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ギリシア神話で語られる「トロイ戦争」の証拠、トルコで発見される

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(著) (編集)

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トロイの古代都市の発掘現場/ Image credit:AA Photo
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 かつて神話とされてきたトロイ(トロイア)戦争が現実にあったことを伝える証拠は次々と発見されている。

 トルコの考古学者らが、伝説の都市トロイの遺跡で古代戦争の有力な証拠を発見した。

 3500年前の投石用の石や矢じりが数千個、焼けた建物、急いで埋葬された人骨が集中して見つかっており、ホメロスによって書かれたと伝えられる長編叙事詩「イーリアス」で語られた物語が、実際の出来事に基づいていたことが証明されるかもしれない。 

ギリシャ神話で語られるトロイ戦争とは?

 ギリシャ神話で語られる「トロイ(トロイア)戦争」は、現在のトルコ北西部、ダーダネルス海峡沿いにあったとされる古代都市トロイを舞台とした戦争だ。

 城壁の外に置かれた巨大な木馬を見たトロイの人々が、まさか中に兵士が潜んでいるとは思わず城壁内に運び込み、これがきっかけで鉄壁の防御を誇ったトロイが陥落する。この「トロイ(トロイア)の木馬」のエピソードは、あまりにも有名だ。

 この戦争は、かつては神話の作り話とされていたが、1870年にトロイの遺跡が発掘されたことで、にわかに史実である可能性が高まることになる。

 そして今日までの発掘調査のおかげで、トロイが実在し、青銅器時代末期に本当に戦争があったという説は、考古学者によって広く支持されている。

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トロイの木馬が城へ引きこまれる様子を描いた16世紀の木版画 public domain/wikimedia

3500年前に起きた激しい接近戦の痕跡を発見

 トロイの遺跡として世界遺産に登録されるイリオス遺跡における2025年度の調査は、チャナッカレ・オンセキズ・マルト大学のルステム・アスラン教授率いるチームによるもので、特に青銅器時代末期の「破壊層」に焦点を当てて発掘が進められている。

 破壊層(destruction layer)とは、火災・戦争・地震などによって突然の破壊を受けた痕跡が残る地層のことで、トロイ遺跡のものはトロイ戦争と関係していると考えられている。

 矢じり・焼けた建物・急いで葬跡されたと思われる人骨など、いくつもの重要な発見があったが、特に注目されるのは、宮殿の外壁だったとされる場所の近くで出土した数十個の石弾だ。

 それは粘土や川石をなめらかに加工して空気抵抗を減らしたもので、革製の投石具で放てば、遠距離からでも頭蓋骨を砕ける威力があったと推測される。

 また年代は紀元前1600~前1200年頃のもので、ギリシャの歴史家が記録したトロイ戦争の時期(紀元前1184年頃)とも一致している。

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宮殿跡の前で発見された3500年前の投石用の石/ Image credit:AA Photo

古くから続いている発掘調査の集大成

 今回発掘された破壊層は2024年に発見されたもので、焼けた建物・壊れた武器・急いで埋葬された人骨といった出土品は、緩やかな衰退ではなく、突然の激しい攻撃があったことを示している。

 トロイ遺跡の考古学的調査は、1863年にフランク・カルバートが始め、1871年にはハインリッヒ・シュリーマンが本格的な発掘を行ったことで世界的に知られるようになった。

 シュリーマンの手法は多くの遺構を破壊してしまった一方で、伝説の都市が実在したことを示す画期的な成果でもあった。

 その後、1930年代にはアメリカ人考古学者カール・ブレゲンが、1980年代にはドイツのマンフレート・オスマン・コルフマンがトロイ6層やトロイ7層と呼ばれる時代の都市構造と破壊の痕跡を記録しており、今回の発見はこれらの調査とも整合する。

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トロイ遺跡の発掘現場 / Image credit:AA Photo

戦略拠点としてのトロイとその陥落

 古代都市トロイは、ヨーロッパとアジアを結ぶ交易ルート上にあり、ダーダネルス海峡に近いという戦略的な位置にあった。

 その豊かな資源と重要な立地は、他国からの攻撃対象となる十分な理由だった。都市には堅固な城壁や石造りの塔が築かれ、複雑な都市構造を持っていたことが確認されている。

 このような背景を踏まえると、青銅器時代の終末期に当たる紀元前1500〜1200年頃に、地中海世界全体で見られた戦争や移動、文明の崩壊の一環として、トロイでも大規模な戦闘が起きたと考えるのは自然な流れだ。

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トロイ包囲戦を描いた盾(約1580~1590年頃) / Image credit:Metropolitan Museum of Art/CC0

トロイの神話が史実である可能性が深まる

 こうした過去の発見と今回の発見を合わせて考えると、トロイのこの場所で激しい接近戦が起こった可能性が高く、防衛側が最後の抵抗を試みた戦場だった可能性もあるという。

 紀元前8世紀末のアオイドス(吟遊詩人)だったとされるホメロスの叙事詩『イーリアス』は、長らく詩的創作とされてきたが、近年の考古学的証拠はその物語が史実に基づいている可能性を示している。

 トロイの木馬に関する物的証拠は見つかっていないが、それが戦術や裏切りを象徴的に表現したものである可能性はある。

 古代の歴史家ヘロドトスやエラトステネスも、トロイア戦争が実在したと記しており、ローマ詩人ウェルギリウスもその後日談を叙事詩『アエネーイス』で語っている。

 長年にわたり人々の想像力をかき立ててきたトロイ戦争の物語の背後には歴史的事実があるという可能性はますます高まっている。

References: rchaeologists dig into possible traces of Trojan War in Türkiye’s legendary city

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この記事へのコメント 12件

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  1. トロイアはだいぶ前に見つかったと聞いたがトロイ戦争の痕跡も見つかったのか

    • +15
  2. 言い伝えとか噂話は何かしら元となった事柄があるので
    考古学者は聞き耳立ててる
    俺としては日本にあるというピラミッド説の真実を知りたいぜ

    • +2
    1. >>日本にあるというピラミッド説

      考古学的手法で調査するなら、まずは現地調査。近くの住人に聞き取りをして古文書に記載がないか確認していつ頃からピラミッドという説が出たのかを確認しないとね。

      その中で、日本でピラミッドというものが知られる前になんらかの伝承があれば更に調査ができる。ピラミッドとはなくとも知られていない古墳が確認できるかもしれない。

      まあ、大抵は村はずれの変わり者の爺さんが勝手に言いだしただけとか、オカルトブームのときに近くの小学校で噂が広まって定着してたとか、そういう結論になると思うよ。

      でも、そういう調査をまとめることは考古学的に意味はなくとも民俗学的に民話伝承の発生事例の一つとして論文になるかもしれない。トンデモ論文も数え切れないほどあるが…

      • +11
    2. >言い伝えとか噂話は何かしら元となった事柄があるので

      あるときもあればないときもありますよ
      ここ重要

      • +12
  3. この話を聞くといつも、トイレどうしたんだろうと心配になります。

    • +7
    1. 武装した野郎がギッチリ詰まってたら
      トイレ以外の臭い外に漏れてそうな気もするけど
      木馬くん高さがあったからごまかせたんだろうか

      …もしかして臭いや呼吸音や衣連れの音を誤魔化すために
      格納場所を地上から離せる木馬型にしたんか?

      • +2
  4. シュリーマンの発掘がいい加減すぎて考古学者たちが激怒

    • +4
    1. だれもシュリーマンの説に見向きもしなかったんだから、「もうええ!金も自分でだす!勝手にやるわ!」ってなったことに誰も文句は言えないんじゃ無いかと

      • +12
      1. w
        まあそれw
        結局実行した者が栄光をつかんだだけw

        • +3
  5. やがて すべての
    目撃者は死に絶え
    二千年が経過した
    …………

    • +3

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