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ニューヨーク陸軍所属の猫軍隊の頂点にたったウェイラー将軍の活躍(19世紀末)

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(著) (編集)

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 ウェイラー将軍とは猫のことだ。ただし、ただの猫ではない。19世紀末、ホワイトホール通り39番地にあったニューヨーク市陸軍ビルの兵站倉庫を戦場として、国に奉仕した猫軍隊のつわものなのだ。

 現在でもそうだが昔のニューヨークでは、ロウワー・マンハッタンにある倉庫や大きなビルにはネズミがはびこっていて、陸軍管轄のこの建物も例外ではなかった。

 敵であるネズミ殲滅作戦に最適な兵士として抜擢されたのは、なにをかくそう猫たちで構成されたこの猫軍隊だったのだ。 

米陸軍ビルのネズミ退治専門の猫軍隊

 猫たちが初めて国に招集されたのは、南北戦争が終結したすぐ後だった。このニュースが報じられた1898年7月、米国はスペインとの米西戦争の真っ最中だった。

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1887年当時、ホワイトホール通り39番地にあった米陸軍ビル。猫軍隊が国に奉仕した主戦場だ。

 このとき、猫軍隊に所属していた猫の多くは、スペインと戦争に関連する名前がつけられていた。

 軍歴9年のベテランのメス猫は、スペイン王アルフォンソ12世の王妃であり、息子アルフォンソ13世が成人するまで摂政を務めたマリア・クリスティーナ・デ・アブスブルゴ=ロレーナにちなみ、摂政女王を意味するクイーン・リージェント(queen regent)と名付けられた。

 女王に負けじ劣らず威厳たっぷりのオス猫は、キューバ総司令官ラモン・ブランコにちなんでブランコ将軍と名づけられた。

 猫のブランコ将軍は、ネズミとの戦いにおいて圧倒的な王者だった。人間のブランコ将軍よりも遥かに大きなダメージを敵に与えたと評されるほどだった。

 スペイン王アルフォンソ13世にちなんで名づけられたアルフォンソは、まだ子猫にもかかわらずタフなキジ猫兵士だったが、トラックにぶつかって負傷、残念ながら負傷者リスト入りして惜しまれた。

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スペイン王アルフォンソ13世

大活躍を収めた猫、ウェイラー将軍

 陸軍ビルでもっとも古参の猫はなんといってもウェイラー将軍だ。その名はフィリピン総督だったヴァレリアーノ・ウェイラーからもらった。

 従軍前はトムと呼ばれていたが、15年の軍暦とその獰猛な気性から、もっとふさわしい名前がつけられた。

 ウェイラー将軍は、まだこの陸軍ビルが別の場所にあったときからの古株だ。

 1887年頃にホワイトホール通りの農産物取引所跡地に新たな陸軍ビルが建設されたとき、一緒に引っ越してきた。

 ”ほぼ要塞”のはずの8階建てのこのビルは、備蓄していある食糧を狙うネズミだらけだった。

 ウェイラー将軍は夜な夜な、不屈の精神で敵への襲撃を繰り返し、「彼の行く手で敵は次々と倒され、その後には彼の武勇の無言の証人である死骸が累々としていた」と報道された。

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1886年、ホワイトホール通り、ムーア通り、パール通り、ウォーター通りに囲まれた場所に建設された新しい陸軍ビル

猫軍隊の為に新鮮な牛肉が調達された

 1898年、軍の兵站補給を担当していたチャールズ・アルバート・ウッドラフ中佐(こちらは人間)は、米軍が生鮮牛肉の密封入札を行うと公表した。

 この牛肉は前線にいる人間の兵士のためではなく、ネズミと戦う兵站倉庫の猫軍団のためのものだった。

 条件は「牛肉は新鮮かつ安全なもので、猫に与えるのに適していて、骨は除いてあり、契約者が必要とする指定日に、契約者の営業所に1週間あたり7ポンドを超えない量を配達すること」とされた。

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軍務につく猫様専属のスタッフ。ヌコさま用の肉を兵站倉庫に届ける専用の肉屋も雇われた

従軍猫たちは、新参兵よりも食べ物にこだわる。彼らは固いカリカリのエサは食べない。豚肉や豆を差し出してもダメだ。コーヒーは彼らの好みではなく、食堂など必要としない

牛肉さえあれば文句は言わないが、非常に気難しく、ちょっとでも品質が劣る肉でごまかそうとするとダメ出しをくらうのだ(ニューヨークプレスの記事)

 猫たちは毎晩、人間が退社する前に肉をもらっていた。

 陸軍ビルに割り当てられていた牛肉は1日1ポンド。細かくスライスしてブリキの皿に入れてサーブされた。職員が自分のミルクを猫と分け合うこともあったという。

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1898年7月10日の猫たちの活躍を伝えるニューヨークプレスの記事

猫軍の活躍で軍の物資は守られていた

 ニューヨークプレスの報道によると、猫たちには1日5セントしかコストがかからず、政府は年間数百ドル分の物資を節約できたという。

 全国の軍の兵站倉庫ではどこも、ネズミ対策のための猫を1~5匹ほど飼っていたようだ。

 1898年、ウェイラー将軍は退役する予定だった。

 陸軍ビル地下倉庫の湿気のせいで関節に影響が出てリウマチになってしまい、素早く動くことができなくなっていた。そのころには彼は大半の時間を日当たりのいい戸口でゴロゴロして過ごしていた。

 ウェイラー将軍は引退寸前、幼いアルフォンソは怪我の回復途中で、実戦の頭数が足りなかった。

 若手候補はいることはいたが、その成長を待っている余裕がなかったため、ベテランにまだまだ頑張ってもらうしかなかった。

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1912年4月26日、陸軍ビルの前を通り過ぎるフレデリック・デント・グラント将軍(南北戦争のときのユリシーズ・S・グラント将軍の長男)の葬列

陸軍ビルの晩年

 陸軍ビルは、1968年と1969年にテロリストによって爆弾が仕掛けられたが、被害は最小限で済んだようだ。

 1972年、陸軍ビルはホワイトホール通りから、ヴァリック通り201番地の連邦政府事務所に移転した。

 1978年、不動産開発業者のフレイダン・マノケリアン氏が旧陸軍ビルを買い取り、自分の健康クラブの支部としての改装計画をたてた。

 当初は建物をそのまま使う予定だったが、1983年、彼は許可なく取り壊しを始めた。

 ニューヨーク市ランドマーク保存委員会が抗議したが、すでにかなり解体が進んでしまっていた。結局、建物は17階建てに改築され、外装もガラス張りになった。

 住所の名称も変わり、マノケリアン氏の構想通り、健康クラブとおよそ100戸の高級アパートになっている。

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すっかり様変わりした現在の旧陸軍ビル 

References: 1898: General Weyler and the New York City Army Cats at 39 Whitehall Street - The Hatching Cat of Gotham The Hatching Cat of Gotham

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この記事へのコメント 8件

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  1. で、そのウェイラー将軍閣下のご尊影は?

    • +4
  2. 日なたぼっこしているウェイラー将軍を想像してほっこりした
    15年の軍歴とはかなり頑張ったね
    良い牛肉を貰って、よくお世話をしてもらったんだろうね

    • +6
  3. 「奴だウェイラー将軍が来た!」
    気が付くと伏兵の猫に囲まれて退路を断たれ成す術もなくわが軍は壊滅した

    • +2
  4. ご褒美に牛肉あげるのはいいんだけど
    捕まえたネズミは食べないのか…

    • 評価
    1. >>6
      近所の野良猫、小鳥は仕留めた直後に食べてたけど
      ネズミはペチペチ叩くだけだったなあ
      美味しくないんかね?
      カラスは咥えて飛んでたから多分食べる

      • 評価
      1. >>7
        ネズミはほねっぽいし、ドブ臭がするからあまり好きじゃないのにゃー

        • 評価

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