この画像を大きなサイズで見る前回に引き続いてお届けする(関連記事)、海外の同性愛者を対象に作られたテレビCMである。反同性愛者、同性愛者を嫌悪するホモフォビアの強い誹謗中傷を受けながらも、世界的な流れとなっている同性愛者への理解を深めるため、各企業では工夫を凝らしたテレビCMを作り上げている。
1. DirecTV (NFL用CM)
NFLスーパーボールは、アメリカまたは全世界で一番視聴者の多いイベントである。そして、そのスポンサーも性的少数者を支持する会社が多いことでも知られている
DirecTV はCMを通して、これまでのゲイに関する固定観念ー同性愛者はスポーツが好きではないーを一蹴した。CMでは、それぞれ別チームのGiantsとCowboysを応援する2人の男性が登場。「僕たちもたまには口喧嘩もするよ。他のカップルと全く同じさ」
2. Anouk アパレル
性的少数者の活動者アショック・ロウ・カビが送る”衝撃的な発言”。これは、同性愛が違法とされているインドで公開された。インドでこのような同性愛を肯定するCMが流れるのは初めてのことだと言われている。
このCMはアパレル会社のアヌーク・エスニックが製作したもの。女性カップルのもとに一方の女性の両親が訪れる。両親が彼女の恋人に会うのはこれが初めてとなる。
動画のプロデューサーのアヴィシェクさんはインドのTimesに「ゲイのカップルに関する固定観念を避けたかった」と語っている。
「この動画の中では、どちらがより女性らしいか、男性らしいかということは表現していません。どこにでるいる普通のカップルのように、偏見なしで初めて両親に会う/紹介する、という緊張を描いただけです」とアヴィシェクさんは述べている。
今日は髪の長い女性の両親が訪れてくる日。彼女の両親に初めてある恋人の女性。そして、恋人を初めて紹介する女性が緊張しながら準備をしている。
緊張気味の髪の短い女性が聞く「本当にいいの?」
「これが私たちでしょ。隠す必要はないわ」と髪の長い女性が答えた。
到着した両親を出迎えにいくカップル。そしてCMは 勇敢なことは美しい、と締めくくられている。
3. 鎮痛剤、タイラノール(Tylenol)
このタイラノールのCMでは重要な問いかけが2つ出てくる。「初めて家族と見なされるのはいつか?」そして「家族と見なされようと初めて戦ったのはいつか?」 広告は異人種(間結)婚をテーマーに描いている。同性愛者同士の結婚、核家族じゃなくても家族ということに焦点をあてている。
「初めて家族と見なされるのはいつか?」
恋に落ちたとき。結婚したとき。子供ができたとき。
「家族と見なされようと初めて戦ったのはいつか?」
恋に落ちたとき。結婚したとき。子供ができたとき。
家族の定義は、どのような人を愛したかではなく、どのように愛しているかで決まる。
4. 公平な結婚(アメリカとイギリスから)
アメリカやイギリスで同性愛結婚が認められる前、多くの同性愛支持者たちがテレビを通して、理解を深めるよう呼びかけていた。これらのCMは、帰還する兵とそれを待つパートナーを描いたものである。アメリカの特定のテレビ局ではこのCMは放送禁止だった。
アメリカ版
私は医者のジェシーです。共和党員で、医者で、兵でもあります。兵役についていた時は、戦闘で怪我した仲間を助けるため日々、病気や怪我と戦っていました。しかし、帰還してから私を待っていたのは別の戦いです。私はゲイです。そして同性のパートナーがいます。しかし、州の法律により私たちは結婚できません。私は前線に立ち、自由のために戦ってきました。ここには自由がありません。どうか結婚の自由を与えてください。なぜなら、自由とは誰にとっても自由であることを意味するのですから。
イギリス版
帰還した兵たちを出迎える家族や恋人たち。降り立った兵に次々と駆け寄ってくる女性たち。その中で、自分のパートナーを探している1人の兵がいる。彼の目に映ったのは、自分の帰りを待ちわびていた同性のパートナー。2人は抱き合い、そして帰還した男性はプロポーズをする。「全ての男性は夫になれる」「結婚差別を廃止しよう」というテロップでCMは終わる。
5. ルノー Twingo
ルノーはいつもCMにひねりをいれてくる。この広告も例外ではない。一見、よくある普通の結婚式の光景を見ているようだが、広告を見終わる頃には純白の結婚式のイメージが一新されることだろう。
白いドレスを着た娘と、隣で運転する父親。向かうのは結婚相手が待っている協会である。バージンロードを歩く娘と父親、微笑みかける結婚相手。そして、娘が言う「結婚おめでとう、パパ」
6. ストレートマガジン
ドイツ国内において、女性としては初の大政党党首・首相となったアンゲラ・メルケルがレズビアンを演じるなんて誰が想像しただろうか?性的少数者派の雑誌はそれを実現した。
メルケルに似た人物を起用することは、ドイツ全体で物議を醸し出したが、雑誌『Straight』の発行元は物議を呼ぶことが狙いではなかったと話している。彼らの目的はドイツ政治に対して、声を上げることだった。“同性愛者に対する平等な法律は未だに時代遅れとなっている。アンゲラ・メルケルだってその事に気付いている”と。
ドイツ国内で62パーセントもの国民が同性愛結婚を支持しているというラジオを聞きながら窓際に佇むメルケル首相。それに対し、彼女は頭を振るだけだった。しかし、白いドレスを着た女性がメルケルさんに近づき、後ろから抱きしめる。そして2人はキスを交わす。。。
via:pinknews.・written melondeau / edited by parumo
LGBTは生物が多様性を保つために、自然界において、ごく一定の割合で少数存在するものの1つであり、実際に動物界においても同性愛は存在する。あらゆるものに存在価値はあるわけで、生態系を維持する上でなんらかの役割があるわけだ。
ただしそれは目に見えるわけではなく、思想や価値観、アイデンティティといった内面的違いなので、自分が多数派であると疑わない人は、その違和感に戸惑いを覚えるのかもしれない。だがミクロ的な見方をすれば、誰もがどっか人とは違うわけだし、大きな見方をすれば、おなじ地球に生息する生命体の1つにすぎないわけで、違うのが当たり前であり、そして同じでもあるのだ。
そしてまた、自分にも理解できない嫌悪感や違和感を感じたのなら、その理由がなんなのか、変なフィルターをかけずに自分自身で徹底的に調べてみると、また新たなる何かを発見できるかもしれない。
また、現在少数派のものが、進化の過程において多数派になる可能性だってあるわけだ。種がそれを維持する上で必要な変化を遂げてきているのはご存知の通りだろう。
人類の歴史は少数派に対して寛容ではなかったが、少数派が存在することで保たれてきた秩序もあったはずだ。個人の意思とは裏腹に、種がなんらかの変化を求めているのかもしれない。
















日本でもメジャーになったらいいのにね
少数派を『異常』と決めつける思想は、危険だと思う。今回の市議の発言を『発言の自由』とか言ってる人もいるようだけど、自由であれば他人に迷惑を掛けていない人を傷つけても許されるの?と思う。
同性愛者を見た時に嫌悪感を感じる人は一定数居るそうだけれど
異性愛者のカップルを見た時にイライラする人も一定数居るよね?
もしかしてこの感情は似た要素も含むのかもしれないと思っているんだけれど
自分はホモフォビアの人の感情が理解できないから自分の考えを検証できない
というわけでホモフィビアの人達に
同性愛者を見た時の感情について具体的に聞く機会が欲しいと思っている
※3
そうやって人を「分類する」のをやめればいいと思うよ。
色々で様々な人がいる。ただそれだけ。当たり前のことです。
>>3
同じこと思ってる人がいてわろた
今は同性愛支持すると持て囃される風潮だけど、もっと未来にはそれも落ち着いて、本当の意味で日常になってたらいいな
※7
むしろ細々分類していくことで、例えば食べ物の好き嫌いで言うと
それが食わず嫌いなのか味が嫌いなのか料理法が嫌いなのか
はたまたアレルギーで食べられないのか
嫌いだと思っていたがよくよく考えてみたら解決方法があるのか
やっぱりどう考えてもどうしようもなく嫌いなので受け付けないのか
みたいなことは分かると思う
同性愛はおいておいても、メルケルは今後の歴史で賞賛される可能性は低いんじゃないかな。
私は異性愛者の腐女子なんだけど、異性愛のカップルを見てイラッとする事がよくある。多分それは嫉妬とかではなくて純粋に異性愛者が嫌いなだけ
正直自分が異性愛者なのかどうかも怪しい
多分、女の子でも好きになる可能性は十分ある
彼氏出来た事はないけどたまに彼女欲しいとも思う
好きな異性が自分を好きになる事を想像するとすごく嫌な気分になる
腐女子だなんて人前で言ったらどう思われるか分からないから言わないけど、一部の声ばっかりでかくて頭のよくない腐女子もどきのせいで余計嫌われてると思う
実際気持ち悪いと思うのもよく分かるけど、世の中にはこういうめんどくさい人間もいるんだと思ってくれればいいと思う
これも全部「年上が好き」「優しい男性がいい」「痩せてる女の子が可愛い」っていうのと同じ、ただの好みです
同性愛に限った話じゃないが、好まない相手に押し付けがましくするのは逆効果だ
北風と太陽の北風のやり方すればただでさえその何かに抵抗ある人々は反発または
ますますうんざりして、激しい争いになるだけだよ
というわけで日本では国情も鑑みてむやみに同性愛関連の理解を求めてゴリ押しするより
住み分けるのが一番無難だと思う
皆が幸せになればいいのになとは思っても、現実は他人がが幸せなのを見て不愉快だと感じる人もいて、他人が幸せになってもその代償で不幸を被る人もいる。
他人の幸で不幸になるなら、そこからは目をそらして別の幸を感じるしかないのかね。
こういうゴリ押しされると違和感しかない。
別にそれまで気にしたことなかったのに。
普通って人それぞれ。
他人へ価値観を押しつけるのは拒否反応しか出ない。
元々人類にも何%かは居て当たり前の存在だと思う。
少数派ではあるけれど、そこは小数である事を拡大させすぎずに
認めるくらいはしてイイと思うんだよね。
私自身はかつて両性愛者ででも自分の抱えた性欲がイヤでイヤで
ホルモン剤服用で今性欲はほぼ0、逆に両性愛者が何かイヤって気になってる。
過去の自分全否定だけどね。
ただ同性愛に関しては否定する気になれない。
実際そう言うお話書いてるし。
同性の同性愛者に理解は普通にできても本能的な抵抗感まで拭えない人も
ホモフォビアのラベリングに巻き込んでいきそうな勢いを感じるなあ
合わんものは合わんのだ
大きなメディアであまり過度な物理的接触は控えていただきたい
多数派になることはないだけで今は十分多くないか?
自分が同性愛者だったら本当に生きにくいと思う。生まれつきなんだから変えようもないし、罪を犯しているわけでもないのに「カミングアウト」しなきゃいけない現状はツラいよ。
いきなりホモフォビアとかレッテル貼りすかww
差別もレッテル貼りしてるのもお互い様なのに、
同性愛者から一般人への場合のみ許させるみたいな流れをどうしても作りたいみたいだなw
普通に一定数いる人を普通に放映したらゴリ押しになるのかなぁ
まったく登場しなかった20世紀のほうが極端な気もする
色んな人種住んでるのに白人しか登場しないアメリカのドラマみたいな
多くの日本人はLGBTがどんなものか
・認識している
・知っている
・理解している
どの段階なんだろう?
大抵の人は認識もしていないのではないか?
LGBTはどういったものか答えられない人が多い気がするんだよね。
曖昧な知識は無意味な誤解を生むし、
今の最前線の知識を周知しておくのは大切なのかな。
性別の差別にしても言える事だけど、他人の事に口挟む奴が多いからこういう活動がスタートすんだよな
異性愛者だがシングル。ついでに言うと周りの友達も同じ状態。今からつきあうとこまでいけるかどうか。今後もパートナーが現れずに独り身で一生過ごすこと考えたら、異性同士でも同性同士でもちゃんと相手がいて幸せにしてる人達は羨ましい。
てか、今時どっちの性が好きかなんてけっこうささいなことじゃないのかね。
正直同性愛者は生物として異常だとは思うんだよ。遺伝子のエラーなわけだしね。でも同性愛者である前に彼らは人間だし人間なら幸福を追求する権利を持っているはず。今の社会はその権利を阻害してると思う。同性愛者も異性愛者も同じように幸せになれる社会を作るべき
異性愛者でも好みのタイプは人それぞれ。同性愛もその延長でしょう。
好いて好かれたなら一緒に幸せに暮らしたい。当然だし、他の人間がとやかく言うことではないよね。
「差別しないで!」は理解も共感もできるけど、
被害者ビジネスみたいになってくるとちょっと引く
少数者であることに自己陶酔してる系も引く
あと、公共の場所でベタベタしてるカップルは
異性愛者・同性愛者の関係なく引く
荒れてんのかなーと米欄覗いてみたら、想像以上に民度高くて驚いた。嫌でも異論があっても、相手に伝わる言葉を選んで伝えるって本当に大事。
MKウルトラ計画だな
同性愛者嫌いや公式にカップルとして認められるのを反対する人の中には、多数派の異性愛者である自分がパートナーに恵まれていないのに、少数派で気持ち悪い(暴言失礼、)同性愛者がカップルとして認められるなんて許せない!という僻み妬みもあるんじゃないかと思っている。
自分はただ羨ましく思うけどね。
一生独り身の可能性が大の者としては、異性であれ同性であれ幸せそうな人には憧れる。
もうすぐクリスマスらしいですね!
俺もゲイとして25年間生きてきたけど、幸いにして差別のようなものは受けてこなかったな
ずっとゲイであることをみんなに言って回ってたけどね
だから俺は現状に満足だけど、法制度のために戦う人もいるんだなーとしみじみ思った
ルノーはこれどう受け止めたらいいのかちょっと困るぞw
こんな事も話題にならないほど溶け込める日がくるといいなと思う
ただそのためには、少数派の方からも歩み寄る努力が必要
主張するばかりじゃなく多数派の常識や窮屈な負担も受け入れる姿勢は大事
大多数の同性愛者が一人のパートナーと長年連れそい社会活動を行えば
必ず多数の異性愛者は受け入れてくれる
同性愛者も異性愛者が築いてきたモラルは見習うべきだとほんとに思うよ
それが社会に溶け込むって事だ
品の悪い質問ではあるが
かわいくない女性とかわいい男がいたとしてどっちがいいか。
これを考えた時、そんな簡単に分類するようなものじゃないのかなと気づいた。
「精神病」とかにも同じようなことがあるね。
その進歩に立ち会えるのは嬉しいと思う。
性の好みってグラデーションで、ここからが異性愛、ここからが同性愛とわけられるものでもない気がしている。
だから異性愛者(同性愛者)だと思っている人の今の好みがずっと続くとは限らないので、いろんな人がいられるようであってほしいなとは思う。
そもそも愛することが前提だと、Aセク、ノンセクの人も困るし。
差別とはまた異なるかと思うが、一方的に性的なアプローチを受けているのかな、と思う事がままある。
相手はいつも同性。いつも違う人。
食べ物やのカウンターに座ったら、他に空席があるのに真横に陣取られて、拗ねたような媚びるような目付きでじっとり見つめ続けられたり、広々した家具屋でわざわざぶつかって来たり。
気味が悪いからその場を離れると、茫然とした顔とか憤然とした顔を向けられる。
確かに私はバイセクシュアルには違いないが、そういうアプローチには、すみませんとしか言いようがない。
ただ、積極的にお相手を求める人達には、私とは違う世界が広がっているんだろうなと思うと、感慨深いものがある。
相手が同性だろうが異性だろうが、本人達が幸せな事が一番大切だと思う。他人がとやかく言うものじゃあ、ないだろう。お互いがお互いにとって必要で、大切な人だと思えば一緒に居れば良いだけ。むしろ、そういう掛け替えのない存在と出会えた人達をうらやましいと思うよ。
こういうのは、宗教的な側面も大きいと思う。国や地域によっては「同性愛は悪」みたいに捉えている所も有るみたいだから、そういう場所に住んでいる人達は生き難いだろうね。日本なんかは、宗教上の制約はほとんど感じないから、まだ良い方だと思うよ。
反論もせずにマイナスだけ押してる人たちは卑怯者だ
レッテル貼りして分かったつもりになっている人が一番厄介。誰かの定義を受け入れたとして、それが事実が現実に即したものかどうかなんて、実際に会って自分の目と耳で確かめてみなければ、本当の事は何もわからない。今の世の中はネットで検索する事に慣れきってしまって、自分で確かめる能力を著しく喪失している。誰かの評価は誰かの評価であって、あなた自身の認識ではない。他人の考えや常識を無防備に受け入れすぎる人は、自分の人生を生きられなくなる危険性に気づくべき。
「同性愛は異常」発言の記事を読んだとき、「あーあ、こんなこと言っちゃって、きっとすごく批判されるんだろうな」って思った。でもその記事についたコメントは「え、どうして批判されるの? 同性愛は異常に決まってるじゃん」みたいなのばっかりだった。すごくびっくりしたし傷ついた。
「同性愛なんて人間にだけ起こる異常」「自然に反する存在」そんな意見が多いのにも驚いた。動物にだって必ず一定数はいる、変異が起こることが生物の本質。カラパイアを見ていてそれが常識だと思っていたのに。
二足歩行だって、火を使うことだって、きっと最初は単なる異常行動だった。
いくつもの変異を重ねて、生き物は進化していくんだ。たとえ袋小路に入ることがあっても。それが自然の摂理だと思う。
どうしてこんな当たり前のことがわからないのか、これほど自明のことなのに…。そう思って、ショックで居ても立ってもいられないくらいだった。でもきっと異常だって言ってる人もそうなんだろうな。こんな当たり前のことがどうしてみんなわからないんだって。自分の大事な価値観が否定されることのつらさ。ああ差別がなくならない。
どうか誰も否定されることがないように…。
「愛にルールはない。マナーがあるだけだ」って打海文三が書いてた。真理だと思う。
長いコメントでごめんなさい。パルモさん大好きです。
「同性愛者に抵抗があると言うだけの人に、嫌悪というレッテルを貼らないで」
という意見にマイナスが多いことから見て、そこへの反論がほしい、ということかしら。
同性愛者がむちゃくちゃに率として多い仕事をしていると、「こちらが異性愛者であることに抵抗がある」方がいたりして、それはそれで困ることもあるわけですが、逆の立場になるとよくわかる。
性的志向はその人の人格の根本を決める重要な要素のひとつなので、そこに抵抗を持つと表明するのが、その人すべてを否定するのと同じになっちゃうことがある。
「抵抗がある」なんて言ったらふつうに仕事すらやっていけない場合も、あります。
異性にも同性にも性的欲求さえない人間はどこに分類されればいいのか…人に対しての感情が、人間的に好きだなーまでしか行かないんだよ。誰かといっしょにベッドに入るとか拒絶反応が半端ない(別に性的トラウマはない)。こういう自分のほうが、まともに性的パートナー得ている同性愛者よりよほど少数派で、人生設計モデルも全くなくて生きづらいんじゃないかと思うが、同性愛者よりさらに少数派だろうし世間には知られてさえいない。性の話題が出たときも調子合わせてしまうし、圧倒的に言い出せないから、むしろ同性愛者でも性衝動あるだけ羨ましいくらいだ。やはり差別はされたくない。
こういう風に同性愛カップルが注目される時点でまだまだだと思う
「異性愛者を扱った広告」なんて記事にすらならないし
あと1の動画のNYGファンとDALファンのカップルてのはさすがわかってるね
DALファンとPHIファンじゃお互い付き合おうとも思わないだろうw
正直に言いまして、私はこのスレの中の動画をどうしても見る気にはなりません。別に同性愛を否定している訳ではないです。個人の問題ですから、お互いの意志でお付合いをして欲しい。でも、どこまで行っても、他人同士のお付き合いの話で、ことさら取り上げる事でもない様に感じています。別に普通の事だと思います。特別ではないです。私は普通にしていると、1人で居る事が多くなりますが、これも別に特別な事ではないと思っています。私にとっては普通です。異性に対する衝動がないわけではありません。でも、疲れるのも嫌ですね。そおっとしておいて欲しいだけです。同性愛のカップルに、どうしても私の協力が必要だから協力して欲しいと頼まれれば、個人的に協力すると思います。これも普通の事です。私個人の事に対しては、どうかそおっとしておいて下さい。よろしく、お願い致します。(もしこういう私を差別しようという人が居たなら、それはそれで悲しいです)
同性愛者は子孫を残す生産性がないし、その事実を踏まえた上で、人間の進化の過程には含まれないでしょ。異常と思うのはいたって多数である異性愛者が思う考えであり、ただその考え方をしている人=悪にされ逆に叩かれる、それはおかしいことだと思うんだが。
圧倒的多数である異性愛者がいる世界で、同性愛者を肯定する事は難しい。
例えば、同性愛者が子供を育てるといって孤児を引き取とり、その子を育てても、本人たちの自己満足にしか過ぎず、その子供は同性愛者の親という偏見をもたれなが生きていかなければならない。
少数派は何時でも不利であり、多数派が正しい、これは人類の歴史をみても明らか、人間はそうやって進化してきた。
もちろん同性愛者には人権は保証されるのは間違いないとは思うがね。
巻き込まないで同性愛者同士で勝手にやってもらうので良いのではないでしょうか。
価値観の押し付けというコメントがあったけど、これらのCMは同性愛者の権利拡大みたいなことを訴えるものではないよね。各企業が、同性愛者の人たちに自社の製品をアピールしようとするものなんでしょう。同性愛者の購買力の高さは証明されているのだから、企業が注目してアピールするのは当然のことと思う。
おそらく各企業はしっかりマーケティングをして、これらのCMにより商品が売れる数字とアンチを生み売れなくなる数字をしっかり試算した上で、GOを出している。同性愛者にアピールするCMが流れても、多数派である異性愛者のほとんどは気にしないかむしろその企業に好感を持つ、という数字が出ているのだろうね。
ホモフォビアは少数派か、購買力からみてあまり考慮する必要がない存在、と見られているのかな。
同性愛者は子孫を残す生産性がない
生物として異常
という意見は同性愛者を否定するときに良く出る意見だけれど
虫の世界でも動物の世界でも人間の世界でも
子孫を残せない、あるいは残さない生き物ってたくさんいるんだけれどね
例えば群れのトップに立てなかったライオンは生物として異常じゃないし
働きアリが子孫を残さないことも生物として異常じゃない
人間も、自分の子孫を残さなくとも家族や他人の子育てを支援して
人間という種が子孫を残すことに貢献している人間はいるし、それは異常じゃない
というか生物にとってこういう状態が異常で劣っている
なんて判断、生物学者でもそうそう断言しないと思うんだけれど
それを自分の知識で判断することに対して何か違和感は感じていないんだろうかと
とても不思議に思う
あの、ね。
私は4人産んで、お陰様で一番上は既に優良納税者になっていますが、生殖能力が高いかどうかと、親に向いてるかどうかは必ずしも合致しませんよ。
特に、種提供する側はね。
むしろ、避妊しないから孕んで堕胎できないから産んで、挙げ句に精神的肉体的に頃す輩より、親になる事を選んだ同性愛カップルのほうが、よりよい人生を子供に与えられるかもしれません。
同性婚に関しては別に迷惑が掛かるわけでもなしに出来るようにしてもいいんじゃないかと思うんだけど
少子化とかあげる人がいるけど、そもそも同性愛者ならどちらにせよ異性とはしないだろうから関係ないし、むしろ提供とかの幅が広がるだけ同性婚出来たほうが増えるんじゃないかと思うんだよね
人間は有性生殖で増殖する生き物である。これが大前提。
今ここにいる私達は、有性生殖の結果存在している。これは前提。
それを指摘するのが差別になるというのは、よくわからんなあ…。
異性愛者が種としてのベーシックだけど
異性愛者・同性愛者・ノンセクシュアルの人、子孫を残せない人、そもそも種を残すことに興味のない人、皆がそれぞれ幸せになる権利を持っている。
ただそれだけの話だと思うんだけど…?
※48
そもそも指摘する必要性が無いんじゃ?
どうしたって人は対象との差を指摘したがるけど、(区別だとか言って)
マジョリティかマイノリティかとか
女か男かとかetc
それより共通項に焦点当てた方が健全だと思うんだよね。
指摘する人はそうする事で自分は多数派で優位に立っていると安心したいのかね…
個人的には、同性愛カップルに引き取られた子のその後が知りたいな…。
十年後・二十年後の彼らはどうなっているのか。どんな価値観が生まれ、どんな大人になったのか。
できれば、特徴的な数人をピックアップするのじゃなくて、数千人数万人のデータをまとめたものが知りたい。
統計的に、彼らの境遇に何か傾向は生まれるのか、的なものが。
そういうのがハッキリすれば、同性婚に異議を唱える人は減ると思うんだ。
…まあ、ゼロにはならないと思うけど。
自分はゲイだけど、
皆、相手に「結婚は?」「彼女は?」「どんな女性が好きか?」の話題を振るときに、必ずしも今話している相手が異性愛者ではない可能性を考えて貰えたらといつも思ってる。
30人に一人はゲイであり、15人に一人はLGBTといわれているのだから。
自分は自分自身を否定できないから、そんな質問に何も答えられなく、苦笑いするのが精一杯。
普通に話せるようになりたい。
※51
なんだか判らないけど、目に付いたもので…
反論というのは結構とエネルギーを使うし、軋轢も生むからねぇ
それに背景が判っていないと、組織立った理論展開も難しいし。
結局、手軽に自分の意志表示をする方法が有るなら、それを使う…
になるんじゃない?
ゲイでもレズビアンでもなく、Xジェンダーの両性愛者だが、やはり理解はされない。
それでも同性異性問わず愛してくれたひとがいたのは幸運だった。
自分のジェンダーにこだわりはなく、同時に両性愛者だから思うのかもしれないが、同性愛を非難する方々にとって、なぜそこまでジェンダーにこだわる必要があるのか疑問だ。
同性異性かかわらず、ひとがひとを愛する理由に、あまりジェンダーは重要ではないように思う。
いいじゃないか、男が男に惚れる瞬間があっても。女も然り。
その瞬間に、性別なんて大した意味は持たないものだ。
犯罪行為でない限り、個人の嗜好性癖の自由は認められるべきだと思う。
でもキリスト教でもユダヤ教・イスラム教でも同性愛を強く否定しているのに、その辺は大丈夫なんだろうか?
スタバの紙カップにクリスマス模様がなかった、というだけで発狂するような狂信者が大勢いるのに。
それとCMという媒体である事を考慮しても「カップル」達が美形過ぎる。
もう少し「一般人」のカップルも提示すべきだと思う。「啓蒙運動」なら。
*74
「人権>宗教」が現代なんだと思う
キリスト原理主義だらけのアメリカでさえ、同性婚を認めてるし。
もし「俺の宗教がこう言ってるから!」で他人を殴っていいなら、
民族差別も、人種差別も、性差別も、肯定されちゃいそう。
(宗教は選べるけど、民族・人種や性は選べないし)
あと、CMに出てる同性カップルが美形すぎるって
ドラマや広告に出てくる男女カップルは一般人の顔を反映してるかな
同性愛者というだけで、ひどい暴力を受けたり殺されたりする
それでも恐れず自由を主張しようというところに意味がある
そういう事件が結構あることを念頭に置いて考えないと、嫌いなものを受け入れろという話にしか見えてこないのかも知れない
アメリカだと”警察が”ゲイバーを襲撃して銃殺したりしてたからなw
守ってくれるはずの警察や政府でさえ半世紀前まで積極的に迫害してたんだし
これくらい敏感になるのも無理は無い(命かかってるんだもん
今でも国によっては公開処刑されたり、リンチされたり、社会的に抹殺されたり、
電気ショック治療されたり、親に勘当されたり、政治家に非人間扱いされたり…
これくらい積極的に宣伝するくらいじゃないと、バランス取れないんだろう
ホモフォビアをレッテルとして、からかいの的にするって行為がね。
フォビアそのものだって事を、そろそろ自覚して頂きたい。
先ずは、其処からなんですよ。本当に。
まあそれよりも、こういう場所でこう言う記事が取り上げられ、
コメントに関しても、一昔が嘘みたいに中傷が少ない。
それだけでも有り難いが、まだ先は長そうですねえ。
わざとらしく取り上げるから嫌われるんだよ。テレビなんかの媒体での
「同性愛者に理解がある私!」「皆でLGBTの人たちに歩み寄ろう!」「私たち”マイノリティの”同性愛者です!」
みたいな押し付けがウザすぎる。自分は別に偏見はないんだけど、そういうやり方するから嫌がられるんだろうなー、とは思う。
あと※欄の
>自分はゲイだけど、
>皆、相手に「結婚は?」「彼女は?」「どんな女性が好きか?」の話題を振るときに、必ずしも今話している相手が異性愛者ではない可能性を考えて貰えたらといつも思ってる。
はワガママ。異性愛者の方が絶対に数が多いんだからそうやって聞くのは当たり前だろ。どんだけ特別扱いしなきゃいけないの?そんなだから嫌われる。
LGBTの共生には賛成
ただ「理解ある」当事者以外の人間や、LGBT当事者の中の一部の過激な者たちによる行き過ぎた言論や行動には違和感を感じる
これこそ当事者を置いてけぼりにしてるのでは
同性であろうと、異性であろうと、人種も含めて、好きな人を好きと言える世の中になれば良いなぁと思う。
ただ、それだけのこと。
普通ってなんだろうねぇ。