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大きな声で国歌斉唱しない生徒には何回も歌わせる。タイの罰則が物議をかもす

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(著) (編集)

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 タイの学校では、毎朝国旗が掲げられた柱の前で国歌をできるだけ大きな声で歌うことがとても大切なことのようだ。タイ国民として、国旗や国歌に敬意を示すことは、タイの伝統教育でもあるからだ。

 パトゥムターニー県の学校が行ったこの方法はいささか強引すぎた。

 生徒が国歌斉唱する音量を測定アプリで計測し、大きな声で歌わない生徒には罰として何度も国歌を歌わせるというのだから。

วิจารณ์ยับ!! โรงเรียนวัดระดับความดังร้อง “เพลงชาติ”

スマホの音量測定アプリで生徒らの歌声を計測

 タイのパトゥムターニー県にあるタマサート・クロンルアン・ウィッタヤコム学校では、学校関係者がスマートフォンの音量測定アプリを使って生徒らの国歌の音量を計測するという測定プログラムを導入することにした。生徒らの規律を刺激することが目的だったようだ。

 歌声が85デシベル以上だった生徒の場合は、一度の国歌斉唱ですみやかに教室へ戻ることが許可される。

 しかし、80~84デシベルの音量が記録された生徒らには、罰としてもう2回国歌を歌わなければならない。

 80デシベル未満だった生徒には、更にもう3回繰り返して国歌をより大きな声で歌わなければならないという罰が科せられた。

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image credit: youtube

ネット上で物議をかもし、結局中止に

 この出来事がFacebookなどSNSで拡散すると、この学校は多くの人らから反感を買い、市民や生徒らから抗議の声が相次いだ。

 結局、学校側は1月6日と7日に2度測定アプリを使用しただけで、このプログラムを中止することを発表した。

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image credit: youtube

 1月9日、タイのニュースチャンネル『One31』の記者らが、この学校を訪問し、同様のアプリを使って国歌斉唱している4300人の生徒らの音量を記録してみたところ、平均音量は74~75デシベルだったという。

 もし、学校側が測定を中止していなければ、この日も生徒らはあと3回も国歌を歌わなければならなかったということだ。

 国歌斉唱の処罰についてはSNSで炎上したものの、ニュース報道がなされると、ネット上では「うちの学校も音量を測定して国歌斉唱してる。タイ王室の評価があるから、生徒らは先生の指示を受け入れている」「別にタイの学校では普通のこと。ニュースは誇張している」といった学校側を擁護するの声も複数あがっている。

written by Scarlet / edited by parumo

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この記事へのコメント 58件

コメントを書く

  1. そこ面倒臭がる人って他でもサボりそうだしなぁ

    • -17
    1. >>1
      共同作業を行う事で一体感を醸し出すということになるから、サボりにくくなるんじゃないかな

      • 評価
      1. ※26
        その「一体感」て、ときどきテレビで見る、ギョウザ屋とかなんかセールスする会社とかが、研修で社訓とか唱えて養成するものと一緒よな。ヒナのすりこみだ。

        • +6
    2. ※1
      むしろ強制された形式的なものに固執している暇があったら、そのエネルギーをもう少し生産的なことに回した方がいいんじゃないの、と感じるよ(内面の信仰心と秤にかけるものではない)。

      • +6
  2. やって良いかもしれんが、校長はじめ教師など指導する立場の人間も測定して、出来るまで何度でもやり直しさせなアカンよ

    • +18
    1. ※2
      いや、それでもダメだと思う。

      それを許容するなら、
      「俺らもやったんだから、お前らもやれ」の精神論が連鎖する、
      体育会系の押し付けブラック集団になるだけだと思う。

      • +3
  3. 無理やりに歌を歌わせたり、何かを暗唱させたりする、ということで何が身につくのか教えてもらいたい。愛国心、とか言うのはなしよ。

    • +14
    1. 国を愛する心ってのは必要よ。自分の拠って立つ世界を愛するってことだから。
      でも、国ってのは「国家」じゃあないんだよなあ。

      国家や国家への忠誠ってのも必要ではあるけど、それは愛国とはまた少し違って。
      たとえるなら雪山で身を寄せ合うサルの群れみたいなもんで、皆が一匹狼を気取って群れが維持できなくなったら皆が死ぬ、だから群の規範が維持される、とか、そんな感じだと思う。忠誠を求めるためには理由が必要だと思うのね。

      で、※3の人も言ってるけど。
      大声で歌を歌うことにどんな理由が?って話よな。
      人の心は外から見えないから、それを可視化しようとするんだと思うんだけど。それって、エライ人が自分が安心したいから強制してるだけなんちゃうか、と。
      オトナ向けなビデオの演出に通じる何かを感じるよ。

      • +2
      1. ※24
        国は国家ですよ、あなたの個人的な定義で語られても意味がない
        ましてや、この話題では学校における国歌強制なのだから国=国家と捉えるべき
        国歌は各国民との契約に基づき国権を有しているのだから単なる乗り物のような物で愛国心は必須ではない
        他国と契約して国籍を変える事も可能だし、民主主義国家なら投票によって国の形を変える事も可能
        乗り物に愛着を持つ人はいて当然だろうし、人の愛国心を否定はしない
        だが、愛国心が必要と言う意見には反対する

        • -2
      1. >>27
        形式から作られた一体感なんてなぁ…

        • +6
        1. >>40
          自発的な一体感なんて簡単には引き出せないからね
          押し付けでも違和感を覚えなくなればそこからが自然な愛国心
          やり過ぎるとただの洗脳

          • -4
          1. ※41
            >自発的な一体感なんて簡単には引き出せない

            簡単には引き出せないから無理に引き出すことないのよ

            • 評価
    2. ※3
      君にとっての国歌国旗が何を意味しているのかは知らない

      私にとっては家族であり隣人であり地域のコミニュティであり・・・と続いてのエリアが大きくなってのが「国」

      でその国家の国歌を「強制しないと歌わない」というのはさぞかし家族隣人コミニュティに恨みがあるんでしょうね

      まぁ君にとっての国家の定義が違うのであれば話は別でしょうが

      • -9
      1. ※38
        ※39
        隣人までのコミュニティはあくまで家族、親族とそれにごく近い者同士の集まりとして、自主的に相互扶助する集まりなのに対し、自治体以上の集団であれば、契約のうえに成り立つ、権利の行使や義務の履行をはっきりさせた明文的、法的関係です。

        ここではルールを守ることと引き替えに、内心や表現の自由は保障されています。「恨み」など入る余地のないものです。倫理、道徳的に正しいことを守るのは大前提として、その内容を単に歌や標語として表現されたものを、皆に同時に強制する根拠がない。ましてそれを習慣として定期的に歌わせよう、拒否すれば罰則を設けようなどとは論外です。国や国歌を大切に思うか否かと、それを表に出して表現することとは全く別です。学校は生徒が、如何に自分の頭で考えを構築するかを学ぶ場であることをお忘れなく。

        ご自身おっしゃるように自国を大切にするよういくら教育した所で、皆が他国を尊重するようになるとは限らないから、形だけ強制することにどれほどの意味があるのか疑問に思います。※3の方が「何が身につくのか」と問いますが、以上のように私も同感です。過去の経験を良く思わないと感じているコメントも多いように、これには違和感を感じるほうが自然だと思います。

        • +5
        1. ※44
          正論ですね
          ルソーの社会契約論は民主主義の根幹
          我々は国家と無意識に契約してるにすぎない
          社会契約説を否定する事は民主主義の否定につながってしまう

          • +4
    3. >>3
      皆がやる事に、いちいち反抗しなければ、物事はスムーズに進む、という処世術かな。

      しかし歌ってさえいれば、音量はあまり変な設定はしない方がいいんだよなあ。子供は千差万別で、声量だってまちまちなんだから。

      • 評価
  4. こんな事させられたら国家への忠誠心も無くなりそうだが

    • +14
  5. 強制されたら逆に気持ちが離れてしまうと思うけどなぁ

    • +18
    1. >>6
      強制されて気持ちが離れるのは強制される側が少数の場合
      ほぼ全員が強制されていてできて当たり前のこととなっていてできないことが恥ずかしいって場合はちょっと違う
      もちろん多感な時期だからこそ反発する子もいるだろうけど
      その場合もまた反発する子ってのはどちらかと言えば課題がクリアできない側の子なんだよ

      • -2
  6. 測定って自分の端末使って測って担任とかがチェック…みたいな流れだったのかね?大きい声を出すのが苦手な人からすれば相当苦痛だろうに…

    • +16
  7. よしと言われるまで何度も大声で校歌を歌わされるの、中高生の頃にやったよ。さすがに測定器までは持ち出さなかったけど。
    日本でも、特に地方だとよくあるんじゃないかな。(だから良い、とは思わないし個人的には嫌だったなあ)

    • +9
  8. 国への愛って親への愛の延長線上にあると思うんだよね
    家族が住む地域への愛着があればソレが属する国への愛に繋がるんじゃないかと
    けどまぁ国の外から干渉する事かな?とも思うけど

    • +4
  9. タイ行ったけどちょっと引くくらいの祀り上げぶりだったよ。まあそれはおいといて、
    強制されたらアウトローが出るにきまってるからこれはやめて正解だわ

    • +9
  10. タイって軽罪の交通違反は国家を熱心に歌えば免除されるとかだったような

    • +2
  11. 日本の学校とか会社でもこういうのやってるとこまだ結構あるんでない
    10年くらい前の工業高校の全校応援練習はそんなんだったぞ

    • +7
  12. これ大阪の橋下さんもやっていたんだよ。で、ライブドアブログで、音痴な人にとってはたとえ国歌といえど人前で歌うことは恐怖。みんな音楽の授業で歌って全員に笑われた苦いトラウマがあるから、人前で歌わせることは高所恐怖症の人に高いところに上れと言っているようなものと書き込んだら口パクでも許されるようになった。自分が批判を書くまでは大阪の学校でもこれと同じことが行われていた。

    • +12
  13. どっち向きにしろ極端なのは良くないなぁ…という事だな

    • +10
  14. 国家じゃなくても応援歌や寮歌とか無理矢理歌わされよな
    ひとりひとりの前に先輩が立ち声量チェックして声出てないヤツは怒鳴り散らされたり別のところに連れて行かれる

    • +4
  15. ちなみにアメリカも昔(少なくとも30年前)はやっていました
    休み時間に遊んでても国旗が掲揚されてるのが目に入れば敬礼しなきゃならなかったんです
    今でもやっているかは知りませんが

    • 評価
    1. ※20
      在日米軍基地で今でもやってるようだよ
      時々知らない日本人がスルーし怒られるもあるようだ

      • +2
      1. ※25
        横須賀に工事に入ってて、
        歩いてる人が一斉に立止まって「何?何?」ってなった事ある
        運転中だったからかな 怒られはしなかったよ。

        • +1
    2. ※20
      Pledge of Allegiancと国歌斉唱のセットね。
      公立学校なら強制だよ。
      もちろん合法というか、しないことが違法。

      • +1
  16. 逆に言えば内面の実態はどうであれ思い切り大声を張り上げるだけで、安易に愛国心を装うこともできてしまいそうだが。頭のスイッチを切っていても贖えるお安い愛国心ならば、むしろ社会的責任感が希薄で俗欲の盛んなタイプにこそ、得たりとばかりのいい隠れ蓑にならないか。事実古今東西「愛国心は悪党の最後の隠れ処」の例は枚挙に暇がないようだが…

    • +19
  17. 自国の国歌唱えないとか教養まったく無いですよって取られる

    • -1
    1. ※23
      君が代は、息継ぎが難しいッス…

      特に、油断してると「さざれ石の」あたりが
      最後まで肺活量がもたなくなるッス…

      「千代に八千代に」の後の、特段 長音でもなく
      四分音符が淡々と羅列している箇所の合間で、
      不自然にブツ切れないよう素早く息を吸うのも
      素人には難しいッス…

      • +1
  18. 学生時代の体育祭の校歌斉唱でこんな感じだったの今だトラウマ

    • +1
  19. 国が人の生活に入ってくる時点がまずダメ

    • +6
  20. 国民の王室への敬意が篤く、不敬罪がいまだ残るくらいなので、あまり外部からとやかく言っても仕方ないけど、やりすぎ感は否めない。

    後段の、学校を擁護する声が象徴するのはやはり「他もやっている、だからウチも」「上からの圧力があるから仕方ないし、言うこと聞いていれば無難」という、どこかで聞いたような横並び意識やブラック校則的なものでしょうね。

    • +6
  21. 自国の国歌を大切にしない者が、他国の国歌を大切にするか?
    否である
    自国を大切にするからこそ、他国も大切にする
    これが友好の基本であって学校ではそれを習慣として規律付けてもおかしくないでしょう

    もっとも自国の国歌だけ大切にして、他国の国歌だけを蔑む言語道断な連中も居ますがね

    • -6
  22. ほぼ30年前だが小学校の校歌で同じことやらされたぞw

    • 評価
  23. 高校入学直後の応援練習で不登校になった自分には辛い話だ

    • +2
  24. 自分のやっている事は正しい、と思っている人間は 傲慢になりやすい。

    • +2
  25. 音量の測定とかしてないから全然程度の違う話だけど、卒業式の時に歌うやつの練習とかはサボる奴が減って声量が見合う様になるまで何回も練習させられたなぁ~ というのを、この記事見て思い出した。
    (自分は多少音痴だけど気にせず合唱コンとか大好きなんで特に苦ではなかったんだけどね)

    • +1
  26. でかい声出しさえすればいいなら愛国心なんて育たんて
    「面倒臭い作業」になっちゃって後はどうでもよくなる不届き者が続出するだけな気がする

    • +2
    1. ※52
      元々声量の小さい人だっているしね。
      正確に丁寧に歌うことを重視するなら分かるけど大声張り上げて歌われてもうるさいだけだろうと思うわ。
      昔の日本の高校野球の選手宣誓みたい。

      • +1
  27. タイの国王は国内でこんな感じでやっていってるんなら
    ドイツで暮らしてないで自国で暮らしなさいよ

    • +1
  28. コメント欄からわかることは、批判しているコメントは、何一つ有効なコメントは無く、只々批判する為にコメントしているだけの愚者がコメントしているということだ

    • -6
      1. >>62
        こういうダメなイキリオタクコメントを投稿してドヤァ顔な人間になってはダメだぞ

        • -2
  29. 他アジアのこういう様子を見てると日本人としてはノスタルジーを感じてしまう
    こういうのを「古き良き日本」ととらえる保守派の方々もいるんだろうなぁ

    • +1
    1. ※63
      そういうのが「古き良き」なのかはよくわかんないけど、
      逆に、自分勝手なだけの個人主義が「新しくて良い」とも思わないんだよね。

      • -1
  30. 別に「目的」に対して「有効かつ公平な対策」をしてるだけなんだよな。
    逆に音量計を使わなかったら、それこそ教師個人の主観が基準になってしまうから。

    本当に、心理的・身体的に大声で歌えない人がいるのなら、診断書書いてもらって免除するとかの配慮は必要だと思うけど、
    「やりたくない」って理由で批判するのに合理的な理由がなんかあるんだろうか?

    • -2
    1. ※64
      「やりたくない」に合理的理由はありません。心の底から、全身から、反射的に「やりたくない」のです。それじゃ答えになっていないと言うならば、思想、信条の自由から「答えることを強制されない」。

      ではこの学校に対し、テストの点のように「この音量で歌えば敬意は合格点」の合理的な基準は?と問うて、果たして納得できる答えが返ってくるでしょうか?

      一人ひとり考え方が違うことを無理やり均質化することに「目的」がある組織は「軍隊」、その規律です。無理やりな指導にそれが垣間見えるから批判するんです。ましてや人格形成期にある世代に、そのような押し付けがプラスになるとは思えません。「公平な対策」そのものが害を及ぼします。

      国や国歌を愛することを表現するのに、ある人は大声で歌う、ある人は口ずさむ、ある人は目をつぶって心のなかで唱える、いや私はこの国を愛せない、それを一律に強制的に揃える必要がどこにあるのか理解できません。

      • 評価
      1. ※67
        団体行動・共同作業を全て軍隊に繋げるのも短絡的でおかしな話だと思うの。

        でもって、公的に運営されてる学校に通っておきながら、公に帰属するのが嫌って言うのも、筋が通ってないと思うの。
        それなら、私塾に通えばいいと思うの。

        もちろんそれで、就職に不利になったりする事はあるかもしれないけど、
        学校って組織で協調ができない人は、会社組織でも協調はできないんだからしょうがないよね。

        • 評価
        1. ※70
          団体行動がすべて悪だとは言いません。協調性が重要なのはもちろん承知しています。交通ルールを例に取るまでもなく、大多数の人がルールを守って円滑に社会が動いている日本が、それが機能している好例です。そうしなければ混乱を来たすと皆が了解しているからです。

          軍隊を引き合いに出したのは、そのルールに「守らなければ個人又は社会に障害をもたらすことが明白」といえるほどの根拠がなく、ただ統率だけが目的化していることを懸念しているからです。

          タイの教育制度は存じませんが、万人が等しく公教育を受けることは普遍的な権利です。「嫌ならよそへ行け」は通用しません。

          帰属は制度そのものだから否定できないし、そのこと自体を嫌ってはいない。帰属先に対し「それはおかしいんじゃないの?」という疑問を持っても口に出さず、考えることをやめてただ従順について行くだけの生徒を作ることが本当の教育か、と言いたいのです。なにもかも反発しろと言ってるのではなく、正しいかそうでないかの判断を自分で下せる能力を養え、ということです。

          • +2

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