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1913年から1915年、日本は大正デモクラシーの時代である。自由主義的な風潮となり、政治・社会・文化など各方面における民主主義が発展していった。
そんな大正時代、東京に住む人々の暮らしがわかるフィルムが公開されていた。当時はまだ映像フィルム自体が珍しいものだったので、人々はカメラマンに向けて興味津々といった表情が見て取れる。
どういう経緯でこのフィルムが撮影されたのかはわからないが、100年前の東京に住む人々の服装などがよくわかる。またどんな娯楽が流行っていたのかも興味深い。なお、動画はスピードを調整して音声追加したものだそうだ。
当時の人々は100年後の日本がこんな風になっていることを予想できたのだろうか?時代はこの後第一次世界大戦へと突入する。
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この時代の和洋折衷感がたまらなく好きで今着流しスタイルに出掛ける時はフェルトだけどカンカン帽被ったりしてるわ。
今はマジックテープでズル出来る帯とかもあるんだし、みんなももう少し和服着ようよ。
※1
私も大正浪漫が好きでたまに着物着ています。ほんと最近は着付け楽に出来る方法沢山あるので、和服着る人が増えるといいなぁ
※1
和服もいいなとは思うけど、洗濯とかどうすんの? 洗濯機で洗えるのが発明されてたらいいのだが…
古き良き日本
大変だろうけどこの時代に生まれたかったな
※2
洋式トイレもウオッシュレットもないんやで!それでも大正を生きたいのかい?
綺麗な映像だし音も聞こえて驚いた
ここに写ってる人達はどんな人生だったんだろうね
ノボリがネオンに代わっただけなのかも知れないと思った
※4
音は全く関係ない音
適当な現代の雑踏音をBGMにしただけ
いらっしゃいませ~ピンポン♪(電子音)なんて雑踏、こんな時代にあるはずがない
解りにくいけど最初のロールのは夏らしい。何となく夏物の着物だとわかる。風鈴屋も写っているし。二番目のロールは冬らしい。最後の太鼓橋、角度急すぎ、鶴岡八幡宮にもこのようなものがあるけど封鎖されているし。当時はこれがあたりまえだったのかな。
数年前100歳で亡くなった祖母はこのような時代を生きていたのかと思うと感慨深いものがあります。生前にもっといろいろ聞いておけばよかったよ。
ちなみに、子ども時代でも木登りなどをするので着物の下にはちゃんと下着をつけていたこと。女学校の時はちゃんとブラジャーをつけていたことを本人に確認しておきました。
大人も子供も興味津々なのが面白可愛い
あと橋の角度がすごい
曾祖母さんが生まれた年か…。そう言われると割と
最近な気がするなw
曾祖母さん、まだ元気だし(102歳だが)w
今よりずっとオシャレに見えるな。
柄が素晴らしい。
※9
すげぇぇ
いらっしゃいませーって声が現代と寸分違わなくて面白い。百年前も今も人は変わらないんだなあ
当たり前っちゃ当たり前なんだけど、いらっしゃいませーいかがですかーという女性の声がまるで現代耳にするものと一切変わらない口調で今アテレコされたみたいに鮮明に耳に飛び込んできて驚いた
大正時代の映画を見ると,早送りしているような動きで,音もない(サイレント映画)。
この映像は,人の動きが自然で,人の声が入っている。人の声は後から入れたものかもしれないが。大正時代の映像は映画以外では初めて見た。貴重な映像だ。
当時は珍しかったんだろうな。皆超カメラ目線だった。
この映像に映ってる人はほぼ全て亡くなってしまったという事実・・・
橋が急角度過ぎて怖い!
みんなそれぞれ表情があるね
現代では失われつつあるものだ
なぜか泣きたくなるような感傷的な気分になるな
音声は別物、現代のものじゃないかなあ
トーキーって昭和だよね
4番とか6番とかすごくなんというか、好み…
こういう昔の映像見るの大好き
当時の風俗が感じ取れて興味深い
ちなみ音声は多分この動画をアップした方が適当に後づけしたものではないかと思うんだがどうだろう
画質に比べて音が鮮明すぎるしシーンとあってない音も出てちょっと不自然さを感じた
何よりまだ当時はサイレントじゃなかったかな
スピード調整して音声追加したってタイトルに書いてあるよ
なによりも音が入ってることがすごい。日本でトーキーの映画ができるのは昭和に入ってからですぜ。
浅草がほとんどだけど、焼ける前の雷門や六区の劇場の前が写ってるのがいい。太鼓橋はたぶん亀戸天神かなと思う。
インバネス着用者が多いのが微笑ましい
ほんと日本人て、たぶん縄文ぐらいからも舶来もん好きなんやなー、て
映像もすごいが、音声が驚異的なんだが。後付けじゃないなら物凄いぞ
0:55くらいでクリスマスだね~って言ってるけど
100年前の日本にクリスマスが普及してたことに驚く。
盆と正月の藪入りかな。
浅草界隈の繁華な街、浅草寺や凌雲閣、見世物小屋に映画館。
お太鼓橋は亀戸天神だと思う。
※27
地域とか、信者かどうかによると思う。
うちの田舎では昭和30年代に「教会でもクリスマスをやっている」(クリスマスがキリスト教の行事ということがわかっていないくらい曖昧に理解されていた)と言っていた。
そのセリフを言った人はその当時30代くらいだからこの映像の後に生まれていると思う。
当時は音声を同時に録音する技術ってあったんでしょうか?
ザワザワしてるので聞き取りにくいですが、英語で喋ってるような場面もある気がして合成のように思えてしまいます…
映像もなめらかだし、技術面での詳細が知りたいです。
子供の数が多いね
小学生ぐらいの子供が、赤ちゃんを背負っている。
なぜか今は無くなってしまったというか、しちゃだめな雰囲気あるよね。
保育園も必要なくなるし、子供も自分より小さい子供の面倒を見るというのは、よい勉強になると思うんだけどな。
※31
現代の繊維で作られた着物もあるけど、大島紬なんてどうだろう?
昔から普段使いされていた着物の代表格。
多少の手間はあるけど、洗濯機で洗えるよ。
※41
音は当時のものではないんでは?
あとカメラ側を見てる人たちはカメラは風景そして自分たちを映しているという認識はあったんだろうか?
箱状の物を持ってる人がそれを覗いてぼーっとしてる人はなんなんだろう?というので
こっちを見てるのか?
100年前ぐらいなら映像をとっているという認識はあったかな?
この写真を見て思い出したけど
ひい婆ちゃんが明治生まれで小学生の頃まで生きてたけど、洋服を着た所を一度も見た事が無かったな。茶色か濃紺かグレーのかすりみたいな着物を何時も着てた、前掛けして。
反対に大正生まれの婆ちゃんは、いっつも洋服着てたな。
人口ピラミッドが、正にピラミッド型をしてた時代だけあって、やたらと子供がたくさん写ってるな。
100年前でも東京は人が多いなあ。
そして若い人やこどもが多いように見える。
外套を着て颯爽と歩く人がかっこいい。
いらっしゃいませーくらいしか聞き取れなかった…!当時の人がどんな話し方するのかもっと知りたいな
ここに写ってる人たちはもういないんだね。昨日すらもうどこにも無い。なんか不思議。
そういえば写真と同じではないけれど、風鈴屋さんは小さい頃に見た。車両が段差に差し掛かった時、風鈴が一斉に「シャン…!!」てなって一瞬時が止まった。
関東大震災以前だから、街並みが違うよね。
浅草十二階(凌雲閣)の入り口?も見えるし、自動車も通ってないし。
もっと、お店の中とかも見たかったな。
ばあちゃんの時代だわ
この時代生きてたのかと思いを馳せると涙出そう
電車や車や機械や工事現場等々の騒音があまりしないのが最高だね
着流しとか袴いいなぁ
普段着に一枚ほしい
映像の世紀ってNHK番組思い出したわ。
みんな口をぽかんと開けてうかがっているのが面白い
現代と違って子供が多いことに驚く
いい時代だなぁ
都会は洗練されて賑やかだったけど田舎はまだまだ江戸時代を引きずってたよ。
貨幣の流通もメチャ遅かったし。
明治維新から大正まで結構短いんだよね。
>どういう経緯でこのフィルムが撮影されたのかはわからないが
たぶんアルベール・カーンの事業だと思う
映像を撮る機会が当時では珍しいので何の変哲も無い雑踏の撮影なんてカーンの事業くらいなものじゃないかな
人口爆発期ってのは子供の数が物凄いな
現代の音声入れて印象操作w
いくらなんでもひどすぎ
記録映像なら余計なことしちゃダメ
常に今が古き良き時代だと思う。
デブがひとりもいない。。
当時の食糧事情と、生活の中の動き方が今とぜんぜん違うんだろうなあ。
そういえば、私が子供の頃亡くなったばあちゃん、テレビ見ながら針仕事とか、常になんか働いてたもんなあ。ぼーっとしてるの見たことなかったなあ。
昔の祖国の映像や写真を見ると純朴だな~と思う。木村伊兵衛や土門拳の戦後、間もなくの
町の子供たちや大人の人の表情やしぐさを見ても愛さずにいられない。
僕たちが心の中に民族の記憶が刻まれているのだから、夢をみることでもう一回、忘れたものを思い出そうよ。
昔、亡くなった祖母に江戸生まれの曾曾祖父?との会話は今と変わらんかったか聞いた時
ほとんど変わらんと言ってたのを思い出した
江戸時代くらいまでなら余裕で会話ができるんだろうな
当たり前だけど誰もスマホ持って歩いてないな
なんかいいな
モータリゼーションがまだ来てないんだよな
重工業は当時まだまだ弱かったし
風鈴屋さんの屋台に感激した
大正期はまだこの形の屋台使ってたんだなー
わざわざ「音声は後から追加した」ってなってて、どう聞いても現代の音なのに、
これを映像の当時の音声として捉えてコメントしてる人が結構いることに驚く。
そんなんじゃあプロパガンダやり放題じゃねえか
メディア(映像)を見るときはもっと賢く慎重になろうぜ(戒め)
音声は後から付け足されたものだけど、どこから引っ張ってきたのかも明記しといてほしいよね。
当時こんなガヤガヤの仕方じゃないだろうと思うし、風鈴の音が拾われてない時点でおかしいと気付こうよ。
人数と空間に対して環境音が無さ過ぎて違和感ありまくりなんだわ。
懐かしいなぁ~
良い物着てるな。みすぼらしい格好の人が一人もいない
アムステルダムのEYE Film MuseumがYouTubeで公開しているコレクション映像を組み合わせて環境音を後付けしたもののようですね。前半(フランス製)と後半(アメリカ製)それぞれの元となった動画があります。
前半:Le Japon pittoresque(EYE)(YouTube) 1分38秒
後半:Japan of Today I(EYE)(YouTube) 14分17秒
eyefilm.nl/en/collection/selection/japan-of-today-i
これさ、看板というかノボリのカラフルで雑多な感じが容易に想像できるけど、現代の看板ばっかりの町並みに通じるものがあるね。
第一次 第二次と戦争が無かったら 美しい日本がどれだけ残されていただろうか
日本もこのフィルムの時代から、二度の戦争が有ったのに、良くここまで進歩したものだ。
当時の人達に今のスマホなんて見せたら、そりゃもうビックリされて、どんなマジックアイテムかって思われるんだろうな。
※65
戦後の映画を見ると,戦災で破壊された街はともかく,美しい自然や街並みはまだまだ多い。そういう自然が少なくなり街並みが変わったのは高度経済成長期からだ。それに,第一次大戦では日本は戦場になっていないよ。
※67
戦争が技術の進歩を促すことが多いんだよね。
ドテラを着てる子供がいるなぁ、懐かしい。
「心に錦」が似合う時代。
この頃の服装の方がカッコいい
ライドウをプレイしたくなるね
お、ワシ写っとるやんけ
いいなー俺も袴で出社したい。
私服だからやろうと思えば出来るが通勤ラッシュとか辛いなぁ・・・
大人用のマントかっこいいなあ
さまになってる
明治維新からたかだか半世紀ほどの様子なんだよね
貴重なものみせていただきました
なんチュー貴重な映像を残してくれありがとう
100年前の「いらっしゃいませ」
今年一番感動した。
子供が凄く多いよな。
爺婆ばっかりの今の街中とはえらい違いだ。
まるで異次元の世界だな
音声付きかよ!
これは凄い
この時代にMr.マリックが登場したら、超能力者だねw
西洋では蒸気機関車、車、バイク、電気があった。(かな?)日本が戦争に負けるわけです。
映像の世紀で見たこの時期のパリとかニューヨークはたくさん高いビル立っててびっくりする、よく考えたら当たり前だけど
手まり?で遊んでる子達のスキルがはんぱない
帽子かぶってる日本人かっこいいよね!
現代より幸福度が断然高そうだな。
「音声追加」は、しちゃイカンでしょ。
和服最高過ぎる
まぁ付け足し音声でもおそらく時代は同じだろう。
蓄音機にでも町中で録音したんだろうな。
昭和ではないと思う。