この画像を大きなサイズで見るグルジアのバシ村で、1995年に亡くなった息子の遺体を木製の棺に入れ地下室に安置し、天然樹脂などで防腐処理をし、アルコールを含んだ布で遺体を巻き、毎年誕生日には新しい服を着せているという母親がいるという。
すべては愛する息子の為。そしてその息子の子どもである孫の為だ。
ツィウリ・クワルツヘリーさんの息子、ジョニ・バカラゼさんは22歳で亡くなった。バカラゼさんには当時2歳の息子がいた。クワルツヘリーさんは、孫にあたるこの子が、父親の生前の顔を拝むことが出来るようにと、遺体を保管することを決意した。その孫も今では20歳。孫は当たり前のようにミイラ化した父親の姿を見て育った。
この画像を大きなサイズで見るクワルツヘリーさんは、毎日こまめに遺体のメンテナンスを行っている。腐敗の進行を防ぐため、アルコール(ウォッカ)で体を入念に拭く。肌の色が黒ずむのを防ぐため、遺体の下に敷いたシートも毎日変える。エンバーミングの方法は自らが独学で習得したという。
ところが、最近の4年間は遺体の崩壊がひどくなった。クワルツヘリーさんは、自らが健康を害し、以前のようにまめに息子の面倒が見られなくなったため、崩壊の進度が速まったと考えている。それでもなお、息子の遺体を埋葬する気にはなれないそうだ。
















日本猿の母親も死んでミイラになった我が子を手放さない事があるらしいね
こういうのってどうなんだろう・・・
自分も肉親を亡くした時、酷い喪失感に襲われたけれども、心の中での思い出は消えないし未だ生きている気さえする。
bump of chickenさんの歌「花の名」の詞にもありますが、多くの風景などは忘れても一緒に居たことは忘れないみたいな意味が出てくるけれども、まさにそうなんじゃないかなと思う。
書いているうちに言いたいことがわからなくなってきたけれども、個人的には埋葬してあげてほしいな。
この技術を古代エジプトや中国なんかに教えたら延々と保存してくれたかも…!
…狂ってる
亡くなった人にとって良い事なのか、当事者なら気持ちはわかるのか、不気味な人達なのか
何だかわからなくなってきた
肝心の見たいところがモザイクやんけ~
現実が苦しいんだね。
愛の形
なんびとも あってほしい
心です。
そろそろお墓に眠らせてあげようよ…孫ももう十分見たからいいだろ
ホルマリン漬けはどうなの?
うぉ
ウォッカ!?
切ないな…
この母親の気持ちも
20歳の孫の気持ちも
死に引きずられてたら前には進めない
我が子に先立たれた悲しみは深いのだろうけれど、いつまでも執着していては
息子さんも天国に逝きづらいだろう。
もう土に還しておやりよお母さん。
凄いお母さんだな。
埋葬した方がいいんだろうけど、そうすっとこのお母さんは生きがいみたいな物が無くなって元気無くしたりするかもなぁ。
肝心なところにモザイク…
死なないように気をつけないとな
うーむ、これも愛の形か……
色々思う所はあるけど軽々しく言っていいものでもないんだろうなあ
多分日本でやったら罪だよねぇ
ここの宗教は何だろう、キリスト教なら良く許したね…。
そこまでやり続けたら遺体に愛着湧いてどうしようもないだろうな
犯罪まがいの話かと思って開いたら妙に胸が締めつけられた。
てっきりアメリカみたいに血液のかわりに防腐剤ぶっこむような本格的なのをがんばったのかと思ったらちがった
私は結婚はしているが子供もなく男性なので、子を失った母親の悲しさや母性愛は一生涯分からないだろう
ただ棺の中で眠り続ける息子さんは、母の健康と平穏な生活を願っていると思った
エレナさんを思い出した
死せる花嫁ってやつ
涙が出る。
死して尚、愛息の遺体を労る母。
己の死後は誰も同じ事は出来ないと言う事は十二分に理解できているはず。
それでも亡骸に手を入れる事を止めない愛情の形は、わからない人にはわからなくて良い
弔い方は人それぞれだと思うけど…
孫も成人したし、
お母さん以外にメンテナンスする人がいないなら
もう土に帰してあげてもいいんじゃないかな…
テーハミング(防腐処理)。
基地外と言ってしまえばそうだけど、許されるなら自分もしてしまうかも。
死を理解できない人って大体こうだよね。
息子も安心して成仏出来ねぇだろ
切ない程の愛だ。前に進むってのは難しいけど大切なことなんだよな。
会えなくなるのは、嫌だよな
きもちは、わかるけど・・ん~・・
ま、まあ死んでもなお愛されるってのは幸せなことだよ・・・ね?
世紀末の詩か
ゆっくり休ませてほしい。
今のうちに、綺麗な姿で。
ドラウグルやんけ
愛と狂気は紙一重
ミイラ化しながら徐々に崩壊していく父親を見ながら育った息子の精神状態を思うと…。
すごく切ない気持ちになった
ロシアはレーニンのためにエンバーミング技術が優れているんだっけ
どうしても嫌悪感を抱かざる得ないのは、自分が日本人だからか…?
ううううーん…自分がされたいとは思わないけれど嫌悪感はないかも
生きがいなんだな・・・。
う~ん・・・正直おぞましいとしか思えないわ
気色悪くて吐き気がする
お墓に眠らせたほうが亡くなった当人が楽になる、ならない、
なんてのは生きてる人の勝手な思い込みなので、
お母さんの好きにさせたらええよ。
今でもしゃんとして受け答えしているおばあちゃんが20年前から始めたことだから、狂っているってことではないんだろうね。ただ俺とは感覚が違うな。
ある意味ゴミ屋敷婆と同じ心理の様な。
そうやらずには居られない、オブセッションという意味で。
遺体=ゴミ という意味では無いので念の為。
ローズ・イン・タイドランドの基地外婆が実在したとは
気持ちは分からないでもないんだけどなぁ…
孫に父親の事を伝えたいなら生前の綺麗な写真と綺麗な墓標と綺麗な思い出話の方が健全だったんじゃないかな
人を愛するって事は単純に「良い事、善」と見なされがちだけども
愛それ自体には善の属性など無く、愛という感情を発端に引き起こされる行為には
醜いものや悲惨なものもある。愛の行為は常に美しいばかりではないのだ
この吐き気を催すような行為も愛ゆえに行われているとするならば
私は愛など要らない…
最愛の息子に、ずっとそばにいてほしいのか
愛ってほんといろんな形があるんだな
切ないな…
お母さんの気持ちの理解はできるが、自分の宗教観では「これでは息子さんは執着(しゅうじゃく)を絶てないし、成仏しづらいだろうな」とも思ってしまう。
でもキリスト教的にはこれで最後の審判待ちもありなんじゃないかな、遺体を焼いたり灰を川に流したりするのが最後の審判で復活できなくさせる条件らしいし。
死にそれ以上の価値を見出してる人にはしんどいだろうけど
全てのものは生きている人のためにあるべきだから
この人たちが幸せなら無理に埋葬しなくてもいい
こういっちゃ何だけど、お母さんももう老い先短いだろうし
彼女が逝ったときに一緒に埋葬すればいいんじゃない
こういうのは良い悪いとか正しい間違いとかの枠には嵌まらない
「死んでる」ってことは、ちゃんと受け入れてるのか?
他人が「~すべき」とか口出す問題では無いよね
割られてしまった皿の事をいつまでも悲しめば、割った本人を責め続けるようなものだ。
命を無くしてしまった息子さんを責める様なことはしないほうが良い。
独学ってババア凄すぎだろ
家族を燃やしたくないから火葬という文化をなくして欲しい。
ルーマニアやロシアの生前の姿を描いた墓碑とか
どうも東欧には生前の姿を残そうとする文化があるように思う
※57
大げさに例えるなら
みんながピラミッドやタージ・マハルを建てたらどうなるか。
時間も場所も労力も有限なのはこの婆ちゃんを見ての通り。
一介の主婦が独学でやって今までそれなりにできてたってのがすげえよ
許されているんだし、お母さんが思うところまで続けてください。
映像見る限りでは、もう悲しみとか通り越した次元にいるようだし、外野がとやかく言うのもお門違いかなと思った。
自分の骸を手入れする時間を、花や別の命に費やして欲しい。
自分がされたいとは思わないが、もし今、両親を失ったら許されるなら同じ事をしてしまうくらいには愛してる
でもこの行為の辛さには耐えられないかもしれない
どや顔写真の人がミイラかとおもった。
もう写真でいいじゃない。
呪縛から開放された方がいいよ。
軽々しく否定するコメには同意しかねるな
これはこの人にとって愛の形なんだろう
でも過去にずっと囚われてるのは悲しいな、前を向いて欲しい
古代人のミイラ作りには宗教的な意味合いがあってやってた事で、このおばちゃんがやってるのは単なる執着だから潔くは無いよなぁ
歪んでると思う
生きてくことはゆっくり死に近づいていくことなんだから、受け入れないとな。
受け入れ方は人それぞれだろうけど。
まあ墓に入ることや、火葬されることが故人の解放や自由を指すわけではないと思う
見た方がどう思うかは別としても
死んだらそれで自由さ、故人自身に意識なんてない、という宗教観の人も多いんではない?
墓に入れるのと入れないのと、どっちが良いかは生者が決めるのであって、
死者にとってそれが本当に良いかは分からない
自分は物事の本質を分かっているようで分かっていない瞬間があるのだと
いうことを忘れてはいけない
肝心の息子の奥さんがまったく出てこないんですが・・・
もう駄目だこりゃと思って遠ざかってるとか?
子供、既に親が死んだ年齢と同世代になってるしな
最近の四年で遺体の劣化が進んだってのも、素人の独学保存じゃそれが限界だったってことだろうし・・・もう潮時だって理解させてやったほうがいい
こんなことに20年近く費やした時点で、哀れでしかないしな
確かに愛の1つの形ではあるのだろうけれど…
信仰心なのか強迫観念なのか統合失調症なのか。
それとも単なる隠れた性癖なのか(腐敗臭いに興奮するとか…)
愛ではなく愛と勘違いしてるだけ
なぜならそれは単なる肉塊だから
単なる肉塊に息子の人格を重ね合わせて見るのは錯覚
愛は息子の人格そのものに対するものであって、それを肉塊に重ねて執着するのは愛と勘違いされた執着でしかない。
肝心のお孫さんはどう考えているんだろう?
20ならもう大人で、色々と考えているだろうし、祖母と話し合う事も出来るだろう。
このまま遺体を保存するのでも、機会を待って埋葬するのでも、自分と祖母の幸せの為になる選択をして欲しいな。
普通に異常…
死生観みたいなのが違うのだと思うけど、
18年かけても処理をやめたら腐ってしまうんだな
処理をしなくても低コストで保存ができる方法を探そうとは思わなかったんだろうかね
寝てるみたいな状態希望となると、有名な幼女のミイラか、最近の技術なら中国のアレくらいしか思いつかないけど
『はだしのゲン』だったか、別の被爆短編だったか忘れたけど、中沢啓治の漫画に「原爆で焼け死んで腐敗し、蛆だらけになってる息子の遺体の側から離れない、年老いた母親」が登場してたっけな。その母親、遺体の口開けて「おはぎ」を食わせようとしてるんだけど、良く見たらそれはおはぎじゃなくて、大量の蝿がたかった饅頭なんだ。当然蝿は母親の身体中にもたかってるんだけど、「息子の生まれ変わりみたいだから、振り払えないんだ」って言っていた。
この話を覚えてるから、このジョージア人のお婆さんの行動を見ても、それ程不思議には思えなかったな。
祖母が長年の介護生活の末に旅立って、お葬式の後に火葬した後、なんだか楽になったように見えた。単に自分の感想だけど。
生きてるときに身体を保っているのは自然で本人の意志だけど(自律神経的なことも含めて)、死んでも身体を保つのは不自然で、本人にとってしんどいことなんじゃないかと思った。
死んだらもちろん意識はないけど、その肉体が物体として壊れようとしているとき、それを無理矢理世界に保ち続けようとさせるのは、なんだか虐待のように感じる。