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戦争の爪痕。ノルマンディーに残された無数の穴(フランス)

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(著) (著)

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 フランス北西部コタンタン半島に広がるノルマンディー海岸は、第二次大戦中ドイツが占領したフランス領の奪回の為、連合軍が決行したノルマンディー上陸作戦の舞台として名高い戦地跡だ。

 1944年の6月から7月半ばにかけ、ドイツの強固な防衛線が築かれていたこの海岸線への上陸を目指し、連合軍が行った史上最大規模の侵攻作戦は、別の地点で迎え撃つ計画を立てていたドイツ軍の裏をつく形で成し遂げられた。その結果、新たな戦線を開いた連合軍がドイツの戦力を大きく削ぎ落とす展開となった作戦は、第二次世界大戦の転機の一つとしても語り継がれている。

 連合軍がこの作戦を決行したのは1944年6月6日のことだ。ドイツの防衛線に守られたノルマンディー海岸に突出したオック岬には重厚なコンクリート要塞が築かれているだけでなく、155mm砲重砲台が6基も据えられており、岬を挟むオマハビーチとユタビーチに停泊する連合軍の侵攻艦隊の迎撃が可能だった。そのため岬の砲台の破壊は連合軍にとって重要な鍵となっていた。作戦開始後、数週間にわたった侵攻作戦によりノルマンディーの海岸全域はオック岬を中心に爆撃を受け続けた。

 月日が流れた今、地面をえぐった爆撃跡には緑が広がりつつあるものの、その痕跡が作り出す無数の影は海岸をめぐる壮絶な戦いの証拠として残り続けるだろう。弾痕がついたバンカーやドイツ軍の弾薬庫の跡も垣間見えるこの場所には、1979年に記念碑が立てられた。現在は米国戦争記念碑委員会の下で管理されている。

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via:The Crater Riddled Cliffs of Pointe du Hoc, Normandy・written byいぶりがっこ / edited by parumo

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この記事へのコメント 41件

コメントを書く

  1. 防衛施設がより強固なカレーを避けて防衛線の薄いノルマンディーを狙ったんです。
    そのための欺瞞作戦も大量に行われました。実際、ドイツ軍は連合軍はカレーに
    上陸すると予測しており装備、練度のよい舞台はそちらに配置されていました。

    • +1
  2. ゲームで申し訳ないが、このオック岬の激戦はCall of Duty2って言うFPSゲームで体験出来ます
    当時の海外ゲーにしては声優さんの迫真の演技でなかなかの臨場感でした
    ユツベで検索すればプレイ動画が出ると思うので興味のある方はどうぞ

    • -3
    1. ※2
      ノルマンディといえばMOHAAだぞパウエル中尉

      • 評価
  3. 「だれもが音楽と豪華と栄光を愛でようとも、
     私は一握の灰を、口いっぱいの泥を謳おう。
     雨と寒さに手足を失い、倒れ、盲いた者どもを讃えよう。」
     
    ジョンメイスフィールドって人の「神に捧ぐ」という詩の一節、この弾痕まみれの土地を見て思い起こさずにはいられない

    • +14
    1. ※3
      今まで詩には何の興味もなかったのに、その一編にぐっときた

      • 評価
  4. 史上最大の作戦で攻略されたのはこのオック岬だっけたかな?
    結果は砲がトーチカに据え付けられてなかったと言う…

    • 評価
  5. 意図的に凸凹を保護してるのか
    それとも雨が少ない地域だからなのか
    こんなにはっきりクレーターが残ってることに驚き。
    沖縄なんかもうほとんど物理的な痕跡は残ってないのに。

    • +1
    1. ※5
      沖縄も首里城付近などは砲撃で地形が変わったんだけど
      埋めようが無くて変な坂道になってるよ

      • 評価
  6. 爆撃跡の直径はどれくらいかな?
    住宅10棟くらいは軽く吹き跳ばせそうな大きさに見える。
    こん中で生き残ったら奇跡だわ。
    おっかねーすσ(^_^;)

    • -1
  7. 日本の古戦場跡はあまり残らないけど、それでも土地柄関が原や
    鎌倉は現在でも当時の戦争跡が出てくるし、意外に
    この国もマスコミが言わないだけで戦争の傷跡は多い

    • +1
  8. 不発弾とかどうなの、かなり埋まってるの?

    • 評価
  9. 不謹慎だが、綺麗って思ってしまった
    現代アートみたい

    • +4
  10. 第二次大戦で負けたのは日本が米国にちょっかい出し参戦をさせてしまったこと
    ヨーロッパ戦線でも米国が手を貸さなかったらダメだったろう
    最初から負ける戦いだった

    • -4
  11. 5番の画像がストーンヘンジかと思ったら、砲台跡だったっていうのが面白いな

    • 評価
  12. たしかオック岬の砲台攻略はレンジャー部隊が先行投入されて
    砲台は森の中で発見されたんだよな。でティルミット爆弾を砲身に入れ
    爆発させて使い物にならなくした。
    あと、巡洋艦の艦砲射撃もたしかあったと思う。

    • 評価
  13. 東南アジアに出てくと手出さなくても
    結局フィリピン持ってた米を囲む感じになるから
    絶対いちゃもんつけて参戦してくるんだよなぁ・・

    • 評価
  14. 美談が語られがちなノルマンディ作戦だけど、
    実際は成功した失敗なんだよね。犠牲者が多すぎる。
    難攻不落では有ったのは理解出来るけど、改めて検証してみると、かなり杜撰な部分が多い事が分かる。
    「それ、運任せじゃない?」みたいな兵器上陸手段とかも。

    • -3
  15. 保存できる人口事情なんだな。
    日本ならとっとと埋めてマンション建ててるだろうな。

    • +5
  16. >1さんごめんなさい
    フランスにカレーという地名があるのは知っているけどお腹すいてたのでこんな風に脳内変換されてしまいました。
    香辛料がより強力なジャワカレーを避けて香辛料の薄い星の王子さまカレーを使ったんです。
    そのための撹拌作戦も大量に行われました。実際、ドイツ軍は連合軍は甘口バーモントカレーを
    選択すると予測しておりお肉、鮮度のよい野菜はそちらに配置されていました。

    • 評価
  17. パリから列車に乗ってシェルブールに行き、バスでユタ・ビーチのある、
    サンテ・メール・エグリゼという小さな町に行ったことがある。そこには軍事博物館も
    あった。ここら辺一帯はあちこちに記念碑がいっぱいあって、連合国の旗がいっぱい
    たなびいている。D‐デイで町おこし、みたいになっている。ユタ・ビーチはまったく平凡な砂浜で、崖はない。フランスの田舎は、本当に何もないところだと思った。

    • +4
  18. プライベートライアンの映像はトラウマもんでしたなぁ

    • +2
  19. ヒトラーは作戦直前にカレーは陽動で連合軍の目標がノルマンディーであると直感したが、参謀本部があり得ないと否定した上に、防御を任されたルントシュテットと部下のロンメルの意見の相違から部隊配置も妥協したものになっており、更に上陸が開始されても参謀本部はノルマンディーは陽動で本命はカレーだと考えて部隊をカレーに派遣するなど後手後手を踏んで上陸を許してしまった。

    • 評価
  20. 砲弾の雨アラレで島の形が変わった沖縄に
    比べりゃたいしたことないな。

    • +1
  21. 人類が滅びた後、次の知的生命体が来たら
    「原始的な巨石文明があったのだな。穴ぼこの地面?あれは自然にできたものだろう
    。この程度の文明が地形を変えるのは不可能だよ」
    と誤って結論づけそうな景色
    ということは、我々が見ている古代の遺跡も……?

    • 評価
  22. 日本もコロネット作戦が実施されたらこういう戦跡が国土のそこかしこに残されていた筈なんだが
    沖縄の惨禍と二発の原爆と無条件降伏が決着をつけた事でそれなりに美しく国は残った形になった

    • 評価
    1. ※29
      戦争に関する詩はウォーポエットっていうジャンルのようで
      ww1ではウィルフレッド・オーエンって詩人が有名、本も出てるから良ければ一読を

      • 評価
  23. ヨーロッパの東のほうには第一次世界大戦時の塹壕が大陸を縦断する形で残ってるぞ

    • 評価
  24. 大西洋要塞といえばカレーやノルマンディばかり語られるけど、たまにはチャンネル諸島のことも思い出してください・・

    • 評価
  25. 記事の流れが、ちょっとおかしい、ドイツ側の裏を突いた事が何処にも繋がっていない。裏を突いたにもかかわらず これだけの激戦になったといいたかったのだろうけれど、、、
    私が読んだ本ではヒトラーは最後迄ノルマンディーはフェイントだと信じていたようだ。
    そのため直属の戦車部隊を要請があったにも関わらず温存し、敗因のひとつとなったようだ。
    更に別の本では反ナチスの地下組織と連絡を取れば、クーデターで政権がひっくり返り
    そもそもこんな犠牲は必要なかったと論じていた。
    それにしても今まで、「失敗した」上陸作戦と言うのはあったんだろうか?
    守る方はそこから動けないし、攻める側は入念に偵察等して準備をし。
    成算がなければ作戦自体発動しないだろうし、、、

    • 評価
  26. WW1のガリポリの戦いでは連合軍が上陸作戦に失敗してる
    まあ珍しい例ではあるらしいけど

    • 評価
    1. ※33
      上陸作戦は橋頭堡を確保出来ず後続が途絶えれば敵地に孤立し一方的にやられる事になるので基本的にリスクが大きいものです
      元寇しかり、WW1のガリポリやWW2のディエップ、国共内戦での古寧頭戦役等々、失敗に終わった作戦もたくさんありますよ

      • 評価
    2. ※33
      >私が読んだ本ではヒトラーは最後迄ノルマンディーはフェイントだと信じていたようだ。
      それであってる
      でなけりゃ予備の歩兵20個師団を投入して、連合軍は戦線を突破できなかったろう

      • 評価
  27. 大学の卒業旅行でオック岬行ったわ…
    本当に田舎でオフシーズンはレンタカーで行くくらいしか手がないんだよな。
    ちょうど天候荒れていてDデイみたいな日で真っ暗なブンカーの中がすごく不気味だったのを覚えてるわ。

    • 評価
  28. *32です、思い出して、「しまった。」と思い戻って来ましたが、既に指摘されていました。皆さん博学でいらっしゃる、、、。
    ディエップに関しては、最初から撤退を前提にしていたので失敗とは言えない、と負け惜しみを言っておきましょう。
    考えてみれば「トラファルガー」「ミッドウェイ」「珊瑚海」。水際の攻防迄行かなかっただけで、「失敗した」上陸作戦でしたね。
    恥の上塗りになるかな?

    • 評価
  29. プライベートライアンのセットがくりそつなので、たぶん参考にした場所なんだろうな。にしても、フランスは終戦後にドイツ軍捕虜を週に何人も死なせる勢いで使役しまくって復興工事を進めたわけだが、こんな岬の突端はさすがに放置したか。

    • 評価
  30. 失敗した上陸作戦というと、個人的にアンツィオを思い出すところだが…
    海に追い落とされるところまでは行かなかったものの、上陸部隊が敵の防御を突破できず、地上から友軍が助けに来るまでの半年もの間、橋頭堡を一歩も出られず閉じ込められてしまう
    あとWW2では珍しい、列車砲が活躍した戦い

    • 評価
  31. ここでモトクロスやりたいっていったら怒られるんだろうなぁ

    • 評価
  32. ナショジオで見たな、このオック岬の戦いのCGと映像のドキュメント

    • -1

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