この画像を大きなサイズで見る「不老不死」は誰もが考える永遠のテーマである。テクノロジーは我々の心が永遠に生きながらえる手助けをしてくれるだろうか?
これから話す、1人の大富豪の寓話について考えてみて欲しい。その男の名はニコラス・フラメルとでも呼ぶことにしよう。
フラメルは歳を取るにつれて、死にたくないと強く願うようになった。ずいぶんと思案した末に、心の中身を人間の頭よりもずっと安定した容器に移し替えればいいと気がついた。フラメルはネットワークのエンジニアで、脳としての思考、そして我々自身とは、単なる電気回路の組み合わせでしかないと確信していた。
確かに、これらはコピー可能で、安全な場所に貯蔵できるかもしれない。850億個の神経細胞からなる脳のマッピングは難しそうだが、インターネットのそれと全く別物というわけでもない。
フラメルは脳のアップロード計画に全財産を投じ、数年後に彼の望みも夢ではないと感じるようになった…が、そこには重大な罠があった。物理的な脳内の情報を移転するには、脳を破壊しなければならないのだ。だが、すでに85歳になっていた彼は、幾度かマウスで実験を行った後、結局実行することを決心した。
この画像を大きなサイズで見る手術は意識を保ったままで行った。病院のベッドに横たわり、脳が分解されると、その情報が神経と接続されたコンピューターに転送された。最初、彼は何も感じなかったが、次第に意識が薄れて行くのを感じ始めた。そのとき、予測していなかった出来事が起こる。コンピューターがはっきりとした声で、「目覚めたぞ」と喋ったのだ。しかし、フラメル自身はまだベッドの上で寝ている。そして、悟った。コンピューターに起きた現象が何であれ、自分は今死ぬのだと。
フラメルの物語は単なる寓話だが、脳のアップロード、すなわち”脳全体のエミュレーション”はここ数年で大きな脚光を浴びている分野だ。「理論的には脳のコンピューターへのコピーは可能であり、死んだ後の命の形をもたらしてくれます」と、昨年スティーブン・ホーキングは述べている。
技術的特異点に関する著述で知られる発明家のレイ・カーツワイルは、脳のアップロードは23世紀までに可能になると宣言した。この分野において、現在最も有名な取り組みは、ロシアの大富豪が資金を提供する2045イニシアティブと呼ばれるもので、「個人の人格を高度な非生物キャリアに転送し、不死も視野にいれた延命を図る」ことを目的としている。
この画像を大きなサイズで見るこのように脳内の情報をデジタル化し、別の場所に保存することが可能だとしよう。また、心が実際に肉体の脳にあるものだとしよう。しかし、ニコラス・フラメルの寓話が示唆するように、脳のアップロードが意味することはっきりとしない。そこで産み出されるものは、あなたなのだろうか?
この画像を大きなサイズで見るこの問題については深入りしない者もいる。彼らにとっては、コピーがあなただと感じていれば、それで充分なのだ。哲学者のデイヴィッド・チャーマーズは、私たちが毎晩、眠る前に意識を失うことを指摘する。そして、目覚めたとき、それについては特に何も思わない。「目覚めは正しく新しい人格の始まりにも少し似た、新しい幕開けです。それでいいのでしょう…ならば、再構成的なアップロードもそれで構わないということになります。」 おそらく、それが問題の全てだ。自意識は幻想だと考える者にとってはなおさらだ。仏教徒の多くがこれに近い立場をとる。彼らは自意識とは、記憶や思考や感情などを、つかの間の感覚以上の何かと勘違いした結果の産物に過ぎないと見なしている。そうした自己が無意味であるなら、死も大事ではなくなる。もしコンピューターがあなただと思うのならば、おそらく本当にそうなのだ。
だが、不死を求める大抵の人たちは、自分には自己があるとかなり強く信じているのではないだろうか。だからこそ、生きるために惜しげもなく大金を投じるのだ。クローンのように彼らなしでも脳は生き続けると知っても、満足はしまい。
この画像を大きなサイズで見る自意識がコピーを生き延びることができるか否か見解の一致を見ないという事実は、意識と自己認識についての一般的な理解が、極めて薄弱で限られたものであることを思い起こさせる。科学者はそれを定義することができず、哲学者もまた手こずっている。
ウィスコンシン大学の神経学者ジュリオ・トノーニは意識を「夢を見ない眠りに落ちるとき薄れ行くもの」とシンプルに定義している。近年、彼やクリストフ・コッホなどの科学者たちは、脳の様々な部分の間にある極度の複雑性と繋がりから意識が浮かび上がる時点について、理解を進展させた。「意識を有すためには、大きなレパートリーを持つ高度に分化した状態が備わる単一の、統合された実存が必要」とコッホは記す。極めて抽象的で、自己を他の容器に移し替えるその意味についてはほとんど何も教えてくれない。
この画像を大きなサイズで見るアップロードした脳だけで身体がないとしても、きちんとした意味で意識は存在していられるのだろうか? 『Out of Our Heads: Why You Are Not Your Brain(脳を越えて:あなたが脳ではない理由)』の著者アルヴァ・ノエによれば、答えはノーである。彼の主張では、自意識は単に脳があることから発生するものではない。
それには身体と世界で生きることが必要なのだ。「意味のある思考は、環境と動的に関与する一個の動物だけに発生します」とノエ。私たちが意識と呼ぶものは、「その環境的文脈の中における一個の動物の達成」なのだそうだ。その意味では、重大かつ意識ある不死には、電気的な脳だけでなく、それに従う精巧なロボットの身体を持ち、周囲の出来事を感知するしっかりとした神経を備えることが必要だろう。
この画像を大きなサイズで見るところで複製する力はその分野での思考を歪めるのだろうか? 私たちはバッハのカンタータや誕生の瞬間のイメージなど、先祖なら恐れ多いと感じたであろう物をコピーすることができる。心のように形のない物をコピーできると私たちが考えるようになったのは、おそらくこの能力のせいだろう。だが、もちろん不死を実現するのは、ハードディスクのバックアップよりも遥かに難しい。
多分、未来のニコラス・フラメルにとってもっと上手いやり方は、脳をコピーすることではなく、自己を新しい物理的な受け入れ先に移し替えることだと思う。新しい貝殻を探すヤドカリのように、不死は自己をコピーすることではなく、現在の生物学的な家からゆっくりと離れ、もっと長持ちする場所へ引っ越すそのプロセスを作ることなのかもしれない。これはイェール大学のスティーブン・ノヴェラが指摘したことだ。
この画像を大きなサイズで見る一体、どうすればいいのか? 過去20年間の間に、科学者たちは神経可塑性という、脳が絶え間なく自分を書き換える概念について理解を深めてきた。例えば、脳梗塞の患者は、脳が特定の行動のコントロールを障害のある領域から移し替えることが原因で、失った機能を取り戻すことがある。この考えを進めれば、脳の活動をびっしりと相互に接続された電脳へゆっくりと移転させることに繋がるだろう。時が経てば、上手くすると私たちの知性とアイデンティティが古い脳を離れ、より長持ちするユニットへと避難してくれるかもしれない。
それでも、これが必ずしも成功するとは限らない。実は、ニコラス・フラメルのモデルになったのは14世紀に生きたフランス人の書籍商である。彼は錬金術を実践し、不老不死の秘薬と賢者の石を発見したと広く信じられていた。だが1418年に死亡し、今はパリに埋葬されている。














十分生きた身としては、不老不死に興味なんて全く沸かないんだよなぁ
まあ、100%完全に現実を再現できるだけの能力があるコンピュータ内に取り込まれて、100%完全な仮想空間に住めるって言うなら多少は興味が湧くけど、それでも外の世界の存在を知ってしまえば、やっぱりこんな嘘は要らないっていつかは思うようになりそうだし
※1
100%完全な仮想空間って「今」なんじゃない?
完全なら気づかないし、わざわざ「あなたはもう死んでいて、今いるのは仮想空間ですよ」なんて教えてはくれないだろうしね。
※1
毎年8月31日の夜に再起動されちゃう
シミュレーションをシュミレーションと言う人はエミュレーションもエュミレーションと呼ぶのかな、とか至極どうでも良い事を考えてしまった
脳のコピーは作れても、自分の心や意識まではコピー出来ないと。
※3
そんなものは子音の発音が分離されてない表記法での疑似表記をどうするかにすぎない
カタカナ語なんぞどうでもいい、メインをメーンと書くことの不快さは耐えられないが
オリジナルの方は普通に死ぬから、複製した方が永遠に生きてもオリジナルからしたら意味がないのではないか
俺の人生ってたいした価値は無いんだなって、中年になって気づいた
だから永遠に生きる必要はないんだと思う
それにコピーできたとしても俺と繋がってないんだから
延命した実感もないと思うんだよなぁ
>仏教徒の多くがこれに近い立場をとる。
やっぱりブッダって神だわ
んまあ、自分のコピーを作るというのは子孫を残すのと同じ
はたまた、アメーバのような分裂による生殖みたいなもので
不死とは程遠いけど極めて健全な本能の発露であるよ
※7
ブッダは仏さ!
(いや、言葉の綾とはおもうけどw)
仮に脳の記憶を移し替えが出来たとしても、本当にその人本人なのか、分からないな・・。
単にコピーされた別人かもしれないし・・・・・
不老不死も良いけど死んだ時にリザルトが出たらいいなとは思う
走馬灯ってどれくらい詳しく見れるもんなんだろうな
人単一で考えたら死だけど細胞単位では毎日死んで生まれてを繰り返してるんじゃないか。
何十年後かには自分はいなくて新しい自分になってるんじゃなかろうか。
記憶できてない分は細胞が死んでる分とか思っちゃう。
ネットワーク上に自我を投影しても完全に自己を保てる気がしない
脳のコピーで不死を、ね
色々とがんじがらめな問題だな
銀河鉄道999の「機械の体」みたいなもんだな。
どこまでいってもコピーはコピーじゃん
意識をデジタル化して伝送できれば光速で宇宙旅行ができるね。
受信機と再構築の時間が必要だけど。
機械の身体で不死身になるより、80年程でいいからずっと生身の若い身体でいたいな
自分で試してみない限り自我を移せるかわからないものだね
[不死を求める大抵の人たちは、
自分には自己があるとかなり強く信じているのではないだろうか]
パルモたんなんか凄い事に気がついたんじゃない?
でも記憶をネットに移してもソレを生命と定義できるんだろうか?
人工知能が出来た場合それは生命と定義できるのか?
かなり境界線があいまいな話だよね
だって同じになるわけだから
ゼーガペインの世界だな
人間のソフトウェア(意識)とハードウェア(脳)は不可分なんだね
永遠に生きたくはないけど死にたくはないという矛盾した気持ちが解消されるときは来るんだろうか
意識を移せるとしても、やっぱりそれは自分以外の誰かになっちゃうよね。
他人のエゴだよ
アナログ→デジタルの過程で、どうしたって必ず量子化誤差は生じるから、完全にそのままってのは無理ぽ
自分が死ぬときに自分のコピーの体に自分の記憶を
移し替える映画があったけど
でも結局自分は死ぬんだよね、自分と全く同じ人間が
生きてても永遠の命ってことではないのが悲しい
自分の意識そのものを移し替えることが出来ればいいんだけどね
自分だけ長生きしてもしょーがない
家族や友人がいないとねー
脳のコピーはできるかもしれないけど、外界からの刺激をキチンとエミュレートできないと、真っ暗な部屋に浮かんでる状態とおんなじで早晩気が狂うと思うわ。
あと肉体由来の生理的な刺激も重要らしい。たとえば人間、常にちょっと揺れてるけど、それを脳が補正して「止まってる」と思ってるらしい。
だからその揺れてる刺激もインプットしないと超酔うみたいね。
逆にそんな諸々を超越して気にしなくなれるなら、人間以外の新生物になれる気もするから楽しそうではありますが。
なんだか難しいが、とりあえず今の人生を精一杯楽しめということかな
命や意識という物を科学的に解明するというのは如何なものだろうか?
「死」と「自己」が未知の領域であるからこそ、人類は誕生したときからそれらに苦しめられて来たワケだけど、同時に救われてもいたんじゃないだろうか。
未知であるが故に、どうとでも想像できるってとても幸福なことだと思う。
たとえどんなに複雑だとしても、自分の存在を数式や科学用語の羅列で表すことができるってムチャクチャ恐ろしくない?
もちろん、研究によって今の自分が想像もできないようなハッピーな結果が得られる可能性もあるんだけどね……それでもコワイ
いきなり外部のコンピュータに意識のコピーを作ってもしょうがない。
脳細胞の新陳代謝に合わせ、だんだんに劣化しない脳細胞の代わりの機械に交換する、
そういうナノマシーン技術、みたいなのがあれば、コンピュータに意識入れ替えは出来るだろう。
そういうSFを山本弘が書いてたかな。
そんな超高度技術よりも。先に老化を起こさないようにテロメアをどうにかして、
脳細胞のまま死なないようにするほうが、まだ多少ラクな気がする。
意識なんて本当曖昧なもので、漠然と疑っていなくても、寝る前の意識と寝た後の意識が同一のものだという証拠も無いし。結局コンピューターに転移された自分を、自分だと信じられるかどうかだよな。
あと脳のエミュレーションが可能だとして、精巧なロボットというのがどの程度か分からないけど、生物として一緒に発展してきた肉体を離れるって一体どんななんだろうね。
死ぬ直前に確信するんやで
「走馬灯を繰り返している!!」
脳の全細胞状態をコピーするのはさほど難しくないとおもう
思考のアルゴリズムという自我をどうデータ化するかだよ
サムネの本好きやで
身内や知り合いもいない仮想の永遠生命なんて何の張り合いもない
どんなに苦労しようが地獄の生活環境でも未来を信じて
毎日送れるリアルのほうがはるかにましだ
脳の中身をコピーしたところで脳自体の機能までコピーできるわけじゃないだろう。
つまりそれは意識とかじゃなく、ただの記憶でしかないだろう。
それに学習する機能や五感を持ってないとダメだろう。
欲求がなくなりそうな気がする。
言い換えれば脳、身体、五感、欲求らへんを併せ持てば意識を持つんじゃないか?
はたして脳だけがその人そのものだろうか?
腸も記憶があると言われてる
脳だけ分離してこれは何なにくんそのものだと言い切れるのか?
コンピューター技術者:「今日はこのHDDを整理して、領域を拡げておこうか・・・ format exe っと。」
意識をコンピューターに移した金持ち「ちょっ おまっ 辞めっ くぁwせdrftgyふじこlp・・・」
アップロードで23世紀か、軽く絶望できるなぁ
今の人間が記憶思考回路維持したまま保持できるわけもないし
シックスデイみたいにコピーしたもんは別の個体って事だろうし
※38
内蔵や四肢いくつか切除しているやつもちゃんと人として生きているから
脳だけでも人の結構な部分占めるもんじゃないの
???『感謝しろよ、マモー。やーっと死ねたんだから。』
QUEENの名曲「Who want live forever(誰が永遠の命なんて欲しがるのか)」
不老不死ほどむなしい物は無いのに
全身の細胞だって常に死んで常に生まれ変わってるのだからコンピュータになったところで一緒じゃないのか
ただ意識があるままコピーされたら自分じゃない自分が生き残るのを見て何が起こるのか・・・
攻殻機動隊の世界だね
脳の情報をデジタル化しコンピューターにコピーしたとしても、そのコンピューターにはゴーストが宿らず本人にはなり得ない
現実ではどうなるのか楽しみ
精神や記憶っていうのは脳内の情報でそれをコピペすれば本人となり得るのか?生きている間に見てみたい
脳機能を部分的に置換や拡張できるようになれば、いずれは意識を司るコアな部分も・・・って事は可能かもしれない。
可能かどうか以前に、”成功したかどうかの判別もつかない”というのが今の人類の科学水準の現状じゃなかったっけ。
哲学的ゾンビ、サールの中国人の部屋、意識のハードプロブレム、決定論と自由意志におけるジレンマ、色々言われてるけど結局のところ「そもそも意識を意識たらしめている直接的な”何か”が分からない」というのが今の人間の認識の限界だとか。
最新の科学の課題でありながらも、哲学も関わってくるという相当な難問なんだよねこれ。
数十年語には人間以上の動きが出来るヒューマノイドロボットが実現すると言われてるけど、強いAIに関しては全く目処が立っていないのもこれが理由。
怒りっぽいとか泣き虫だとか気質は臓器の健康状態、体質なんかとも関わりがあるし、機械の身体に意識を写せても個人の心なんて保てるのかな
意識のアップロードは成功しても個人の人格や個性は失われそう
電脳HAL?…を思い出した
お腹に住む腸内細菌の種類がその人の性格に影響を与えているらしいじゃないですか。
ひょっとして自分の意識は脳だけのものではなくて、自分を構成する小さなものたちの総意なのかなあ。
そんな事すると鬱になりそうだね
もし仮に完全な記憶のコピーが可能であれば、本人以外の第三者には個人そのものと認識されるだろうが、当の本人は意識の連続性が維持されない限り、自分によく似た他人でしか他ならない訳で。
完全にコピーする前に脳とコンピューターをシンクロさせればいいんじゃない?
脳の機能の半分をコンピューターに処理してもらう感じで
失敗したらやばそうだが
キャプテン・フューチャーのサイモンライト思い出したのは・・・
多分・・・俺だけか・・・
寿命が今のままでいいって言ってる人ってカッコつけてるか、今の常識に囚われてるだけだと思う。
誰でも若いまま200年生きられますよって言われてみんなが200歳生きるようになっても80~90年で死ぬなら有言実行ですごいなって思うけど
※53
いきなり半分は危険。やるなら、少しずつ。
で、一定の割合以上で生体側自我、自意識が消失するか否か・・・
それが鍵となるだろう。
脳移植=自意識消滅=死なので不老不死は不可って意見に対し、
少しずつ交換してけば自意識保存できるって反論がある。
現に脳への部分的幹細胞移植とか行っても自意識は維持される。
電脳空間への自意識移行も、同じ方法論で達成可能だと思うよ。
ただし脳だけだと絶対ダメで身体性の維持が問題になる。
意識は、おそらく脳だけでなく身体全体が構成するものだろう。
これは
自分じゃ
ない
答えはノーである
なんか難しすぎてよくわからないけど、とにかく恐ろしくて遠慮したい。
普通に死にたい…。
この文章はわざと仮想空間仮想宇宙についての記述をさけてるな。宗教的な批判を考えてかな?
いわゆるジャックインした状態で、その仮想宇宙の中での選択を徐々に人工知能に学習させるってやりかたになるんじゃないかな。
なんにせよ「コピー」って言葉じゃ抽象的過ぎるね。
コピーと不死は違うだろうよ
自分のクローンを作って眠らせておく
双方の脳に電極を差し込んでwimaxかなんかで常に信号を送り合って同期するようにする
そのまま1年くらい過ごすと2つの脳が統合されて1つの人格を持つようになる
クローンを起こして古い体を眠らせると、徐々に意識がクローンの方へ移っていく
完全に移行したら接続を切って古い体を処分する
みたいな方法で実現できそうな気がする
ニコラス・フラメルってハリポタに出てきたな
永遠の命は永遠に死に続けるのと同じ。死は天恵。
夢を見ている時はそれを夢だとは思わないで、
目が覚めるとおかしいと思うことでも夢の中では現実と受け入れるしな。
脳の謎は奥深い。
※62
その元ネタがあって、「賢者の石の製造により不死となったという伝説」がある人物の名前らしい(Wikipedia)
本文やみんなのコメを読んでて、頭がゴチャゴチャになった
そんな、俺の脳みそは普通に死んだほうがいい
それは理解できたww
そもそも今のこの世界自体もすでに仮想空間だったりしてw
コピーじゃ意味がないんだよ
二人同時に存在出来る時点で向こうは自分じゃない、双子の弟
実現したらSFだが夢物語だろうな
仮にできてもニーズはあまりないだろう。
事故とか病気等で本人の意志とは違うタイミングで生存が出来なくなりそうな人以外。
結局は魂の存在がないことを証明するだけだと思う。
陳腐な話題なんだが。
脳みそ含めた肉体そのものが自己だ。複製は複製。
少しずつ移し替える…そんなことが…なるほど…
でも、意識ってなんだろうなー 仏教がそこまで考えていることにはびっくりした
けど、やっぱりまだよくわからないな
結婚して性格の変わったパートナーは、結婚前と同じ人格が保たれているといえるか
みたいな。
P・KディックがそういうことをテーマにしてSF小説をよく書いていた。
ブレードランナー(原作アンドロイドは電子羊の夢を見るか)で有名な作家だ。
自分そっくりなシミュラクラ(模造品)が完璧ならそれはもうひとりの自分なのか?
そして辿り着いたのがヴァリス3部作。仮想空間に作られた神に作られた世界と自分は本物か?ただの仮想の幻か?それを認識する自分の意識も仮想なのか?今この現実が仮想でない証拠は?結局信じる者は救われる、という結論に達する。
確かに脳はヒトにとって非常に重要な器官だ
でも、かつて代替など効かないと思われていた心臓も今では人工心臓が普通に使われているように、脳すら数ある臓器のひとつになる日が来る
そのとき魂の居場所が分かるんじゃないだろうか
悪意のある誰かや何か、あるいはバグによって
不幸な気持ちにさせられる信号やプログラムを仕掛けられたら
永遠に不幸を感じ続けることになるな
10秒間隔で箪笥の角に足の小指をぶつけた感覚が襲ってくるのが永遠に続くとか
死にたくても死ねないし、まさに地獄だな
脳まるごとひとつを移動させようとすると、この問題に突き当たるけど
神経細胞ひとつひとつを、人工的な長持ちする神経ナノマシンに置き換える
みたいな形で少しずつ移動させれば大丈夫なんじゃない
人間の細胞も常に新しく入れ替わっていて、数年もすれば少なくとも細胞レベルでは
新しい肉体に生まれ変わっているけど、意識は連続しているし
※73
神経細胞を少しづつ移動させたところで、元の方はどうなるわけ?
脳死みたいになるならまるごと変えるのと変わらないから意味ないし
回復するならするで、結局二人になるから意味無いし
なにか意味あるの??
脳の機能毎エミュレートした上で記憶を寝てる間にコピーしたのなら気付くものかね?
私は、「私」という視点から「私」という観念によって世界という夢を見ていたい。
それが私の願いだ。
倫理上の問題としてコピーして移し変えた場合、素体は完全分解しておく必要がある。
でないと自分という人間が二人以上存在する事になり、社会的道義的認知的混乱をきたす。
病気の例は面白いな。
エミュレート自我は移し変えが成功したんだこれで一安心だとおもうだろうし。
残された肉体の自我はうつし変わってねーじゃねーか。あいつは誰だ!と思う。
当然といえば当然のこと。結局自我自己とはなんなのかという疑問にぶち当たる。
スタートレックでは転送の際、物体をエネルギーに変えて送信、
コンピューターにパターンを記憶させておきエネルギーを物質に再構成して
テレポーテーションを可能にしている。
しかしこんな面倒な方法をとる必要は無くパターン情報とエネルギさえあれば
エネルギの送受信というコストは省いた上で再構成ができる。結局これをしなかったのは
素体を分解しないと複数人同じ人物を作るということになって混乱をきたす事になる
から。
自我とは結局なんなのか…
この手の記事を見るたびに”銃夢”を思い出す
自分をコピーできてもそれはコピーされた他人だと思うんだが・・・
※78
エイトマンの場合は東八郎が死んじゃったからこういうややこしい問題は起こらなかったんだな
コピーしてもそれは双子の兄弟で、自分では無い
だが、代替困難な才能の保存方法としては考慮に値する
不死を望むならコンピュータと結び付いて徐々に移行する方がまだマシだろう
コンピュータと結び付くのが考慮出来るなら、人格破綻無しの神経細胞の保護と追加も試みるべきかもしれない
最初の富豪の話で哲学の沼男の話を思い出した
ある日男が雷に打たれて死ぬんだけどその時偶然沼の泥で男がコピーされて、沼男が誕生。沼男は男と全く同じ姿性格意識行動をして同じ生活する。
さて男は死んでいると言えるのかどうか
30年くらい前の学研の「学習と科学」でこの問題やってたわw
小学生ながら、「それって不死じゃなくて俺と同じような考え方をするコンピューター作るだけじゃね?」って思ったのを覚えてる
財産の保有も継続してできるならいびつな社会になるかもね
たしか筒井康隆の短編で、脳を保存液に入れて不死になろうとする男の話があった。移し替えると切断された神経全部が激烈な「神経痛」を起こし、しかもそのことを伝える手段がない。
あれを子どものころ読んでから、脳だけで生きのびるなんて考えなくなった。うまく行けば意識は、無意識も含めて続く気はする。
人は体全体で生きてるわけだから脳だけがその人そのものだと言い切れるのか疑問だ
もしかしたらちょっとした記憶も脳以外の組織で分散して行われてるかもしれないし、
さらにオカルト的になると人の周りに静電気エネルギーというかオーラみたいなのがあってどこまでがその人の範囲であるのか・・・
例えば、一部の脳が死んでしまった患者がおり、もう目覚めることのない脳を機械で補助して生かせるとしたら?となるとハードルが下がる気がする。
じゃあどれくらいまで大丈夫なんだろう。
70パーセント機械で補って、30パーセントが生の脳だとしても、それは自分なのかどうか。手塚治虫の火の鳥だなあと。
個人的に自分はそのまま死にたいけど、家族がそうなったら返答に困るな。
するといまのところ、現実的にできそうな不老不死っていうのは
・コピー式(本人の自我はガン無視だが他人からすれば同じだからOK)
・取っ替え式(その人のアイデンティティを残せるギリギリまで「パーツ」を代替して永らえさせる)
の2択が限界ですよ…ということなのか。
どっちも、独裁者だの巨大企業の経営者だのみたいに自意識がでかくて強欲で金持ってる人間が、子孫を作るのでは物足らず、たとえコピーやサイボーグでもいいから自分を残したい、死んでも影響を与え続けたいという欲望に利用される気しかしない!
我思うゆえに我ありか
ヤチマ…
よく分かんないけどこういうのって死後の世界があると信じている人からは
でない発想なんだろうなぁ
ホーキング博士しかり
死後自己は消滅する、と考える人が欲する発想だ
この手の話題で何故か触れられないけど、クオリアの問題はどうなんだ?
未だ発生メカニズムが明らかになってないけど、自意識の重要な要素だと思うんだが。
もしもこれが生体脳からしか生まれないのなら、コンピューターでシミュレーションしたところで、ニューロマンサーに出てきた「ディクシー・フラットライン」みたいな哲学的ゾンビになるのが関の山じゃないのか?
まあ、それが外から見て、有るのか無いのか判断できないってのが難しいんだろうけど…ニューロマンサーでもフラットラインに自意識は無いってのはあくまで主人公の主観だったし…
※93
、、、コバック(笑)知ってるよ同志。
リチャードモーガンだよな。Crysis2の脚本も
描いてた気がする。
ブロークンエンジェルで脳情報の
コピー素子を量り売りする秋葉のジャンク店みたいなシーン
が出てきたが、甲殻なんぞより遥かに上を行くサイバー
パンクだと思うわ。
※93
オルタードカーボン
ブロークンエンジェル
アウェイキングフューリー
知らん人は、読んでみれ。
しかも何度も人生のバックアップを繰り返すと、
解り切った”繰り返し”を悟るようになり、
たいていの大富豪は3回目を拒否する。
この筋も面白かった。
コピーされた自分とオリジナルの自分が
どれくらい経てば、お互いを他人と
認識するようになるのか、、、。
ここが一番面白い描写だった。
宇宙人はそうやってすでに「不死」を手に入れているそうだ。
『地球人は科学的に創造された』という本に1970年代初頭からすでに書かれている
40年経ってやっと現実味を帯びてきたのか
それが可能になったとしても出来上がった物はオリジナルの複製であって
オリジナルは確実に死ぬし複製はオリジナルの様に動く人形に過ぎない
なぜ死んで消滅するのがそんなに嫌なのかがわからん
自分がいつか消えるというのは、むしろ救いのように感じるのだけど
死にたいとか死んでいいとかじゃなく、終わりがあるから今を慈しめるというか
もはや漫画やアニメっぽくなってきてるな。
銃夢とか攻殻機動隊とかゼーガペインとかと変わらんではないか。
どう考えようと勝手だし、別にいつまでも生きてくれてもいいと思う。
ただ、邪魔になったときどうするんだろう。
破壊したら殺人になるのか。
死にたくないな。
不老不死になりたいわ。
それが仮想空間であれ自意識が不完全であれ。
どんな形でもいいから生きていたい。実験体でもなんでもいい。
コメントでも何度か言われてるけど、ナノマシンで脳細胞を少しずつ入れ替えていく方法なら穏当だし、アイデンティティの問題も生じない。
*1
>>100%完全に現実を再現できるだけの能力があるコンピュータ内に取り込まれて、100%完全な仮想空間に住める
なるほど。自我を100%コピーするのも、自分以外を100%(と信じられる範囲で)コピーするのも同義で、後者の方があるいは楽かも。
自分の脳みそそっくりのコピーを取るという事を
延命と考える思考回路が全く分からない
一体どうしてコピーを自分だと認識してるんだろう
一人のデータじゃなくて、膨大なデータを入れて
皆で考えさせたら面白そうだな
この手の話で必ず出てくる「オリジナルが死んだらコピーが残っても意味ない」論者へ
魂とかスピリチュアルなものを信じている人は別だが、オリジナルをそこまで有り難がる明確な理由がなんかあるの?
「本人から見たらコピーは別人」はその通りだが「よって意味が無い」は早計だと思うよ
大事なのは自分が自分だと感じるアイデンティティなんだから、問題は「オリジナルからみたらコピーは自分と感じるか」でも「コピーから見たらオリジナルを自分と感じるか」でもなく「コピーから見たらコピーを自分と感じるか」でしょ
この技術について真剣に考えてる科学者が、コピーが別人かどうかも分からないわけないでしょ
※103
意味があるのは終わりがない既得権益に意味を感じる者だけ
新陳代謝の無い人類とか怠惰で下らない理由で滅びる所しか想像でき無い
結局、こういう技術を利用できるのはロクでもない金持ちばかりで、
人類ってのは未来永劫、いまみたいなレベルでい続けるんだろうなと思う。
昔、2ちゃんに、
どこでもドアにスキャンされ、コピーされながら殺されていくのび太の話
ってのがあったな。
>>105
そこら辺の考えも正しいのかどうか分からない、という問題も内包しているのがこの問題の難しいところだと思う。
オリジナルとコピーが機能主義的に等価だったとしても、そこに宿る”意識”に差異があるのかないのか、仮にあるとしたらその差異を生み出しているものは何か、どの程度なのかそれ自体に何の意味があるのか、というのが全く分からないのよ現時点では。
想像だが、脳を完璧にコピーしたとしても、そこに生じる意識はコピーできず、そのコピーした脳に自然に発生するんじゃないかな?その意識は元の自分の意識とは全く異なるものになるんだろう。つまり自分の意識は測定もコピーも困難なものだと考えてみてはどうなんだろうか?
1000年若いまま生きて、最後は満足して死にたいな・・・・
なんか俺も俺のコピーな気がしてきた。今日は早く寝よう。
機械の意識と体を手に入れて、永遠に宇宙空間を彷徨いたいもんでごわす
※109
君はアサリ人と結婚しなさい。(笑)
お前ら「ジョン・サールの中国人の部屋」を調べてこい
コピーでも何でもいいから自我で行生きたい
トランセンデンッス
胡蝶の夢を延々と繰り返すのかな
私の母は医療ミスで記憶力を失ったが(記憶力をつかさどる部分の神経細胞が破壊された)
日々ゆっくりと過去の記憶をまだ使える別な部分に移し変えていることが(家族だから)判るよ。
移し変えるときにどうでもいいものは落としていき、今の自分に必要なものを選択している。
過去の記憶は今の生存に不必要なのでどんどん落としていく。 移し変えに必要な時間は1週間程度でその間は意識レベルがさがっている。
一度その領域の移し変えが完了すると一度意識レベルが向上してはっきりする。 そこが終わるとまた別な部分に着手していく。
ものすごく時間のかかる作業なので寿命がつきるまでに終わりそうにない。
ハタの人間からみたら「まだらボケ、たまにはっきりする」にしか見えないだろう。
イーガンの順列都市読め。
アップロードされた脳は自分だとしても、
新しい体に入った時点でこれからは別人になると思ってる
人の思考や性格ってある程度体質に支配されない?
健康だからポジティブ思考、疲れやすいからネガティブ思考、
肌が荒れやすいからよく水分とる→果物好きになる
という具合に
入る体が違うと、そこから作られていく性格は
もうもとの本人ではないんじゃないかな。
『現れる存在』を読んだ上で考えたけど、
生物もロボットも、体と感覚器官があって初めて自己と世界との境界を認識するんだと思う。
そして、自我とは自己がその身体で経験してきた記憶の集積物?なんじゃないかって思った。
脳をエミュレートされた体は自己と呼べるかという問題だけど、
別物という意見に賛成。
同じ記憶、同じ経験を共有する別の生き物と考えればいいんじゃないかな。
脳のエミュレートはあくまでも、逃れられない死を近似的に回避するための代替案であって、本当の意味では不老不死じゃないと思う。
私は貴方で、貴方は私で、両方共に私だが私は私の意識で行動し、貴方は貴方の意識で行動する……つまり貴方は私ではなく、私は貴方ではない?
回りから見ればそれは「貴方そのもの」だし。クローンと言う事実を隠せれば何百年も生きているように見えると思う
でもそれはオリジナルからしたら不老不死じゃないんだよね。クローンによる「オリジナルのミームの不老不死化」とでも言うようなもの
生物・非生物問わずに別個体に移すことはオリジナルの不老不死出はないと思うんだよ
身体の99%がサイボーグになったオリジナルと、99%のサイボーグの身体にオリジナルの肉体1%を移植するとでは、比率は同じでもやはり何が違ってくるんじゃないだろうか
Ghostや魂の重さみたいな。一見オカルトのようなものってあるんじゃないかね
たとえば、自分のコピーをコンピューター上に2つ作ったとして、
まったく同じタイミングで同じことを考えて喋るんだろうか?
脳の完全コピーが出来るほどの技術力を想定しているなら、コピーするより拡張と神経が死んだ部分の順次置き換えでいいんじゃないか?
子供つくるしかないよ
楽園追放とかもゾッとしないよなあ。
クローン技術で肉体と記憶をコピーしても、所詮別人。
コピー元の肉体を強制的に仮死状態にすることで、表面上は記憶が移動したと見せかけてるけど、それは嘘んこなんだよなあ。
実際は、mv ではなく、 cp と kill
※129
そんな事に拘るのは現代人のちんけな感覚ってこったろ
あの世があるかどうかは分からないが、念のため不老不死になるのはアリだと思うけどなぁ。
「限り有る命だから大切」って意見もあるけど、逆に「どうせ死ぬからどうでもいい」って考えもあるんだぜ?
これが実現したら
世界五分前仮説は現実になるな
脳というハードウェアから、心というソフトウェアを、もっと丈夫なハードへ移し替えるという話ですね。可能だと思います。
また、移し替えた後の自分が、自分である感覚についても、ほぼ大丈夫でしょう。というのも、生身の状態でも普段から、脳を含め身体は、物質を入れ替えており、それでもなお大多数は、自分は自分であるという感覚をしていらっしゃる。(考えようによっては、今の生身の身体でも、絶えず自分のコピーを作り続けていると考えれます)
そのため、脳を細胞または、さらに細かい単位で部品と見なし、同じ機能を持つものに入れ替えてゆけば、その人は、その人の意識のままで、ハードウェアの交換が可能となります。
これにより、古くなった部品を新品へ交換することを行い続ける限り、生き続ける(寿命上の)不老不死が可能となります。
不老不死技術自体については、今世紀前半に出来るのかもしれません。もちろん、それは死ねなくなる訳ではありません。寿命による死が避けられるだけであり、死は存在します。
シビュラシステムの始まりや・・・
更に技術が進むと、脳とコンピューターを随時同期できるようになり、何時でもバックアップが可能となります。
切り取りみたいに出来るんならいいけど
実際はコピー&削除だからコピーの部分はともかく
削除の部分で倫理的な問題が出るのは間違いない。
3枚目の巨大装置の前に人がいるみたいな画像って何かの映画か何かの画像ですか?
誰かおやさしい方お教えくださいm(__)m
気になって気になって震えてます(´・ω・`)
チャッピーが正にこの題材だったな
なんかさ、自我ができる前はやっぱり何かしら体を動かしているから、やっぱり原始的な自分というものはあるんじゃないかと思う。
ぶっちゃけ思ったんだが、
永遠と無常をあえて意識せず
目の前の事を考えられている、思えている、楽しめている状態がいいんじゃないかと思う。
理屈ではわかっていても、いちいち意識しますか?ってこと。
全ての生物が不老不死になれば世界は救える
この意味を理解できる者が何人いるのか
メタルマックス2のバイアス・ブラドがこれとまったく同じコンセプトなんだけど、
まさか名前が出てないとは…。
わくわくするなあ
本日、偉大なる物理学者ホーキング博士が逝去されたと発表がありました。
この記事がアップされてちょうど3年、現代科学の進歩と技術開発を考えれば
言うまでもなく博士は電子の世界に先んじて到達しているでしょう!
まあ、何にしても、早くやってほしいものだ。話はそれからだ。
もし人間がプラナリアみたいに分裂できたとしても
分裂先は結局、自分とは別の生物になるわけだから
ただ気持ち悪いだけだと思うんだよね
プラナリアも分裂する種類としない種類がいて
分裂しない種類は、実は分裂する種類から進化してその形態になってるらしいんだよね
プラナリアも「うわっ、分裂した自分うぜぇしキモい」とか思ったんじゃないかと妄想してるわ
コピーが自分自身の意識を持ってないからコピーは無意味って考える人がこんなに多いなんて不思議だ。
自分が死んでもだれかが自分をやってくれるとしたらそれほど楽で興味深いことはないと思うんだが。
否定的な意見が多いな、俺は自分が不老不死になる気はないが、もし不老不死になるの成功させた人間が居たらそれは人類にとって偉業にはちがいないと素直に賛美するのだが
月に有人飛行でアームストロング船長送り出したときこのことに否定的な考えする人間はほぼ居なかっただろ、もしかしたらひねくれ物は否定していたかもしれんが全人類が月に人間を送り込んだことに科学の偉大な一歩として祝福した
そのときのレーガンは次の言葉を残している。「試みるという行為に早すぎるということはないのです」
たぶんよ。否定的な根本理由に宗教もあるとはおもうのだが、ただ宗教での倫理観価値観も時代が変わるごとに変わっていくものだけどな(クローン人間作るのに否定したローマの法王様はかなりの頑固なんかな考え変えてくれそうにないけど)
たとえがクローン人間でスマンが、俺としてはコッチガ確実に半不死の体を手に入れる技術だとおもうんだよな(ヒントは臓器交換)
人類はこれから肉体生身細胞遺伝子にコンピュータ超高度テクノロジーインターネットを入れるそして超次元を超えた人類えと進歩進化する
これからの人類の体内に超高度テクノロジーインターネットCPU SIMカードをインプラントする社会が来る
次元を超える超人類えと進歩進化を遂げるそして
電子化電脳化液体化した身体になる