イギリス最古の刑務所「クリンク」
 1144年、イギリス・ロンドンのテムズ川南岸エリアに建てられた「クリンク刑務所」The Clink)」は、イギリス最も古く、最も悪名高い刑務所として知られている。

 1780年の暴動で2度目の全焼をするまで運営されており、現在その跡地にはクリンク刑務所博物館が建っている。

 この刑務所内では、恐ろしい拷問が行われていた。「クリンク」という言葉がイギリスで刑務所を示す俗語になっているのも、当時の忌まわしい歴史が語り継がれているからだと言われている。
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平安時代に建てられたイギリス最古の刑務所

 ロンドン・テムズ川南岸に1144年に設立された「クリンク刑務所」は、国内で最も古く最も悪名高い刑務所として有名だ。日本では平安時代にあたる。

 ロンドン・ブリッジやバラ・マーケットがあるこの地域は、今は人気の観光スポットだが、当時は犯罪と隣り合わせの歓楽街として知られていたという。

 本来、この刑務所は君主ではなくウィンチェスターの司教が所有していた。

 1109年、ウィンチェスター主教ウィリアム・ギフォードは、ウィンチェスター・ハウスという宮殿をこの地域に建てた。

 その隣には、僧侶や司祭および教会の規範を破った聖職者たちが収容される多くの独房が設置された。それが、クリンク刑務所の始まりだ。

拷問の厳しさで悪名が上がる

 1144年から1780年まで、およそ600年にわたり運営されたクリンク刑務所では、拷問とも言える厳しい罰が多くの罪人に与えられた。

 収容された罪人は、宗教的反逆者、異端児、債務者、売春婦、悪党など実に様々で、彼らは独房に監禁され、棒で打ち叩かれ、パンと水のみを与えられた。
 足枷と鉄の鎖をはめて眠りを妨げられたり、足が腐るまで水中に立たされたりした結果、飢えと拷問の厳しさで深刻な栄養失調に陥った囚人が死ぬことも少なくなかった。
 また、不貞行為で有罪判決を受けた女性囚人は、棒で縛られて沸騰した油の鍋に吊るされたという。

 クリンクという名は、刑務所のドアがボルトで閉められた時の金属音や囚人が身に着けていた鎖の「ガタガタ」という音に由来すると言われており、今ではその言葉そのものが「刑務所」を指す俗語になっているほどだ。

 一般的に囚人らは非常に厳しく扱われたが、一方で公然と賄賂も行われていた。

 看守に金銭を渡せば、囚人らはよりよい部屋や寝具を与えられた。更には、外に出て物乞いをしたり、仕事をしたりすることさえ許されていたが、飲み物と食べ物は外部価格の2倍を請求されたという。

 当時の社会は、一時期この刑務所内で売春宿が経営されるなど、腐敗が蔓延していたようだ。
Medieval England's Most BRUTAL Prison - The Clink

暴動により全焼した後、更に大きな刑務所に

 1450年、新労働者法が設立されたことをきっかけに、クリンク刑務所は攻撃の対象になり、全ての囚人が解放され、聖職者たちは殺害され、暴徒たちは刑務所を焼き払った。

 反乱が鎮圧した後、クリンク刑務所は再建され、より大きな刑務所となる。

 メアリー1世が1553年に王位に就いた時、そこはプロテスタントなどの異端者を投獄するための場所となった。

 囚人の中身は変わっても、拷問の厳しさは変わらず、飢えて死ぬ囚人が出た。餓死しなかった囚人は、処刑された。

2度目の全焼、刑務所は博物館に

 エリザベス女王が引き継いだ後も、多くの宗教的迫害者がクリンク刑務所に収容された。

 1649年になるとクリンク刑務所は不動産開発業者に売却され、その頃には刑務所のほとんどの囚人は債務者だったという。

 18世紀初頭になると、維持費がかさむという理由から収容される囚人も激減。やがて、1780年、,ロンドンで発生した英国史上最大の暴動「ゴードン暴動」の最中に、この刑務所は2度目の全焼となった。

 ゴードン暴動は、ジョージ・ゴードン卿がプロテスタント連合に働きかけて反対運動を組織し、1780年6月2日、呼びかけに応じたおよそ6万人もの群衆が請願をたずさえて議会を取り巻いた事件だ。

 群衆の一部は暴徒化し、カトリック教会や学校、住宅や店舗、銀行を襲い、、市内の監獄から2000人近い囚人を解放した。

 クリンク刑務所ついに600年の古く長い歴史に幕を下ろした。

 現在、跡地にはクリンク刑務所博物館が建てられており、拷問器具などが展示され、当時の刑務所の様子が体験できるようになっているという。
References:The Clink / The Clink: England’s Oldest Prison | Amusing Planet / written by Scarlet / edited by parumo
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コメント

1

1. 匿名処理班

  • 2022年04月22日 03:15
  • ID:lw6Z6qCT0 #

1000年経っても人間変わってないな。残虐性は海外へ向かったと。

2

2. 匿名処理班

  • 2022年04月22日 05:45
  • ID:SJIo8QOc0 #

ロンドンダンジョンといいイギリスはこういう闇の歴史的お化け屋敷みたいなのがあってワクワクするね

3

3.

  • 2022年04月22日 06:36
  • ID:G2kR3YjG0 #
4

4. 匿名処理班

  • 2022年04月22日 08:33
  • ID:5LI6pD830 #

1100年代つったらブリテン島をヴァイキング(ノルマン人)が征服した頃ですな
そりゃヴァイキングの時代に建てられた刑務所ならさもありなんという

5

5. 匿名処理班

  • 2022年04月22日 12:56
  • ID:l9Y7oLso0 #

>>4
その頃のノルマン人はゲルマン人本来の伝統的な未開民族宗教から脱して、既にキリスト教に改宗していたはずだから先祖より残虐性は多少和らいだはず。ただ、それは表面上だけの話しであって、彼らの根っこにあるキリスト教化以前からの残虐な民族性というか本性までは改善できずに受け継いでしまったのかもしれない。
改宗からそれほど時間が経ってないのもあるし、保守的なノルマン人なら尚更そういう傾向は強かったと思う。

6

6. 匿名処理班

  • 2022年04月22日 16:58
  • ID:5LI6pD830 #

※5
ちがうよ
キリストの教えを信奉しつつも各地を侵略しまくってたんだよ。それがヴァイキングだよ

7

7. 匿名処理班

  • 2022年04月22日 20:06
  • ID:KRMPU.5t0 #

※2
イギリスの人たちの気質だと思う
罠好き、迷宮好き
こだわりを感じる
この博物館の併設店舗がバーガー屋なのも絶対ブッチャー的アレなジョークだろうね

8

8. アユラ

  • 2022年04月23日 12:47
  • ID:kESVaZyN0 #

私営でやっているっぽいですね。

9

9. 匿名処理班

  • 2022年04月25日 05:32
  • ID:.XqkmAID0 #

松岡なつきさんの『Fresh&Blood』で出てきたと…。
主人公が入れられた牢獄がここだった記憶。

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