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アメリカでポテトキングと呼ばれた男、牛島謹爾(うしじまきんじ)

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 牛島謹爾(うしじまきんじ 1864年 – 1926年3月27日)は、大正時代にアメリカに渡り、馬鈴薯の大規模栽培に成功し、ポテト王と呼ばれた久留米出身の伝説の人。

 現地では、「ジョージ・シマ」と呼ばれ、日本人移民が豪邸を持ったことで、 地域白人住民はもちろん、同胞の日本人移民などからも羨望と嫉妬の眼差しを集めたという。そんな牛島謹爾の偉業がテレビ番組で紹介されていたみたいなんだ。

George Shima: The Potato King

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この記事へのコメント 18件

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  1. 奇遇だな
    俺もイモ野郎と呼ばれているんだ

    • 評価
  2. 偶然だな
    俺もイモSRと呼ばれているんだ

    • 評価
  3. こういう先人、すごく尊敬するな。日本の誇り。

    • 評価
  4. ポテチングと呼ばれた鳳啓助のこともたまには思い出してやってください

    • 評価
  5. こんな日本人がいたとは!!
    素晴らしい!!

    • 評価
  6. 現在、誰にも知られていないってことは、大戦で全財産を没収されて、返してもらえなかったってことだ。で、何の補償も米国はしなかったと。

    • 評価
  7. これ、うちの親戚の人です!話に聞いたことはあったけど、名前も知りませんでした。小学生の頃、「じゃがいもを発明したおじさん」と思っていました。新種改良などというレベルの高い概念は私の理解を超えてました。まさかここでこうして知ることになろうとは思いませんでした。母が幼いころ、豪華な外国のものが入った小包とか届いていたそうです。

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  8. いや、、、年代からいって、母じゃなくて祖母に届いてたようですね。何と言っても幼い頃に聞いてた昔話なので、細部はまったくあてになりません。

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  9. >11
    補償もなにも本人は昭和始めに他界してるしw

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  10. なぜ昔の日本人はこんなにも素晴らしいのだろう
    今の日本人を見てると悔しくて仕方ない

    • 評価
  11. 牛島氏は1回破産し、2回目に土地を手放し、3回目にやっと成功したと言う苦難の話
    もちゃんと放送して欲しいな。
    相当な困難の中でも果敢に立ち向かい、地域の軋轢を出来る限り小さくする努力を怠
    らなかったのも成功した理由の一つだろうね。

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