この画像を大きなサイズで見る海外のビンテージ写真をまとめているサイトに、「1800年代中期から後半のリアルな日本のサムライたち」というタイトルで24枚の画像がまとめられていた。
どの画像がどこからの出展かはまったく明記されいない。インターネット上ではよくあることで、元の画像がたらいまわしになって、出所が不明となってしまうというケースだ。このまとめ画像も、様々なところからの寄せ集めであり、例えば日本のまとめサイトが「イケメンのサムライ」として取り上げた画像も含まれている。
現段階では「800年代中期から後半のリアルな日本のサムライ」であるが、その後尾びれがついて、別のタイとルで取り上げられるケースも大いにありうる。それが国境を越えてつながるインターネットにつきものの、ゆがめられた情報が流布される伝言ゲーム化であり、宿命なのである。
と、長い前置きをしてしまったが、肝心の画像は以下の24枚である。
これらの人物の詳細も一切説明されていない。もし各画像について知っている人がいたら、コメント欄で教えてくれるとうれしい。記事に補足することで、この記事がまた海外にもどり、正しい情報が伝わることを祈る。
1.
この画像を大きなサイズで見る2.中岡慎太郎(坂本龍馬の盟友)
この画像を大きなサイズで見る3.
この画像を大きなサイズで見る4.文久遣欧使節の一行
この画像を大きなサイズで見る5.
この画像を大きなサイズで見る6.奥平昌邁(豊前中津藩の最後の藩主)
この画像を大きなサイズで見る7.伊藤博文
この画像を大きなサイズで見る8.
この画像を大きなサイズで見る9.
この画像を大きなサイズで見る10.
この画像を大きなサイズで見る11.戊辰戦争中の薩摩藩の藩士たち
この画像を大きなサイズで見る12.
この画像を大きなサイズで見る13.坂本龍馬
この画像を大きなサイズで見る14.(前列左から)伊藤博文、大隈重信、井上馨 (後列左から)中井弘、久世喜弘
この画像を大きなサイズで見る15.
この画像を大きなサイズで見る16.坂本龍馬
この画像を大きなサイズで見る17.
この画像を大きなサイズで見る18.
この画像を大きなサイズで見る19.
この画像を大きなサイズで見る20.織田信福(歯科医)
この画像を大きなサイズで見る21.
この画像を大きなサイズで見る22.
この画像を大きなサイズで見る23.
この画像を大きなサイズで見る24.山岡鉄舟
この画像を大きなサイズで見る逆を言えば海外からネットを経由して日本に入ってくる情報もゆがめられている可能性があるということで、どんなに正しく翻訳しても、大元の記事に誤りがあるものも少なくはないということだ。ということで、ネット上の海外情報は、常にどこかで歪められている可能性があるということを踏まえたうえで楽しもう。














20番はマツコの怒り新党で見た気がするな。誰かは忘れたけど。
20は最近見た、明治時代の歯医者さん織田信福
2は近藤勇っぽいけど違うかな。
かっけーわ
19番初めて見た!
ポーズも表情も凄みがあってカッコイイ!
20のイケメンは現代の人だったはず
19以外は糞弱そう
ミニマム級の奴等がイキってても笑えるだけ
米7
24の山岡鉄舟をせめてググってから言ってくれ。
他の人からも指摘されていると思うけど2番が中岡慎太郎・4番が文久遣欧使節の一部・6番が豊前中津藩の最後の藩主奥平昌邁・11番が戊辰戦争中の薩摩藩の藩士の一部(全体図はwikiの戊辰戦争を参考)13・16番が坂本龍馬・14番が前列左から伊藤博文・大隈重信・井上馨後列左から中井弘・久世喜弘・18番が幕末の上野彦馬写真館で撮影された高杉晋作?(恐らく違うと思われる)・20番が織田信福(歯科医)・24番が山岡鉄舟。
2は中岡慎太郎だっけ?
他にもちょくちょく見たことあるのがあるな
※9
明治時代だから現代じゃない
龍馬もいいけどやっぱ最後の山岡鉄舟さんかっこいいわぁ
※10
体格は小さくても帯刀してるし
何より 現代の価値観とは違う時代で
いわゆる「人を殺すことの術」を学んでいる人たちだからね
実際に会ったらめっちゃ怖いと思うよ
※23
伝令は走るのに邪魔にならないように大刀を背負うこともあったらしいけど、写真のは撮影用に用意された役者かなにかかな?
※10
残念ながら、現代人の方が間違いなく貧弱です。
現代でも車のない発展途上国の兵士は重い装備を背負って何十キロも普通に歩くが、(歩くしかないが) 先進国ではまず入隊時に徹底的に体力訓練しないと使い物にならないそうな。文明化されると体格は良くなっても体力と根性は確実に落ちてくるらしいぞ。
※10
24の山岡鉄舟は190㎝近いです
晩年、裏庭にかまえた道場での仕合の掟が
素面、木刀での立ち合いでした
こんな覚悟はなかなか持てませんよ
※10
体操選手ってちいさいだろ
そういうことだ
自分は詳しくないけど、なんとなく、
「小綺麗な写真はフェイク前提」というつもりで見てる
本物っぽく見えるのは2、7、11、12、14、15、18、22
有名人もいるな
トップの写真で泉谷が昔やってた「下郎」ってバンド思い出しちゃった。
20の写真は以前「怒り新党」って番組で見たなぁと思って調べたら、織田信福っていう高知の歯科医院の初代医院長らしいっす。
6、キムタクに似てるー!
…いいたいがために、調べました
1、19、8(1865年頃)
幕末にフェリーチェ・ベアト(写真技術者)が撮影したのもの
6、
キムタクもとい、奥平昌邁
(豊前中津藩、最後の藩主)
11、
薩摩藩士たちの会議(1860~1870年頃)
20、
織田信福(本職は歯科医、今も高知県にあるらしい)
とネットに出ておりました。ご参考までに(非表示で構いません)
侍は口をぎゅっと結んでるよね。
顎と意志がすごく強そう。
22番の人がウチのお祖父ちゃんソックリな件
7番は兵庫県知事時代の伊藤博文
5みたいに鎧を着て刀を背負う事なんてあったのかね?
刀を振るには無駄な筋肉は必要無かったのか、食が細かったのか・・いずれにせよ
皆スマートだな。24の人物は良い体格してるが。
すごい、一部の人はそうなってないけど、ほとんどの人が刀の鍔がヘソの上くらいにくるおように刀差してる
本当に刀を即座に抜けるように準備できてる人たちなの一眼でわかるな
ちなみに知らない方は刀を腰の左にまっすぐ差すから鍔もヘソの上にこないんだわ
やってみりゃわかるけど、刀の鍔がヘソの上にあるように差すと、右手をちょっと上げただけで刀の柄に手がかかるし、そのままガニまたのイメージでまっすぐ左足後ろに引いて体ごと腰を開くだけで右手ほとんど動かさずに刀抜ける(左手と鞘の向きにも工夫いるけど)
腰の左にまっすぐ差しちゃうと右手を大きく弧を描いて動かさないと柄に手が届かないのでかなり遅れをとる事になる上に、そこから刀抜こうと思ったら右手を再び大きく動かさないと上に書いた動作してもなお刀抜けない
ちょっとした武術の工夫がちゃんと現れてる、すごい
19、まるで映画俳優みたい。
すごい雰囲気と迫力。
情報が歪んでるって情報に影響されて
あれもこれもフェイクに見えちゃう人がいるかと思ったら、意外と冷静だな
※24
たしかに24は首も太いしガッチリ
鍛えてる感があるね
一般的な日本人がお腹いっぱいご飯を食べられるようになったのって
ホントごく最近だし
仁王像みたいなムキムキボディは
男の憧れだったんだろうなあ
※25
常に臨戦態勢である必要はないでしょう。
敵意の無いことを示すために刀を自分の右に置くこともあるのだから、すぐに刀を抜ける状態にしていないからといって「知らない人」と決めるのは早計。
※25
はいチーズ!って時に臨戦態勢の必要は無いだろ
暴走族じゃあるまいし
キリッとしていて素敵ですね
見ているこちらまで背筋がピッと伸びちゃいます
19といい22といい、爺さま方がかっこいい
みんなカッコいいな。
顔立ちも整ってるけど、それ以上に面構えが違うんだろうな。
現代と時代が違うので比べられないけど、写真から激動の当時のインテリジェンスや行動力を感じる。各々が作り上げたい日本の未来に文字通り命を賭けていた時代で、素直に格好いいなぁと思う。19番のお爺さんとか惚れてしまいそう…。
託された思いに恥ずかしくない日本にしていきたいな。
17は、麒麟 川嶋だと思いました
当時の日本人が小さかったのは、タンパク質が足りなかったからだよ
肉食はまだメジャーじゃないしちょっと海から離れると魚は高価だし
大量の米を少量の漬物でかっ食らうみたいな食生活だった
一方、島津のあたりは犬食をはじめとする肉食がメジャーだったので、
タンパク質が豊富で体も大きく力の強い人が多かった
そんなことより23の厚底ワラジみたいのすげえw斬新w
当たり前の話なんだけれども、着ているものが今の見慣れた洋服ではなく、和服でも違和感や動きにくさを感じさせない事に感動した。
しっくりきているというか。
日本史に疎い私には驚きです。
1、名前書いてあるがつぶれて読めない文字が……。山本●●、寺田●●、田町大(天?)●、本居善●、横山之● のように読める。
15に長淵剛が入っている!
12番は出所はわからないけど、たぶん大人の方は 徳川慶喜 だと思う。どっかで見たことあるなと思って、googleで画像検索してみたらやっぱり似てる。
織田信福から溢れるいまどきリア充感
※41
幕末版シークレットブーツ(サンダルか)だな。
武士は一応武門の嗜みとして弓馬剣術は嗜んでいたけど、本業としては公務員だからなぁ。多少ヒョロく見えても仕方無い。
その代わり、意地や名誉のためならいつでも腹を切る覚悟があるがゆえに、命と引換えの強引な交渉を仕掛けてくるので、来日した使節団は戦々恐々であったとか。神戸事件や堺事件では、被害者側の英仏の外交官立ち会いの下で関係者の切腹を行って、大いに恐れおののかせたという。
なんか椅子に座ってる人の姿勢が妙に脚を前に出してるように見るのはなんなんだろ
ハカマだとそうなるのかな
22番は須坂藩13代藩主「堀直虎」の晩年の写真の様です。
着物の家紋から探ってみると、亀甲紋の内側が解り難いですが、
六角形の内側に正方形状の物が入る家紋が限られるので、
おそらく写真のは「亀甲に卍(まんじ)」の須坂藩堀家の物で、
写真撮影技術のある時代の堀家から探して行き当たりました。
※43
直虎様は享年33歳。お年を召した雰囲気があることと他の直虎様のお写真より眉の角度があるので多分違うのでは?
家紋からですと、亀甲だから出雲地方の方でしょうか?「亀甲に平四つ目」?
18の人は高杉晋作です。
明治維新以降サムライは力を失い絶滅して行ったと聞いたけど、こんなにモロな武士がいたの?何かの祝い事、あるいは式典で武士の格好しているだけなのでは??
山岡鉄舟かっけぇぇぇ!!
22、
堀 直格(ほり なおただ)
信濃国須坂藩の第11代藩主である。直重系堀家11代
直虎様のお父様でした。
こういう帯刀した写真を見ると、刀って長いものなんだなあと思う。芝居なんかでは、雑踏で両刀を閂差しにした武士が道ですれ違う際に、刀の鞘を当てたの当てられたので喧嘩になる、なんてのがあるが、あり得たことだろうと頷ける。
戦国時代の武将の写真はないのかな?
15はかたぎのものとは思えないオーラだしてるな
15 マサーシーがおる!
武術極めてないけど身分だけ武士の人と武術を極めて稽古してる武士の顔はやっぱり全然違うね
※56
何時の時代の”戦国時代”か知らないが、写真が発明されて・・・
明治以降ならあるだろうが、”武将”か?と言われれば違うような・・・
長い撮影時間で動いちゃいけないから
自然と堅い表情になるな
現在人も同じ写真機で撮ろうとしたらどんな表情になるだろう
結構顔かっこいいよね
そんなに不細工がいない
江戸末期に日本に来た外国人が、日本には2種類の人たちがいる、と言ったらしいな。武士と庶民。とにかく武士の威圧感が凄かったらしい。
凄いね。みんな目が据わっている。
一日一日を生き抜いてきた証しだろうな。
歴史上の白黒写真を現代の技術でカラーにした画像は
なんだか絵画みたいで味があって好き
皆さん気迫がありカッコいい。
なんかダウンタウンのまっちゃんいない?w
カラーになっているのは、当時の手彩色。職人さんが一枚一枚直で塗っている。それはお土産用なので、色の付いたここにある写真は写場で撮影されたモデルを使ったものが多い。それが出回る頃は日本人写真家も数多く、横浜、東京には写真館もたくさん出来ていた。モデルじゃない、本物の武士の写真も、床や置物の形状、絨毯などの模様で誰のどこの写場であるか特定出来るらしい。
まあ、それっぽく扮装した鎧武者などは明治に入ってからの海外お土産向けの、日本っぽい、写真でしょうね。
今見ると凛々しい感じだけど、本物の幕末武士の(やる気のある武士)から比べると、ナヨッとしてるなんて言われちゃうみたいだけどね。
強そうだ・・・
織田信福、強そうでかっこいいけど、歯医者さんなのかよ!!
※またデタラメを。幕末明治初期は薩摩も鶏肉ぐらいだよ。戦国から江戸初期は京都、江戸の武士も普通に犬捕まえて食ってたし。で、明治初期は日本の歴史史上一番平均身長が低かった。タンパク質以前に食糧事情悪すぎてカロリーが極端に不足していたし。男性平均身長は古墳時代の163cmから、明治初期まで一貫して下がり続けた。
まぁガチムチの武士なんて大体戦国時代とか鎌倉とかで
江戸時代以降はかなり減ってたんじゃないかね
それでも見た目より筋肉かなりあったと思うけど
今年こそは着物に袴で過ごそうと思ってる。
関係ないけど。
※70
多分だけどみんな若くて痩せてる(引き締まってる?w)からだろう
それだけでも顔の印象はずいぶんマシな平均になるんだと思う
高校球児にそんな不細工がいないのに近い感じ
着物姿がエレガント
ところで19のジジイ超強そう
とてもカタギじゃない雰囲気 マジで一体何者なんだw
奥平昌邁、イケメン!
るろ剣とかに出演しててもおかしくないw
81
いや、幕末明治初期の日本人の筋肉も超人的だよ。ベルツなど欧米から来た医師たちも、車夫などを詳しく調べて栄養学の常識から言って考えられないと記録に残しているぐらい。ただ幕末から明治初期は常に飢えとの隣合わせの生活だった。戦国期西欧人が残している記録では、当時の武士はやたら胴が太くかなりずんぐりむっくりだったらしい。脂肪でではなく筋肉でだが。当時のカロリー源はほとんど玄米だったからだろう。幕末は食糧事情がかなり悪かったんでしまった体つきなんだろう。
8. あるよ
近藤さんと土方さんいるかと思ったらいなかったでござる…
6番20番がイマドキのイケメン過ぎるw
※80
自分が聞いた話じゃ奈良時代と室町時代はその前後に比べると身長高めだったというが
言い換えると平安時代と江戸時代が低い
19は何度かみたけどただならぬ殺気しかかんじねぇw
20はロキノン系のバンドのボーカル的だよなー
若者もシュッとしててカッコいいけどじい様たちが凄みが合ってカッコいい
2は中岡慎太郎じゃないの
織田信福は明治時代に歯医者やってるけど、元々江戸時代生まれの武士だからどちらでもある
明治時代に武士からのシフトに成功した人だな
見た感じ19、20辺りが最高だと思ったら米も大体同じような感想だった。
20は割と前から出回ってるし有名だけど、19は凄いな一番好きだな。
他にもご年配の方の迫力や刀を持ってる人たちの滲み出る凄味、流石だと思った。
至極当たり前の話だが、今の現代の平和な「日本」も、この時代の文字通り命を賭けてた「日本」もどちらも同じ「日本」なんだと改めて思うと、未来の「日本」はまたどうなってるのかなと不思議な気分になった。
今更だが19は清水の次郎長親分だよ。
割と有名な写真だからみんなが知らないことに驚いたわ。
18は幕末の講武所に通ってた若い侍かな?
竹刀に防具
それに髷が講武所風っていう月代を狭く剃る髷みたいだし
8は斉藤一だと思います。
24の人タイプ!と思ったら山岡鉄舟か
熊っぽい人好きなんだよねえ
旦那もグリズリー系
奥平昌邁や織田信福と山岡鉄舟
普通にTシャツにジーンズ履いていそう
リアル・ジャパニーズサムライとして海外に出回っていた画像
で検索すると記事も写真も完全に同じブログが見つかるんだけどなんでかね
物凄い圧力だなw 写真を見てるだけで緊張してきた。
これですらもう平和になった時代のサムライたちで穏やかなほうなんだろ?(笑)
戦国時代に写真あったらサムライとか放送事故で映せないな・・・(笑)
顔じゅう傷だらけだったり、背中に大きな切り傷があったり、腕がなかったりとか
そんなんだろ(笑)それでこんな形相で睨みつけられたら圧力物凄いだろうな
遣欧使節団って、こんな馬鹿でかい刃物を訳の分からない東洋人の集団が持ち歩いてて大丈夫だったのか。いくら向こうは銃の時代とはいえ。
19がめちゃくちゃカッコいい!!
思わず画像を保存した。
19の名前が気になる。清水の次郎長って書いてくれてる人いるけど、画像検索したら何か違う人かも?