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スキタイ人の埋葬地「王家の谷」から発見された2500年前の墳墓

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(著) (編集)

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image credit:IgorPieńkos
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 ウクライナを中心に活動していたイラン系遊牧騎馬民族「スキタイ」の埋葬地が、永久凍土に閉ざされたシベリア地区に存在する。

 「王家の谷」と呼ばれるこの埋葬地から、2500年以上前の大規模な墳墓が発見された。

 この古代の墓には、月の形をしたペンダントや、青銅の鏡、黄金のイヤリングなど、さまざまな副葬品と共に、葬られた女性と子どもを含む5人が埋葬されていた。

スキタイ人の埋葬地、王家の谷で発見された墳墓

 発見された墳墓は、スキタイ人が作ったものだ。スキタイ人は、紀元前8世紀頃から紀元3世紀にかけて、ウクライナを中心に大草原で活動していたイラン系の遊牧騎馬民族である。

 こうした墓はクルガンとも呼ばれる。豪華な副葬品と共に眠るこの女性のクルガンは、これまで発掘されているスキタイ人の首長の墓からわずか200メートルしか離れていないところにある。

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発見された女性のクルガン / image credit:IgorPieńkos

 「この女性は、遊牧民社会で重要な地位にあった人物だと思います」こう語るのは、ポーランドの研究チームを率いる、クラクフのヤギェウォ大学の考古学者ウカシュ・オレシュチャック氏は語る。

 とくに三日月のペンダントは目を引くものだったという。

「このペンダントは、被葬者が男性であることを示すものだと思っていましたが、女性がこの服装品と共に埋葬されていたのです」

 以前、同じような形のペンダンドが、男性が埋葬された南シベリアのクルガンで発見されていたのだという。

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女性の遺骨のそばで発見された金の副葬品 / image credit:IgorPieńkos

5人の遺骨が発見される

 古代エジプトの王家の谷にちなんで、ジャーナリストが名づけた、シベリアの”王家の谷”は、考古学者の間では1世紀以上前から知られていた。

 ロシア共和国時代、トゥーヴァのトゥーラン・ウユクとして知られるこの巨大な谷には、スキタイ王室の墓がたくさんある。

 これまでの発掘で、紀元前8~9世紀にさかのぼるクルガンから、もっとも古いスキタイの高官の墓が見つかっている。

 だが、クルガンのほとんどはまだ正式に発掘調査が行われていないという。

 研究チームは、2019年から2021年にかけて、この谷の発掘を行った。空中レーザースキャンで発見された今回のクルガンは、直径25メートル、破壊されて中央が平らになっていて、高さはわずか30センチとかなり低いという。

 発掘中に、5人の遺骨が見つかった。中央にあるひとつの玄室は略奪されていたが、矢などの武器がおさめられていて、ここには戦士が埋葬されていたと考えられる。

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王家の谷の発掘調査場所 / image credit:IgorPieńkos

身分の高い人の為の埋葬地

 3層の梁で作られた未盗掘の木の玄室には、ひとりの女性と子どもの遺骨が埋葬されていた。この地域には木があまりないため、木材はとても貴重なものだった。

 つまり、木がふんだんに使われたこの墓は富の象徴ではないかという。

 解剖学的分析によると、この女性は50歳くらいで亡くなり、子供は2~3歳だったことがわかった。

 女性の頭の近くには、三日月のペンダントをはじめ、帽子の一部と思われる黄金の装飾品、鉄のナイフ、革ひもで青銅の鏡につながった彫刻が施された木の櫛など、多くの副葬品があった。

 この櫛と鏡のセットは、革の袋の中に入っていた。女性と子供の死因はまだはっきりしていない。

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木の墓室の中に一緒に埋葬されていたスキタイ人の女性と子供の遺骨 / image credit:IgorPieńkos

 ほかには、ナイフや砥石などの武器や、金の装飾品と共に埋葬された若い男の戦士の遺体があった。さらに、クルガンのはずれの穴には、十代の若者の遺骨があった。

 墓の外周部や周囲を取り囲む溝の外側に子どもの墓を作るのは、初期のスキタイ文化における典型的な葬儀法だという。

 金属探知機を使って調査した結果、クルガン周辺からも複数の乗馬道具、青銅の斧、ヤギの形をした装飾品などの遺物が発見された。

 これらは、20世紀になってからの集団農場の耕作作業のせいで、周辺に散らばってしまった可能性があるという。

References:2,500-year-old burial mound found in Siberia’s ‘Valley of the Kings’ | Live Science / written by konohazuku / edited by / parumo

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この記事へのコメント 8件

コメントを書く

  1. あのモンゴルの進撃を食い止めたのもスキタイ系の人たちなんでしょ?
    なんか凄い民族だね。

    • +1
    1. >>1
      モンゴルとスキタイって遥かに時代が違うんだが

      • 評価
  2. 子供がまず亡くなって
    婆ちゃんないし曾婆ちゃんが一緒に入ったと勝手に想像した

    • -1
  3. スキタイの金属工芸は本当に美しいよね。

    文句みたいでアレだけど、墓が見つかったトゥヴァはロシア連邦内の共和国であってロシア共和国時代ではない。ショイグ国防相の出身地。
    トゥヴァ共和国はウクライナよりはるか東にありモンゴルと国境を接している。なので、スキタイの勢力圏はとても広大で、ウクライナ中心とはちょっと言えないと思う。記事の内容ともズレてる。

    • +1
  4. >3
    ロシア共和国時代にトゥーヴァのトゥーラン・ウユクとして知られていた場所って話じゃないのか?

    • +2
  5. スキタイはあらゆる騎馬民族の祖とも言われる。黄金とグリフォンが好きでたびたびギリシャと対峙した。アケメネス朝ペルシャと同盟関係にあって騎兵部隊としてアレクサンダー大王と対峙したこともあるようだ。やがて黒海沿岸でギリシャ側から逃れたアマゾネスと集団結婚しサルマタイという民族を生み出したという。

    • +1
  6. モンゴルの広がりとどちらが広範囲だったんだろう?

    騎馬民族なのに、細やかな金細工とか、工房が必要なことや岩絵や暦らしきものが残されていて、謎が深まるばかり。

    • 評価

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