この画像を大きなサイズで見るこれまでも、我々が現実と感じているものは、それまでの知識や経験に基づいたもので、脳が作り出した幻想であるとする研究結果が報告されていたが、つい最近、英サセックス大学の神経科学者アニル・セス博士が我々が認識する現実、つまり意識の起源について論じた。
彼は議論を始めるにあたってまず、「意識はどのように発生するのだろうか?」と聴衆に問いかけた。セス博士によれば、意識は科学と哲学に残された最大のミステリーだという。
この問いに続いて、セス博士はその重要性について説明した。
どの脳の中でも、それぞれが小さな生物マシンである数十億もの神経細胞による共同作業が行われており、それが意識体験を生み出しています。
しかもただの意識体験ではなく、あなた自身の今ここにおける意識体験です。一体これはどのようにして起きているのでしょうか?
私たちそれぞれにとっての意識はそこにあるものすべてです。だからこそ、この問いに答えることが重要なのです。世界がなければ、自己もいません。一切が存在しなくなります。
意識と生命は表裏一体。物質は意識の派生物である。
マックス・プランクは「意識は基本的なものである。物質は意識の派生物である」と述べた。つまり、意識は物質の形成に必須であるということだ。
どいうわけか、この2つのまったく別個に思える現象は、私たちがいまだ完全には理解していないやり方で絡み合っている。
ある論文は、物理的現実の性質を形作る意識の役割を探るために二重スリット実験がいくども利用されてきたことを指摘する。
セス博士は、意識と生命もまた表裏一体であると論じる。知性と自己認識が真の標識であると論じられることもある一方、彼は意識が「私たちを生かし続ける生物学的メカニズムによって形成」されたことを論証しようとする。
この画像を大きなサイズで見る実のところ、意識のあるAIが生まれる見込みはかなり低いと思います。その理由は、私の研究が告げていることが、意識は純粋な知性とはあまり関係がなく、むしろ生きて呼吸する生命体としての私たちの性質に関係があるということだからです。
意識と知性はかなり別物です。苦しむために賢い必要はありませんが、おそらく生きている必要はあるでしょう。
制御された幻覚
自分が脳になったところを想像してみよう。頭蓋骨の内部には光も音もない。何もかもを五感から届けられる電気的なインパルスに頼らなければならない。
こう話したセス博士は、いくつか錯覚の事例を取り上げた。そこでは感覚が真実をごまかそうとしている。
脳は受け取ったインプットを基にして、私たちが意識的に体験することがらを常に変化させている。
セス博士が取り上げた事例は驚くべきものだが、究極的には、多くの場合、脳が受けとる感覚情報は変化していないことを示している。変化しているのは、私たちが体験していることがらに対する認識だ。
この画像を大きなサイズで見るプラトンは正しかった。感覚は本当に私たちを騙しているのだ。
つまり、そこに何があるのか理解しようとする認識は、情報に基づいて推測しようとする作業、つまり脳が感覚信号とその感覚信号を発する世界とはきっとこうであろうという従前の予測や信念を組み合わせるプロセスでなければなりません。
脳は音も聞かないし、光も見ません。私たちが認識しているのは、世界の様子についての妥当と思われる推測なのです。
脳と身体が意識を生じさせているのか?
取り上げた事例からは、私たちがただ受動的に世界を認識しているのではなく、積極的に作り出していることも分かる。
私たちが体験している世界とは、外部からもたらされるのと同じくらい、内部からももたらされているのである。
私たちは常に幻覚を作り出しています。今この瞬間にもです。その幻覚について同意するとき、それを現実と呼んでいるにすぎません。
あなたの自分という体験、すなわちあなたであるという特定の体験もまた脳によって作られた制御された幻覚です。
この画像を大きなサイズで見るこの分野の多くの者たちが認めざるを得ないことがある。
それはまだ完全には理解されていないことだが、物理物質世界の宇宙と私たちの体験は実は心が作り出したものであるということ、あるいはごく控えめに見ても意識がその創造に根本的な役割を果たしているということだ。
ジョンズ・ホプキンス大学のR. H. ヘンリーはネイチャーで次のように述べている。
ジェームズ・ジーンズによれば、『次々ともたらされる知識は非機械的現実に向いている。宇宙は偉大な機械というより偉大な思考であるかのような姿を現し始めている。
もはや心は物質領域に偶然紛れ込んでしまった侵入者には思えない。むしろそれを物質領域の創造者や支配者として迎えるべきだ』……宇宙は非物質だ――精神的かつスピリチュアルなものだ。生きて、楽しむがいい。
via:collective-evolution/ written by hiroching / edited by parumo













良い記事なんだけど
目の前の督促状は消えない
なんでだろう?
※1
苦しむために賢くなる必要はありませんが
とりあえず生きている必要はあるでしょう
※1
吹いたww
あんた、面白すぎ
やばい
モーフィアス「君の頭脳が解釈した単なる電気信号に過ぎない」
※3
ネモ(アンダーソン)「電気信号に過ぎないという君の言葉も、君の頭脳が解釈した単なる電気信号に過ぎないということは考えないのか?」
幽霊とかが最たる幻想だと考えている。
思い込みと想像と共通認識による共感覚による虚像が幽霊。互いに同じ性質の共感覚を持つものは同じ幻想で作られた虚像を見る。
現実は幻ではない
実際に起きている事柄
こういった「そもそも論」は終極点に収斂することはないよなあ・・・。
どこまでも、永遠に。
死んだときが世界の終わり。
それが人間(というか生き物)の限界なのかな。
※6
死んでも心は残るって話だよこれは。
心が主体で目に見える世界は対象。
それを幽霊という。
そこまで幻覚、幻覚、いうなら個人ごとに物質の見え方にも相当な差異が無いと納得できないね。そこまで個人間に認識の違いがあるなら、コミュニケーションは難しいし、知覚からの共通認識が成立すること自体もあまり無いと言えるのではないだろうか?
※7
共通して体験した思い出や記憶が各個人によって違っているということが、現実が幻想、幻覚とされるわかりやすい例じゃないかな。
共通認識が高いほど、価値観の近い人ほど、話が通じ合って、違う人ほど会話も意思疎通も成立しない。
住む場所、育ちが違うと、同じ言語は発生しないし、異国の言語を修めたとしても共通感覚はなかなかに得れない。
イヌイットには雪質を表す単語が200以上あるらしいが、彼らの脳には視覚や触覚など五感から得る雪の状態の差異をそれだけ識別して見えているということだろう。
錯覚と幻覚は脳によるものだが、視覚、触覚、味覚、嗅覚は感覚のセンサーで幻ではない。
意識は感覚ではなく思考。
思考はそもそも体験がなければできない。
感覚を幻とするのは身体異常でしかない。
因みに霊感は個人差が大きい感覚でしかない。感じ方の違いで幻ではない。
こういう考え方、今流行ってるね
生まれたての赤ん坊の現実認識のもととなる経験とは?
認知心理学では60年前からこれを言っているので、今さら感ありまくり。
人間が3次元までしか認識できないのも、肉体的に4次元めを観測できるセンサーを持ってないから。立体感だって両目の視差から脳が合成した錯覚だから、窓に精巧な写真を貼ると遠目にはバレない。
社会的には感覚よりも判断の方が人間を騙すと思う
ナマズがコイを食べる記事は現実じゃなかったんだ!
フリップフラッパーズ(アニメ)で「環世界」の概念知った
ストーリーも作画もお勧めできる
これって大昔から仏教などの哲学で言ってることだよね
でも科学的なアプローチからも同じ結論が出たってことは、、
まあ、そういうことなんだろうな、、
この博士、結論と信念を語っているだけで、科学的な裏付けはなに一つ語ってないよね。だめでしょ、それじゃ。
意識のハードプロブレムね
生きてるあいだに答えが出るかね
>意識は純粋な知性とはあまり関係がない
この示唆はこの先物凄く重要な事になる気がする
「現実を形作る」「認識の枠組みを与える」という考えは、哲学だけでなく総合的な認知科学の領分でも昔から言われているのだろうが、ちょっと記事の言説からは極端な唯心論や相対主義的な響きまで感じるような…(神秘主義感も)。まあ専門分野の学者さんということもあって、話を聞いてもらうために強めの主張なのだろうし、内容自体は面白いですけどね。
右脳と左脳を切断した話とか面白いよね
自己完結型フェイルセーフ…
それを「国単位」で本当にやってしまう国が有るんだよな。
自国の不満を政府に向けさせない様にとか、金銭的困窮とか
自分らで改善せねばならない問題から目を反らして他人のせいにすればそれは楽だろうけどさ。
現実とは脳によって組み立てられた世界の解釈。
なので意識に数だけ現実世界がある。
手を伸ばせば届く距離に居る人でさえ、
自分とは随分遠い世界に住んでたりする。
ポルナレフ「あ…ありのまま…今有った事を話すぜ…?」
全員「妄想乙」
アリとか微生物にも、同じような意識はあるのだろうかと思ったけど、
宇宙規模で言えば人間も、砂が物を考えているようなもんなんだよな
それが何であるかを教えずに、それだけを情報として提供した際の認識は人によって違う。だから認識(受け取った情報)が物質(認識)を作るって説明なのはわかった。ただこれシュレディンガーの猫と同じようなことを言ってるだけで、観測する前にも物質はそこにあるものなのでは
盲点が存在する事に普段気が付かないし
錯視画像で認識を誤るし
絵の連続が動いて見える
哲学の授業を思い出す。
今この時が、夢や幻想ではなく実際に存在すると理論的に説明できた人は、結局誰もいなかった。
例えば実はこの世界がマトリックスの中で実際体は存在せず脳髄が培養液の中に浮かんでいるだけだったとしても、それを知る手立てはないよね。今のこの現実が現実らしいルールを課した巧妙で冷めない夢だとしたら?
経験もそう。同じ赤い色を見ても、違った人の感覚は直接体験できるわけではないから、実際に同じ色を見ている保証なんてない。NASAの観測によると、宇宙の形状は「平面」だったし、今見ている全てはホログラムに過ぎないと唱えている物理学者もいる。
考えるときりがないけれど、考えるのはどうしようもなく楽しい。
※30
わかってるとは思うけど・・・
宇宙の形が平面→「宇宙空間の曲率がほぼ0」で、3次元のイメージを2次元に置き換えたら「平面」のようだという意味だからね。
※64
自分もそう解釈してたんだけど
実際は観測者が存在できる条件でしか世界が成り立たないから、観測者の都合に合わせられているようにみえるみたいな感じじゃなかったっけ?
観測者が現れない世界が無数に存在しても、観測されることはないので、それの存在が観測されたとしても、それはもう観測者が現れている世界みたいな
※64
君の数学が全てという解釈も仮説の一部でしかない。
やとしたら意識がなく物質しかない宇宙で都合よく数学が出来てるのは何故かという問題が出てきてしまう。
よくこんな難しい記事訳せたね
AIが自己管理、自己増殖、自己修復を覚えたらそれはもう生命体だと思うなぁ
人間は現実を共有できないけど電気的に繋がれるAIは個の統合が出来るのかな
神経科学や心理学の学者様が言ってることが妄想だろ
ああ、「神様は心の中にいる」ってつまりそういうこと…
まぁ所詮「目」という器官が送ってくる情報がどれほど「真実」を伝えるか謎だしな
45年問題じゃないけど、今人類の知性は頭打ちになりつつある最中だと思う。
働く事ではなく考えることが仕事の「学者」の価値について問われる時代になっていると感じる。最近この手の主張をする学者が多い。
この世界、この宇宙は、神が見ている夢かもしれない。と云うことが有りうるのかな。意識が始めにあり物質の世界は意思の力によって生まれた。とすると人間の意識は神の一部であり、物質は仮の現れのモノであり、この世界は神の意識に生じるさざ波のようなものかもしれないね。
昔から現在まで覚者がいってることだね、マーヤー、仮作、プラクリティ
全部同じこと。空である本当かつ唯一の自己とも言えぬ自己が元(神元)で
時空、現象は後から形成される。そして形成されたものは無常、苦、無我であると。
悟れないから生物という思い込みのアバターをやってると言ってもいいかな
この間、パプリカ観たばかりなので、いろいろとリンクする。
ブッダが、遠に言うとるがな
自分が死ねば世界は終わるし、素粒子も認識されることで発現したり。
AIが意識を持たないってのはわかる気がする。生命活動が重要な気がする。でも言葉に縛られる人間が偉いわけじゃないけど。疲れた
「脳の中の幽霊」という本を読むと脳が外界を認識する方法について書かれてて、なかなか面白いよ。通常感覚器からの信号を知覚して現象を認識するが、脳の処理速度(信号の伝送速度)は極めて遅いため(不応期の存在のせい)経験から現象を推測して処理する能力にたけている(例えば、初めて見る物体でも金属っぽい質感なのかそうでないのかを視覚だけで判断で来たり、初めてもつ物体でも見た目の質感で判断して適切に持ち上げれるとか(それがわからなければ、うまく物を持ち上げることはできない)。こうした処理はたくさんあるので、それを指して脳が認知する現象は、単に経験した実際の環境の情報だけじゃないよねっていう。
翻訳が弱いせいでオカルトに見えるけど
実際は現実で各人の脳に起こってること
自我とは、脳機能のごく一部でしかない
その一部が、脳の全体はおろか体の全てまで支配してると「錯覚」させるため
膨大な脳の部位たちが処理し提供し接待し続けている
脳の牢獄の一部の網目でしかない自我が無自覚に全体支配をしてる気になってくれてることが
人間という巨大システムの運用に最適だからだ
実は、視覚などの情報はもとより、痛みや快楽などでさえ、自我の得たものではなく、外部位のまた伝えを錯覚させられてるだけなのにね
唯識瑜伽行派の研究がやくにたつのか
1秒先がまだないということは、言葉、想像、考え方で世界が変わっていくとの考え方もありますよね。
足が痛いって感じたけど実際には脳が痛いと錯覚してるだけで実際には足に痛みは起きてない、とかいうのなんかあったよね
脳もエラー起こすって知ったときはなんかハッとした。なるほどねーと。
今回の記事で取り上げられている「現実」は以前取り上げられた「格間の錯視」と似たようなものだということだろう。
この錯視は、一見してドアのような格子のパターンの中に「円」が見えるというものだけど、解説文を一部引用すると、「格間の錯視は、脳に物体を特定しようとする強い傾向があることを示している。”画素”はグループとなり、境界や輪郭を浮かび上がらせ、最終的に物体となって像を結ぶ。しかし、この図形ではきちんとしたグループ分けができず、曖昧だ。」
「ほとんどの人では、最初に長方形の一部としてグループ化が起こりやすい。それは我々を取り巻く日常的な環境には、円よりも長方形のほうが多いからだ。このために、脳はまず長方形が見えやすいようにグループ化するのだ。」
つまり、まったく同じ絵でも、そこに「長方形」を見る人と「円」を見る人がいて、この「長方形」と「円」が各人が認識する「現実」ということになる。
上のコメントで書いてある、「督促状の人」は、「督促状のある現実」を見ているけど、そのすぐわきに「督促状のない現実」が、あることに気づかないだけかもしれない。
ちょうど前述の「格間の錯視」の画像で、なかなか「円」に気づかない人がいるように。
全てを記述することは可能である。
この世界の存在がそれを証明する。
人はこの記述の中で世界を紐解く。
城の中に同じ大きさの城を建てる。
この世界はそれを許してはいない。
クオリアみたいなものかね。
あなたが見ている赤というその色は、本当にその色なのか。
色盲の人の見る赤のように、他人と違う可能性はないのか。
あなたが見ている現実という事象は、本当にその現実なのか。
まあ実はこの世界素粒子っていうバイナリデータでできたバーチャルだからな 黙っててすまんかった
興味深いなぁ。
宇宙が「思考する、意識を持つ存在」なら、宇宙そのものが神なのかな。
今のディープラーニングが高等生物の脳の構造をまねたものである以上、
突き詰めればそこに意識は芽生えるはず。
じゃあ、脳という物質はなんなんだよ
この世の中はコンピュータのシミュレーションだ!みたいなのと同じで、
考えすぎて考え方が逆になってしまってるパターンじゃない?
親が認知症・レビーっぽい。「あそこに人がいる」「ここにゴミが」と無いものを見ている。検査しようと言っても「見えないのがおかしい」「見えても相手にしなければいいだろ?」と拒否する。見えないのがおかしいのか・・・
人間の意識は電気回路でも通電する電子でもない
“現象”そのものである
リアルはクソゲー
この宇宙が救いようのないものだと認識すれば宇宙は認識に答える
故に仏教は邪教
NHK「時空を超えて」がわかり易いよ
要は二次元最高。洞窟の囚人なのさみんな
終末に立ち会えば答えが出るのだろうか
この生は神々の遊び、壮大な暇つぶし
この説は2重スリット実験が根拠らしいけど
観測するまでは物質化されないという解釈は実は間違ってるんだよ
観測者つまり人間つまり心がまず先にあって
その心が見ることによって物質が初めて存在する
ロバート・ランザもこの考え方で心が物質世界を作り出していると主張しているけど
こんなものは議論の価値がないほど馬鹿馬鹿しい説で話にならない
この世界を作っているのは心なんかじゃない
それは数学だ
この世界には数学しか存在しない
物質世界というのは数学の性質の一部に過ぎない
この世にはただ数学があるだけなんだよ
数学というのは人間の脳が作り出した概念なんかじゃない
それは順番が逆で数学が物質世界を作り数学が宇宙を作り数学が自然物を作り数学が声明を作り数学が脳を作った
だから脳の中に数式が存在するのは当然のことなんだよ
この世は全て数学であって数学以外のものは何も存在していない
何故数学なんかが存在しているのかは誰にもわからない
もっと高度な脳や別の感覚を持った宇宙人とかが見てる地球や宇宙は人間が感じられる範囲以上の何かなんだろうな。
結局人間が感じられてる事なんてほんの少しだけなんだろう。
だから現時点で地球上でし人間がたった72億しか居ないのが怖くなる。72億の人間が居るから様々価値が思想が生まれるのであって価値や思想が先にあるわけじゃないし
人が居なくなった世界でお金や金銀財宝を持ってても仕方ないしな
そこに居るあなたは間違いなく存在するのですよね?
産まれた事実と育ち生活してきた記憶が私と同じ様に、別の記憶があるのですよね?
私がアクセスできない思考が、あなたの頭の中には存在するのですよね?
あなたが生きてきた時間の流れが個別に在るのですよね?
私達は何なんだろう
そもそも時間や空間やらも人間が勝手に決めた概念でしかないから
フランス人哲学者ベルグソンの「物質と記憶」を読めばよい。そこでは失語症の研究から物質=脳と記憶≒意識のあいだににパラレルな関係は無いと結論付けられている。
また同氏の他の論文では、脳と意識の問題を語るとき、言語的錯誤がしばし見受けられとある。 物質の状態(意識を用いて分かるもの)、例えば『脳に電気信号が走る脳』とその時の意識の対比することが誤り。
状態から存在へのすり替えに気をつけよとある。
別に幻覚だろうが何だろうがごはんが美味しくて布団があったかいからそれでいいよ
> 意識のあるAIが生まれる見込みはかなり低いと思います。
実はワシもそう思う。
AIは与えられた課題をこなすことしかしない。問題意識を持ったり、ましてやそれを自分で実力行使で解決したいと思ったりしないだろう。そのためには「欲望」を持たないと行けない。そのためには「意識」を持ち、あらゆる物事に快・不快を感じなければならない。
擬似的にそれっぽい判断や行動をさせることはできるが、それは結局自我とは違う、シナリオライターが書いた脚本の一つでしかないだろう。
まず現実があって、それを各自の脳が解釈して、投影されたのが幻覚。
投影される過程で、各自の目や脳の違いによる、投影され方の若干の違いはあるだろう。
しかしあくまでも「まず現実がある」というのが大前提、それを否定して「まず意識がある」としてしまったところが最大の誤り。
意識が現実を作り出している?
バカ言うなよ、だったら地球も月も太陽も、意識の数だけ存在することになるが(笑)
※80
大本は1つなんだよ、何かはあるんだろうね、でもなぜか目隠ししてある
理由は判らない、もしかしたら乱数(虚無)なのかもしれない、目隠しは優しさなのかもしれない
そしてそれをとりあえず、1つ上の次元座標から1つ下の次元座標を参照しているとすればいいじゃない
例えば円柱を高さ1cm高さ2cmから輪切りに見つめる、それぞれ違うけど1つではあるよね!
バカな、じゃあ月が四次元の何かだとでも? そうなんじゃないのかな
*74
あなたは宇宙が一つだと言う前提で物事を見てるから、頭越しに否定して理解しようとしてない。
あるET(宇宙人)のメッセージで「宇宙は空間ではない、波動エネルギーが循環して形成されいる」と語っていた。
「常識」を疑ってください。
「常識」の中で安心していたら、いつまで経ってもあなたは思考停止の操り人形だから
その……理屈はともかく、早く、人工空間と意識をつなげてほしいものだ。そうすれば、話も早い。実際にやってみせた方が、いい。
世界は存在しない
>私たちが体験している世界とは、外部からもたらされるのと同じくらい、内部からももたらされているのである。
私たちが体験している現実世界は、脳内にある箱庭や自分自身の模型である。
それは脳内にあるセントラルドグマと呼ばれている神経回路網であり、参照表でもある。
リアルタイム処理が間に合わない時は、過去の類似画像や属性情報が参照される。
このときのエラーで幻覚や錯覚やデジャブが起こるみたいだ。
私たちはこの箱庭から出られない。