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ゲゲゲの鬼太郎で知られている水木しげる先生が本日朝、東京都内の病院で心不全のため亡くなったそうだ。93歳だった。カラパイアでも水木先生の作品に関連する記事を何度か紹介させていただいており、個人的に思い入れも深い。
子どもの頃、大人たちが脅かす「お化けがでるよ!」にビクビクしていた私だが、水木先生の描くお化けはどこかすごく人間じみていて、怖がっている人間たちのほうがよっぽど怖いということを教えていただいた。
悪いお化けもいたずらお化けも、心の底には良い心もあって、善も悪も明確に分かれているわけではなく、状況次第では誰もが簡単にひっくりかえってしまうということも学ばせていただいた。ねずみ男のスラっとした体形と頭巾スタイルに恋心を抱いちゃったこともある。私がこんなに目玉好きになったのは、目玉親父の影響なのかもしれない。
というわけでいろいろな思いが交差するわけだが、妖怪でも半妖怪でも人間でも、なんだかんだでもめながら共存しているそんな世界のすばらしさを教えてくれた水木先生に心の底からのありがとうを伝えたい。
水木先生のことだから、今頃妖怪たちとあの世で大運動会でもしてくれているといいな。

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本場へ取材ですな。逝ってらっしゃい、先生!
本体はまだ生きてる。今回は入れ物が劣化しただけ
♪みんなで歌おうゲゲゲのゲ
考えてみたらリメイクされてもこの主題歌だけは絶対だったなぁ。
目玉のおやじの声も。
これからまた何年かしてまたリメイクもされるのかも知れない、
もう目玉のおやじの中の人もそれを産みだした人も居ないけれど
時代が鬼太郎を求める時がまた来るんだろうと思う。
そう言う意味では、彼は間違いなく創造神だったのだと思う。
昔から父が水木先生のファンでその影響を受けてか私も妖怪好きになりました。惜しい人を亡くしたというよりもゲゲゲの森で鬼太郎達と楽しく暮らしてるのが目に浮かびます。
妖怪が幽霊になっただけだ(´・ω・`)
何も悲しむことはない(´;ω;`)
神話が好きで地元島根を愛してる人だったなぁ
※6
島根じゃなくて鳥取ね…。
※40
むしろ渡し舟のヘリから身を乗りだしてスケッチに夢中になって
船頭さんに叱られてると思うの
※57
それこそ、「良くぞ来た!」って大宴会してるのが見えるようだよ…
※40
横からだが、確かに県でくくれば地元は鳥取なんだけど、水木先生の活動や思い入れをから考えると地元は境港を中心とした鳥取県西部から島根出雲方面。※3が言ってるようにどっちかっていうと島根よりだと思うぞ。
前に漫画のなかでも自分の前世は出雲古代人だったのかもとか言われてたし。
水木御大好きな鳥取県人より。
※6
おまえのせいで笑ってしまうわww
※6
まあでも、武良家の出身は隠岐の島と言われてるし、出雲神話へのこだわりもあったから、あながち間違いでもないと思うよとフォローしておくw
現時点で一番新しく買った先生の本は、夏に”日本のいちばん長い日”を見た帰りに買った”総員玉砕せよ”だな。
映画のできについてはコメントしないけど、本屋で表紙を見たら無性に読みたくなった。
この人なら漠然と120歳くらいまで生きると思ってた。
2年くらい前に図書館で戦記物や自伝漫画を借りて読んだけど、妖怪モノとは全く画風が違うよね。失礼ながらあまりの画のうまさ驚愕した。熱帯植物の書き込みの細かさとか
アンパンマンの故やなせたかし氏もそうだったけど、年齢に対して食生活が有り得ないくらい元気なんだよね。
半年ぐらい前に水木氏がハンバーガー食ってる画像を見てびっくりしたわ。
鬼平犯科帳の池波正太郎は、妻に食事を必ず4品課してた為に本人が亡くなった後の妻は、食事を一切作らなくなったとか。
男の長寿は日々の嫁さんの栄養管理の賜物だろうね。
男は好きなものだけ食べる癖あるから、食事にこだわる嫁さんがいないと50代ぐらいで死ぬ。
※8
水木先生は大食漢でよく寝るがモットー人
長寿の人の生活見ると食事に対して気を使ってないが必ず3食食べてちゃんと寝てる人
が多い。
池波先生は食道楽でも享年67歳、比べてる人が全然違うね。
※8
子供の頃に天然食品食べてると長生きしやすくて、逆に成長期に加工食品ばっか与えられて育った人は体質が病気になりやすくなって50~60で病気になって死ぬみたいな話聞いたことがある。
子供の頃に食べる食事は躾と同じで一生体に染み付くらしい。ウソかホントは知らんけど。
※8
何でも食べる人だったけど、お酒だけは飲まなかったんだよね。
パパイヤやバナナなんかも好きだったとか。
実は、酵素がいっぱいあって毒素を消してくれる効果があるらしい。
私たちの目には見えなくなっただけで
妖怪として生きてるさ
子供のころ、ゲゲゲの鬼太郎の漫画が大好きでよくお世話になった。
水木しげる先生は亡くなっても、鬼太郎や目玉のおやじと一緒にいるんだろうな。
いつか子供ができたら、一緒にまたゲゲゲの鬼太郎を楽しみたい。
人界の修行を終えられて、次の段階へ行かれたんだなー、とすごく自然に思える
『睡眠のチカラ』というタイトルの、
水木先生が睡眠時間を削ってるという手塚先生&石ノ森先生に注意をしている漫画あったよね
椅子に座りっぱという不健康な生活をしている職業筆頭の漫画家としてはとても長生きされた方だと思うわ
長い間お疲れ様でした
文字通り腕一本でよく質・量ともあれだけの作品群を描かれたものだ
刺激的な少年時代を送らせていただいてありがとうございました
水木しげる先生の訃報、ご冥福をお祈り申し上げます。
おばけ、とか妖怪って、そもそもどういう存在なのか未だに良く判らない。霊が変化したものなのかね?なんか違う様な気もするんだけどな。自然界のパワーと人間とか動物の霊が融合したものなのかな?と私は漠然と捉えている。
ついに先生自体が妖怪になられたんだな。
生まれ変わりと思って悲しい気持ちはしまっときます。
大人になった元子供が妖怪ネタで世代を超えてトーク出来るのは
先生のおかげです。
ツイッターで、水木先生が元気におやつ食べてるとかの近況を拝見するのが楽しみでした。
綿密で繊細なイラストや作品、大好きです。
心よりご冥福をお祈りします。
三途の川にはサインを求めた百鬼夜行が、列をなして待っているのです。
なに、御大は妖怪の世界に遊びに行っただけさ、いつか妖怪として帰ってきてくれるよ
まあ、妖怪の世界が楽しすぎて人間界に帰ってくる気がなくなるかもしれんけど、その時は俺らが御大のもとに行くだけさ
夜は墓場で運動会だな
ウルトラマンにもセーラームーンにも馴染めなかった幼少期の私を救ってくれたのは、いつも朝9時からやっていたゲゲゲの鬼太郎のアニメだったな。あの独特なアンダーグラウンドな世界観が小さな頃の全てだった。育ててくれてありがとうございました。水木先生。いつまでも尊敬しています。
今頃、三途の河辺りで、必死にスケッチを描いているかもね。
「おおお…これが夢にまで見た三途の河か?本物は迫力が違うわい!」
とかなんとか言いながら、創作活動していそうな感じだ。
妖怪ものも良いけど、昭和史ものも味わい深くて何度も読みました。たくさんの作品を有難うございました。
水木先生の絵は本当に独特で、凄く!存在感のある印象に残る絵で、子供の頃夢中になって読んでいました。楽しい時間をありがとう水木先生。
善が悪を倒すっていう単純明快なヒーローものばかり目に入ってきた幼少時代に鬼太郎やのんのんばあなどの作品は特異的で、大きな影響を受けました。
子供向けじゃない作品は理解できない描写も多かったけど、分からないものを分からないままに飲み込むということを学んだと思います。そうしてでも読ませる沢山の魅力がありました。
ご冥福を、というよりはあの世も楽しんできてください!
とうとう亡くなったか。残念には思うけど悲しいのとは違って不思議な感じ
生前から妖怪とかあだなされてたからか
妖怪大戦争とかいう映画で妖怪の親玉みたいな役をやってたのがそのままのイメージ
さっき駅の掲示板でニュースを見て驚きました。先生の描く妖怪も、先生ご自身もとてもチャーミングで大好きでした。
水木先生訃報の記事で一番心に染みたタイトルでした。パルモさんありがとう。水木先生、妖怪になってこれからもお元気で!
水木作品は小学生の頃からすでにあったけど熱狂することなく、関連アイテムを欲しがることなく、非常に控えめながらも存在感のある作品だったな。
それからはや30年。 こういう人間になりたいと思うね。
最近、貪欲な食と睡眠が大事だと教えられました。
本人が妖怪だと思ってたけど、やはり人だったんですよねえ。
「ねずみ男のスラっとした体形と頭巾スタイルに恋心を抱いちゃったこともある」
あんたはコソッとナニを言っているのだ…
お化けにゃ学校も~試験もなんにもない♪
近所のセブンは、妖怪ウォッチの映画の前売り券を宣伝してる看板の絵は、鬼太郎だったよ。
水木先生で、妖怪を知った世代!何度も、リメイクされるてるけど、ゲゲゲの鬼太郎は、公害問題、自然破壊、人間のエゴや業を描いて子供に分かりやすいのに、深いんだよね。
今の子供は臭いモノに蓋で薄っぺらなギャグアニメばかりで可哀想だよね。
このニュース知ったときまず「えっあの人死んだりするの?」と思う程度には水木先生を妖怪寄りだと思ってた
今は「なるほどマジで妖怪になりにいったのか」って思ってる
妖怪がこんなにも身近なものになったのは先生のおかげだよなぁ
水木先生も赤塚先生もいつか死ぬってのは、世の中の不思議のひとつだ。
我々の生活の影に妖怪がいると思っただけで日々が豊かになったような気がする。
感謝しかない。
水木先生の貸本時代のことを書いた作品の仲に出てくる、戦前紙芝居の元締めみたいなことをしてたおじさんで、「これからは漫画の時代になる」ことを水木さんに教えた男の人ってその後どうなったんでしょう。他の人はけっこう有名なアニメーターになったりとか、足跡がわかる人が多いのですが、この人だけ調べてもでてきません。「カツーン!!」とさけぶあの顔がとても印象的ですが、ほんと、どうなったんだろう。
哀しいけど寂しいけど、きっと先生は飄々と三途の川を渡って行かれただろうから、私も笑顔で見送るんだ。
家にあった水木先生の妖怪図鑑が、今の自分のお化け好きオカルト好きの原点だと思う。妖怪達の怖いけどユーモア溢れる世界を見せてくれてありがとうございました。あの世でも元気で。
へぇー、この人も死ぬんだ。意外だなぁ。
鬼太郎に憧れて、靴を飛ばし、シャンプーでアンテナを作り、バスタオルに跨って空を飛ぼうとしてました。
水木先生ありがとうございました。
昨日 ネトメシの目玉みたらし団子の最後に 目玉のオヤジがでてたのは 何かのメッセージだったんだろうな
「この世は通過するだけのものだから、あまりきばる必要ないよ。」
先生の漫画のこのセリフが凄く好きでした。
いろいろな思い出をありがとうございます。
妖怪をオカルトから娯楽へ昇華させた水木先生、
鬼太郎の国へ旅立ちました。
※44
パルモたんの妖怪アンテナに、知らせが来てたんじゃないの?
で…、あ!あれ作らなきゃ!どうしても作るのよ!と…
生前に自分のお墓(運動会用?)をもう立てていたんだよね、水木先生。あの世に行ってしまったというよりは、これからはお化けになって、相変わらず私たちに夢と戒めを与えてくれるような、そんな気持ち。
様々な作品をありがとうございました。
さっき地元のニュースで見た
水木先生安らかに
お化けは死なない~♪
水木先生もきっと不死身のお化けに仲間入りしたのかな
「おーこんなんか、霊界」って言ってそう。
僕もオカルト好きの始まりはゲゲゲの鬼太郎でした。
子供の頃に鬼太郎の漫画と思って買ったら、太平洋戦争の従軍記?の様な漫画で愕然としたのも良い想い出です。
先生、ありがとうございました。お陰様で幽霊妖怪大好き人間になりました。
幼稚園の頃に鬼太郎を初めて見て興味を持ち、それから大人になった今でも妖怪が大好きです
民俗学、宗教学を学ぶきっかけをくださり、感謝しかありません
水木先生、鬼太郎や目玉おやじ、ゲゲゲの仲間たちとお幸せに!
93歳だし悲しくはない
ただ寂しいだけさ・・・
取材で南方の小島のシャーマンを訪ねたら、
「あなたには強いマナ(魔力)がある。こんな奇妙な人間は初めてだ」
って言われたんだってね。
水木先生、さようなら。また会う日まで。
パルモ姉さん、ネズミ男とプーチン閣下は少し似てると思うよ。
ここで訃報を知りました。
心より御冥福をお祈りいたします。
水木先生の戦争モノの漫画が印象に残っています。
本当に妖怪になっちゃったんですね…。こちらは寂しいけど、先生はあちらで楽しんでそうだから……寂しくないぞ!百鬼夜行がサインを求めて待っているコメントに笑いました。たぶん当たってる、それ。
世界の物の怪たちが悲しんでるでしょうね
いや、先生囲んで笑顔でどんちゃん騒ぎかな
境港の水木しげるミュージアムができて盛況なんだけど、
盛況になる前の寂れた鬼太郎ロードの雰囲気が水木世界ぽかった
ご冥福をお祈りします
地元民だけど物心ついた頃から鬼太郎が大好きだったな。
今では子どもと一緒にアニメを観たり鬼太郎列車を眺めたり。
いつまでも水木先生の大ファンです。
※58
境港に行く前日に米子で泊まり、商店街を歩いたが人気のないシャッター通りになったアーケード街というのはかなり恐ろしいものを感じたよ。
かつては老舗の人形店だったらしい建物の飾り棚に、古びた日本人形がぽつんと置かれているのを見たときに、確実にSAN値が減ったと思う。
こうゆう寂れまくった商店街には、今後絶対足を踏み入れないことにした。
反対に境港の水木ロードは楽しかった。こっちは良い”もの”がいるのだと思う。
物心ついた時には今は亡き祖父の膝の上で朝の鬼太郎アニメや妖怪百科本をワクワクしながら見ていたのを思い出す
思えば自分がお化けやら幽霊やらの世界を無闇に否定し忌避することなく、怖がりながらも受け入れ親しむことができたのはこのおかげだったんだろう
きっと先生ならマイペースにのんびり、世界中どこでも、あの世でも、フラッと行って適当に楽しんでるさ
※59
でもさ
>あとまあ、目玉だろ
お?次の器でも見つけたか?近いうちにまた天才が生まれるんだろう?
妖怪ポストが本当にあれば、御大に手紙出せるのにな…
まあきっと、妖怪たちと楽しくなさってることだろうさ
知らなかったのか?
お化けは死なないのさ
先生の「劇画 ヒットラー」はとてもよく調べてある力作です。多分、書店の水木しげるフェアで並ぶでしょうから、みなさん読んでみてください。
雪風に乗って帰って来た人なんだよな…お達者でッ
此の世のお話を是非共向こうの同僚達に聞かせてやって下さい
あ、出来れば彼の世の様子とか事情とかもこっちに出て来る時にもって帰ってくれると(ドゴォ
ビビビビビビッッ
人生初めて買った本が水木しげる先生の妖怪図鑑でした
あれから39年、今でも大切に持っています
心からご冥福をお祈りいたします
妖怪はいそがしが好き
妖鬼化は今でも宝物です。
子供の頃を思い出しますね。妖怪事典みたいなの持ってて読んでました。夕方のアニメも自分ちは勿論友達の家でもみんなで見たなあ。懐かしい。
そりゃ、お化けの世界より
今生きている世界の方が怖いに決まってるよ。
先生、世界のダークサイドから歴史まで、どんな人でも妖怪でも大丈夫だって教えてくださってありがとうございました!あちら側が楽しそうで、こちら側はどんどん寂しくなります。週末に妖怪大戦争(本人出演)観ます。戦争はお腹が減るものです。
ちょっと前ツイッターで硬いことで定評がある
井村屋のあずきバーかじってる様子がツイートされて
お元気な様子だったのに残念です
自分が妖怪をはじめとする幻想生物などが好きになったのも
鬼太郎の影響でした
昨年発行された「決定版 日本妖怪大全」は上等の枕もとい
宝物です
その昔読んでいた、きらきらした少女漫画や熱血する少年漫画よりも、長く長く大人になっても楽しませて頂きました。きっとあちら側では幽霊や妖怪達が「おーやっと来た来た」とやっていると思います。水木先生、あちらでもお元気で。
先生、今度の取材は三途の河なんですね。
奪衣婆に宜しくお伝えください。
渡しの船賃って経費で落ちるんですかね?
あと、取材も良いですけど、遊んでないで早く帰ってきてくださいよー。
…みんな、ずっと待ってますからね!
水木先生の場合は、そもそも妖怪だったから亡くなってないよ。
またひょっこり「フッハッ」と現れるよ。
前にたまたまラジオでやってた「妖怪人気ランキング」に、鬼太郎が上位でランクインされてたのは勿論なんだけど、「第○位、水木しげる」って言ってたのは笑ったwww
今後そういうラジオがあったら、本当の意味で妖怪としてランクインするんだろうか・・・・・・
すごくしんみりしてたのに
コメント読んでたら
亡くなったって感じがしなくなっちゃった
こんなに「旅立たれた」という言葉が
しっくり来る方は初めてです
安らかに眠るなんてもったいないことは
されないでしょうから
どうかあちらでもお元気で
割とマジで荒俣宏と京極夏彦が心配だ。。
こんなにいろんな人から愛される著名人ってそういないね
一度名古屋で行われた妖怪展で、サプライズでご本人が登場されました。
その時は「わっさすがに片足あっちに・・・」なんて思ったりもしたりなんかでしたが、なんて言うか、後で知ったのだが、やっぱり妖怪扱いされてたんですね(笑い)。
戦争に行って大変な苦労されて、水木先生の前の船も後の船も撃沈。マラリアにかかっても片腕なくしても日本に戻ってきて妖怪をここまで広めたのは、もしかしてバックについていた妖怪たちが「さ~俺たちをかっこよく紹介してくれよな!!」って言っていたのかもしれません。絵を描く右腕は無事だったわけだし。
きっと、妖怪たちが「もういいよ、一緒に打ち上げしようぜ!!」って呼んでくれたんでしょう。二度と戦争を経験しなくて済むように。
何人かの方もコメントされてますが、ほんとに不思議と悲しいよりは心から「お疲れさま、ありがとう。そして、あの世でもお達者で」と思ってしまします。
ご冥福を。あの悲劇を繰り返さないように少しでも、出来ることはやっていきますから。
残念な訃報なんだけど、でも心のどこかで、水木センセなら肉体から解き放たれて元気に飛び回ってるような気がしてる
うちの兄貴共々先生の妖怪達にお世話になってるわけだが、兄貴曰く
『今頃ぬらりひょん級の総大将として百鬼夜行の先頭を歩いてるさ』
の言葉に納得・・・
『あっち』でも元気にスケッチしていただきたい。
大変なこともあったでしょうが、終わってみれば極上の楽しい人生だったのではないでしょうか・・
子供の頃から水木さんの漫画で楽しませていただきました
心からご冥福をお祈りいたします
水木先生は間違いなく、人間界を出て本物の妖怪になられたのだろうね。
鬼太郎たちのようなユーモラスな妖怪も可愛くて好きだけど何よりも劇画調で描かれた時の、おどろおどろしい妖怪の絵が一番好きだった。
この世の者ならぬ迫力というのか、ほの暗く底知れぬ怖さと果の無い畏怖みたいなものを感じられてとても素敵だった。
何となく100歳までお元気なものだと思っていたからちょっと寂しいな。
だけど水木先生ならひょっこり、妖怪になって戻ってこられる気がして不思議と悲しくない。
今頃あの世への道すがら、新連載のためのネタ集めに勤しんでおられることでしょう。
「あちら」でもどうぞお元気で!
何だか不思議と100歳まで生きるような気がしていました
水木先生の妖怪図鑑、子供の頃の宝物だったなぁ
自分は水木先生は妖怪の仲間入りとかは思ってなくて、今はもう水木少年に戻って、のんのんばあに妖怪話をまた聞かせてもらったりしてもらっているんじゃないかなと思ったりする
鬼太郎より悪魔くんが好きだった、メフィストにヨロシク言っておいてください先生
先に食べてもいいか?と、目で合図をなさっておいででしたね
先生がお召し上がりになる早さに、次の料理をお出しするのが追いつきませんでした
良いお食事でしたね、先生
人々の意識に影響を与えることは実はとっても難しい事で、世の中を動かすのは選挙や歴史教科書やなんたらの改革ばかりじゃないとおもうのです。
皆が鬼太郎を知っていて、妖怪にもある程度詳しかったり。(某類似商魂アニメは覗く)
そういう根底にある、日本人ののんきさや自然観(宗教観?)をいつの間にか普通の物として浸透させているのは、もの凄い事だと思うのです。
お疲れ様でした、心より御冥福お祈りします。
いまごろボロをまとったあっちの案内人に
「この石をどけてその穴の中に入るのだ」
とか言われてるんだろうなぁ
ファンとしては寂しくなるけど取材楽しんできてね
オレの中では手塚治虫よりも上かもしれない漫画家。ご冥福をお祈りします。全集もずっと買いためてます。
ファンにこう言って貰えるなんてホント羨ましいし凄いなぁ。
大昔に買ってもらった妖怪大百科。何度読み返して何度ワクワクさせられた事か。
大往生ですね。
「(最期は)あまり話せなかった。アイコンタクトくらいで」と仰っていた奥さん、これからも元気に長生きしてほしい。
こういった訃報で初めて涙が出そうになった。妖怪を身近にしてくれた人。
この世は通過するだけのところ、か。
ならばむしろ、この93年間が長い取材期間で、これからが水木先生のあちらでの大活躍の時間なのかもしれない。
お疲れ様でした。たくさんのものを、本当にありがとうございました。
水木さんは不死身だと思ってたのに・・・
イツツユビナマケモノから本物の妖怪になられてしまった
子供のころは妖怪図鑑見てても妖怪にしか目がいかなかったけど、実は背景がものすごいんだよな。緻密とかそういう言葉では足りない。襲い掛かってくるような草むら、闇の染みついた部屋の隅・・・。
この人がいなければ日本の妖怪、もっというと文化そのものが忘れ去られていたかもしれない。
水木先生は単に妖怪を面白おかしく表現してたんじゃなくて、社会批判として、その犠牲者を重ねて描いてたよね。都市化で住みづらくなった妖怪とか、それってまさにね。
戦争中の逸話に色々不明な点(部隊全滅の経緯、片腕欠損の経緯)があって、
都市伝説レベルの噂があったけど、文字どうり墓場に持っていったな・・・。
水木さん…。
やっぱりあなたそのものが妖怪で、人の姿を借りて私たちに妖怪の身近さやユーモア、恐ろしさを教えに来てくださっていたのでしょうね。
既出だけど亡くなったのではなくあちらへ帰られたのでしょう。
ありがとう、また逢う日まで。
水木先生、ありがとうございました。
妖怪はいますね。
信じてますよ。
大好きです。
いつか、いつか、お逢いしたいなあ。
ユニークな妖怪たちにも。
今頃は一反木綿の背に乗って全国行脚してんだろうな…あるいは百鬼夜行の先導になってるかもねw
形が変わって見えなくなっただけで、今も壮健に違いない。
私の妖怪好きの原点でした。ありがとう先生。ご冥福をお祈りします。
亡くなった事は確かにショックなんだけど、水木氏の場合は「向こう側」に旅行に行っただけというか・・・なんか他の人よりあっさり行き来していそうで、悲壮感を覚えなかったのは自分でも驚いた
ゲゲゲの鬼太郎を見て、
一反もめんに乗ってみたい!!と、
心奪われたのが、水木先生と妖怪達との
出会いでした…。
水木先生のご冥福を
心よりお祈り申し上あげます。
水木先生は民俗学的に見ても貴重なお方だったはず
現代の鳥山石燕だった
古くからいる妖怪を伝えると共に水木先生が創った妖怪も今では立派に妖怪として生きている
あの世でも楽しくやってください
カラパイアの常連な人をはじめオカルトや不思議なものを好きな人は水木先生に影響受けたって人多いんじゃないかな
そうじゃなくても漫画やアニメで鬼太郎や悪魔くん見て育った人は多いだろう
コメント欄を読んで涙腺がゆるんだ。知っている方が次々と亡くなられていくのは寂しい。
笑って見送りたいけど・・・
先生の新しい作品をこの世で見ることはもう二度と出来ないのは嫌だよ・・・
寂しくなるな、と思った。
コメントにもあったけど、120歳くらいまで生きるだろうな、まだまだ元気でらっしゃるもんな、なんて漠然と思ってただけに訃報を聞いて心がとても寂しくなった。
でもきっと水木先生なら、死後の世界でもあのおちゃめな感じで楽しく過ごしているんだろうなとも思う。
お疲れ様でした、ありがとうございました。
余計な事言うんじゃない
大山も島根から見たほうが綺麗だとか、いらん事を言うな
そんなんなら、山田風太郎も鳥取の人でいいのかな。
凄くショックで悲しかったけど皆のコメント見て
ああ、この人は妖怪だったわと…
夜道で驚かせてくださいよ
お化けも死ぬのかよ・・・
そんなことを思った
「あなたは死んだのですよ」
「そうかオレは死んだのか」
「大往生です」
「こんなことなら、あのまんじゅう食べておけばよかった」
水木先生の場合、【亡くなられた】というよりは【彼岸に取材に行かれた】という印象になるな、やっぱり。向こうでも好きなものを描き続けられると良いなぁと思う。
何時か自分が彼岸に渡る時、先生の個展を楽しみにしております。、
そうだな。お化けや暗闇は怖く無い、やみくもに恐れる事は無いと教わったのは鬼太郎の妖怪大百科だった。けど、「言う事聞かない悪い子」は、夜中に迎えに来られてしまうんだなという、畏れを抱かせてくれたのも鬼太郎だった。自分とは違う論理で生きている存在に対する畏怖の念や、それを理解したいと思う心は確実にその頃に教わった。鬼太郎や、その頃は聞いた事も無かった遠い異国の妖怪を紹介してくれたあの本が、あらゆる問題や異文化や差別に、先入観無く接したいと思うこの気持ちの根本の源であった事は感謝してもしきれない。どうか冥府のご多幸を。しかし天に召されるっつーか、きっと今頃嬉々として地獄めぐりなど楽しんでおられるんじゃないかと思う。
いつかの世界妖怪会議で京極さんと荒俣さんに「本日はご機嫌良さそうですねー、機嫌の良い時は屁かう○この話をされるんですよねえー。」とか言われながら楽しそうに鬼太郎を描いておられたお姿が印象深い(笑)。
居場所がないと感じた時、必ず図書室の本の中のかくれ里に心を飛ばしてた。行き詰まったときはいっそ妖怪になろうと、幾つか試してみた。先生の著書から民俗学会会員であること知った時に、目標ができた。
生きる力をありがとうございました。時代を超え脈々と受け継がれる日本人の不安や畏れの心を魅力的な本に変化してこの世に残してくださった先生は確かに妖怪でした。これからもお元気で。
こういうジジイになりたいです・・・
冥土への旅路は退屈しないでしょう
古今東西色々な妖怪達が
エスコートしてくれる上、(*)
あちらには戦友の英霊の皆様が待っておられるので
(*あれもしかしてソレ百鬼夜行?)
気力のない人、疲れた人の目は濁ってる。
この人の目は綺麗だ。
いつだって新しいものを見つけようとしてる。
こんな人になりたかった
「見えんけれども居るんだよ」
何の疑いもなくうなずいてしまう
水木さん以上の妖怪マニアはもう世に出ることはないでしょうな