この画像を大きなサイズで見る人の暮らすところに食料雑貨店がある。人々は日々の生活に欠かせない食料品や日用品をそこで購入するのだ。
食料雑貨店も規模が大きくなると、対面式ではなく、セルフサービスで短時間に購入できる小売業態へと変化する。それがスーパーマーケットだ。
アメリカの古き良き時代の食料雑貨店の写真は面白い。当時の商品や販売形態、消費者のファッションなど、見どころ盛りだくさんだ。
ちなみに、スーパーマーケットの起源は、アメリカの起業家クラレンス・ソーンダースが1916年9月6日、テネシー州メンフィスに1号店をオープンした「ピグリーウィグリー( Piggly Wiggly)」だと言われている。
1. 1980年、棚の飲料のボトルが全てガラス製だった
この画像を大きなサイズで見る2. 1939年のカントリーストア。
店先の右側には灯油ポンプ、左側にはガソリンポンプが設置されている。
(ノースカロライナ州・ゴードントン)
この画像を大きなサイズで見る3. 19世紀後半のアメリカの食料品店
この画像を大きなサイズで見る4. 1960年代のスーパーでの買い物風景
奥様たちはみな、頭にカーラー巻いたままっていう
この画像を大きなサイズで見る5.1962年、メイド服のような制服を着用したスーパーのレジ係女性
ピグリーウィグリー (カルフォルニア州・エンシノ)
この画像を大きなサイズで見る6. 1918年のスーパーマーケット、ピグリーウィグリ
1916年に第一号店が開業したピグリーウィグリーは世界初のスーパーマーケットと言われている。(テネシー州・メンフィス)
この画像を大きなサイズで見る7. 1957年頃のスーパーマーケット
スーパーマーケットのパブリックスは、広い通路を小さな車を運転しながら買い物できるサービスがあった
この画像を大きなサイズで見る8. 1938年、コープ・ストア(メリーランド州・グリーンベルト)
この画像を大きなサイズで見る9. 1961年、スーパーマーケット、パブリックス(フロリダ州・サラソタ)
この画像を大きなサイズで見る10. 1942年、日系人の店に掲げられた『私はアメリカ人です』の看板
1941年12月8日、真珠湾攻撃の翌日、日系人が営むスーパーにはこの看板が掲げられた。だが後に、日系人移民たちの立ち退き勧告が下され、店は閉店となった。(カリフォルニア州・オークランド)
この画像を大きなサイズで見る11. 1941年、食料品店前の子供たち(イリノイ州・シカゴ)
この画像を大きなサイズで見る12. 1962年、スーパー「ジトニー・ジャングル」のレジ係
(フロリダ州・タラハシー)
この画像を大きなサイズで見る13. 1959年、女優、ジェーン・マンスフィールドの買い物(ラスベガス)
この画像を大きなサイズで見る14. 1960年代のスーパーマーケット
この画像を大きなサイズで見る15. 1940年食料品店前の老人と犬(イリノイ州・ロビンソン)
この画像を大きなサイズで見る16.1970年代、スーパーで買い物をする女性たち
この画像を大きなサイズで見るwritten by どくきのこ / edited by parumo














ぱっと見た感じ1960年代には現在の形ができてるね
19世紀後半の食料品店は、そのままイギリス形式に沿ってるね、服も優雅
憧れだったアメリカがここにある
プラ容器の流通と容量アップが、住民の体積アップと比例関係にあるとか
妄想してみた。
うん、妄想したみただけだよ?
※3
おそらく住民の体積アップは、1960年代に「緑の革命」と呼ばれる農業技術の革新とそれに伴う穀物生産量の増加によるものだったと思う。
ただ、プラ容器が広まるのも割と近い時期だと思われるので、輸送という面で緑の革命(に伴う住民の体積アップ)に貢献しているような気はするね。
こんなレベルの国に戦争挑んで勝てると思ってた
当時の日本の上層部は本当に愚かだったんだな。
※4
>>こんなレベルの国に戦争挑んで勝てると思ってた
どこの情報?
当時の日本政府の戦争計画では、ドイツがソビエトに勝ち、イギリス、アメリカの国民の厭戦世論に乗じて講話を行うという計画だったから、勝つ事は最初から戦争計画に入ってないよ
※4
挑んで、って認識が俺には不思議なんだよな
少なくとも日本は1941年時点までアメリカ大陸を目指すことはしていない
アメリカは800年代からハワイ、フィリピン、中国とアジアに介入する姿勢が露骨だけど
※4
何の本で読みかじったか知らないが月並みな感想だな。
※4
思ってねぇよ。日本帝国の高級将校のエリート連中達はみんなアメリカかイギリスに留学させられるから、まざまざと国力の違いを見せつけられる。軍の上層部は勝てないのはわかってたよ。でも色々な事情があって戦わざる負えない状況になっていったのよ。
山本五十六(日本海軍で一番偉い人)はまさにその米国留学経験者で、日本の誰よりもアメリカという超大国を知っていたし、絶対に戦ってはいけないってわかってた。実際太平洋戦争時、アメリカとだけは絶対戦うなって何度も言ってる。
※4
開戦前の世界地図見て、アジア圏で植民地じゃないとこを探せ
絶望的な状況にすでになってたってわかるから
※4
知識のアップデートって大事やなって
ペットボトルを廃止してガラスに戻すべき
国内でペットボトル処理なんてわずか
残りは発展途上国に捨てているのだから
※5
ガラス瓶のケース運んだことないでしょ。すごく重いのよ。理念は立派だけど、その仕事に携わる人のことも少しは考えたほうがいいよ。
それに日本のペットボトルが外国(主に中国や韓国)に流れるのは、材料(ぬいぐるみ用の詰め綿や使い捨ての食器など)として再利用するときに便利(洗浄済みなのが多い、ラベルを糊付けしてないなど)だからであって、捨てるために国外に持ち出されるわけじゃないのよ。
※21
以前は実際に資源として再利用してきたけど、今は飽和状態でものすごい環境汚染になっている。「ペットボトルごみがついに限界!? ~世界に広がる“中国ショック”~」という記事をご覧ください。
※27
日本の場合、地震で怪我をする人を少なくするために
瓶からペットボトルに移行した経緯もある。
※5
それやるとね、いまなら排ガスやタイヤの削れカスを撒き散らすことになるんですよ
車体への負荷も増えて車を丸ごとゴミとして廃棄するサイクルも早まるし
電気自動車も同じで発電や蓄電の問題とかがでるんですよ
車のバッテリーも廃棄した際の環境負荷があるし
一番は水道水のむことですよ
16枚目の最後の服装大好き。
シンプルなんだけど、ちょっと大胆で、品がある感じ。
凄くお洒落だなぁと思う。
あと昔みたいに帽子とか一般に復活しないかなぁー
行ってみたい
まだ田舎の方とか都会の片隅に生き残っていそう。
これは世界中何処でもどこかまだらになって残っている風景のような気がする。
日本で言えば「昭和の香り」という奴だ
13の写真、女優さんもすごいけど、後ろの女の子の服もなかなかすごいよ
※9
今生きてたら、60歳くらいだぞ。
カーラーむき出しがむしろおしゃれな時代があったのか・・・
※10
おしゃれだったのかねこれ
昭和の奥さんがエプロンつけて買い物するのと同じ感覚かもよ
恥ずかしいって感覚なかったんだろうね
店の中を車でって凄い発想だな
排ガスが気になるが
※11
たしか当時のアメリカはまだ有鉛ガソリン
おっかないな
60-70年台のアメリカの明るいデザインセンス、世界の憧れだったのもわかるね。
9番 フォールアウトに出てきそう
4
私もサザエさん♪ あなたもサザエさん~♪
7
小型車で買い物サービスは一日で終了したと予想
※17
ドライブスルーは屋内じゃヤバいよな~
凄く面白い。昔のアメリカ映画も当時の様子とか風景見るの大好き。 テレビドラマの奥さまは魔女とかもオシャレだし素敵
Fallout感すごいな
店内を車で買い物とか未来に生きすぎている
在米だけど、1840年にカントリーストアだった建物が、近所にまだ残ってる。
州の歴史的建築物に指定されてる。
今は普通の住宅として人が住んでるけど、本スレの2番みたいに、道路に面してポーチと階段があるので、家の人は別に入り口を作って、そっちを使ってる。
2番見て、こういう風に人がくつろいでたんだなー、と想像できたけど、近所の家の保存状態は2番よりははるかにイイ・・・
大草原の小さな家のオルソンさんちの店を思い出した。
3の写真が素敵!
ガラス瓶はめちゃくちゃ重かったよね
小学校低学年の頃はまだ牛乳がガラス瓶で給食当番で運ぶのが嫌で
みんな押し付けあってたわ
高学年の先輩が給食当番の手伝いをしてくれてたけど彼らも牛乳瓶を
運ぶの嫌がってた
中学年になったら紙パックになってみんな喜んだのが懐かしい
奥様方の頭カーラーは日本でも子供の頃結構見かけたよ
5のたっかいたっかい天井が大好き。
カートゥーンアニメを小さい頃から観てたから、たくさん品物が並んでるスーパーに憧れてる。
青赤白で彩られたトリコロールな景色でレトロなんだけどどこか新しさがあってなんか今よりずっと華やかなイメージが強いな
正直あの時代に生まれてみたかった
メイド服っぽい制服のスーパーは普通に良いと思った
今でも通用しそうな可愛い制服だな
3番、大草原の小さな家で見た風景だ!
赤毛のアンやトム・ソーヤーの時代の頃の店にも惹かれるなあ。
アメリカ信仰全盛期の60年代かあ
奥様は魔女で出てくる料理とかお菓子や飲み物
でっかい冷蔵庫にキッチン。夢みたいな世界に見えたしな
青いドクペが気になる
>奥様たちはみな、頭にカーラー巻いたままっていう
電車の中で化粧をするのと同じだねー
今も昔も特に変わらないっていうね
銃乱射事件は頻発しないけど人種差別が公然と行われてた時代のアメリカかぁ
レジのねーちゃんがガム噛みながらチラチラ見てくるの想像した
対面販売からセルフ式に変わった小売の歴史の境目が見られて面白い。19世紀は店主が客に言われて品出しするのが当たり前だったんだよね(泥棒がめちゃくちゃ多かったから)。今は客が自分で品物をレジまで持ってくるセルフ式が普通(治安の悪い国を除いて)。写真の記録性は人類の宝。
2番は映画の一場面みたいだね
この前の軍馬の記事でもそうだけど、いい加減な嘘に基づいたコメントをまるで真実のように書き込む輩がいるよな
すぐに大量の反論コメントがつくけどね
アメリカのスーパーって品目が多いのに加えて同じ商品を縦横数列に陳列して売り場へ大量に並べてるけど
あれって不便じゃないのかね
従業員的には売り場に大量に在庫があれば品出しの頻度が少なくて済むけど
客的には売り場面積が狭い方が歩きやすいだろ
例えばある商品について縦は同じ数で横を一列だけにすれば棚の幅が小さくできてアメリカと同じ種類のものをそろえても売り場が小さくできるだろ
土地の価格は国によって違うけど人間の歩く速度と疲労はそんなに変わらんと思うし(そりゃーアメリカ人は脚が長いけど)
店を歩いて疲れないことより売り場がデカくてリッチ感がある方が商業的にはいいのかなぁ
※49
アメリカ人の体型知らないでしょ。
マツコ・デラックスみたいな体型の人やボディビルダーみたいな超大型巨人族とか普通にいるぞ。
あとショッピングカートもデカい。日本の1.5~2倍くらいのサイズがある。
デカい人間がデカいカートもって歩き回るんだ。商品を陳列するにしてもあまり窮屈にならべられないんだよ。
アメリカは土地も人間も無駄にデカいからあの国のモノは全部大きくゆとりをもって作られてる。 アメリカ行って驚くのがまずそれだよね。何もかもがデカい、広い、そして雑。
19世紀の服装が一番好きだ
今みたいに露骨に肌を見せないのが
日本のペットボトルへの移行はいろいろと大変な過程の歴史があるから、地震がーは、ちょっと違う
主な要因は、輸送量の増加に伴う経費輸送の増大に対応するためという経済界からの圧力によるもの大きい
そりゃね、地震時のというのも理由になるかもしれないけど、毎日毎日大量に輸送してるんだから、そっちの要望の声の方が大きいよ
そして、それでもガラス瓶にこだわっていたのが牛乳業界、ガラス瓶が重たくて割れやすくて危険というPTA(牛乳の一大消費者は、学校給食)からの要望で乳業メーカーがとった対応は紙パック、ペットボトルを徹底的に嫌がっていた、最近になってちらほらペットボトルパッケージの牛乳を見ることができるようになってきているけど、やはりそれでも紙パックが大多数となっている
最近でも地震がある度に店内に散乱したガラス瓶入り飲料・調味料がTVに出てくるからそのイメージが強いのかな?
昔の写真や映像を観ると、そこに写っている人たちや動物の人生を思い描いてしまう。
会話や、当日の朝のことやその夜のこと、その人の生きてきた時間まで。
恐らく、大半の人が今はこの世にいない人や動物たちで、その後の人生、最期は?まで思い描くのが好き、といより、勝手にそうしてしまう。
みんな、気が付いてる?
デ ブ が い な い !
※59
写真を撮る。って行為が、今より特別な行為で慎重だったから
もし居たらレンズを向けてシャッター押さないよ。
そこは、写す方も写される方も配慮していたかと。
※59
例のクスリだよ