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1938年、イギリスに初めてパンダがやってきた当時から振り返るイギリスとパンダ歴史的写真

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 1938年12月、日本は昭和13年になるが、この年に初めてイギリスにパンダが来たそうだ。これらの写真は、イギリスに初めてパンダがやった来た当時から現在までを振り返るイギリスとパンダの歴史的写真なんだそうだ。

ソース:
In pictures: the history of giant pandas in the UK – Telegraph

1938年、フォトグラファー、バート・ハーディが自分の息子とパンダを被写体として撮影した写真。1938年には、ミン明(メス)、タン唐(オス)、ソン宋(オス)、ナイナイ(オス)の4匹が同時にロンドン動物園にやってきたんだそうだ。

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第二次世界大戦中にはロンドンのパンダは、兵士の士気を高めるためのプロパガンダとして利用されていたそうだ。

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 1946年、ロンドンのリージェンツパーク動物園で販売中の大人気のパンダのぬいぐるみを生パンダにかざす女の子。先に貰い受けたパンダは全員死亡してしまったため、新たに貰い受けたオスのリエンホー

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1958年、アメリカが、中国からのあらゆる輸入をストップしたあおりで、代わりにロンドンに来たパンダのChi – Chiさん

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Chi – Chiさんはその後死ぬまで、ロンドンで一番人気のアイドルパンダだったという。

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イギリス人によりかなり手厚いもてなしをされていたChi – Chiさん。大統領並のVIP待遇を受けていた。ただ当時、パンダのことを良く知らなかった来園者がチョコレートを与えたりしたために、よく病気になっていたという。

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ボールで遊ぶChi – Chiさん

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Chi – Chiさんは1972年7月にこの世を去ったが、イギリスのみならずロシア、フランスや台湾にも彼女の死が大々的に報じられ、各国の人々が彼女の死を悼んだという。

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1966年、ロシアの動物園のパンダとの交尾に失敗して帰ってきたChi – Chiさん

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1974年、ロンドン動物園ではメスパンダChing-Ching(チンチン)と、オスパンダ Chia-Chia(チャチャ)を中国政府より譲り受けた。

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しかしながらチンチンとチャチャは新しいパンダの子どもを作り出すことはできなかったという。

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チャチャのアップ写真

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チンチンが死んだ後、チャチャはメキシコの動物園へ移送された。

右側がチンチン、左側がチャチャ

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1991年、ミンミン(メス)が2年間の契約で中国からやってきた。同時にドイツの動物園からバオバオ(オス)がやってきた。当然交尾目的なんだけども、やはり成功しなかったようで、ミンミンは中国へ、バオバオはドイツへと戻っていったんだ。

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そして現在、ロンドン動物園にパンダはいない。

関連動画:ロンドン動物園のパンダ

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この記事へのコメント 14件

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  1. >先に貰い受けたパンダは全員死亡してしまったため
    さらっと壮絶だな

    • 評価
  2. 手許にある書籍(昭和51年発行:R&Dモリス著「パンダ」)によれば、ルース・ハークネク夫人により西洋に生きたパンダが初めて公開されたのは1936年のシカゴ動物園。
    これに遅れること2年。タンジェール・スミス氏により、ロンドンにやってきたパンダが
    グランマと呼ばれた年取った♀、つがいとされていた成獣2頭(グランピー、ドーピー)、ハピーという名の♂。ベビーという名の子供パンダの5頭。(船に積まれた時は6頭いたが航海中に1頭死亡)
    ロンドンに到着した5頭はリージェント公園に設置された檻で公開され(一般市民には非公開)、ロンドン動物園ではその間にスミス氏から買い取る個体を吟味していた。
    5頭の内、グランマは到着後17日目に死亡。ロンドン動物園ではつがいの2頭とベビーの計3頭を購入した、と記載されています。
    ロンドン動物園に買い取られなかった♂のハピーはドイツに買い取られ、ヨーロッパ中の動物園を移動公開したとか。(後にアメリカのセントルイス動物園が買い取った。)
    買い取られた3匹は、つがいが「サン」「タン」、子供が「ミン」と改名されたそうです。
    この書籍には「ナイナイ」と呼ばれたパンダの記録は載ってないなぁ。

    • +1
  3. モノクロで見ても愛らしい。
    チョコレートあげて病気とか可哀想に^^;
    飼育員、勉強しようよ。

    • +1
  4. 気になったのでちょっと調べてみた。
    ナイナイ(女乃 女乃)=グランマの別名だったみたいです。(前述したようにグランマはロンドン動物園には買い取られず、スミス氏所有名義のまま17日後に死亡。♀とされていたが、解剖後に♂だったと判明。つがいの♀とされていたサンも死亡後に♂と判明。)
    ロンドンにやってきた最初のパンダが短期間で次々と亡くなっているのは、輸送時に脊椎を痛めていた事、ロンドンで栽培されていた竹ではチベット産の竹に含まれる栄養源が異なりビタミン不足になりがちだったこと、らしい。

    • +2
  5. 申し訳ありません。
    あまりにも面白すぎて、問題が発生したため、ページを正しく表示することができません。
    Googleでは問題解決に向けて努力しておりますので、しばらくお待ちください。

    • -1
  6. Ching-Chingなら子供作れよな…ってメスだったか!

    • 評価
  7. 1938年12月、まさに戦争直前っすね
    二枚目の写真が好きだなぁー、カワイイです。

    • 評価
  8. 「生(なま)パンダ」れんほー・・・
    最初から死にかかってるし・・・
    南無阿弥陀仏 

    • 評価
  9. パンダ可愛い。
    中国じゃない国の動物だったら良かったのに。

    • -1
  10. イギリスはパンダ借りたんじゃなくて貰えたの?

    • 評価
    1. ※12 最初の3匹は珍獣ハンターのタンジェール・スミス氏が捕らえたものをロンドン動物園が買い取った。
      リエンホーは中国とイギリスの友好と連帯の印として、中国から寄贈されたパンダ。(リエンホーの名の意味は「連合」。中国とイギリスの連帯を表した名)
      人気が高かったミンの後釜的なパンダになるよう期待されていたが、リエンホーは最後まで人に慣れず、2回目のパンダブーム到来にはならなかった。
      チチはデンメルというオーストリアの動物商が西洋の動物と交換で北京動物園から入手したパンダ。(キリン3頭、カバ2頭、サイ2頭、シマウマ2頭と交換)
      当初はアメリカの動物園が買い取る予定だったが、財務省が中国からの取引を禁止したため、ヨーロッパ各地を巡回公開する事になった。
      ロンドン巡回ではリエンホーのイメージがあり、最初は人が集まらなかったが、無邪気な性格のチチは次第に人気が出て来た。そこでロンドン動物園がデンメルからチチを1万ポンドで購入した次第。
      Ching-ChingとChia-Chiaは当時中国が行ったパンダ外交で寄贈された内の2頭。日本にはランランとカンカンが上野動物園に寄贈された。

      • +2
  11. ガイコツが可愛いのはパンダに似てるからだってね
    鉄拳が言ってた

    • 評価

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