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文明の発達と共に進化していく、人類のつくりし世界地図の歴史

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(著)

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 自分たちの世界をどう理解し、それをどう図解していくか?人類の地図作成に対する欲求は、自己を実現していく上で尽きることのないロマンであり、人類が知的に発展するための重要なステップであり、人類の知識の向上の記録でもある。その作成技術が、文化の発展へとつながっていったともいえる。

 洞窟壁画、バビロンやギリシャ、アジアの古代から21世紀に至る地図まで、人々は世界を定義、説明、探索していくための基本的道具として地図を作成し、利用してきた。

 初期の地図は、実際の世界とは似ても似つかない大雑把な塊でしかないが、時代が進むにつれ、地図は広範囲により詳細に、そして正確になっていった。時に昔の地図には、空に正体不明の物体や、海に異様な生き物、その存在を誰も知らない大陸などが描かれていたこともある。

 ここでは古い順に世界各国の人々が作成した地図の概要を見てみることにする。

紀元前6世紀

もっとも古い世界地図は、キリスト誕生の600年前、バビロニア人によって作られた。バビロンが丸い大陸に囲まれていて、アッシリア、ウラルトゥなどの都市が見受けられる。それらの都市は、外側に7つの島が配置されたオーケアノス(大河)に囲まれ、7つの突起をもった星の形になっている。大河の向こうの外側の7つの地域についての説明文がついている。

このバビロンの世界地図は、世界の形そのものではなく、シンボル的なものだと信じられている。バビロニア人がよく知っているはずのペルシャやエジプトは、意図的に省かれ、水に囲まれた丸い形に描かれている。バビロニア人が信じていた宗教的な世界のイメージに合わせたのだ。 

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紀元前5世紀

世界初の地図のひとつを作ったのは、アナクシマンドロス(紀元前610~546)と言われている。ただの円形で、中心にあるエーゲ海の周りを、当時知られていた大陸が囲み、全体を海が取り巻いている。 

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紀元前4世紀

アナクシマンドロスの地図をベースに、ギリシャの歴史家、ミレトスのヘカタイオス(紀元前550~476)が新しい地図を作った。この地図と一緒に、世界旅行あるいは世界測量といったタイトルの本も出版し、北はスキタイから、東はアジアまでかなり広い範囲の世界を描いた。当時知られていた国も表していて、特にエジプトはわかりやすい。 

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紀元前2世紀

紀元前276年、現在のリビアにあったキュレネに生まれたエラトステネスの古代地図。エラトステネスはグレートブリテン島やインド、スリランカをなどを描いた地図もいくつか作っている。また、緯線と経線を使って地図を作成した最初の地理学者で、地球が球形だということを証明した。 

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紀元前1世紀

ギリシャの哲学者ポセイドーニオス(紀元前150~130)は、海洋と隣接する地域に関する本を出した。これは、現代の科学的知識に基づく地理学的な疑問を提示しただけでなく、勢力同士が互いにどんな影響を及ぼすか、相互関係が人々の生活や政治にどのように適用するのかを示して、世界のつながりについての持論を広めることになった。また、カノープス星の位置から、地球の円周を計算した。彼が計算した240000スタジア測量は、24000マイル(38400キロ)に換算でき、実際の円周24901マイルに近い。 

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1世紀

ローマの地理学者ポンポニウス・メラは、紀元43年にユニークな地図を作った。地球を5つのゾーンに分け、南の温帯地域の住民と北の温帯に住む人たちは、灼熱地帯に隔てられているため、交流できないと主張した。ヨーロッパ、アジア、アフリカの分割はエラトステネスにならい、北の海の入り江はカスピ海、南の入り江はペルシャ湾とアラビア湾とみなした。 

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2世紀

150年頃、偉大な数学者で、天文学者、地理学者、占星術師でもあるプトレマイオスが、初めて経度と緯度を使って地図を作成した。地球規模の座標系は中世のイスラムとヨーロッパの地理学の考え方に革命を起こし、科学的な計算に基づく地図作りが始まった。 

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12世紀

1154年、アラブの地理学者ムハンマドが、アラブの商人や探検家によってもたらされた情報を集めて、アフリカ、インド洋、極東を織り込んだ、当時もっとも正確な地図を作り出した。ユーラシア大陸全体は示されていても、アフリカ大陸は北部だけしか描かれていないが、3世紀もの間、もっとも正確な世界地図だった。 

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14世紀

古代ローマと同じ頃、中国は精巧な地図作成技術を開発していた。中国が世界の中心に描かれ、ヨーロッパは端の方にかなり小さく表わされている。喜望峰が見られるアフリカはインド洋から描かれている。1320年に作られた最初のものは残っていない。一番古いものは、1389年に明の初代皇帝のために、17平方メートルのシルクに描かれたカラフルで手の込んだなもの。 

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15世紀

1490年、ドイツの地図製作者ハインリッヒ・ハマーが作った地図は、1492年にマーティン・ベーハイムが作ったものによく似ている。両方とも、プトレマイオスの影響が強く見られ、1485年にリスボンでコロンブスの弟バーソロミューによって作られた地図から派生したものらしい。 

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16世紀

スペインの地図製作者、探検家、コンキスタドール(征服者)であるファン・デ・ラ・コーザはいくつか地図を作っているが、1500年のマッパ・ムンディだけが残っている。これには、初めてアメリカが描かれている。 

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キャンティーノの世界地図は、ポルトガル人が発見した東西の地域が記されている。アフリカやヨーロッパやアジアと共に、カリブの島々やフロリダの海岸線が描かれているのだ。1500年にポルトガル人探検家、ペドロ・アルヴァレス・カブラルによって発見されたブラジルの海岸の一部が見えるのが特徴的だ。 

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1505年頃のキャヴェリオの地図には、北米の東海岸が描かれていて驚くほど詳細だ。1507年のヴァルトゼーミュラーの地図の原型のひとつとなった。 

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ヴァルトゼーミュラーの地図には、初めてアメリカという名前が出てくる。その名前から、新大陸を発見したのはコロンブスではなく、アメリゴ・ヴェスプッチだという話ももっともらしい説得力がある。地図は極めて詳細な情報が満載で、高度な技術がうかがえる。 

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ポルトガル人地図製作者ディオゴ・リベイロが、1527年に実際に黄緯を観察して初めて科学的な地図を作ったと考えられている。中南米大陸の海岸線を極めて正確に描いているが、オーストラリアや南極大陸はまだないし、インド亜大陸も小さすぎる。しかし、この地図で初めて太平洋の実際の大きさや、北米海岸全体が示された。 

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フランドルの地質学者で地図作成者ジェラルドス・メルカトルが、1569年円筒状に投影した地図を作成し、これが地図作成の標準メルトカル図法としてとして知られるようになった。この投影法の主な特長は、決まった方位の航行ルートを地図上に直線で表わしたことだ。メルトカル法の発展は、16世紀の航海地図学に大きな進展をもたらし、海洋国家に徐々に浸透していった。 

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世界の舞台(theatrum orbis terrarum) は、世界初の本格的近代地図と考えられている。エイブラハム・オルテリウスによって、1570年アントワープで作成された。地図と補足文書が銅版印刷され、本の形にまとめられたもので、1612年頃まで需要があった。 

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17世紀

Nova totius terrarum orbisは、1630年にヘンドリック・ホンディウスによって作成され、初めて広く使われた地図。1623年にヤン・カルステンツによって発見されたヨーク岬半島の西海岸の一部としてオーストラリアの海

岸線も記されている。 

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17世紀以降

17世紀、地図製作者たちは、地球の大きさを正確に決める新たな学説を採り入れるようになっていた。振子時計、望遠鏡などの新しい道具の発明や、対数表、微分・積分法、万有引力の法則などの理論的手段の進歩によって、科学者が必要な観察ができるようになった。地図作成は、測量技術の進化によってますます高度なものになった。

18世紀になると、アイザック・ニュートンの功績ともあいまって、数学や天文学が前進し、経度を決める手法が完璧にできあがった。このような技術的な進歩によって、大陸全体の外形や位置を正確に特定するのがますます容易になった。北米やインド亜大陸の地図が正確に描かれ、北米の定住地の発展や、植民地の構成、英仏間の競争などのために、信頼性の高い地図がますます必要になってきた。

20世紀、印刷術や写真術の改良により、地図はより安く簡単に作成できるようになり、大量に出回るようになった。印刷機、四分儀や副尺などの発展によって、正確なデータから地図の大量生産ができるようになったのだ。

望遠鏡や六分儀のような光学技術の発達で、正確な土地の測量が可能になり、地図製作者や航海者が夜は北極星、昼は太陽との角度を測ることで自分の位置を特定できるようになった。航空機の開発によって、一度に広い範囲を撮影でき、さらに完璧な地図ができるようになった。 

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sauce:Coming of Age in Cartography: Evolution of the World Map

この数十年は、さらに研ぎ澄まされた技術が現れ、コンピュータ、GPS、レーザー測距儀などで、その場ですぐに直接地図ができるようになった。遠隔探査によって、深海や宇宙の境界が図解できるようになり、高度数百キロに位置する高解像衛星カメラのおかげで、地表数メートルまで細かく記録できる。ランドサットのような衛星が、常にほぼ地球全体の最新地図情報をリアルタイムで送ってくるのだ。

現代は、正確な地図を簡単に作ることができるのは当たり前となっている。それも数多くの勇敢な探険家や、東西の知識の粋を集め、今日のわたしたちの地理的理解を促進してくれた熱心な地図製作者たちのおかげだ。感謝の意を示したい。

原文翻訳:konohazuku

世界史地図(ユーラシア)

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この記事へのコメント 12件

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  1. 西川 長夫著「国境の越え方 比較文化論序説」を読んで、
    ヨーロッパが大体インドと同じくらいの大きさというのが衝撃だった。
    それ以降、地図も作り方によって話半分という感じw
    またその部分は高校の教科書にも出てるらしい。

    • 評価
  2. こういう時系列で見れると、
    おお、なんかカラパイアだぜぃ、とか感動するな。
    あと一番最後はググルマップをちょこっといれて、
    ついでに来年か再来年あたりはアポーのヌーマップが
    君臨してるかもと書いておくと、未来的かもな。

    • 評価
  3. おいおい、伊能忠敬スルーかよ。
    日本政府はこういうことに金使えよ。

    • -1
  4. 14cのところに古代ローマ云々と書かれても困っちゃうw
    明代以前の中国の地図はお粗末なのしか見たことないけど?

    • +5
  5. 現在の宇宙に対する認識も、この紀元前4世紀、5世紀頃の世界地図レベルなのかも知れないなぁ……。

    • 評価
  6. この記事、細部がおかしいからあんまり信用しない方がいいかも。
    元記事か翻訳かで齟齬があるかんじ。
    ムハンマド→アル・イドリーシ
    ハインリッヒ・ハマー→マルテルス
    が日本語ではふつうの書き方だし。
    他にも細かく私見が入っていて正しくない。
    >5
    それは勉強不足なだけ。
    1137宋代の禹跡図とか有名。
    漢代に結構立派な地図学体系ができてたらしいというのは本当。
    裴秀ていう3世紀の人が有名。ジョゼフ・ニーダムとか読んでみ。
    ただしその辺の地図は文献史料にあるだけで現物は残ってないから誰も見たことがない。
    この記事にあるような古代ギリシャやローマの世界図もルネサンス期に古代資料をもとに復元したものだから注意。

    • +3
  7. 昔は地球が世界だと思っていたので「世界地図」でいいけど
    これからは「地球地図」と呼んだ方がいいね。

    • 評価
  8. 初期の地図はそのままRPGの大陸になってもおかしくないw

    • -1
  9. イドリースィの名前が出てこないなんて…
    それともムハンマドがイドリースィのことなのか(フルネームはムハンマド・アル・イドリースィ)

    • +1
  10. 自分とこ、アジア、ヨーロッパ、海、後知らん!って潔くていいな

    • 評価
  11. 意外に楽しいですね
    今後が楽しみだけどどこまで生きて入れるかな?

    • 評価

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