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絹の糸から防弾チョッキ。しなやかな素材が驚きの強度を実現

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(著) (編集)

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Image credit: berkay
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 絹といえば、古くからある肌にやさしい高級素材。上品で美しい光沢やなめらかな手触りが魅力で、着物やドレスなどの衣装や寝具に使用される。

 そんな繊細なイメージ漂う絹から、科学者たちが驚異の素材を作り出した。

 アメリカとイギリスの国際研究チームが、カイコの糸を、熱と圧力だけで加工し、防弾チョッキの素材の開発に成功した。

 その強度は、なんと防弾チョッキで有名なケブラーに匹敵する。

 開発された絹素材の特長は、強度だけではない。軽くて透明、体内に埋め込める生体適合性まで備え、次世代通信技術への応用まで視野に入るという。

 長い歴史を持つ絹の新たな可能性に注目が集まっている。

この研究成果は『Nature Sustainability』誌(2026年5月12日付)に掲載された。

数千年使われてきた絹糸に、もうひとつの顔

 蚕(カイコ)は古代中国で家畜化された昆虫で、幼虫が作る繭から絹糸が取れる。

 人類はこの糸を数千年にわたって衣類や布に使ってきたが、強度という点では金属や合成繊維に遠く及ばないと思われてきた。

 ところが絹の繊維を細かく見ると、特別な構造がわかる。

 絹糸を構成するタンパク質の鎖には、分子が規則正しく並んだ「結晶性」の領域と、ランダムに絡み合った「非晶質(アモルファス)」の領域が交互に存在する。

 結晶性の領域が強靭さを生み出し、非晶質の領域が柔軟性を担う。

 この2つが組み合わさることで、”絹は柔らかいのに意外と強い”という特性を持っているのだ。

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繭と繭から巻き取られた絹。絹は温度と圧力を厳密に制御して融着させる加工により、きわめて丈夫な素材になる image credit:Qichen Zhou/Tufts University

溶かさず壊さず、熱と圧力だけで絹を変える

 絹からプラスチックのような材料を製造する従来の試みでは、絹を化学溶剤で溶かして粉末状にしてから成形していた。

 この製法では素材は作れるものの、溶解の過程で結晶構造の多くが失われ、絹本来の強さの源を壊してしまう問題があった。

 英インペリアル・カレッジ・ロンドン、米ミシガン大学、米タフツ大学の国際研究チームのアプローチはシンプルで、繊維を溶かさず、そのまま一方向に揃え、熱と圧力をかけていく方法を採用した。

 前処理として必要なのは、繊維同士を束ねる天然タンパク質「セリシン」を除去するための煮沸だけで、大量の化学溶剤も塩も不要だ。 

 ただし加工条件は精密で、温度は摂氏125〜215度(華氏257〜419度)、圧力9800気圧(0.99 GPa)の範囲に保つ必要がある。

 圧力が低すぎると繊維が融合せず弱いまま、高すぎると今度は脆くなってしまう。

 この最適条件の範囲内で加工すると、繊維内の水分が蒸発しながら非晶質の領域だけが融合し、結晶構造を損なうことなく透明で緻密な固体シートが生まれる。

 インペリアル・カレッジ・ロンドン准教授エミリアーノ・ビロッティ氏は、こう語る。

絹の卓越した特性は、結晶ドメインが複雑な多スケール構造に埋め込まれた階層的なミクロ構造から生まれる。私たちは繊維の元の状態をできる限り保つことを目指した

 絹の強さの秘密は、小さな結晶の集まりが、大きな繊維構造の中に層を重ねるように組み込まれた、複雑な入れ子構造にある。

 ビロッティ氏らが求めたのは、その特別な構造をできるだけ保つことだった。

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5種類の絹由来素材をテキスト上に乗せ、加工時の温度と圧力によって光学特性がどう変化するかを示した写真。摂氏95度(華氏203度)を超えると繊維の融合が進み、素材は透明になる。温度と圧力をさらに上げると琥珀色に変化し、摂氏245度(華氏473度)を超えると不透明になる。Image credit: Qichen Zhou /Imperial College London

弾道試験でケブラーに匹敵する強度を証明

 こうして生まれた素材の強度は、防弾チョッキの内側に使われる高強度合成繊維ケブラー(Kevlar)に匹敵するレベルに達した。

 ケブラーは鋼鉄の5倍の強度を持つとされ、警察や軍の防護装備に広く使われている素材だ。

 この新素材は弾道試験で、飛行機の機体や自動車のシャーシに使われる炭素繊維強化ポリマー(CFRP)とほぼ同等の耐貫通性を示した。

 しかも強度だけではない。軽量で、多くの金属合金や化石燃料由来の従来プラスチックよりも強く、スポーツ用品や輸送コンテナへの応用も視野に入る。

 柔軟でしなやかななのに、加工することで驚くほど強度が上がるという。

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異なる熱プレス条件で溶融した絹の拡大画像。左:5100気圧、摂氏96度(華氏203度)、右:10,200気圧、摂氏155度(華氏311度)。後者は、繊維のより広範囲な溶融と物理的応力の効率的な伝達により、より高い強度と耐衝撃性を示す image credit:Qichen Zhou/Tufts University

骨折の手術に使えば、取り出す手術が不要に

 加工された絹素材は生体適合性が高く、体内に入れても拒絶反応や毒性が出にくい。マウスへの埋め込み実験では、素材がゆっくりと分解されることが確認された。

 骨折の手術で使われるネジやピン、固定板に活用できれば、治癒後に素材を取り出す手術が不要になることも期待できる。医療現場では患者への負担軽減に直結する特性といえるだろう。

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製造工程と形態観察
a、市販のカイコ(B. mori)の糸束(右)と繭(左)。
b、水浴から糸束を引き上げることで、一方向への配向と密度向上を促す様子。
c、熱プレス前の、乾燥した一方向に揃えたセリシン除去済みの絹の写真。
d、熱力学的加工法における典型的な温度と圧力のプロファイル。
e、異なる温度・圧力条件における加工の状態図。未融合サンプルは四角、融合サンプルは丸、劣化サンプルは三角、遷移状態はひし形で示される。色付き領域は3つの主要ゾーン間の遷移境界を示す。
f、状態図の代表的な加工条件で製造された融合絹の写真。
g〜k、各加工条件で製造された融合絹の横断面(上)と縦断面(下)の走査型電子顕微鏡画像。温度・圧力条件はそれぞれ、摂氏95度・0.5GPa(g)、摂氏155度・1.0GPa(h)、摂氏185度・0.2GPa(i)、摂氏215度・1.0GPa(j)、摂氏245度・0.5GPa(k)。image creditQichen Zhou et al. / Nature Sustainability (CC BY 4.0)

廃棄されてきた短い絹糸が、6G通信の部品に

 加工された絹素材は、テラヘルツ波(1秒間に1兆回振動する電磁波で、電波と赤外線の中間に位置する)を偏光、つまり特定の方向に回転させる能力を持つ。

 加工時の温度と圧力を調整することで、回転の度合いを細かくコントロールできる。

 次世代通信規格の「6G」はテラヘルツ周波数域を使い、5Gの数百倍のデータ通信速度が期待されている。

 偏光はデータを符号化する新たな手段となりえるため、廃絹から作った部品が6Gネットワークを支える未来まで現実味を帯びてきた。

 ミシガン大学化学科学・工学部門のニック・コトフ教授は、これまでにない新しい絹素材についてこう語る。

この複合素材は、将来の複数の技術に不可欠な周波数帯でそれを実現できる点でユニークなんです

 通常の生体由来素材の場合、テラヘルツ光を強く吸収してしまい、ほとんど光が通過しない。

 そのためテラヘルツ光の回転とほぼ透明な素材を同時に叶える設計はこれまで非常に難しかったという。

廃絹の再利用で、繊維産業の廃棄物問題に挑む

 この研究が生まれた背景には、繊維産業の廃棄物問題への強い問題意識がある。

 絹の製造過程では大量の短い繊維が生じるが、長い糸として回収できれば再び織り込めるものの、繊維が短くなるほど再利用の選択肢は狭まっていた。

 新しい加工法では、ごく短い繊維でもシートに加工でき、化学溶剤も大量の水も必要としない。

 研究チームは現在、製造プロセスの大型化とセンサーなどへの応用を進めながら、産業・商業パートナーの獲得を目指している。

 古くからの歴史を持つ絹糸。その力が、現代のテクノロジーによって、まったく新しい形で引き出されようとしている。

 絹から防弾チョッキとはあまりに意外でびっくりだけど、持続可能性の観点から、再利用を目指す加工研究が進むことで、ほかの天然繊維にもこれまでにない特性や価値が見出されるかもしれない。

まとめ

この研究でわかったこと

  • カイコの糸を摂氏125〜215度、1900〜9800気圧で加工すると、絹本来の結晶構造を保ったまま繊維同士が融合し、透明で緻密な固体素材が生まれる
  • 強度は防弾チョッキに使われるケブラーに匹敵し、弾道試験では炭素繊維強化ポリマー(CFRP)とほぼ同等の耐貫通性を示した
  • マウスへの埋め込み実験で生体適合性と生分解性が確認された
  • テラヘルツ波を偏光させる光学特性を持ち、加工条件を変えることで回転の度合いを調整できる
  • 大量の化学溶剤や水を必要とせず、廃絹の短い繊維でもシート状に加工できる

期待される応用例

  • 防弾チョッキをはじめとする防護装備
  • 体内で分解される一時的な医療用インプラント
  • 6G通信ネットワーク向け光学部品
  • スポーツ用品・輸送コンテナ・包装資材などへの軽量高強度素材
  • 繊維産業における廃絹の再利用

課題

  • 大型・複雑な形状へのスケールアップ方法は未確立
  • 環境負荷を定量化するライフサイクル評価も目下進行中

References: Now.tufts.edu / News.umich.edu

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この記事へのコメント 9件

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  1. 40年前には近所に桑畑が残ってたが
    今はもうありませんね、、

    長野県のお土産で蚕の成虫
    蛾の佃煮を貰ったことあります。

    • 評価
  2. オールド世代はとっくの昔に糸の凄さを知ってます
    モスラの幼虫でさえ、吐く糸だけであのゴジラと戦えるのだから

    • +1
  3. 昔は小学校で交代で持ち帰って飼育したりしたんだけど今はもうやってないのかな
    虫は苦手だったけど桑の葉モリモリ食べて育つ蚕は何だか可愛らしく見えた思い出

    • +2
  4. 絹の名産地の生まれですが、もしや絹を加工して売り込めばビジネスチャンスが…?
    でも、記事を読むと加工が大変そうなので利益を上げるのは難しそうです。
    うまい話はないもんですねえ。

    • +1
  5. 量産するために桑の実もふえて、果実を楽しめたら素敵やね

    • +1
  6. 防弾やら通信等々あんな細い糸にそんな可能性があるとはびっくりだね

    • +1
  7. 化学繊維が登場するまでは細くて丈夫な繊維と言ったら絹でした。
    なので、江戸川乱歩の少年探偵シリーズに出てくる七つ道具の縄梯子も絹製

    • +1
  8. 最初期の防弾装備は絹でした。
    この研究は車輪の再発明。

    • +1
  9. 短い繊維でも使えるなら、この記事の用途に限って言えばカイコが羽化したあとの穴開き繭でも使えるのでしょうか。
    うちも三十数年前の小学生時代、幼虫と桑の葉を週末に抱えて帰ってましたが、絹糸を取るなら繊維が切れないよう羽化前に茹でると聞いて悲しかったもので。

    • +2

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