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火山噴火で太陽消失!新石器時代の人々は、太陽を模した「太陽石」を捧げていた

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(著) (編集)

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太陽石と呼ばれる2つの石。太陽のモチーフで、細かく刻まれた模様が特徴の平らな頁岩。この画像を大きなサイズで見る
National Museum of Denmark
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 デンマーク領ボーンホルム島にある数千年前の新石器時代の遺跡から、不思議な彫刻が施された石が大量に発見されている。

 「太陽石」と呼ばれるこれらの石は、当時の人々によって大量に溝に投げ込まれ、埋められたものだ。

 その目的は長い間謎とされてきたが、グリーンランドの氷を調査した最新の研究で、5000年前に発生した大規模な火山噴火が発生していたことが明らかとなった。

 太陽を覆い隠し、農作物は壊滅的な被害を受け飢饉が発生した。当時の人々は「太陽の石」を太陽を捧げ、その復活を祈ったのではないかと考えられている。

大量に発掘された太陽をかたどった謎の石

 バルト海に浮かぶデンマーク領ボーンホルム島、その南部にある「ヴァサゴード遺跡」は、紀元前3500年~2700年頃に使用された太陽信仰の場所だった。

 遺跡の入り口が、夏至・冬至の太陽と一直線に並んでおり、意図的に太陽の動きを意識して作られたとされている。

 太陽をかたどった「太陽石」(デンマーク語で「ソルステン」)は、ここで大量に発掘された。ヴァサゴード遺跡の土手沿いに掘られた溝に、600個以上も埋まっていたのだ。

 太陽石は手のひらサイズで、平べったく、丸みを帯びている。だが最大の特徴は、太陽を描いたと思われる放射線が中心から広がるように彫られている点だ。

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様々な模様の太陽石/Bente Stensen Christensen/Iversen et al., Antiquity, 2025

 これを作るには、何時間にもわたる根気のいる作業が必要だったはずだ。ならば、当時の人々は、何か目的があって太陽石を作ったに違いない。

 太陽石が埋められたのは紀元前2900年頃、今から5000年ほど前のことだ。また太陽石と一緒に、動物の骨・陶器・火打石といったものも埋められていた。

 ヴァサゴード遺跡の住人がなぜこうした石を埋めたのか、その明確な理由は推測の域を出なかった。

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野原や植物に関連したイメージが刻まれた太陽石 René Laursen, Bornholms Museum/Iversen et al., Antiquity, 2025

5000年前に大規模な火山噴火が起きていた

 注目すべきなのは、太陽石が埋められた場所と時期が集中していることだ。これは、その時代のこの地域に”何か”があり、太陽石がこれに関係している可能性を告げている。

 コペンハーゲン大学の考古学者ルーネ・イヴァーセン氏らは、グリーンランドの氷を調査することで、その”何か”を発見した。

 グリーンランドの氷河の紀元前2900年頃の層に、大量の「硫酸塩」があったのだ。これは大きな噴火が起こり、その噴出物が氷に降り積もることでできる特徴で、当時大規模な火山噴火が起きていたのだ。

 噴火を裏付ける証拠はほかにもある。例えば、ドイツの「年縞」(湖底などに土が積もることでできる縞模様)から、紀元前2900年頃に日照量が大きく低下していただろうことがわかる。

 さらにアメリカ西部のマツの年輪が非常に狭いことから、やはりこの時期の気温は異常に低く、乾燥していただろうと推測できる。

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デンマーク領ボーンホルム島南部にある「ヴァサゴード遺跡」 University of Copenhagen

太陽石は太陽の復活を願い捧げられた可能性

 この噴火はボーンホルム島やヴァサゴード遺跡の人々にとって、生死に関わる災厄だったのかもしれない。

 噴火が噴き上げる火山灰や塵はいつまでも空気中に漂い、日光を遮ることで、日照量の不足や寒冷化を引き起こす。

 それは作物にも影響し、数年にわたる不作で飢饉をもたらす。イヴァーセン氏は、太陽石が埋められた背景には、太陽への祈りがあったのではと推測している。

新石器時代のボーンホルム島の人々は、太陽を太陽石を捧げ、天災から自分たちを守ろうとしたと考えられます。あるいは、太陽がまた顔を出すようになったことへの感謝を示した可能性もあります(イヴァーセン氏)

 この仮説を裏づけるまた別の手がかりもある。それは太陽石が埋められてから、遺跡の作りが大きく変わったことだ。

 さらに同時期に、この地域では疫病が流行し、ヨーロッパ全土で人々の移住が起きるという文化な変化もあった。

 火山の大噴火で壊滅的な影響やそれ以外の大きな変化が本当に起きていたとしたら、ボーンホルム島の人々の暮らしや求めるものもまた変わったかもしれない。

 そのせいで信仰の場の作りがそれまでとは違うものになったという推論は、ごく自然なものだ。

太陽石を捧げた後、住民たちは遺跡の作りを変え、供物を捧げる溝の代わりに大きな柵と円形の祭祀場を作りました

そうした理由は不明ですが、彼らが直面した劇的な気候変動が何らかの形で影響したのではないでしょうか(イヴァーセン氏)

 この研究は『Antiquity』(2025年1月16日付)に掲載された。

References: Neolithic Europeans sacrificed stones to beg the sun to return | Popular Science / Volcanic eruption caused Neolithic people to | EurekAlert! / Ancient Stones Were Mysteriously 'Sacrificed' – We Finally Know Why : ScienceAlert

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この記事へのコメント 5件

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  1. 日本神話の天岩戸伝説も大噴火の噴煙で太陽が遮られたときに、太陽の復活を願う祈りの様子が元になったという説もある。
    太陽神・アマテラスが姿を隠す理由になった、乱神スサノオが田を荒らし家屋に馬を投げ込んだという伝説が、噴火による噴石の被害や気象異常を表しているとか。

    • +1
  2.  やべぇ、太陽石の中に旭日旗っぽい模様が見えちゃったよw やっぱり太陽の表現としては今も昔も普通なのだなと改めて思いましたわ。 同じ人類だったんだなと感動

    • +2
  3. 火山噴火は風向き次第で噴煙の向きは変わるんだけど成層圏まで届くと結構広範囲に行くのかもね。
    あとアマテラスは皆既日食説もあるね。

    • +1

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