この画像を大きなサイズで見る「知性」とは、知識を身につけ、考えたり判断したりする能力のことである。
だが知性というものは、そのままでは測定ことはできない。知的能力、良識、論理的思考、パターン認識などの測定方法はあるが、それは知性そのものではなく、知性を表わす1つの尺度にすぎないのだ。
例えば数字であらわした知能指数(IQ)があるが、ごく普通のIQの人が、心に響くすばらしい曲を作ることもあれば、高い知能の人でもピアノを弾くことができない人もいる。
現行システムの問題は、知性の表われの違いをまるで無視していることだ。知性には実際には次の9つのタイプがあるという。
1. 音楽的知性
この画像を大きなサイズで見る音楽の才能のある人は、物事を理解するのにリズムやパターンを無意識的に使用している。
音や音色を認識する能力がほかの人よりも速く、一度しか聴いたことがない曲でもすぐに覚え、それを声や楽器で再現することもできる。
誰かが音をはずすとすぐに気づく。音楽やリズムが好きで、歌を歌う、作曲する、楽器を演奏する才能がある。
2. 空間的知能
この画像を大きなサイズで見る空間認識に長けており、対象物が実際に目の前になくても、頭の中で思い描くことが簡単にできる。
地図を読んで目的地に向かう能力が優れていて、目に入ったものをその通りに描画することができる。対象物を違う角度や空間から思い描いたり、人の顔やシーンも明確に思い出し、再現することができる。
観察力に優れ、パズルや迷路などをいとも簡単に解いてしまう。
3. 運動感覚的知性
この画像を大きなサイズで見る動きを介して情報を処理し、それを動作に反映させる運動能力に優れている。スポーツや体を使う活動でその優位性が発揮される。芸術的なダンスや創造性のある動きに関心を示し、聴衆の前で演じたりするのも得意だ。
何か覚えたいことは体を動かしながらの方が記憶されやすい。
4. 自然主義的知性
この画像を大きなサイズで見る自然、植物、動物を愛する人たちは、とくに自分たちのまわりの環境、自然に関することに敏感だ。まるで自然の言語がわかるかのようで、植物や野菜や果物を育てたり、動物をしつけるのに長けている。
自然に学び、自然と共存することでその知性が伸ばされていく。
5. 論理的知性
この画像を大きなサイズで見る計算、分析、パターンの発見が得意で、様々なデータを利用しながら、要求されている多数の課題を処理する能力に優れている。
論理的に推論をし、原則をベースにアイディアを出したり決断を下すことができる。
6. 創造的知性
この画像を大きなサイズで見るこの知性の持ち主は、しきたりや秩序にとらわれず、柔軟性があって心が広い。創造のプロセスがどのように働くか、いかにそれを応用するかを理解する能力がある。
詩や物語を書くのが得意な人に多い。必要があればいつでも、なんとか解決する方法に気づくことができる。
7. 自己感覚的知能
この画像を大きなサイズで見る自分自身を理解することに長けており、内省的で孤独を恐れない。
脳の根本的な構造を理解し、日々生きていくためにいかにそれを当てはめていくかを知覚、洞察する能力がある。
自分の感覚を通してふるいにかけることによって、世界を解釈し、相互に関係していくことができる。
8. 感情的知性(EQ)
この画像を大きなサイズで見るEQ(心の知能)と呼ばれるものだ。社会性に富んでいて、自分自身の感情、他者の感情がわかる。
人にはそれぞれに違う感情があることを理解し、それを的確に見分けることができる。共感能力に優れ、より良い対人関係を築くことができる。
EQの高い人は、自分の感情をコントロールしたり、環境に適合するよう調整するのがうまい。
9. 直感的知性
この画像を大きなサイズで見るこれは科学や分析の域を越えた知性だ。直感的知性がある人たちは、現実世界と想像世界、理性と直感、物質領域と精神的領域を結びつけることができる。
成熟した魂の持ち主で、大局的にものを考えることができ、自分と他者の間のつながりを築くことができる。
この画像を大きなサイズで見る全てのタイプの知性が備わっている人はいない。だが、誰もがみな、多少でもこのどれかのタイプの知性を授かっている。
すべてのタイプが異なる混ざり方をしているだけだ。
アインシュタインはこんな言葉を残した
人は皆天才だ。しかし、魚の能力を木登りで測ったら、魚は一生、自分はだめだと信じて生きることになるだろう ー アルベルト・アインシュタイン ー
魚は泳ぎの天才だが、陸に吊り上げられてしまったらその能力を発揮することはできない。
あなたの中には眠っている知性がある。それはあなたの望むものではないかもしれないが、世界はあなたを必要としているし、あなたの知性をそこで生かしてくれるのを待っている。このことを知るべきだ。
References:lifecoachcode/ written by konohazuku / edited by parumo
















分け方がどの程度現実に即しているかはわからないが、IQがすべてといわれるよりはずっと納得がいく。
一つのものさしじゃ人の能力や性質は計れないってことね
※2
そのとおり。
ものさし1つだけでは人間は測れないなんて事実、
本来なら誰もが分かりきっている当たり前の事なんだよ。
でも大人になる頃にはみんな忘れるんだよなぁ。
現実に気圧されるあまり、大切なもの見失う。
だから、一生懸命いきたいのなら、見失わないでほしいよ。
おい!何も当てはまらねぇぞ!
(;^ρ^)
※3
10番目以降の知性に当てはまるかもよ
※7
ま?ぼ?ろ?しぃ?
( ^ρ^)
少なくともいわゆる「IQ・知能指数」だけでは人は測れません。
こういうテーマ好き
ありがとうパルもさん
何か、生きていくのが多少楽になる考えではあるな。
自分にも何かしらの能力があると思える事は、自信に繋がるからな。
慥かに知能指数で人間の能力を全部測るのは無理だと思う
けど読むうちに知性って何だっけ…?となってしまった
一部「感性」で良くないかってのが幾つかあるような気もする
言葉の定義の問題だな
様々な知性タイプか、でも結局記憶力勝負かな。
それぞれに前提となる知識を蓄えることができないと使い物にならないわけだし。
何もあてはまらなかったけど
アインシュタインの言葉に救われた!
7.8なら恐らく世界でも上位5%に入ってる自信がある。
でも一般的な学力といったものがもっと欲しかった。
もしくはいっそのこともっと馬鹿になりたかった。中途半端はつらい。
国語算数理科社会道徳音楽図工体育、充分評価の細分化はされてるよね。
ただそれらが10より上の評価が出来ない事が現状の問題なんじゃないかな。
テストで満点とったら10、でもテスト以上の知識をもってても20という評価は貰えない。
※15
それ以前に、学校の通信簿のつけ方って不可解な部分が多い。
特に実技系科目。
私は運動音痴だが、ペーパーテストはほぼ満点で
授業態度が真面目クンというだけで、体育は4や5がついた。
自分よりよっぽど運動神経がいい奴らでも、
筆記の点数が悪く、集合とか準備体操でチャラチャラやっている
という理由で3程度だったりした。
「嘘だろ、こんなもん」と、紙切れの数字を鼻で嗤ってしまった。
9.はつまんないことだけど、直感じゃなくて「直観」だと
思うんだ。
リファレンスがきちんとあるのがありがたい。
>自己感覚的知能
が面白いなと思って調べようとしたら、オリジナル翻訳なのか、
いい記事が見当たらなかったけど、
本元の記事があったおかけで、追加でいろいろ調べられたわ。
こういう風に多角的に人間を見る事が「本当の優しさ」だと思うんだ。
ただ甘やかすでもなくて、皆と違う事を非難するんじゃなくて、様々な可能性を探してくれる事。
現代のこの国の社会に合わない、とかいうだけでその人が劣ってると判断を下すのは、ただの傲慢だと思う。
ここに挙げられた以上に、無数の物差しがあっていい。
※19
もっともだけど、自分の有用性をアピールするというのは何番が強くても実際問題必要かもね。
優しくないしね、世の中w
戦わず語るなら、それも傲慢だし。
そういえば最近あんま多様性とか聞かなくなったな。
いや2.3.5.は知能検査に入ってる。
空間認知、動作性(知能)、パターン認識とかいわれるものだ。
知能検査はいくつかあり、それぞれIQが測れるし、性格検査などでも数字としては出ないが、個人の知的レベルを測ることが出来る。
問題は知能を測る場合、何をもって知能というかで「生きていく上で役に立つモノ」(精神活動の働き?)という曖昧な定義がされている。
これによれば「作詞作曲」や「カレンダー丸暗記」といったモノは含まれなくなる(知能の定義は年々広くなっているからバイリンガルとかポイントがつくようになるだろう)。
ただIQというものさし以外に知性を測るものは現存していない。
それにかわる有効な方法が出てくるまでは知能指数を使うしかないんだよ。
もし脳の活動電位の強さと、そのネットワークの分布と連携が3Dで測定され、標準化されたならIQと比較されるようになるかもね。
測れるだけでは駄目だよ、平均とか分布図とか統計的処理が出来ないと比較も利用もできない。
※20
人によって、興味を持つものは変わる。
あなたが惹きつけられて「知的」と感じたコメントでも、他の人には面白味がなく「知的」と感じられないかもしれない。
つまり、あなたの言う「知的」という判断は、すごく主観的なものだと思う。
※43
このコメントは載せなくても結構です。
こういう話があります。
「人が罪悪感を感じるのは自分のルールを自分の行動が破っている時。人が怒りを感じるのは他人の行動が自分のルールを破っている時」
ルールとは考え方、生き方、価値観、判断基準、信条、信仰、規範などなどです。
これを頭に置いて以下を読んで下さい。
さて、この記事について、気になるのは才能と知能を同じ扱いにしていることです。
僕は音楽的な才能は認めるけれど、それを知能とは呼びません。
知的活動や知性的とは言えるでしょうが知能ではないのです。
その辺りを混同してる人が多いのが僕には不思議です。
※54
「音楽的知性」は才能であって知能ではないという意見に賛成だ。
これが知能なら「色彩的知性」、「味覚的知性」のように無数に知能を定義できてしまう。
これらの才能を支える知能はもっと抽象的で数が限られていると思う。
抽象度と範囲の広さを「空間的知能」と揃えるなら「時間的知能」だろう。
※43
心理検査ではそれらの才能は性格(人格)検査で測られます。
そして生きていくうえでの強さや豊かさとして評価されます。
心理検査では知能と性格を測る検査を組み合わせて個人を理解しようとしているのです。
僕はこれに基づいた意見を書いたつもりです。
ここで聞きます、貴方のルールはどうですか?
僕の意見が不愉快と感じるなら貴方のルールを考えてみてください。
僕とはどう違うのでしょう。
違うルールというものは、いつまでも相容れないものです。
両者の内どちらがか正しいと決めるものでもありません。
いくら言い合いをしても変わらないのです。
ただ違うものがあるとだけ理解してください。
コメントでも違いが有るよ。
知的な人は読みやすく、面白く、引き込む要素がある。
逆に知的に見られたい人は、理屈っぽくてやたら難しい漢字や上から目線のコメントをする。
そういう風に見るとコメント1つにしても色々と相手がみえる。
知的な人は頭脳ではなくて、人柄や人生の選択に長けていると感じる。
5,6,7は持ってる。
昔から欲しいのは3と8だけど、この歳じゃもう人並み以下の人生だろうなあ。
9はどんなものなのかよく分からん。宗教の教祖みたいなやつだろうか。
うーん、なんか分類の仕方が…
特に4、7、9辺りはスピリチュアル界隈的
あと興味による熟達との区別は付けられてるのかね?
もっと科学的な見方をしてるモノが知りたい
9は、直感。
インスピレーション的な感じで、1を知って到達する所が瞬時に解る感覚。
説明するのは難しいけど、そんな感じです。
カリスマとかそういう風に言われる事がある人は、人よりもずば抜けた何かが有ります。
1 音楽、2 空間、5 論理、6 創造は高めだけど3 運動と7 自己は低い。
物事を創るのは得意だけど、自分を理解するのがとても難しいんだー。
これは人との相性にも関わる問題だと思う。僕が苦手な自己認識に長けている人は尊敬するけど、結局理解が及ばないのでその真価を認識できない。結果を教えてもらうことはできてもプロセスを一緒に楽しむことができない。
逆もそうで、僕の創造の結果を楽しんでもらえても、本当の意味で楽しいプロセスの部分を理解してもらえればもっと良いのに、なかなかそういう相手には会えない。
結果は消費されるもの、プロセスは創造するもの。プロセスを共有できるか否かは、長い時を一緒に過ごすパートナーを選ぶ上で大事だなと思った。
強い劣等感(コンプレックス)のある人のコメントもわかりやすいよ。
やたら感情的だもの。
掲示板だから用語が難しいのは仕方ないよ、相手に伝えるためだもの。
「胸がモヤモヤする」じゃ伝わらない、「嫉妬心が芽生えた」なら伝わる。
書き込むときは言葉を選ばないとしょうがない。
最後の言葉、アインシュタインの言葉じゃないみたいですよ
音楽的知性ってやつにちょっと興味。これは生まれつきの才能が相当モノ言う分野だとはおもってる。
自分はながいこと全然音楽に触れない生活をしていたのだけど、40過ぎた頃ある音楽グループに興味がでたんだ。
そんで曲を覚えようとCD聞きこんで風呂で歌う練習をしてたのだ。でも途中でメロディーが思いだせなくなる。
最初のに挑戦した曲の全メロディーを覚えて歌えるようになるのに2週間ぐらいかかったかな。
でもその後もアルバムとかいっぱい聞いてるうちにメロディーを覚えるスピードがアップして大体2度聞けば歌えるようになったわけだ。
と言ってそれ以上のこと=ハモりを聞き分けるとか作曲ができるとかは全くダメなんだけど。まあこれが俺の限界なんだろうw
努力することで才能の範囲内でわずかながらでも向上するんだなと思ったんだ。
知性の示し方がどんな方法でも問題無い。
私は只の暢気野郎、誇れる知性など何も無い
何も無いんだから如何って事は無い、問題無い、大丈夫だ。
IQや記憶力が全てと考えてたら、それを持ってないと思ってる人は空しいばかりだものね
いくつかの趣味をたしなんで自分だけの知性が光るものを見つけるのが良いかもね
大抵の人って自分が優れていることに目を向けるより、劣った部分に目を向けてしまうのさ。劣った部分を他者から指摘されることも多いしね。
それに優劣なんて簡単に数値化出来ないことも多いし、時間軸の問題もある。生きている間では評価されない何てことさえある。俺には凄さがわからないけど、ゴッホの絵画なんてそういうことなんだろ?
まあ、なんにしても腐らないってことは大事だよな。自分を信じるってことは大事さ。 もちろん、時々は怠けるしちょいとしたズルをすることもあるかもしれないけどそれを含めて自分を信じるのさ。
※36 反対に 人は自分の得意なことで他人の全体を評価しようとする 例えば達筆な人は下手な字の人を下に見て低い評価にしがち。
自分はどの知性も持っていないように思うんだけど、
「〇と〇は持ってる」って言えちゃう人って凄いな。
どうやって知ったんだろうか。
※37
たとえば、楽曲とか歌を聞いて、メロディー聞こえますか?答えが Yes なら音楽的知性はありますよ。音が複数同時に鳴っているだけとか、音程が変化しているだけに聞こえるなら、あるとは言えませんがね。
他には外に出かけて、記憶だけで帰宅することはできますか?答えが Yes なら空間的知能はありますね。ちょっと違う道に入っても元の道順に復帰できればさらに高い空間的知能があり、始めていく場所であっても地図を見て行きたいところに行けるならもっと高い空間的知能があります。この辺の程度の具合で方向音痴とか言われたりしますが、著しく高い能力を持っていると地図なしに知らないところから帰ってきちゃったりできるわけですね。渡り鳥とか回遊魚なんかは、本能に焼きこまれた高い空間的知能があるわけです。さらにそれが長じるとどういう立体であるかとか、ソレがどんなだったかだとかが分かるようになります。ちぎり絵で有名な山下清などはこの知能が高かったと想像されます。
と、例を二つ挙げましたが、どの知能も高かったり低かったりしますが、少なくとも生活できているなら、どの知能も少しはあると思いますよ。あるいはここに挙がった知能以外にもあるハズです。
※38
多くの知能テストは、測定尺度が一つか二つしかないので九つもできないんですわ。
たとえば有名どころの知能検査の一つの WISC は言語理解/知覚統合/注意記憶/処理速度を測定できることになっていて、上でいう 2,3,5 が近いでしょうかね。そのものぴったりがないうえにそれぞれの研究者の定義も違うから、そんなもんと思っておいていいと考えられます。
長文お目汚し失礼
そこまでわかって来たなら知性は念能力のグラフみたいに9つに分けた方がわかりやすいんじゃないかなぁ
いい話題
こういうのなら必ず見てしまうなぁ
確かに才能がつまるところ知能の現れなら
すべての才能は知性の産物って事になるな
4.5.6.7.8には程度の差こそあるが当てはまる。
一番望むのは9だけどね。
音楽性と空間認識は壊滅的だなぁ。
>33
ある程度の経験と自己分析、或いは批判・評価によって分かると思うよ。
笑い(ユーモア)指数=UQ
(ツッコミ待ち)
自分が無能である事を理解してるという意味で
長けてるのは7くらいで、後は全部人並み遥かに下回ってるわw
6-9は多分ある
4は緑の手の持ち主ってこと?
『9つある』じゃなくて、『9つ列挙している』あるいは『9つに分類している』だけのような。
4.と9.は理解しかねるけど7.8.はよく分かる
というか9.って直感というより直観のほうがまだ分かるなぁ
脳のいろんな所を使って多角的に洞察できる人ってすごいと思う
音楽やってるときも脳の様々な神経が発火してるらしいけどね
9つっていうか、実際はもっとあるよね使う状況が様々だから
それらにどれだけ多く対応できるかが真の知性のような気もする
どれにも乏しいが
痴性なら持ってるぞ
スピリチュアル。
凄く単純な事なんだけど、難しく捉えている、認識してる人が多いよ。
ここが分かったら、壁が1つ無くなった感はあるよ。
知性といっても良いと思うのは、感情や精神などの形の無い部分を認識してる、もしくは理解出来てるから。
音楽も芸術も感性も創造性も。
そういう方向にあって、単に記憶してる情報とは異なった部分なんだよね。
>44
フォローありがとう。
でも壊滅的と書いたのは事実なんだ。
メロディはなんとなくわかるけど、音程やリズムはわからない。
だから雑音に聞こえることがほとんどで音楽は基本的に聞かない。
空間認識もはっきりNOなんだよ。
地図があっても迷うから何処かに行く時は2時間は早く家を出る。
ちなみに運動も壊滅的。
何もないところで転ぶ。
知性は存在するかもしれないけれど、壊滅的。
信憑性はどんなもんなのかが気になったので
出典のlifecoachcodeとはどんなサイトなのかを見てきた
なんというかこう…あんまり本気にしないで、「星座別今日の運勢」を見る程度のゆるーい気持ちで受け止めるのがベストな気がするよ…この話題。
コメントざっと見てわかった。
自分が当てはまるって言う人と、どれにも当てはまらないって言う人の違い。
当てはまる人は、この9種類の中で何かしら当てはまる前提で考えてる。この中だったら自分はどれだろうな~って感じ。
でも当てはまらない人は、人と比べて自分が優れている部分があれば当てはまるが、そうじゃなければ当てはまらないって発想だろ。
だからダメなんだよ。例えば絵を描くより運動の方が得意だと思うなら運動に当てはまるってことだろ。
他人と比べて上か下かは、自分が何が得意かとは関係ない。
※57
その上、各々の自己分析の正確さにバラツキがありすぎるってのもある
確かに自己評価の低い人ははじめから当てはまらない前提で考える傾向
があるから、自覚していないが他人の評価は高い部分ってのは持ってたり
するかもね、人によっては。いわゆるジョハリの窓のように理解できる
7のような方向に長けていなければ、他の能力に気づけないってことかな
認知能力ってことだと思う
皆自分の能力を知らないだけ、興味を持ったモノにどんどんチャレンジ・触れてみて欲しい。俺は楽器だったよ、気付かせてくれた友人に感謝している
これはハーバード大学のハワード・ガードナーが唱える9つの知性です。
これらすべてのステータスチェックを国主導でやってステータスシートを就職に活かさせてくれ
頼むわ
マジで
どれもかっちょええ
何かしらの能力が高くても
幸せになれるか不幸になるかって
その人の生きる時代や環境によって
違ってくるよね
せっかく能力持ってるのに
今上手くいかないからと言って焦ったりして
中途半端に変節すると強みや持ち味を捨てることになる
日和って時流に乗ってる人のまねするのが一番ダサい
例えば文化レベルの低い田舎で文化的な能力を持っていても
まず間違いなく才能や価値を見出されず無視されるだろうね
適切な行動は足並みを揃える事ではなく都会に行かなきゃいけない
※67
先見性の低い地方に適合している時点で将来性は皆無。
アーティストがトレンドの末端で持て囃されるのは一番の恥だ。
何の違和感もなくすぐ承認されるものほど古臭いものはない。
知覚過敏の能力ならある
IQが全てとは思えないが、この中にIQのように学力などの他の能力を予測するのに使えるような指標はあるのだろうか
※70
感情的知性(EQ)は交渉力、教育力などの
他人に影響を及ぼす能力を予測するのに使える。
空間認知、共感、数学、音楽、運動
これらは、脳の同じ部位つーか近いトコ
じゃなかったっけ
俺IQ130
しかし運動神経とEQはザコ未満
何事もバランスが大事だよ
こういう話題のコメ欄ってエグいな
この記事に置いて才能と知性はイコールで考えた方が齟齬が少なくていいと思う
どちらも年単位の学習と反復で強化できる物だ
(つДT) なんもないよ
(^q^) 何とか生きてきたよ
(・ω・) 1と3があれば人生楽しいだろうね
もうだめだ何もない疲れた