この画像を大きなサイズで見るうつ病を患う人がますます増えている感のある今日このごろだが、くしゃみ、鼻水、鼻づまりなどの症状がある風邪などとは違い、その苦しさが外から見て分からないのがやっかいだ。
だがもしかしたら、その人の言葉でうつ状態にあるかどうか見分けられるかもしれない。
イギリス・レディング大学の心理学者、モハメド・ムサウィ氏による研究によると、うつ病の人が使う言葉には3つの特徴があるのだという。
ムサウィ氏が名付けた「うつ語(language of depression)」の特徴は、「私(自分)」の多用、「否定的」な言葉の多用、「絶対」の多用だ。
この結果はネット上で公開されている膨大な数のうつ病の人々のエッセイやブログをコンピューターで解析して判明したものだ。
うつ病の人が書いた文章を解析
これまでにもうつ病の人特有の言語を探る研究は行われてきたが、かつては研究者がうつ病の人の書いたものを読みつつメモを取るというアナログな手法が主流だった。
今ではコンピューターによる言語分析が可能となり、数分で膨大な情報を処理できるようになり、人間が見逃す可能性のある言葉や傾向を見つけ出すことができるようになった。
ソースとなるのはうつ病を患った詩人、シルヴィア・プラスの作品他、ネット上で公開されているうつ病の人々のエッセイやブログなどだ。
それらを言語分析することでうつ病の人が使いがちな単語や語彙の多様性、文章の長さの平均値、文法パターンなどさまざまなことが分かるのだ。
それではうつ病の人が書く文章などにどんな傾向があったのか見てみよう。
この画像を大きなサイズで見るうつ病の人が良く使う「うつ語」の3つの傾向
1.否定的な感情を過剰に表現する
まず、うつ病の人が書いたものの傾向として、否定的な感情を過剰に表現していることがあげられるという。
「孤独」、「悲しい」、「寂しい」、「悲惨な」など、否定的な形容詞や副詞を多用する傾向にあった。
この画像を大きなサイズで見る2.「私」、「自分」1人称代名詞のの多用
うつ病の人は「私(I、me)」や「自分(myself)」など一人称の代名詞を多く使う傾向にあるようだ。逆に「彼女(she)」や「彼ら(they)」など二人称、三人称を使うことはほとんどしない。
これは自分自身に意識が集中しており、他者とのつながりが少ないためだと考えられている。
この画像を大きなサイズで見る3.「絶対」、「完全」といった言葉の多用
うつ病の人が書いたものには「絶対主義的な言葉」が非常に目立ったらしい。
64のメンタルヘルス系のオンライン掲示板で6400人以上のメンバーの言語分析を行ったところ、「絶対に」や「明確に」、「完全に」などの言葉が多く使われていた。
「白黒はっきりさせたい」や「0か100か」などの心理の表れで、こういった絶対主義的、完璧主義的な思考がうつ状態を引き起こす一因ではないかと考えられているようだ。
この研究結果は1月5日発行の医学雑誌『Clinical Psychological Science 』に掲載された。
References:Short list / The conversationなど / written by usagi / edited by parumo
追記:2018年2月の記事を再送してお届けします。












他人の事は書かない
※1
というか、書けなくなる
私は明確にそうは思いませんね。
私が思うにこれは絶対ないわ~
※3
うつ本人には「こうだ」というのは判らないと思う。
脱うつした人が振り返って、とかうつの周囲の人から見てどうか、という事だと思う。
自分に意識が集中してるというより、話しかけるような他者がいないだけでは
「うつ病の人」というより、「うつ病になりやすい人」って印象があるね
2と3は割と納得
3は特に安易に使う人はちと波長が変な事が多いんだよね
自分は完全にそうは思わない。嗚呼世界は孤独に満ちている。
私は完全に孤独だ
こんな感じか…
でも、英語と日本語の違いもさることながら、文化的な違いもあるので、
日本でも同じだと言い切るには、早急だな
※8
3つを見たところ
一般的に言われる鬱病患者の性格傾向そのまんまだから、
これに関してはさほど言語文化の差は無さそうな気がする。
1.ネガティブ思考 ⇒ 言わずもがな
2.「私が」 ⇒ 何か問題やトラブルを抱えていても
相手にこういうところを改善して欲しい、みたいな要求より
自分が何とか頑張れば…私さえ我慢すれば…といった
他人をアテにするより自力解決しようとして袋小路にはまる
3.「絶対」 ⇒ 「~ねばならない」「~べき」といった
いい意味での適当さが無いストイックな視野狭窄が多く、
自分で自分をますます追い詰めている感じ
割と当てはまるんだけど、線引きをしたいという気持ちはないかな。むしろふわっとして浮かべて保留したのが気持ちが楽ですらある
白黒ハッキリは発達障害の特徴でもある。一人称の多用はアスペルガーにもある。
自閉症スペクトラムは二次的にうつ病を抱えやすいので、発達障害の特徴とうつの症状を混在しやすい。
うつ病の研究ならば、下地に発達障害が無い人達を選ぶべき。
(うつ病の人達はちゃんと発達障害がないか調べてね。薬害や誤診で
潰される前にね。)
※10
ネット漬けだと白黒思考になるって話もあるから
一度ネットから離れてみるのも大事かも
私はウツ…ボ。あなたはウ…ナギ
※11
なんか笑ったw
発達障害という言葉が広まったせいで安易に発達障害を当てはめる人がいて困る
発達障害とは先天的もしくは、幼児期に疾患や外傷の後遺症により、発達に影響を及ぼしているものを指すので、うつの患者数に比べたらほとんどいない
やめたれや…
晩ごはんを完全に平らげお菓子もたらふく食って、絶対に食べすぎなのに、既に私の胃袋が寂しい。
※14
ネタだけど割りと鬱っぽく見える気がするw
私が知ってるうつの人の特徴
自分の事しか話さない
人の話は聞かない
自分がどんなに辛かったかを強く語る
過激・他人の不幸・悪口が大好き
1人でいる時は10歳くらい老けて見える
プライドが異様に高い
うつが治ってもこれらは性格として刻まれる
※15
そんな人が周りにいたのは大変だったね
でもそれはその人個人の問題でうつ病になったら性格が悪くなる訳じゃないよ
私自身がうつ病の時に書いてた文章で一番多かったのは「周りの人たちは~しているのに比べて私は~」
だった気がする。
ネットをする気力はなかったからノートになぐり書きだったけど。
言語とか文化で違いが大きそうだけど
1か0かでしか物事を考えられない一神教徒の阿呆共が精神病理を語るなど、身の程知らずにも程がある
お前らの文明は欠陥品だ、二千年前まで戻って出直すがいい
※17
どんなデバイスでここ見てるのかわからないけれど
ここに書き込むために使ったものは1か0の論理で動いてるはずだよ
※17
病気の人の発作そのもの
をキミは演じてくれてるんだよね?
※17
ものすごいブーメランが頭に刺さってるんだけど気づいてるか?
残念です一概には言えないのかな?
知ってる鬱の人はその言葉ほとんど使いません‼️まぁ嫁さんなんだけどね。
期待したけどやっぱりな残念感とガッカリ感何か治ることに少しでもと思ったけどいつも空振りだわ‼️病院と一緒で適当だね当たるも八卦当たらぬも八卦薬と一緒で悲しくなるな……
※18
話し言葉じゃなくて文章の話でしょこれ
※18
葛根湯飲む?
自分がやばかった時は、坊主頭なのに髪の毛がうるさくてカミソリで剃り始めてたからな。
でも、シェーバーじゃ上手くそれなくて虎狩りになってたから。。いろいろやばかった。
周りに気を使い過ぎてた結果だったし。
言葉づかいだけで語れるもんじゃない。
味覚がない。何をしても楽しいという気持ちが起きない。人に会いたくない。
独りの時にパンダ~パンダ~パンダ~♪と歌っている(意味不明)
他人に興味が無いってのもあるけど、『自分ごときに他人を語る資格など無い。』って考えるから、三人称は使わないよね。
というか、この研究はそのまんますぎて、意外でもなんでもない感。
以前なにかの番組で、社員アンケートと、その後離職した社員とを照らして、(例:『私は』『~のために』『頑張りたい』を全て使用してると60%が離職、みたいな)パターンを見つけたというのを見たのだけど、そっちの方がすごい感じだけどなぁ。
……でも、もしかして、うつブログって、みんなそんなセキララに辛い辛い言ってんの?
まさか。
鬱で4年ほど薬を飲んでた身としては、1と2はあるけど。3はないかな。
頭の中がフラフラしてる鬱だった頃に、絶対とかあれば、全力ですすがるよ。
でも、そんなものは、自分の頭の中でさえ、ない。ない。
※24
比喩も理解できん阿呆は失せろ
ホンマにヤバい時は
文章なんて書けない
ただのイキリオタクじゃないですかーやだー
そういう読み取り行為自体が対象を悪化させる場合もあるんだけどな…。
お前はこういう人間だって言ってしまうと合っていても怒り出す。
健常者だって結構ムッとするだろうに。
こういうのは論理的思考が広まった弊害かなー
機械的に物事をこなすのは効率がいいのだけれど
ある限界を越えると体と精神はそれに付いていかなくなるのかな
私はよく使うけどそれ以外は思ってても言わない場合は?
だって他人と衝突する原因になっちゃうじゃん
4. 「にゃーん」とツイートする
※31 地球は手遅れだったか・・・・
「私は~」が増えるのは(よくもわるくも)内向的な視点を持つからだと思うんだよね。
そう考えるとすぐれた芸術家にダウナーなひとが多いのもうなずける。
苦しいときに何か書けば(誰にみせるでもなく)一応の作品として成立するっていうのはほんとうに救われる行為だから、ポエマーだとか言ってそれをバカにする風潮は残酷だなと思う。
※32
自分は優れた芸術家だと思ってるからネットに公開しちゃうんですよね
残酷というか皮肉というか
文章書く気も失せる。
その人が欝だと分かっても、現代のシステムはその人を救うことを阻んでる。
もし助けられるとしたら、相当な勇気と信念がある人だけです。
テクノロジーはその意志の助けにしかならない。
歌謡曲で浜崎あゆみの出現以降一人称の歌詞が増えたとの分析があったが
時代や景気も関係してるんだろうな
必ずこれらが当てはまる訳ではなくてそういう傾向がある、という話で、これらが一つでもなければうつじゃあないという話じゃあないので
そしてやっぱり「認知の歪み」10パターンに当てはまるのが見受けられるね。「全か無か思考」とか。それらが文章にも出るのだね
2.の「私が」「自分が」というのは、他人に助けを求めるのはダメだ、自分で何とかする「べき」だ、という思考になりがちだったかな。特に文章にする場合は、状況を冷静に分析してるつもりで(実際はそうでもない)、そうなってたような
「私」は意識して多用することがあるそれは意見の場で私はこう思うと言っておかないと
価値観の押し付けをするのかと思われるのを回避するため
「絶対」は幼少の頃、親から絶対なんかないとたしなめられ、意識して使わないようになった。
あながち間違ってないよ。
うちの母に限って見ればね
「絶対」ってあるだろうと思ったら案の定あったか・・・
自分が病み始めた頃は、同人小説で血反吐を吐いて這いずり回ってる人の心境とか書いてたなー
そこ以外が書けないから全然完成しないんだ
当時はストレス解消のつもりだったが、かえって強化されてる場合もありそう
病むからこの言葉を扱うのか
この言葉を扱うから病むのか
側坐核や扁桃体の大小に問題あると思われます
やはり個体差によるとしか言えない気がする
言語は国民性大きく出るから国別にやればもっと面白い結果が出そう
ネット上のうつ病患者エッセイって本当に鬱の人が書いたものなんだろうか。
そりゃあほとんどは現在か過去の闘病経験を基にしてるんだろうけど、
中には自称鬱とか、騙りの人もいると思うけど。
相殺可能なほど膨大なデータから解析してるのかな?
これはある程度信頼できるだろうなぁ
絶対に、俺は死なない。
絶対的完全なる孤独で悲しき無限の世界である。
自分の病気を語るのに一人称が増えるのは当然じゃない?
鬱じゃない病気の人のブログとかとも比較して欲しいな。
私の場合は「ねばならない」が増えた気がするよ
「○○しなくちゃ」「××でないといけない」
いろんなプレッシャーが大きくて、生きる事自体が義務みたいになってたんだろうな
「白黒ハッキリさせたい」「0か100か」ってのは確かにありそう
そんなの叶わないことの方が多いのに無いものを求めちゃうとねえ
私は完全孤独が絶対でそれが寂しくて自分は悲しい
鬱なんだろうか、
私、ダメ、絶対。
なんかふとmisonoが浮かんできたわ
これって3つの特徴全て当てはまるけど鬱じゃないって人がこういうの読んで本当に鬱になることもあるかもしれない?
こんな研究結果も絶対のものって信じない方が良いのかな…
wantがいつの間にかmustになってるんですよ
抽象的過ぎてわろた。学者とバカは紙一重ってね。
鬱の人はネットではよく見るけど現実では周りに全くいないから良く分からんな
まあ肉体的苦痛もヤバいが精神的苦痛もかなりヤバァイのは分かるけどw
おそらく嬉しい、あなた方は。
3.キッチリしないと気が済まない
2.自分の事に関してよく考える
1.マイナス思考である
なるほど、真面目すぎて自己を否定する or 自己の完全否定かな…
妙なあら捜ししてる人は「完全」「絶対」執着してる鬱予備軍なのかもな
朝起きたら、一言目が「疲れた…」
「彼/彼女」のような三人称は、少なくとも日本では文章を書くとき以外ほとんど使わないような…
元カノ完全一致w
うつの人が頭が働かない状態できちんとした文章をかけるのかなという疑問と、
普通の人だって体調が悪かったり、イライラしてる時に書くと雑だったり、相手への配慮を欠いた文章だったりするよ
夕方・夜にかいた手紙は次の日に見直した方がいいって言う人もいる
孤独、寂しい、悲しい、悲惨なって使わない気がするけどね
それよりも、疲れたって言うのが多そう
というかむしろうつ病だとSNSやる気力とかないよねって言う
自称うつ病のなんちゃって さんとの線引きがはかどりそうではあるけど
うーん、どちらかと言うと「他人の事が理解出来ない」
って考えの人の思考だよね。ナチュラルな否定論者。
他人がどれだけ苦労して現在の地位に居るのかを理解せずに
「自分だったらこうした」「自分はその方法なら認めない」
「自分だったらそれを完璧に処理出来た」とか平気で言い、
常に周囲に敵を作る人の思考に似てる。
※77
逆でしょ、そういう人達と同じ言葉を使っても使う理由がまったく違う
悲観的だったり疲れて思考力下がってたり
そういう状態の人が書く場合と否定論者が書くのとは同じじゃない
病気の人は理解してもらうためについ強調して言ってるんだと思う
・「ま、いっか」で考えることをやめる
・自分のことを話すより、他人のこと知ろうとする
俺も昔は軽い鬱病で、出勤しようとすると歩けないレベルの動悸がでて来たりしてたけど、上の2つを実行することで「鬱病でも今が楽しいなら、ま、いっか」って鬱病を楽しめるレベルになれたよ。
副作用としてリーダーに祭り上げられることがあるのが難点。
ちゃうねん。お前らのことなんてどうでもええねん。全ては自分のためなんや。聞いてるふりして実は何も聞いて無いんや。なんて今更言えない……。
一人称はわかるかも
一時期ノイローゼみたいになったときは凄く自分って言葉を使って日記みたいなの書いてた
3は納得
思い込み(大半が悲観的なもの)がめちゃくちゃ激しくなるんだよな
ちゃらんぽらん は欝になりにくいってことか
うつになるとこういう言葉を使う様になるのか
うつになりやすい人がこういう言葉を多用するのか
鬱傾向の時「絶対」だとよく思ってた、「ちゃんとしなきゃ!」「普通で(皆と同じように)いなきゃ!」みたいな
医者に「0か100なんだね」と言われて、私の考え方はおかしいんだと気づいたけど「でも100点じゃなきゃ意味ないじゃん」と思ってた
数年かけて、色んなことに対して「100点を目指すぞ!…失敗してしまった。ダメだ」になってることに気づき、今は「無理くり頑張って90とるよりは、普通にしてて70、80でいいやって思う」
頭の中ですら遠慮しちゃって自分にとって嫌な事を嫌な事だと断言しない
「アイツは嫌なヤツだ!」と感情を発散できず
アイツに嫌なことされたけど自分に何か悪いところがあったのだろうか
何がいけなかったのだろう
どうすればいいのだろう
と、長文で考え始めると主語は「アイツ」ではなくなるよね
怠い めんどくさい 死にたい 億劫 気持ち悪い 眠い
絶対俺だ
悲しい
自分のイメージの内的な世界に基づく捉え方と現実世界は違うっていう問題だと思うの。
(イメージの通りになら)ねばならないとか、(イメージの)私が、(イメージと)違う、(現実世界にそんなものはないのに)完全とか絶対。
って。
こういうものなんだっていう知識さえあれば、
そういうもんだなって理解できる類のものだと思うよ。
寝る。とにかく寝る。
ニーチェはネガティヴな時やマイナスに考える時は疲れてるだけだから、そんな時はさっさと寝なさい。って言ってましたよ。
尚更日記なんて書くなってさ。
※94
そういう時にこそ書きたくなるのが日記なんだよね
過剰に内省的になっちゃうの
相手を「敵」「味方」「関係ない人」で分けて考えていた時期があったけど
先生にそれはいかんよって言われたのを思い出した
今はあまり関係性を考えないようになって、おおらかな人っぽくしてる
鬱病患者の書いた文章を読みまくり、真面目にいろいろ考えながら分析するなんて、
想像するだに鬱になりそうな研究だけど、今時はそのあたりコンピューターがやってくれるのか。
希望に満ちた話だな。
ケースバイケース、状況によっては使う言葉ばかりだと思うけどな。これで鬱の傾向があるとか言われちゃ患者が増えてしまうと思うよ。
「鬱な気分(憂鬱)」とうつ病は違うんだし。
うつ病の人というのは周囲の人に対して50%であるべきところを10%位でいる控えめな人。
うつ病の周囲の人は鬱病の人の分である90%の恵みを得ていて、それを手放そうとしないので常態化する。うつ病は躁病に利益を与えるが、躁病はうつ病に損害を与える。
これらはわかりやすく例えると「あげまん」「さげまん」などで表現される。
そしてうつ病の人は躁病の行いを全て把握している。
レシピサイトにネギの1/2本分とか書いてあったら、
青ネギなのか、長ネギなのかハッキリしろ!ゴルァ!!と思ってしまう俺も白黒つけたい完全主義者?
単にネギと言ったら東日本では長ネギ(白ネギ)、西日本では青ネギ(葉ネギ)のこと。
自分の常識が全国の常識と勘違いして単にネギと書いてる糞レシピの多いこと多いこと。
どうも見落とされがちだけどこれらの言葉って極論鬱だと思われたくないから使ってるってことにならないかな?
ネガティブイメージが先に有って周りの目がそうさせる あるいは精神病が有った方が都合の良い人が居るという陰謀論
そういう世間様への無意識の反発がファッション鬱と言われたり 意外と複雑 単純な方が利用する側には都合が良いから言及されないけど
気が弱い人ほどなりやすい精神障害な
躁鬱って診断されたけど辛いのは断薬後しばらく経ってから自分が体に招き入れた厄病神とかいう離脱症状だわ
手足の震えとか全身痙攣が酷かった
幻聴幻覚にも悩まされた
あのままずっと依存してたら思うとゾッとするし辛かったが断薬して良かったわ
お題を与えられたかのような皆さんの回答がかわいい
孤独、寂しい、悲しい、悲惨なって、受け取り方がそうネガティブになる感じじゃないかな
悲惨な光景を見かけたとか、○○を見ると悲しい気持ちになるとか、人は最終的には孤独になるみたいな
鬱じゃない人から見るとそんなに悲惨という光景ではないですよ、○○見ても悲しくならないよ、そうなんだけど孤独についてあまり考えないなって感じ
1と3は別タイプで、3はきちんとしなければならないとか仕事を完璧に仕上げなければならない、やさしくしなければならないとか
恐らく、皆様の考えは、違う分野での方が的を射た考えをいくらか出せるでしょう
言い切れませんが、きっとね
絶対とかはネットに依存し始めた頃と時期がかぶるんだよね
それまでは人にも、こうすれば良いと思うとか結構柔らかめの言葉で話していた
ネット依存は鬱と関係あるらしいから多分それなんだろうな……
実際これらの言葉を使わなければ、1日の大半を頭空っぽで好きなように過ごせるぞ
やってみるといい
二極的思考って、教育程度にも非常に影響される。高等教育を受けて考える訓練をしてない人たちは、白と黒の間にグレーゾーンがあることを理解しないことが多い。かといって、教育程度の高い人たちにももちろんたくさん鬱患者がいる。グレーゾーンに思いをよぎらせるには、心に余裕が必要なんだろうね。カルト宗教とかに勧誘するには、様々な手段でいろいろ精神的圧迫を与えて、完全に白黒思考しかできないようにしてしまうというし。
私も鬱病が最悪だった頃は無気力だった。本当に体に力が入らない、何も興味が無くなった。文章なんて書く余裕は当然無い。 家事は姉任せだった。ドクハラで精神壊したから…。
ビジュアル系バンドの歌詞見て精神的にやばそうだなって
イメージはマジで当たってたのか。
ほーん!
自分がなんで苦しんでるのか、何が原因なのかって考えて述べるために「私は」はよく使ったな。
100点じゃなきゃダメ、99点でもダメ、みたいな思考だから基本すべてダメで、全部それは自分のせいって考えだった。「こうじゃなきゃいけないんだ!」「だからダメなんだ!」「私はダメだ」「もうダメだ…」「タヒのう」っていう具合。
結局、こういう性格傾向だからウツになるし、ウツになるから余計にそういう風になるんだよね。自分自身をよく理解して、ポジティブに開き直らないとどうにもならん。そこまでが長かった。
自分で追い込んでいる感じ?
これって、うつ病でない人の書いた文章も分析して比べないと意味がないのでは?
親が鬱だったんだけど何もできなくなるみたい
話を聞いてるとどうにもならない問題 自分が原因ではない手を出せないそんな事を
ずっと考えてて どうしようもない事を考えても仕方ないだろと自分は思うんだけど
考えてしまうみたい
まいっか 的ないい加減さが余りない人なのでその辺も問題なのかな
うつ病の人すべてではないような?うつ病の中で、テキストでアピールしたい人達だけでは
まず、そんな自分がいる事を認識したうえで、そんな自分がいる事を認める。
そこに『善悪』の判断はいらない。
『善悪』の判断を無意識にしている事を
自覚する事が重要。
要するにまとめれば
基準が高過ぎる。
だね。
自分自身に対しても世界に対しても。
別の言い方をすれば
現実離れしていて理想しか考えられない。
減点思考とも言える。
そういう頭の人。
その理論だと英語話者は全員鬱だな
めんどくさいだと思ったw
うつ気味当事者が「料理できない」と言ってた。乱切りとか少々っていう曖昧さが分からなくなるんだそうで。だから精神障害者向けのB型作業所では、分量や手順がマニュアル化されたお菓子や弁当作りをさせている。
さじ加減や要領が自己決定できないから。
俺は1は絶対にないな2は友達居ないから完全に一致
再送記事だが参考になりました。
確かに自分は一人称が多いと思います。
個人的には風呂上がりにカルピス飲んで「あー、たまらん」
って感じる気持ちなんかをとても大切にするようにしている。
やべ、ちょっと前までのワシじゃん・・・
残念ながら、どの言語を解析したかという、重要な情報が欠けていますね。
どうやら、英語話者に限った分析のようですが。
例えば,英語の I は人称代名詞であり文法機能語ですが、日本語の「わたし,僕」などはあくまでも「人称詞」であって、英語のような主語人称代名詞とは異なります。
英語の場合、一人称や二人称では、I や you といった人称代名詞を立てなければ文が成り立ちませんが、日本語では、別に「わたし」や「あなた」は文を成立させる上での必須の要素でありません。
I love you.
「君が好きだ」
この二つの文を比較するだけでも明らかでしょう。
主語が明らかな場合、わざわざ主語を明示的に立てないというのが、ふつうの日本語なのです。
ですから、「一人称代名詞の多用」といった視点から、日本語話者の鬱病患者が用いることばを分析することは無理であり、日本語の特色に沿った分析項目を立てる必要があるのです。
※133
英語で書かれたフォーラムの情報を元にしたってソース先に書いてるんだよね
それすら確認出来ないやつの意見に何の意味があるのかね
これ以上無駄な情報をネットに垂れ流すのはやめよう
全部当てはまる
絶対だ!ではなく、傾向がある。
(タイトルにも書いてある)
で良いだけな気がした俺が
皆さんの前を通りますよっと。
(傾向とは全部でも全員でも無いのだから)
「自己紹介してください」といわれ、
・趣味やら生まれやら長所短所やら色々沢山述べる人
→鬱になりやすい
・あまり細かい自己紹介をしない人
→鬱になりにくい
というのは読んだことがある。
整理整頓して綺麗好きな人が物を散らかしたり遅刻なんてしなかったのに遅刻が増えるとか色々なことがルーズになってきたら鬱病の気有り
会社の同僚や近しい人にそんな人が居たら気にかけてあげよう
それだけでその人の人生や命を救える可能性があるからね
そうかそうか、つまり君はそういうやつなんだな。
やっぱり
おみゃーら大好きだ!!!
あくまで自分の例だけど、鬱が酷かったときは辛い・悲しい・怖いとかネガティブな事は誰にも何も言えなかった。
鬱が治って、理不尽な目に遭って辛い・痛めつけられて嫌だった・脅されて怖かったとか、思った時に人に話したり、SNSに書くようになってからめっちゃ楽になった。
今のほうがネガティブワードを多用してるけど、鬱が重度だったときより「話して忘れる」ができてる。
ネガティブな話をしても「うわぁこいつ鬱っぽい」と見下さずに、普通に話を聞いてくれる人がいてくれるおかげかも。
基本フレンドリーだが、仲の良い友人には
「君は心が引きこもり」と言われていたが最近たしかに自分は引きこもっていたな?って自覚した。
自覚したので多分治ったか治りかけか。
そのせいかやたら色んな人が心を閉ざしているのを目撃して「そこまで心を閉さなくても良いんじゃないか」という気分になる。もちろんお節介になるので本人にいちいち言ったりはしない。
日本語だと寧ろ一人称を使わないようなイメージがある
むしろ間違ったことを言って否定されたくないから「絶対」はあんま使わんかな
ちな鬱病
昔はこの3種の言葉を多用してたなー。
自分が0か100かの思考でよろしくない、自分を追い詰めてしまうと考えて、なるべくこれらの言葉を使わないようにはしている。
うん、まあ、うつ傾向にあれば使うよね
だけどうつだから使うというのは違うんじゃないかな
逆に主語をハッキリさせない文章書く人って自己が曖昧な精神や発達、パーソナリティの障害者に多いって聞いたこともある
「完全」か…
自分が部屋の掃除をできないのはそれかも
部屋を掃除してもすぐまた汚れるだろ?
完全に掃除できないならしなくてもいいやってなっちゃう
自分て奴は全くダメな奴だなぁ
Stylishnoobっていう元プロゲーマーもネトゲにハマった成績優秀な友達をコテンパンにして元の道に戻したみたいな話してたな笑
完璧主義者風の思考のやつは確かにそうなりがちだよね
根拠におかしいところがあっても曲げないから周りに相手にされなくなって「理解されない」と逆恨み的な孤独をつのらせていく