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そして猫は守護聖猫となった。12年間教会に住み人々を見守り続けていた猫が他界。追悼式が行われる(イギリス)

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(著) (編集)

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教会の守護聖猫となった猫 image credit:doorkins_magnificat/Instagram
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 イギリスのロンドンにある教会の大聖堂に12年間も住み続けていた1匹の猫が、9月末にこの世を旅立っていった。

 元は野良だったこの猫は、長い間礼拝に訪れる人々を見守り続け、人々を愛し、また愛されていた。そして猫は天国に行き神となったのだ。

 今後はあの世から人々を見守っていてくれることだろう。大聖堂の司祭はその死を悼み、猫の追悼式をライブ配信したという。『The Guardian』などが伝えた。

Doorkins Magnificat, the Cathedral cat (UK) – BBC London News – 9th August 2018

大聖堂に12年間住み着いた猫ドーキンス

 ロンドンのテムズ川南岸に位置するサザーク大聖堂に、2008年から12年間住み着いていた猫ドーキンス・マグニフィキャットが、9月30日にこの世を去った。

 野良猫だったドーキンスは、ある日大聖堂の入り口ドアの前に座っていたところを発見された。それから週に2、3回、姿を見せるようになったドーキンスのために大聖堂の職員らが餌をやり始めると、いつしか大聖堂に住み着くようになった。

 ドーキンスは安全な場所とご飯を提供してくれる大聖堂に恩返しをしようとしたのかもしれない。教会を訪れる多くの信者を癒し続けた。

 礼拝中には祭壇に沿って歩いたり、クリスマスのために飾り付けられたキリストの降誕シーンの干し草を引っ張ってイタズラしたり、会衆席を堂々と横切ったりするなど、大聖堂で我が物顔に振舞ったり、ドーキンスのそんな姿を見た人は皆笑顔が溢れた。

 ドーキンスは人々を愛し、そして多くの人々に愛された。

 エリザベス女王が大聖堂を訪問した際にも姿を見せていたドーキンスは、Twitterに多くのフォロワーを抱え、やがて児童書の絵本にもなるほどの人気になった。

 しかし、年老いたドーキンスは去年盲目になり、大聖堂の職員の家に移され、亡くなる間際まで世話を受けていたという。

ドーキンスのために司祭が追悼式をライブ配信

 10月28日、大聖堂は亡くなったドーキンスのために感謝祭の礼拝とともにドーキンスの追悼式を行った。

Wednesday 28 October – A Service of Thanksgiving for Doorkins Magnificat

 首席司祭のアンドリュー・ナンさんは、このように話している。

旅だった猫に対する人々の悲しみはとても大きなものでした。それを思うと、追悼式をするのは自然なことに思えました。

 追悼式はライブ配信されることになったが、この出来事に疑問の声を投げかける人もいた。というのも、コロナ禍のイギリスでは現在、人間の葬儀でさえ制限された人数しか参加を認められておらず、自粛傾向にある。

 猫のために、このような追悼式をわざわざ執り行うのはいかがなものかと、司教のフィリップ・ノースさんは苦言を呈した。

 しかし、ナン司教は次のように語った。

ドーキンスは、多くの人に愛されていました。多くの人が、追悼式に涙したと聞いています。彼女のために追悼式を行ったことを後悔していません。

今は、誰の中にもいろんな出来事に対しての多くの感情が混じり合っているかと思います。ですが、時にはこうしたことが、人々の気持ちの解放にも繋がるのではないでしょうか。

この大聖堂には多くの礼拝者が訪れますが、信者でなくてもただドーキンスに会いに来たという人もいました。ここは、ドーキンスがいたからこそ、あらゆる人が訪れても歓迎される空間を生み出してきたのです。

このような聖なる場所で猫とのひとときを過ごすことが、大きな癒しとなったという人も少なくありませんでした。

 現在、ドーキンスは大聖堂の奉献された地面の中で眠っているということだ。ドーキンス、安らかに。

written by Scarlet / edited by parumo

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この記事へのコメント 37件

コメントを書く

  1. >猫のために、このような追悼式をわざわざ執り行うのは「無神経」
    そんな事を言う人でも司教になれるんですね。
    なんとなく全ての生き物を慈しむ人が司教なのかと思ってました。

    • +15
    1. ※2
      アブラハムの宗教はすべての動植物は人間が増えるために作られたと考えてるから、
      動物には容赦のないところがあるよ
      それどころか人間についても特定の性別や氏族を偏重する傾向が強いよ

      • +2
      1. ※12
        人間の為に動物が…と言うより、動植物の為に管理人として人間作った、とも解釈できる。
        どちらにしろ日本人からしたら傲慢と感じるかもしれんが

        • 評価
        1. >>19
          いや、創世記には人の為にと書かれているよ

          • +3
    2. >>2
      キリスト教では人間以外には魂がないという設定になっているからナー
      神道×仏教のカオスのコラボで犬猫牛馬、漁(猟)の獲物、物品まで供養し、最近では大真面目に愛玩ロボットの葬儀を行い、果ては「来たるべきAI供養のあり方について」論議する日本とは感覚が違うよ

      • +6
      1. >>13
        あまり仏教、神道の優位性解かれてもなあ
        仏教は猫をどうこうする教えもないし
        神道も地域的な物で猫を祀ってるところなんて極小数だろ
        大多数の寺院はペットの葬儀もペットの遺骨を受け取ることもない

        • +5
        1. >>21
          横からですまんけど13は別に優位性は説いてないと思うよ
          感覚の差を言ってるだけで別にどちらが良い訳でもなし

          • +4
      2. ※13
        アメリカじゃ老衰したペットは「安楽死」させるのが普通らしい
        感覚の違いってこういう事かなと思った

        • -2
    3. ※2
      「霊長類」”Primates”という傲慢な言葉からもわかるけど
      キリスト教は人こそが万物において最も尊く、その他の獣はすべて下等であるっていう考えなので、この言い分は極めてキリスト教の司教らしいものだよ

      • +10
    4. >>2
      むしろナン司教の方が例外的だよ
      昔だったら、コロナ禍のような非常時でなくとも、異端であるとして司教を辞めさせられたりしたかもね

      • +5
    1. >>3
      家畜に神など居ない!!

      ってセリフ思い出した
      どこで聞いたのか覚えてないが

      • 評価
      1. ※20
        オレは“絶対”なんて言葉を“絶対”に信じないけどな。

        • +2
      2. >>20
        ファイナルファンタジータクティクスのアルガスの台詞ですね。

        • 評価
  2. ええ話ですなあ。
    教会は、信仰の場だけではなく、心の癒やしの場でもありますからね。
    ネコがたくさんいる「ネコ教会」なんて、出現しませんかね。タイのお寺みたいに。

    ただ、あえて突っ込ませてもらうと、「守護神になった」はちとまずいでしょ。
    キリスト教は一神教だから、他に神は認められません。イスラームも同様。
    「守護聖人」にならって「守護聖猫」なんて、いかがですかな。ちとわかりにくいかな?

    • +26
    1. >>5
      そうそう、日本人だと神や仏になるはアリな発想(道真公とか)でもクリスチャンは噛み付く人がいるだろうからモメそうなことは言わない方が無難だよ。

      • +2
  3. ロンドン行った時、住み着いた猫の写真集とか売ってる教会あったなぁ
    神という時の中にネコがいるわけだし、教会は猫の家と言っても過言ではないのかも

    • +13
  4. 他に猫は寄り付かなかったとすれば、それもまた不思議なことだ。
    日本的な表現になるが、「ご縁」があったんだろうねえ。

    • +5
  5. やはり一神教よりも
    多神教の方が寛容だな

    • +2
  6. 列挙されている猫の功績が自由すぎて草
    なんか聖人的なエピソード盛ってあげてよ

    • +9
  7. アッシジの聖フランチェスコ あるいは パドヴァの聖アントニオ が
    この話を聞いたらどうするだろうか

    • +5
  8. 猫は何もしない
    ただそこにいるだけだ
    しかし、それこそが彼らの存在意義であり人々から愛される理由なのだ

    • +13
    1. ※24
      仰るとおりです
      だからこそ私たちは猫を愛するのです

      • +5
  9. どこの国においても不謹慎厨はほんと余計

    • +6
  10. マグニフィキャットではなくマニフィキャットかな。ドーキンスの死後、生涯を協会に捧げた猫を讃える意味で「偉大な=magnifico」をもじった称号を付けたんだと思うんよ。無粋な新教徒の協会もたまに洒落た事をするもんだね。

    • +1
  11. 苦言を呈した司教について、「神と動物」でみんな語り合ってるけど、違うと思うよ。
    この司教が気にしているのは、神の教えでも、神と動物についてでもなく、人間社会からの来クレームについてだと思うぞ。
    つまりこの司教の意識と視線は、上でも下でもなく、自分と平行にある世界線だw

    • +2
    1. >>34
      平行ではなくて水平だし、世界線というのも違うよ

      • -3
      1. ※35
        彼はクレームを言う人間と「平行世界」にいる者だから、平行だよ。
        水平は重力に対しての横だよ。でも神という重力から横並びじゃないね。
        それとどんなパラレルな世界があっても、彼は同じ水平世界にいるという意味での世界線。

        • 評価
        1. >>37
          異なる時空・平行世界間での交流手段が確立されており、民間・個人にまで普及しているという事だろうか、羨ましい
          水平な様の事であって、水平面の事ではないのでは

          • 評価
  12. オペラ座の怪人のスピンオフの「ファントム」って小説で、子供このころの怪人が亡くなったペットの供養を司祭に頼んだら「動物には魂がないから出来ない」って言われてブチギレるシーンがあったな。

    • 評価

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