この画像を大きなサイズで見るいつも穏やかなASMRで我々にいやしをあたえてくれたウサギのピプキンくん。実は彼、下の動画を撮影した後の5月の末に、虹の橋を渡って旅立っていってしまっていた。
しばらくの間、失意に暮れていた飼い主さんたちだが、この度新たに1匹のウサギを引き取ることにしたんだそうだ。
警戒してソファの下から出てこない新入りウサギ。
この画像を大きなサイズで見るご主人が特製のランチプレートを作って来たよ。「クンクン、美味しそう!」と、なかなか好反応な様子。
この画像を大きなサイズで見るよかった、ムシャムシャ食べてくれたよ!
この画像を大きなサイズで見るこの子はこの冬、雪の中で保護されて、シェルターで過ごしていたんだそう。ニンゲンのことは「大キライ」レベルだったみたいだが、撮影者さんの献身的な努力もあって、少しずつ心を開いて来ているようだ。
「ピプキンと過ごした経験から、私はウサギの飼育についてはある程度自信を持っていましたが、実は何も知らなかったことに気づかされました」と、撮影者さんは語っている。
「お代わりはないのかな?」
この画像を大きなサイズで見る今年の3月に13歳のお誕生日を迎えていたピプキンくん。ダッチの寿命は平均して5~8年だそうなので、ピプキンくんは大往生といってもいいのかもしれないね。
新しく来たウサギさんは、まだ名前がないみたいだ。いい名前がつけられたら、またここでご紹介しようと思っているよ。
written by ruichan
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親族が亡くなって代替品で満たしてる人っていないのに
ペットは不思議な価値基準だな。「新おばあちゃんです」
ってインターホン押して来られても困るけどさ。
※1
人間関係で癒されるのが代替品なんじゃないかな
悲しみを癒してくれるのが旧知の仲の間柄であるか、
新たに築いた人間関係であるかも色々だけど
ペットも、複数飼っているお宅だとそこで新たな子を迎えることは少ないと思う
※1
「猿の手」だな。
「猿の左手」もおすすめ。
>>1
死別して再婚する人もいるし子供を亡くしてまた作る人もいる
代価品じゃない。失ったものはかけがえがない
でも人生は長いし、一緒に生きてく家族を求めるのも自然な感情じゃないかな
※1
単に言い方の問題では?
私もあなたのことを「倫理を大事にするとても繊細な人なんだね」と言えるし、
「はじめに代替”品”という言葉を使うのはとても賢い人だね。後にコメントする人はその言葉を使わないといけないからね」とも言える。
代替品じゃないしね
新しいおばあちゃん じゃなくて さとこさんを見送って寂しいともこさんが天涯孤独なさちよさんとお友達になる感じだし
ピプキンくん13年も生きた子なんだ
この子とも沢山一緒に過ごせるといいな
うさぎ飼いだけど、うさぎってとても神経質で普段と違う環境に連れて行くと物凄いストレスを感じるはず(個体差はあるにせよ)
湖に連れて行くとか正直考えられないんだけど、それが引き金になったとかないかな……あまり言いたくないけど。
※5
自分もうさぎ飼いだから言いたいことはよくわかるんだけど
すごくちゃんとした飼い主さんでうさぎのことをよく理解して
普段からずっと正しい世話をしてなかったら
ピプキンさんもとうてい13歳まであんなに元気でいられなかったと思う
虹の橋を渡った~、って前にもここの記事のコメント欄で突っ込んだけど、
ペットが死んだら行くのは「虹のたもと」
そして飼い主が亡くなったら、待っていたペットと一緒に虹の橋を渡るんだよ
「虹の橋」って名称だけが先行して、SNSでもペットが亡くなると「虹の橋を渡りました」って書いてる人多いけど、大好きなペットをひとりで渡らせちゃダメだよ…
>>8
虹のたもとだろうが向こうだろうが、いずれペットロスを慰める言葉遊びに過ぎない
慰められるならそれが正解なんだろ