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アンデス山脈に帯状に並んだ5千以上の謎の穴は古代の市場だった可能性

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(著)

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Image credit:Photos a-c by J.L. Bongers; photo d by C. Stanish).
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 ペルー南部、アンデス山脈のモンテ・シエルペと呼ばれる丘陵地に、約5300個の穴が帯のように並ぶ不思議な地形がある。

 長年にわたりその穴の正体は謎に包まれてきたが、オーストラリア・シドニー大学の研究チームが最新の調査で新たな手がかりを発見した。

 ドローンによる地形解析と土壌分析の結果、これらの穴がインカ帝国以前の時代に築かれた市場の跡地であり、のちに物資の保管や貢ぎ物の記録を行う“会計システム”として利用されていた可能性が高いという。

 この研究成果は『Antiquity』誌(2025年10月10日付)に発表された。

アンデス山中に帯状に並ぶ5300の穴の謎

 アンデス山脈の西側斜面が緩やかに海岸へ向かう途中にあるピスコ渓谷には、モンテ・シエルペ(Monte Sierpe:蛇の山)という丘陵地の遺跡がある。

 この場所には、約1.5kmにわたって帯状に掘られた約5300個の穴が一直線に並んでいる。穴は幅1〜2m、深さ0.5〜1mほどで、ブロック状に区切られながら整然と配置されている。

 1933年に航空写真が公開されて以来、この規則的な穴の列は約1世紀にわたり研究者たちを悩ませてきた。

 防衛施設、貯蔵庫、農耕跡、水の収集装置など、これまで多くの仮説が提案されてきたが、いずれも決定的な証拠には至っていなかった。

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ロバート・シッピー氏が1933年にモンテ・シエルペの穴の帯を撮影した写真 Image credit:Robert Shippee/photo reproduced courtesy of the American Natural History Museum; AMNH Library negative no. 334709

穴は市場として使用されていた可能性

 シドニー大学のジェイコブ・ボンガース博士を中心とする国際研究チームは、ドローンを用いた高精度の地形マッピングと、穴の土壌の微小植物分析を組み合わせる調査を行った。

 その結果、地形データの解析では、穴が無秩序に掘られたのではなく、いくつかのまとまりごとに並び、そのまとまりに含まれる穴の数が一定の規則にそって変化していることが確認された。

 数量のまとまりを意識して配置されたとみられ、全体が計画的に構成された可能性を示す結果である。

 さらに土壌分析では、トウモロコシの花粉と、籠を編むために使われてきたアシ類の花粉が検出された。

 これは、植物が穴に運ばれ、束や籠の状態で置かれていた痕跡とされ、この穴が物資を扱うために使われていたことを示唆しているという

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シドニー大学の研究チームがドローン撮影したモンテ・シエルペの穴の帯 Image credit:Credit: J.L. Bongers

市場から会計システムへ、穴の用途は変化した

 研究チームは、モンテ・シエルペの穴がインカ帝国(西暦1438〜1533年)の成立より前、チンチャ王国(西暦900〜1480年ごろ)の時代に作られたと示した。今からおよそ500〜1100年前に掘られたことになる。

 この時代、ピスコ渓谷には約10万人の人々が暮らしており、農民、漁民、海の商人、リャマの隊商などが物資を持ち寄り、取引の場が必要とされていた。

 穴の配置に見られる数量のまとまりや、植物が運び込まれた痕跡から、研究チームは、モンテ・シエルペがチンチャ王国期に物資交換の場として使われていたと結論づけた。

 さらに、穴の並び方がインカ帝国で用いられていた紐状の記録道具「キープ」の構造と似ていることも明らかになった。

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 ピスコ近郊で発見され、現在はベルリン民族学博物館に所蔵されているインカ帝国時代の記録道具「キープ」 Image credit:© Ethnologisches Museum, Staatliche Museen zu Berlin, photographs by Claudia Obrocki; made available via CC BY-NC-SA 4.0 license

 これらの結果から研究チームは、モンテ・シエルペが市場として機能したのち、インカ帝国時代には物資の保管や貢ぎ物の記録を行う会計システムへ転用された可能性が高いという。

地理的条件が示す交易の中継点としての役割

 モンテ・シエルペは、インカ帝国時代の行政拠点の中間に位置し、古代の道路網が交差する地点にある。

 また、高地と沿岸部の中間にあたる「チョウピュンガ(Chaupiyunga)」と呼ばれる地帯にあり、異なる文化圏の人々が出会う場でもあった。

 研究チームは、この場所がまずインカ以前のチンチャ王国によって市場として整備され、のちにインカがそれを引き継ぎ、帝国内の物流や記録の拠点として利用したとみている。

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シドニー大学の研究チームがドローン撮影したモンテ・シエルペの穴の帯 Image credit:Credit: J.L. Bongers

地形を生かして人が集まる失われた文明のテクノロジー

 ボンガース博士は、「モンテ・シエルペは、人がどこに集まり、どう動くのかを自然に決められるよう工夫された、失われた文明のテクノロジーだった」という。

 尾根に沿って穴を配置すると、人が歩ける場所や物を置く場所がはっきり分かれるため、集まった人々の作業が進めやすくなるというのだ。

 こうした地形を利用した工夫は、この地域でどのように物の受け渡しや記録の方法が発展していったのかを探るうえで重要な手がかりになるという。

 この研究を支援したヴェア・ゴードン・チャイルド・センター(Vere Gordon Childe Centre)のキルステン・マッケンジー教授は、「この発見はアンデス地域の先住民社会における会計や取引の起源を理解する上で非常に重要だ」と述べている。

References: Sydney.edu.au / Cambridge / Sciencedaily

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この記事へのコメント 17件

コメントを書く

  1. どんなものを売ったり商売したのか見てみたいぜ

    • +14
  2.  この辺ですね。
    ttps://www.google.co.jp/maps/place/13%C2%B042’20.0%22S+75%C2%B052’28.5%22W
    たしかにふしぎー。
     何かを穴に入れていたなら取り忘れがありそうなものだけど、まだ見つかってないようですし、しかも並んでいる穴の間は通路っぽい場所もないからものを入れておく場所とは思いにくいしで、ほんとにふしぎ。 会計システムってのも面白い説ですが読んでもピンとこなかったので今後の研究を期待してます

    • +4
  3. こんなの初めて知った
    こんな穴ボコが何百年も残ってるなんてすごい!
    雨が降らない土地なのかな?

    • +7
  4. トウモロコシが「30穴」だから対価を「10穴」もらおう、とかで計算してたのかな

    • +2
  5. 鳥の習性を利用した罠とかじゃない?
    トウモロコシや葦の繊維を敷き詰めて獲物が巣作りしやすい場所を用意して産ませた卵を半分だけ採るとか?

    • 評価
  6. あの穴にザル置いて、ザル何個分みたいな感じで数えてたのかな?

    • 評価
  7. 納税用の物品数える場所じゃねーの?
    いやなんにせよあの場所まで一回運び上げてまたおろすんかい
    現代人視点だとすごい苦行

    • +3
  8. いずれ貯蔵場所に行く前の品種別「置き配」てやつですかね
    前に納品したやつらのカウントと撤去済んでないからウチの地域の荷がおろせないんだけど?お役人さん仕事はこれだからよーとかやってたのかなー

    • +2
  9. 日本の高地性住居や中国の万里の長城も、平時は周辺民族の交易拠点として機能していた、という説があるから、それと同じようなものだろう。

    • +5

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