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古代イギリスのケルト人社会は女性中心だったことがDNA分析で明らかに

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(著) (編集)

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ケルト人イケニ族の女王、ブーディカの像 Photo by:iStock
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 紀元前1世紀から紀元後1世紀にかけてイギリス南部に住んでいた古代ケルト人の社会では、女性が大きな役割を果たしていたことが、最新のDNA研究で明らかになった。

 アイルランド、トリニティ・カレッジ・ダブリンをはじめとする考古学者チームが、英国南部で発掘された2000年前のケルト人部族のDNAを解析した。

 その結果、この部族の人々がその数世紀前に生きた、たった1人の女性にさかのぼれる一方、父方にはそのような人物がいないことがわかった。

 こうしたパターンは英国全土の遺跡で確認されている。このことは、イギリス鉄器時代のケルト人は、有力な女性の家系に男性たちが嫁いでくる母系社会だったろうことを示しているという。

謎めいた古代ケルト人社会

 今回の研究では、2000年前に現在の英国ドーセットにあたる地域で暮らしていた「デュロトリゲス族(Durotriges)」の社会構造を明らかにするために、墓地から発掘された57人分の遺骨のゲノム解析が行われた。

ケルト人(部族)は、ヨーロッパの広範囲に住んでいた古代民族の総称で、紀元前1,000年頃から鉄器時代を通じて繁栄した。独自の言語や宗教、文化を持ち、アイルランドやブリテン諸島、ガリア(現在のフランス)に多く住んでいた。

 デュロトリゲス族はケルト人の一部族で、ローマによる侵攻を受ける前、紀元前100年から紀元100年にかけてグレートブリテン島の沿岸部で暮らしていた。

 古代ローマ語で「未知の人」を意味するケルト人は、謎の多い人々だ。

現在わかっていることの多くは、イギリスに侵攻した古代ローマ人などが残した記録に基づくものだ。

 だがこうした侵略者による侵略された側の記述は、しばしば信憑性に欠けることがある。

 例えば、ユリウス・カエサルは現在のイギリス東部で暮らしていたイケニ族に言及し、ケルト人の女は複数の男と結婚すると記している。

 だが、これは女性が性的に奔放で、ケルト人の蛮族としての一面を強調するがゆえの誇張とする見方もある。

 ところが、こうしたローマ人の記述にもいくばくかの真実が含まれているようなのだ。

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ケルト人の分布を示す地図 Quadell / WIKI commons

ケルト人は母系社会だったことがDNAから明らかに

 ドーセットの墓地で発掘されたデュロトリゲス族のDNA解析からわかったのは、埋葬されていた人々の85%が親戚であるということだ。

 しかもこうした親戚のうち、3分の2以上が非常に珍しいミトコンドリアDNA(U5b1)を持っていたのに対して、Y染色体は多様だった。

 それが意味するのは、その墓のほとんどの人たちは、母方の系統が同じだが、父方の系統はさまざまであるということだ。

 さらに、この母方をたどっていくと、彼らの数世紀前に生きたと考えられるたった1人の女性に行き着く。

 この始祖となる女性には4人の娘がいたようで、この家系が少なくとも2世紀以上、数世代にわたって続いていた。

 くだんのミトコンドリアDNAをもっていないデュロトリゲス族のほとんどが男性であることもわかっている。

 研究チームによれば、おそらく、こうした男性たちは、婿としてこの一族に嫁いできたのだという。

 また父親が複数いるケースも発見されている。

 一方で、夫婦と思われる男女を調べても、近親関係であることを示す証拠は見つからなかった。

 どうやらデュロトリゲス族は自分たちの家柄についてよく知っており、結婚の際にもそれを考慮していたと考えられるという。

 そして、これはデュロトリゲス族だけの話ではない。

 ヨーロッパ全土150ヶ所以上の遺跡で集められた遺伝子データを解析した結果、イギリス鉄器時代の遺骨については同じようなパターンが広く認められたのだ。

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イギリス、ドーセットで発掘された2000年前のケルト人の遺骨/Image credit: Bournemouth University

古代イギリスに現在のような結婚は存在していたのか?

 英国フランシス・クリック研究所の生物考古学者トム・ブース氏は、第三者の立場から、この研究を「考古遺伝学が成熟している最も説得力のある事例の一つ」と評している。

 ただし、こうした古代の墓地で発掘された遺骨の遺伝子を解釈するには、1つ注意が必要であるという。

 それは現代人が考えるような結婚が、イギリス鉄器時代の社会に存在していたかどうか定かではないことだ。

 たとえ同じ墓に埋葬されていたとしても、彼らが一緒に生活していたとは必ずしも言えないという。

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ケルト人女性は鏡や宝石と一緒に埋葬されており、地位が高い人物だったことがわかる/Image credit: Bournemouth University

ローマ時代の記録との一致

 それでも今回の発見は、デュロトリゲス族が墓に誰を埋葬するのか決めるにあたって、母方の関係が重要だったろうことを如実に伝えているそうだ。

 もう1つ重要なのは、ケルト人の習慣が、ローマ人の視点ではなく、彼ら自身の視点から語られていることだ。

 すでに述べたように、考古学者が手がかりとする古代ケルト人の記録は、侵略者であるローマ人の手によるものだ。

 そのような侵略者による侵略された側の記録は、しばしば信憑性に乏しいとされる。

 だが今回、ローマ人が残したケルト人女性についての記録は、この研究によって明らかになった事実と一致している。

 ローマ人は侵略者だったが、嘘や誇張ばかりを伝えたわけではないようだ。

 この研究は『Nature』(2025年1月15日付)に掲載された。

References: Were the Celts matriarchal? Ancient DNA reveals men married into local, powerful female lineages | Live Science / Iron age men left home to join wives’ families, DNA study suggests | Archaeology | The Guardian / Ancient Celtic society may have been led by women

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この記事へのコメント 18件

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  1. ケルト神話の神々トゥアハ・デ・ダナンは女神ダヌーの一族という意味であり一族の名前からして女系と言うことを示しているし、神話の中でも大勢の女神が活躍している(性にも奔放だったりする)。
    もっともダーナ神族(トゥアハ・デ・ダナン)がエリンの地(今のアイルランド)に渡ってきたときには母神ダヌーは既に死んでたけど。

    • +10
    1. 主祭神が女神のところ、母系社会の傾向があったかもしれないですねー。古代エジプト、主祭神は女神イシスで、王女にも継承権あって、女王も普通に何人もいた。

      • +3
  2. そういう文明って少なからず存在してたんだろうけど、歴史を紐解きさえすれば簡単に見つかるってほど長続きできた例が見当たらない程度にはすぐに滅びてしまってるんだなぁ。

    • -3
  3. 無茶苦茶ですわ

    あくまでデュロトリゲス族のことなのに、ケルト人全体にあてはめている

    • -15
    1. 毎回言ってる気がしますが、取り敢えずちゃんと記事を読み込みましょう。
      最低3回は読み込んだ方が良いと思います。

      • +17
  4. 昔はこういう文明が色んな場所に孤立しながら沢山有ったんだろうなって想像してる
    でも結局、他文明との競争に勝てないから偶発的に発生しては消滅していったんだろうなって

    • 評価
  5. 母系制であることと、「女性中心社会」であることとは、全くの別物だと思うが。

    日本も昔は通い婚だったり、江戸時代も商家はわりと婿取りだったりしたし、
    古代中国も「姓」の字ができた頃は血筋=母方の認識が強かったんだろうけど、
    じゃあ世の中を動かしていたのは女かっていうと、普通に男だ。
    父が築いた家財の残りを娘が譲り受け、地元で子育てしながら
    若かった夫がそのうち自分の代の地位と財を築き、息子は独立して娘に遺すサイクル。

    思うに、父系制=特定の血筋の男が権力をパスしてゆく承継の安定性を重視、
    母系制=実力主義で優秀な男を婿に迎えて一家を繁栄させる、
    ってスタイルの違いなんだと思う。

    • +5
  6. この時代のイギリスってかなり謎で女神信仰があるということくらいしかわかってなかったんじゃないかな?

    そもそもケルト人って民族ではなくケルト語を話す集団と認識したほうが良いんよ。
    だから記事中でも「イギリス鉄器時代のケルト人」としているんだろうけどね。
    ケルト人に共通する文化はもちろんあるだけど、地域ごとの差異が大きいからもっと広範囲で調べてほしい発掘調査だと思う。

    • +9
  7. 一人の女に複数の男がいただけで女性中心と関係ないでしょ
    本当に女性中心社会なら性格も能力もそれに合わせたものになってる

    • -6
  8. ケルトや日本に限らず、ある程度以上昔のあらゆる社会は必ず女系であって、母の遺産を娘が受け継ぎ、息子は他家族の娘に婿入りの形態を取ります。バッハオーフェンやエドゥアール・シャヴァンヌの言うように、例外はないと考えられます。なぜなら、生まれたその子の母親は常に明確であるのに対し、父親は常に明確でない、擬制的存在だからです。
    バッハオーフェンが後に提唱した母権論はその後否定されましたが、世界の神話や伝承において、父祖が神や獣などの、明確でない父親を擬制するのは明らかに母系制の名残りと考えられています。

    だから父系制は、常に擬わしい存在であるはずの父親であっても、その人が遺産を継ぐにふさわしいと誰もが認める=擬制するほどの権力をつけることができるようになってからようやく登場する概念なのですね。それには私有財産の存在(農耕社会の確立)と、その財産を狙う敵の恒常存在が典型的な要因として挙げられます。

    • +15
  9. 昔のヨーロッパや地中海世界はミトラ神やキュベレー神など地母神信仰が主流だった。
    これは当時の社会が母系社会だったからであろうと考えられる

    • +4
  10. 人口爆発が起きるのが産業革命以降だから、それ以前のコミュニティーって実はめちゃくちゃ人数が少ないんやで
    江戸時代でも100万人が大都市、今は1400万人、ケルトの時代にさかのぼればさらに少ない人間でコミュ作るわけで。出産も今より全然大変だから、女性が支えあうのは必然だと思うの。

    • +7
  11. 好戦的ではなかったため、アイルランドまで居住地を追いやられた理由がこの記事で腑に落ちた
    栄華を誇ったローマ帝国が滅びた後もケルト民族として長く存続出来ているのだから良いと思う

    • +2
  12. 母系のほうが自分で子供を産むんだから「血脈」は確保されるよね
    父系だと父親が確かにその人かDNA鑑定ない時代は不明だし。

    • +7
  13. スカアアが治めた影の国も女性だけの国だったっけ?
    弟子入り志願者には男もいたけど。

    • 評価
  14. 他のインド・ヨーロッパ系の民族は父系制なのを考えたらかなり珍しいな。(ちなみに原印欧人な時点で父系制だったらしい)
    先住民の影響を受けたのかな?

    • 評価
  15. 関係無いけど、日本の天皇が男系で1000年以上続いてるの凄いな、

    • +1

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