのだそうだ。
新しい研究によると、私たちが耳にするメロディはシンプルな共通の基本要素で作られており、そのことは人間に生まれつき備わった音楽の文法があるらしいことを示唆しているのだという。
世界各地の音楽に普遍的な要素はあるのか?
音楽はおよそどんな地域にでもあるが、そこに普遍的な特徴があるという証拠はほとんど見つかっていない。一般的なイメージは、音楽とはきわめてバラエティ豊かなもので、そこに共通した要素などほとんどないというものだ。
これまでの研究は個々の文化や音楽的文脈を取り上げたものであったため、この疑問を経験的に決着させるのはむずかしかった、とアメリカ・ハーバード大学のサミュエル・メヘル氏は話す。
そこでメヘル氏らは、データサイエンスを駆使することで、世界中の音楽に普遍的な要素と異なる要素を明らかにしようと試みた。
この画像を大きなサイズで見る世界の各地域から集めた5000曲以上もの歌を分析
研究チームは世界30地域・86文化から4種の音楽(ダンス、ヒーリング、ラブソング、子守唄)を集め、5000曲以上の楽曲でなる詳細なデータベースを構築。これらを曲の長さ、いつ歌われるのか、歌手の人数、誰に対して歌われるのか、音程の範囲、テンポ、音階などの情報に基づき分析した。
なお、ここに含まれているのは声楽曲、つまりは歌のみだ。分析の対象が歌だけにかぎられているのは、声はどの文化でも共通に使われている楽器だったからだ。
また歌が集められた各地域社会はほとんどが小さなものだが、世界中の多様な文化を代表すると研究グループが考えるものだ。
この画像を大きなサイズで見る似たような状況で歌われる歌には似たような特徴がある
分析の結果、研究グループが知ることができたあらゆる地域社会に音楽が存在していることのみならず、そこにははっきりとしたパターンが存在することが明らかになった。
似たような状況で使われる音楽には、似たような特徴が共通して見られたのだ。たとえば、儀式的なヒーリング音楽はダンスミュージックよりも反復的で、ダンスミュージックは子守唄よりもテンポが速くリズミカルだった。
そうした特徴ゆえに、歌を聞けば、どんな内容の歌詞を歌っているのかわからなくても、それが子守唄なのか、それともラブソングなのかといったことは誰でもなんとなく推測することができる(こちらのサイト(英語)では、さまざまな民族音楽を聴いて、それがどのジャンルの音楽か当てるクイズに挑戦できる)。
この画像を大きなサイズで見る基本となる中心音の存在
しかしもっとも驚くべき発見は、どの文化のメロディも基本となる音を中心に構成されているということだった。
集めた楽曲を音楽の専門家に聴いてもらうと、楽曲の圧倒的多数が調性音楽に分類されることがわかった。さらにアルゴリズムに楽曲を入力すると、それら専門家が指摘したものとまったく同じ中心音を正確に予測することができたのだ。
たとえば「きらきら星」の基本となる音は”ド”であり、”ド”を主音とする音階が使用されている。このような調性音楽において、”ド”は聞き手に安定感や”家”にいるような感じを与えるとされる。また”ド”はしばしば曲の終わりに鳴る音でもある。
この画像を大きなサイズで見る人類には普遍的な音楽文法が備わっている可能性
こうしたことは、人類が普遍的な言語文法を持っているのと同じように、普遍的な「音楽文法」の存在を示しているのかもしれないと、研究グループは主張する。
「私たちが提唱するのは、社会の音楽は、定着した文化的行動の発明ではなく、むしろある種の音を特定の社会的・感情的状況に当てはまるように感じさせる基本的な心理能力の産物であるというものだ(中略)使われる音響的特徴やそこに込められる感情という点において、音楽的イディオムはさまざまであるが、それらは共通した音に対する心理反応を引き出す。」
つまり、音楽という音の集まりを耳にして私たちに生じる感情や印象は、じつは脳に生まれつき備わっている普遍的なメカニズムによるものである可能性があるということだ。
この研究は『Science』(11月22日付)に掲載された。
References:Music is universal | EurekAlert! Science News/ written by hiroching / edited by parumo














前に、オーストラリアで、知り合いのドイツ人が家に遊びに来た時、そこんちの子がクローゼットの扉を開けようとしたから、「そこ開けるとコワイコワイでるよ~」って言ったら、一目散にママのところに走ってって、抱きついてたね。
日本語なんて全然分からないのに「コワイコワイ」はトーンやイントネーションで伝わったんだね。
ドの音と言われてもな、西洋音楽以外は別の音階使っていたりするしなぁ。
これさ、科学的にも数学的もおもしろくてね。
一オクターブ上の音になると周波数は2倍になるの。
一音は周波数が2倍になる音の間を6分割してるんよ。
途中で半音ずらしを2回すると7音階ってこと。
ギターなら12フレットは弦の真ん中ってわけ。
元の長さが半分だと周波数は2倍になるってのは誰でも学校で習ったはず…
これは世界共通。
※2
この場合の「ド」は一番下の音って考えてもいい。
下の音から始まり下の音で終わる…
記事にあるように安定感があるとか定番を感じると思う。
これも世界共通って話。
※10
民俗的に12音階ではない音はたくさんある
ガムランもマカームもインドのなんとかも、雅楽も12音階とは違う音が当然混ざってる
お経や詩吟にも12音階で表現出来ない音がある
純正律は特殊だからこそ素晴らしいという感じ
最近では主流になって代々受け継いだ民族的な音も12音階に汚染されてきてるから
その影響をどれだけ排除できてるのか知りたいけどね。
毎日12音階の歌を聞いて育った人が、本当に伝統の音を伝えられるのか
だから早いうちに調べて記録するのは素晴らしいと思う、今回の記事で一番重要だと思う
その民族的なカラーを無理やり西洋音楽に翻訳して利用しはじめたのがジャズ
3度や7度を重ねるテンションの使い方とか
調性がある事=12音階ではないからね
ガムランもマカームも調整はあるけど12音階ではない
この記事で言っているのは調べた民族音楽に調整がある事
調性というのは基音を元に曲が構成される事
※17
アフリカあたりの人もあのへんの5拍子とかの面白いリズムが薄れて、4拍子が強くなってきてるってクラシック系の人が残念がってたな
日本でも今じゃ邦楽の奏者も平均律準拠の感覚になってるだろうしね
今のうちに各国各民族の音を収集しておくのは実に有意義だと俺も思う
とは言っても、周波数2倍の1オクターブ上とか1.5倍(平均律だと微妙にずれるんだっけ)の完全5度の音を「なんか整ってる」と感じるのは人類共通(もしかしたら哺乳類レベルで共通かも)だから、そのへんのメカニズムを追求するのはおもしろいかと
※2
ドは便宜上の呼び方。世界中の呼称は書ききれないだろうから。
例えば日本なら「神仙」でもいいイロハの「ハ」、尺八の「ハ」、篠笛なら数字の「8」でも、呼称はなんでもよい。主音がその音であることが大事。
まぁだから音楽理論とか勉強してない人でもバラードや明るい曲とか作れるんだろうね
毎年何千人も音楽学校卒業者が出てるのにあまり名前を聞かないのはそういう根本の部分が理論でむしろ感じ辛くなるんかな
勿論それもあると思うけどグローバル化で音楽のフォーマットが似てきて作るのも簡単になってその国独自の個性みたいなモノはどんどん薄れていってるとは思う
徐々に均質化されていってるっていうか…
タイのぽっと出のバンドの曲とか馴染みのある曲にしか聞こえないヤツとかひょいひょい出てくるもん
人類はゴリラやチンパンジーと違って声で複雑なコミュニケーションをするように進化したから、その能力が歌を可能にしている。ほかにも鳥類が声で複雑なコミュニケーションをしていて、やはり歌を作り出すことができる。
民族ごとに好まれる音も曲も違う
脳に備わってるのも当然
この人達が集めた作業が大変だったんじゃないかな
なんかドっていう表記は好きじゃない、いつもC(ド)って考えるようにしてた
Cの下にはBがあり上にはDがある1つの音
民族音楽の微分音がどこか心地よいのも文化の違いを超えた共通文法が根底にあるからなのかもね。
歌前提なら、基本人間の喉の構造的に出せる音ってのは大体同じだし、一般的に歌われる曲ってのは技巧の極地よりは平明な曲の方が多いだろうから、生物学的な限界での普遍性ってのはあるかもしれない
音階って概念自体がそもそも普遍的じゃなさそう
どっかの民族で全く何しゃべってるのかわかんない人たちの動画見たことある
そもそも母音と子音で構成されてないような、予期しないところで予期しない音が鳴る不思議な言語だった。
雅楽の神に捧げる音楽と、パイプオルガンを使って神を賛美する音楽はどっちも同じ傾向があるって俺の先生が言ってた
高い音は興奮を表わし、低い音は落ち着きを表わす、とかありそうだな。
普遍的な文法、で虐殺器官思い出した。
これ、特定の感情を想起させるような曲を自動生成することができたらメンタルヘルスの増進に役立ちそう。
そいつはみんなプロトカルチャーってやつの仕業なんだ
地球の多くの人から愛される曲があると、
いっしょに楽しさを感じられる。
一方、先日のヒマラヤ仏教の僧侶の歌のように、
マイノリティでもなくなってほしくない音楽もある。
言葉は地デジ(1と0)
音楽ってのはアナログ放送…よりもよりアナログ
音の旋律で感覚(センス)や感触(クオリア)を創り出す。というより呼び出す。
作曲者が表現したい世界観や景色や物語があり、それを伝えるために感覚(センス)や感触(クオリア)の全体性方面から訴え伝える。どこかにある世界を模写するように旋律に表現する。視聴者は感覚を頼りに世界観を想像する。
音楽全体~音楽内小範囲要素あますところのないチューニングで表現するアナログな伝達手段。
時代の中の音楽の変化は常識や価値観や夢、理想などなど民衆の心のソース(抱き利用する世界)の変化。
そして世界中色んな国の音楽が似るのは心のソース(世界)がそこまで近くなくとも、「世界の姿」を表現しようとすれば同じ雰囲気になる。
あと世界を表現するための道具が人間の感覚であるから、人間の深部の共通する氷山の下部(普遍文法的な)部分やそこから少し派生する部分による表現は同じになる
ラットも求愛には歌を使うらしいね
人間の可聴域にないから聞き取れないけど
つまりもっと原始的な生き物の頃から人間は唄を唄い聞いてうまヘタを判断していたのかも
記事内で紹介されているテストをやってみたが、正直全然わからなかった(子守歌でそんな激しいメロディー流すな!)ので他の方々の結果も気になる。
まあでも確かに、どの音楽にも調性らしきものは感じられたし、生得的かつ普遍的な音楽の感覚というのはきっとあるのだろうなという気はする。人間だけでなく、ほかの動物にまで共通する普遍性はあるのか、というところも気になる。
※21
自分は結構当たった。
どの曲が出題されるかの運もあるのかも。
1つ思ったのは、
子守唄と恋歌と儀式的な癒しの歌?は
どれもわりとゆったりしていて区別しづらいけど
(複数人で歌っているのは儀式歌・
擬音?掛け声?っぽい繰り返しがあるのは子守唄
の可能性がやや上がる気はするが…)、
踊り用の歌だけは、聴いた瞬間わりとハッキリそれと分かる。
手拍子とか打楽器の伴奏とかあって、
アップテンポで「拍」が明確な感じ。
ここでタップを踏めばいいんだな、っていう。
ただコード弾いて ブーンって鳴って そしたら音楽だ。
ある程度傾向はあるかもしれないのけど、世界共通に収束してしまうのはさびしい気もするな
ドイツとオーストリアのクラシックのある歌曲には、とある作家が「死の間際に作った旋律」というのがあるけど、それは聴く人によって癒やしの曲にも絶望の曲にも、あるいは滑稽な曲にも聴こえるという。万の顔を持つ曲とさえ言う人もいる。自分も子供の時は子守唄で聴いていたけど後で由来を知って驚いたし、今でも何だかわからない気分の時にふとその旋律がフラッシュバックしてくることがある。
敢えて言うなら死の間際の走馬灯そのもののような、あらゆる感情が入ってしまった曲というか、
そんな、文法を無視したような歌もある。もっとそういうのがあってもいいんじゃないかな
情報はリソース
情報は空間・世界
進数次元構造や他の多義次元により構成される内象世界─多異世界の参照。
記憶は内象世界(妄想)から対象の概念・情報を妄想物として視認、確認、読み取り、引き出しすることで思い出す。その動きが脳の活動。(内象)世界を操作する動き。脳はその人が持つソース(多世界)の管理権限・要約。
音楽はリソース。
音楽は空間・世界。
言葉も世界を表現する。
小説やアニメは世界を映す窓。
まあ信じる人はいないよな
ドっていう例えが語弊産んでるかなぁ
12音階使われてない文化もあるとかという話ではなく
様々な音楽のジャンルには共通して帰結するセオリーが存在するという今でも確立している音楽理論を
実際に調査したということかなと読んだ
※28
勘違いをなるだけ丁寧に説明したつもりでしたが。
自分の本棚にjazzの理論書やらなんや並んでます
もしよければ購入したいので
その>今でも確立してる、という世界共通の音楽理論書の名前を教えて貰えませんか
転調すると曲のハイライトみたいな話かな
音楽は地球語
逆にあとの数%は自然に無調音楽が作られてたの?
理論とか全然ない頃なのに凄すぎない?
それ作った昔の人センスずば抜けてるでしょ