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最後はやはり人と人。敵対関係にありながらも友好を築き上げた20のケース

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(著)

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 ときに、敵認定した相手が親友になることはありうる。好きの反対は嫌いじゃない、無関心なのだ。嫌いも好きも相手を意識しているということだ。で、あるならば大嫌いから大好きに、大好きから大嫌いになるということもありうるのだ。

 そしてまた政治的、歴史的背景、立場の違いから敵対関係にあったものが、ある出来事がきっかけで仲良くなることもある。お互い人間なのだから。

 ここでは敵対関係にあるはずの個人や団体が友情を築き上げた20のケースを見ていこう。

1. クリスチャンとイスラム教徒の友情(エジプト)

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 エジプトでクリスマスシーズン、教会に向かうクリスチャンたちをイスラム教徒が守ったというエピソードがある。2011年、イスラム過激派テロリストが、エジプトで少数派のクリスチャン21人を殺害する事件が起こった。

 そのため、クリスマスイブの礼拝のために教会に行くのも、クリスチャンにとっては命がけだった。一同が恐る恐る教会に到着すると、イスラム教徒の集団が待ち構えていた。

 だが、彼らは明確なメッセージをクリスチャンたちに伝えるためにそこにいた。「テロリストたちがあなたがたを殺そうとするなら、まずわたしたちが殺されなくてはならない」イスラム教徒たちは、自ら人間の盾になるためにキリスト教会に集結したのだ。

2. アップルの倒産の危機から救ったマイクロソフト社

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 1997年8月6日はアップル社はマイクロソフト社によって救われた。

 財務困難に陥っていたアップル社に対し、マイクロソフト社は1億5000万ドル以上を出資し、さらにはMicrosoft Officeをアップル社のmacでも使えるように開発がすすめられた。

 これには裏事情がある。スティーヴ・ジョブスがゲイツと接触して個人的に取引をもちかけたのだ。アップルは、特許侵害でマイクロソフト社を訴えていたが、マイクロソフトの弁護士たちは長期にわたり訴訟を引き伸ばしていた。

 もし条件をのんでくれたなら訴訟を取り下げるという約束を交わしたのだ。約束は守られ、アップルは業績を回復した。

 ジョブズはこの年の講演で、「我々は”アップルが勝ち、マイクロソフトが負けるべき”という考え方を改める必要がある」と述べたそうだ。

3. 投獄されていた囚人、ネルソン・マンデラと仲良くなった看守

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 南アフリカの政治家、ネルソン・マンデラは、若くして反アパルトヘイト運動に身を投じ、27年間に及ぶ獄中生活を送った人物だ。

 その時の看守だったクリスト・ブランドは、アパルトヘイトを頑なに支持していたが、マンデラと接触しているうち、その誠実で情け深く、謙虚で慈悲の心に満ち溢れたマンデラの性格にいたく感銘を受け、その考えを改めるようになった。

 やがて、マンデラは教育の価値について父親のように助言した。ブランドは食べ物やお気に入りのシャンプーなどを密かに差し入れしたり、マンデラの孫の訪問すら許すようになった。ブランドはマンデラにアフリカーンス語(南アの公用語のひとつ)を教えたりした。すべての人の内面には根本的に慈愛が隠されているということを、ブランドは確信したとマンデラは語った。

4. ヒトラーがゲシュタポから守ったユダヤ人

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 エルンスト・ヘスは、母親がユダヤ人だったため、彼はほかのユダヤ人と同じ扱いを受けた。ダビデの星をつけなくてはならず、町でナチ支持者に繰り返し嫌がらせをされた。

 しかし、ヘスは第一次大戦のとき、ヒトラーの指揮官だった。ヒトラーはヘスの救済と保護を保証し、ゲシュタポに対して、ヘスはいかなることがあっても、不都合な人間であることはないと指示した。ヘスはユダヤ人の先祖がいることには一切言及していない新しいパスポート携帯も許された。

5. 文学で意気投合したホームレスと弁護士

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 敵対関係にあったわけではないが、身分が違うもの同志が培ったつながりはこのリストに入れておくべきだろう。ある敏腕弁護士は、毎日通勤途中でひとりのホームレスを見かけていた。そのうち声をかけるようになり、冗談を言い合うほどの仲となった。

 話をしているうちに、ピーター・レズニックとホームレスのロブは、お互い文学が好きなことがわかった。レズニックがロブに本を買ってやり、ロブはその本をほかのホームレス仲間に回すようになった。

 本を読んでそれについて語り合うことが楽しいことに気がつかされた仲間たち。そしてついにブッククラブが誕生した。それ以来、このアイデアは、アメリカ、ヨーロッパ全土で広まっている。

6. アメリカ人とイギリス人

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 アメリカ革命で、イギリス人とアメリカ人の戦いは残酷で血なまぐさいものだった。しかし、アメリカ建国の父のひとり、ジョン・アダムズは法廷でイギリス人兵士を弁護した。

 ボストン虐殺のとき、8人のイギリス兵が怒り狂う群衆に発砲し、5人が死に、複数が怪我を負った。このイギリス兵たちを弁護することは自らの命をかけるようなものだったが、、ジョン・アダムズはあえて名乗りをあげた。8人のうち6人を釈放したたけでなく、故殺で有罪とされた残りのふたりも親指への烙印のみで放免した。

7. 囚人と判事に芽生えた友情

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 麻薬中毒の服役囚と控訴裁判所判事は本来ならば敵同士だ。しかし、このふたりは人生を変えるような友情を育んだ。

 マイケル・バンヤードは元ギャング、麻薬の売人、コカイン中毒者で、25年の刑に服役することになった。彼は控訴を求める手紙を書き、それが、判事のスペンサー・レッツの目に留まり、その心を動かした。レッツは判決を覆し、更生の間にバンヤードの良き相談相手となった。その後、バンヤードは服役囚の子どもたちを教育する人材を育成する組織、イーチワン、リーチワン、ティーチワンを設立するに至った。

8. 北軍と南軍の兵士に芽生えた友情

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 リンカーン大統領はフレデリックスバーグの戦いをまるで屠殺場のようだと表現した。しかし、それはまた北軍と南軍の兵士が友人同士になった戦いでもあった。

 両軍はラッパハノック川の両岸で野営していたが、時間がたつにつれて次第にイライラがつのっていた。そこで、両者は間に合わせのおもちゃの船を作り、それに贈り物を乗せて対岸の敵方に向けて放った。南軍はタバコを、北軍はコーヒーを積み込んで船を行き来させたのだ。ついに両軍は川の反対側へ渡って顔を突き合わせ、おしゃべりをし始めたという。

9. イギリスと日本、戦争捕虜と拷問相手

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 元戦争捕虜のエリック・ローマックスは、自分を拷問した相手を殺そうと計画した。だが、再会した結果、2人は良き友となったという。

 第二次大戦のとき、イギリス軍の士官だったローマックスは、捕虜になり拷問を受けた。戦後、ローマックスは50年近くの歳月をかけて自分を拷問した相手を探し続けた。そしてとうとう、元日本軍の永瀬隆をついに見つけ出した。しかし、永瀬は戦中のことをひどく後悔しており、その生涯を慈善事業に捧げていた。それを知ったローマックスは復讐心が一気に消えていった。ふたりは互いに共通した部分がたくさんあることがわかり、残りの人生を良き友として過ごした。

10. 黒人人権活動家とKKKメンバー

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 1971年、人種差別廃止活動家の運動を阻止するため、ひとりのKKKが送り込まれた。結果的に、ふたりは力を合わせて人種差別と戦うことになった。

 黒人人権活動家アン・アトウォーターは、学校で行われる人種差別撲滅のための10日間の市民集会で議長を務めるよう頼まれた。しかし、ノースカロライナ州ダラムの市議会は、KKKの最高幹部サイクロップス・クレイボーン・P・エリスをアトウォーターの共同議長に任命して、彼女の邪魔をしようとした。

 しかし、緊迫した何日かが過ぎると、ふたりは絆を結び親友になった。エリスはKKKを脱退し、アトウォーターと組んで長い間、社会的不公正と戦った。

11. アメリカを爆撃した日本軍兵士とアメリカの商工会議所

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 1942年、藤田信雄はオレゴン州ブルッキングスの町を爆撃した。しかし、ブルッキングス市は藤田に名誉市民の称号を与えた。

 アメリカにとって藤田は、戦時中実際にアメリカ本土を爆撃した敵だった。彼の爆撃による火災の被害は小規模だったが、アメリカの敵として認識されるのに十分だった。しかし、1960年代、当のブルッキングス市の青年商工会議所は、来たるアザレアフェスティバルのために藤田を現地に招待した。

 藤田は戦犯として非難されるのではないかと思っていたが、予想外に大歓迎され、400年代々家に伝わる日本刀を最終的な降伏の証として市に寄贈した。

12. 誘拐犯と誘拐された子どもに芽生えた友情

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 クリス・キャリアは子どものとき、誘拐され拷問されて瀕死の重傷を負わされて放置された。だが、彼はその後、誘拐犯の唯一の友人になった。

 1971年、デイヴィッド・マカリスターはクリス・キャリアを誘拐し、タバコの火を押しつけ、アイスピックで何度も刺し、頭を撃って、エヴァグレイズに放置した。

 1996年、マカリスターは罪を告白し、キャリアは彼と対峙することになった。その頃にはマカリスターはすでに目が見えず、介護施設で暮らしていた。マカリスターは過去を謝罪し、キャリアは彼を許した。それからずっとキャリアはマカリスターを見舞い続け、彼が人生最後の日々にきちんとケアを受けられていることを確かめている。

13. コーカコーラ社の企業秘密を守ったペプシ社

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 コークとペプシはもっともよく知られたライバル企業だ。だが、ペプシはコークの企業秘密を守った。

 2006年、コカコーラの社員ジョヤ・ウィリアムスは、ペプシに対して、会社の極秘情報とこっそり盗み出した商品サンプルを提供すると持ち掛けた。ペプシはライバル会社の機密を買うことに関心を示しつつ、それをひるがえして密かにコークの幹部に接触した。両社はFBIを呼び、おとり捜査の末、結局、ウィリアムズと共犯者は刑務所に入ることになった。

14. 息子をひき殺したドライバーと仲良くなった両親

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 1982年、テッド・モリスは飲酒運転の車にひき殺された。テッドの両親はその運転手の良き師となった。

 死亡事故だったにもかかわらず、トミー・ピガージへの判決は5年の執行猶予つきだった。テッドの両親はこの軽い判決に怒り、このままピガージが姿をくらまさないようつきまとい始めた。

 しかし、ピガージが体育館に集まった高校生たちに向けてした話を聞いて、両親は気持ちを変えた。ところが、ピカージはアルコール中毒で執行猶予が期間が終わる前に刑務所に入ることに。夫妻は刑務所に出向きいろいろと話をし、出所後は教会に連れて行った。ふたりの支えがあり、ピガージはアルコール中毒を克服し、人生を変えることができた。

15. 宿敵である十字軍の大将を看病したイスラム勢力の武将

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 第3回十字軍を率いたリチャード一世とイスラム勢力のサラディンは、熾烈な敵同士だった。しかし、サラディンはリチャードの命を救った。

 リチャードはそのとき、砂漠の真ん中で、疲弊した軍を率いて戦いに臨んでいた。自分自身も病気で発熱していた。この十字軍の最大のターゲットであるサラディンは、リチャードが病気であることを知り、自分の主治医を送り込んで治療にあたらせた。敵の大将を看病して回復させただけでなく、高熱を下げるためにと砂漠に雪を送り届けたのだ。

16. KKKメンバーと黒人に芽生えた友情

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 黒人であるダリル・デイヴィスはKKKのローブを20着以上所有している。KKKのメンバーが、友情の意思表示としてKKKを脱退し、各々のローブをデイヴィスに贈ったのである。

 1983年、ミュージシャンのデイヴィスが、カントリーウェスタンバーで演奏していたとき、あるひとりの男と友人になった。その男はKKKのメンバーだった。デイヴィスの音楽のすばらしさに感銘した彼は主義主張を捨て、KKKを脱退し、その証としてローブをデイヴィスに渡した。

 以来デイヴィスは他のKKKのメンバーたちとも親交を育んでいった。その結果、KKKのローブやフードが増えていった。KKKのメンバーたちは、デイヴィスとの友情のために組織を去ることを選ぶのである。

17. 米軍のB-17爆撃機を安全な場所に誘導したドイツ軍パイロット

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 チャールズ・ブラウンとフランツ・スティグラーは、第二次大戦のとき敵同士のパイロットだった。だが、スティグラーはブラウンの戦闘機を安全な場所に誘導した。

 1943年12月、米軍パイロット、ブラウンのB-17爆撃機が攻撃され、クルーともども敵の領域内で無防備状態で取り残されてしまった。ブラウンが窓の外を見ると、スティグラーの操縦するドイツ軍のメッサーシュミットが見えた。

 驚いたことに、スティグラーはブラウンに対して親し気に会釈し、彼の飛行機を安全な場所へ誘導した。スティグラーによると、ブラウンらを空中で一気に粉砕するつもりで向かったが、彼らがまるで丸腰なのを見て気が変わったという。

18. 娘を殺し自分の右手を奪った敵を許し、ともに活動する女性

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 、1994年にルワンダで発生したジェノサイド、ルワンダの虐殺は、フツ系の政府とそれに同調するフツ過激派によって、多数のツチ族とフツ族の穏健派が殺害された。正確な犠牲者数は明らかとなっていないが、およそ50万人から100万人とも言われている。

 エマニュエル・ヌダイェサバは、フツ族の殺し屋として、ツチ族を皆殺しにするために雇われた。彼の蛮行のひとつが、アリス・ムカルリンダの手を切り落とし、その娘を殺めたことだった。

 のちにヌダイェサバは自首して服役し、出所するとツチ族の生き残りたちに自分の蛮行を謝罪し始めた。アリスと再会したとき、ヌダイェサバは許しを乞い、彼女はそれを受け入れた。ふたりは一緒に、生存者たちの住む家を建設するために一緒に活動している。

19. クリスマスに一時停戦して平和に過ごしたイギリス軍とドイツ軍

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 第一次大戦のときイギリスとドイツの兵士たちは熾烈な戦いをくりひろげていた。しかし、クリスマスの日、その日限りの友となった。

 1914年のクリスマスイブ、ドイツ軍の前線では、塹壕に明かりが灯され、クリスマスキャロルが歌われ始めた。そして、イギリス軍に向けて、ハッピークリスマスの旗印が掲げられた。すると、両者とも塹壕を出て顔を合わせ、互いに敵である相手に挨拶した。

 サインを交換しておしゃべりをし、クリスマスの間はお互い攻撃しないと取り決めた。間に合わせに作ったボールとゴールでサッカーを楽しんでクリスマスを和やかに過ごしたのだ。

20. 元ネオナチのスキンヘッドとフルボッコされたゲイの男性が手を取り合う

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 1981年、暴力的なネオナチのスキンヘッドの男性が十代の同性愛者を殴り、瀕死の重傷を負わせた。だが現在、ふたりは手を取り合って不寛容に対抗する慈善事業を行っている。

 ティモシー・ザールは、スキンヘッドの仲間たちと町をうろついていたとき、たまたまマシュー・ボーガーと出くわした。この時ボーガーは、ゲイであることを告白して家から追い出されており、ザールにフルボッコにされた。

 ザールはその後、ネオナチとの関わりを断ち切って活動家になった。24年後、ザールは寛容の博物館の館長になっていたボーガーと再会した。ふたりは話し合い、自分たちが共有している過去に気づいた。一緒に慈善事業を行い、ふたりの過去は本のテーマになり、そのドキュメンタリーはオスカー候補にもなった。

via:20 Weird Friendships That You Won’t Believe Actually Happened

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この記事へのコメント 60件

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  1. 20のザールは何かに目覚めてしまったか(意味深)

    • -8
  2. アメリカ人は武田信玄と上杉謙信を知らないのかよ

    • -2
  3. そのレアなケースはレアだからこそ注目されるわけで
    そのレアなケースを基本目標にして良いわけではない
    それを目指してみるも無残な結果が出たケースは5万と存在する

    • -29
    1. ※3
      「五万と」じゃなくて「巨万と(ごまんと)」だよ、なんか気になっちゃった。
      確かに失敗例はいくつもあるだろうね、相手を許し寛容な心を持つことは素晴らしいことだけど、反対の立場なら絶対に無理。

      • +6
  4. 1.クリスチャンとイスラム教徒の友情(エジプト)
    これ、同じエジプトで逆バージョンも起こってたよね、ムスリム人たちのお祈りしてる時間をキリスト教徒が守るために人間の盾になるやつ。
    憎しみによる復讐は時に連鎖していってしまうけど、こういうのがどんどん連鎖されて繋がったらいいね。

    • +23
    1. ※4
      だよね。
      もちろんこういうケースもあると信じたいけど
      >>好きの反対は嫌いじゃない、無関心なのだ。
      最善でここ、無関心になることで突発的な衝動を落ち着かせてる。

      • 評価
    2. 「嫌いの反対は好き」って言葉嫌いだわ
      それ言ったら犯罪被害者がかわいそう
      ※4の言うようにレアケースだろ

      • +3
  5. 偽善と言われるかも知れないけど 17は判るような気がする、命令でやっているからね、
    世界第二位のスコアを持つバルクホルンも相手に脱出を勧めたって言うしね、

    • +62
  6. ナチに協力的だったユダヤ人は戦後ひどい目にあったんですね

    • +36
  7. 2はビルゲイツがしたたかだっただけじゃ
    アップルが潰れたら独禁法で分社化になっちゃうし
    訴訟も取り下げてもらえるしで
    うはうはじゃん

    • 評価
  8. いい記事なのに最後にフルボッコなんて安い言葉を使うから台無し感が・・・

    • +27
  9. マイクロソフトとペプシのは打算的なものに思えてしまう。

    • +28
  10. フランツ・スティグラーは戦闘能力を失った機体やパイロットに戦闘の意志が無い、と判断すると見逃していたけど、機銃が故障して基地に戻る最中にP51ムスタングに撃墜されているんだよね。

    • +7
  11. 片方がもう片方の思想に取り込まれただけよね
    結局のところ勝者は常に一人

    • +5
  12. サラディンは利権とかなしでキリスト教の敵に金を貸してやる良い奴

    • +16
  13. 20年ほど前に今と同じようにフランスで移民排斥の空気になった時に「僕の友達に手を出すな」というスローガンとSTOPを表す手のひらのマークで若者たちが排斥に抵抗する運動をしてたのを思い出した。 

    • -31
    1. ※17
      別に屈服させたわけでもないから勝敗なんてついてない
      許すとか受け入れるってのは理屈を超えた度量が必要とされる
      自身の狭量さを理屈で正当化しようとしても見苦しいだけだ

      • +9
      1. ※31
        そうだよな
        好きの反対は無関心はおかしい
        嫌いというか害悪を与えてくる嫌な相手に対して関心なんか持ちたくなくても
        自衛のために警戒監視はするわけだからな

        • +3
      2. ※31
        愛と憎しみは、同じコインの表裏なんだよ。どちらも対象に強く執着している。
        だからその反対は無関心で合ってる。

        • +4
  14. 手酷く痛めつけてきた相手を許せるなんてすごいなぁ
    特に誘拐された子すごいなトラウマもんじゃないか

    • +7
  15. 不思議と反りが合わない相手ほど、時間がたつと仲良くなってたりするんだよね
    漫画なんかでも、敵が味方になったり不良が更生したりって展開はウケるし、敵を排除するより和解したいっていう願望が人間にはあるのかも

    • +17
  16. ほとんどが私なら許せないんですが・・・ 自分は小さい人間なのだろうか

    • +18
    1. ※21
      実は寝たきりの老人のそばでプレッシャーを与え続けるという彼なりの復讐だったのでは…

      • +15
      1. ※51
        お互い仕事の立場とは言え
        ま~たおまえかwみたいな空気がイイね、おもろかったw

        • +9
  17. いつか全ての人が許しあえるようになりますように
    それが出来れば明日でありますように

    • +4
  18. 黒人差別が激しかったころのアメリカでも、炭鉱など命がけの職場とかでは白人と黒人の間に友情が生まれたりなどはあったらしいね。
    敵対する大きな理由のひとつは相手のことを知らないこと、人間と思わないことがあるみたいだ。
    そういえばアメリカンヒストリーXという映画でも、白人至上主義者だった主人公が、刑務所で黒人の受刑者といっしょに洗濯の仕事をするうちに仲良くなって、自分の有色人種に対する認識を改めるようになるシーンがあったな。

    • +7
  19. ク、クリスマスの翌日はどうなったんです・・・?

    • +8
  20. 人間ってかなしいね
    だってみんなやさしい

    • +37
  21. 信玄と謙信 陸抗と羊コ ヤンとラインハルト あ、コレはフィクションだった、
    日本よりもアメリカでの評価が高い田中頼三提督なんかも居るね、
    イスラム教はキリスト教の発展型みたいな位置づけで他宗教に寛容だったって聞いていたけど、何処でこうなってしまったのか、

    • +6
  22. 「好きの反対は嫌いじゃない、無関心なのだ。」
    この言葉、よく使われてるけど、「好き」と「嫌い」には正反対の感情エネルギーが
    存在するのに、「無関心」には感情エネルギーがゼロなんだよね。
    だから最初に聞いたときから違和感しかなかったわ。
    「好きの反対は嫌い」であってると思う。

    • +1
    1. ・15、サラディンのその話載せるなら、キリスト教側の都市を包囲したさいに、金を払って退去すれば危害を加えない、って話を持ちかけたら、教義的に全員分を支払うと思っていたキリスト教の司教が自分とその取り巻きの分だけ払って早々に逃げ出したので、市民分の金をサラディン自身の懐から出して全員の退去を許可したって話の方が良いと思った
      てか、十字軍の時の逸話って、欧州側の方が野蛮な話が多々あるんだよね
      ・19、そのまま翌年のクリスマスにも、同じ事をしようドイツ軍兵士が近寄ったけど、イギリス側の後方にいるお偉いさんが絶対するなって命令出してたから、銃で威嚇射撃して追い払ったんだよね
      ※28
      普通にそのまま戦争

      • -5
  23. コカコーラに関して思い出したが、昔、イギリスのロックグループのデュランデュランが
    コカコーラ主催のパーティーに招かれた時、ステージに呼ばれたメンバーの一人のジョン・テイラーが、主催者に「コカコーラは良く飲んでいますか ?」と問われたが、ついうっかり「ペプシならいつも飲んでいます」と答えてしまい、会場が一瞬凍りついたらしい。
    本人は後に “あれは悪夢の夜だった” と語っていたが、その後のコカコーラ側との関係はどうなったんだろう ?

    • 評価
  24. 人間の善性を前面に押し出した感じとか、なんか読むの辛いわ
    連続殺人犯が自分の犯罪をありとあらゆる言葉を駆使して肯定して言い訳してるくらいじゃないと信じられない

    • +4
  25. 獅子心王とサラディン本当好き
    事実は小説より奇なり

    • +15
  26. 映画 「硫黄島からの手紙」 にもそんなシーンあったよね
    木を見て森を見ず の逆なんだよね。

    • -3
  27. MSとAppleは窮地に陥ると共闘するコンボイ指令とメガトロン様みたいなモン

    • 評価
  28. 赦すってのは、とてつもなく偉大な力だな…

    • +6
  29. 同種で殺し合いをするのは種が繁栄する上ではデメリットがある。
    しかし「恨み」という感情が抱けるほど発達してしまった知能。
    ヒトは殺し合いのデメリットを避ける為、その知能をもって「良心」や「宗教」を発明したのだ。

    • +12
  30. さらっと流しそうになったけど
    >50年近くの歳月をかけて自分を拷問した相手を探し続けた
    凄い執念だよ半世紀も消えなかった恨みってやばい
    それを許したのはもっとやばい

    • 評価
  31. 日本の記録だと「藤田信雄は『友好の証』として刀を送った」とあるけど向こうの英文では「藤田信雄は『完全なる降伏の証』として刀を送った」ってなってるんだね。ちょっとすっきりしない。

    • +8
  32. 個人と個人の融和は気持ちのいい話だけど
    集団の利益を守らなければならない立場の場合だと
    単純にいい話では終われないからモヤモヤするね…

    • +1
  33. 昔きいたウソかマコトか分からない話
    航空自衛隊のあるパイロット(A氏)にはスクランブル任務にあたると、高確率で遭遇するソ連のパイロットがいたらしい。
    スクランブルとはいっても本気の戦争状態ではなく、お互いの様子を探り合うようなところがあったせいか、いつしか相手が、何となく知り合いのような気にすらなっていたらしい。
    ある日、A氏はたまたま体調を崩し、同僚(B氏)に任務を変わってもらった。
    A氏の代わりにスクランブル任務にあたったB氏が、いつものようにソ連機に警告を与えたところ、逆に無線からちょっと真剣な声が。
    ソ連パイロット「おい、いつものあいつはどうした?まさか何かあったのか!?」
    B氏はいぶかしく思いながらも、「Aなら今日は体調不良で私が代わりに任務にあたっている。それがどうかしたのか?」と聞き返すと、今度は無線から安堵した声が。
    ソ連パイロット「なんだそうか。彼の身に何かあったんじゃないかと心配しちゃったよ。じゃあ彼(A氏)にお大事にと伝えておいてくれ」
    そう言い残して、ソ連機は祖国の方へ飛び去っていったとか。

    • +3
  34. サラディンの話は、「キングダム・オブ・ヘブン」に出てくるね。

    • +2
  35. ヒトラーによるユダヤ人保護といえばエドゥアルド・ブロッホの件もあるな
    確かこのサイトで取り上げられた気がするけど
    ヒトラーの実家が懇意にしたユダヤ人主治医で清貧の尊敬される人物
    ヒトラーは勅命でゲシュタポを動かして彼を保護しアメリカ亡命を助けたという
    クビツェクの伝記によれば青年ヒトラーの個人思想に反ユダヤ主義はなくドイツ軍人の支持を集めながら政治活動しているうちに反ユダヤ主義を利用した

    • 評価
  36. 音楽はいいよね
    人類最大の発明と言っても良い

    • +3
    1. ※54
      矛盾したこと言ってるの気付いてないのか?
      ※31の言ってることを全く理解してないようだな

      • +7
  37. たしかに 好きの反対は嫌い だよね、
    愛の反対は無関心だ とマザーテレサは言っていたな

    • +1
  38. ヒトラーて知れば知る程
    自分と関わり合ったものや恩を受けたものはすごい大切にしたんだよね
    ヒムラーが悪の根源な気がするわ

    • +2
  39. いくつかストックホルム症候群めいたものがありませんかね…
    特に誘拐犯とルワンダのやつはもろにそれでは

    • 評価
  40. 爆撃機を見逃したのは美談なんだろうけど
    乗員が感謝したとしても帰還後、命令されれば再出撃して爆撃しに行くしかない
    助けてもらったから行きませんとは言えないんだし。もやもやする

    • 評価
  41. 思想の違いや過去の誤った行いはあれど、何かに対して真剣に取り組んでる相手に同じく誠意を持って対応した結果、仲良くなったってことかな。
    これがかっこつけとか周囲に乗っかっただけとかだったらこうならなかったんだろうな。

    • -2
  42. この記事ざっくりしすぎてて人間の感情の流れが分からない部分が多いな…
    相手の事情を知ったからって我が子を殺めた人間を許せるか…?
    …あれか、もしかして許す事で昇華してるのか
    とすると最も健全な心理活動かもしれない
    外国人のそういうところめちゃくちゃ尊いと思うわ

    • 評価

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