この画像を大きなサイズで見る北極圏のわずか南に位置する東シベリアのサハ共和国オイミャコン村は、世界で最も寒い定住地として知られている。
永久凍土にあるこの村は一年の半分以上が冬であり、12月から1月にかけての平均気温はなんと-50度である。
通常なら学校に通えるレベルの気温ではないのだが、そこは世界最寒の居住地。気温が-52度を下回らないと休校にはならないのだという。『Oddity Central』などが伝えた。
-50度でも学校に通うオイミャコン村の子供たち
世界には、様々なリスクと背中合わせの状況でも学校に通う子供たちが存在する。ロシアのサハ共和国オイミャコン村に住む子供たちも、日々大変な思いをしながら学校に通っている。その脅威とは猛烈な寒さだ。
小さな農村集落のオイミャコン村の冬の気温は低く、12月から-50度を下回る日々が増え、1月になるとほぼ毎日-50度を下回る。
気温の測定法には議論があるが、1924年1月には当時ソ連だったオイミャコンの気象観測所がマイナス71.2℃を測定したとされる記念碑も設立されている。
-50度という想像もできない寒さの中、子供たちはまだ日が昇らない真っ暗なうちから起床し、通学の準備にかかる。
この画像を大きなサイズで見るオイミャコンでは、永久凍土のため配管工事ができず、家の中にトイレがない。そのため住民は20度に暖かく保たれた家の中で厚着をして、マイナス気温の外のトイレに用足しに行かなければならない。
この画像を大きなサイズで見るまた、水道管が凍ることから、住民は凍った川の氷を家に持ち込み、溶かして使用する。地域によっては、給水車が各家庭に給水を行ってくれることもあるという。その水で子供たちは顔を洗い、歯を身がいて通学の準備をする。
この画像を大きなサイズで見る-52度を下回ってようやく休校に
1年~4年生までのオイミャコン村の子供たちは、外気温がマイナス52度に達すると学校が閉鎖となる。外出時の危険リスクが高まるからだ。
しかし、11歳以上の子供たちはマイナス56度を下回った時のみ、家に留まることが許される。
つまりは、マイナス50度という極寒の中でも、子供たちは離れた場所にある学校へと毎日通学しなければならないのだ。
この画像を大きなサイズで見るたっぷりと重ね着をして家を出ても、外は冷凍庫並みの寒さ。学校まで睫毛を凍らせながら徒歩で通学する児童もいれば、送迎バスに乗って長距離通学する生徒たちもいる。
この画像を大きなサイズで見る12月のオイミャコンの日の出は午前10時頃だ。今の時期は、彼らが学校に着く9時頃はまだ暗く、日没の3時間後に下校となるため、子供たちは暗い中家と学校の往復を繰り返す。
それでも、子供たちは元気いっぱいだ。生まれた時から極東の地で暮らす子供たちにとっては、寒いのが当たり前となっているのだろう。
ちなみに、サハ共和国の首都ヤクーツクに住む子供たちも、厳しい寒さの中日々通学している。
ヤクーツクでは、小学校の生徒らは日中の気温がマイナス45°Cを下回ると休校となり、年長の生徒たちは外気温がマイナス48°C以下になると家に留まるよう指示されているという。ヤクーツクでは、全ての学校はマイナス50°Cになると閉校するということだ。
written by Scarlet / edited by parumo
















ウイルスも活動出来ないくらい寒いらしいけど
コロナはどうなんだろう…
人類が定住している地域としては世界一寒い場所として有名だけど、なんでこんな尋常じゃなく過酷な極寒地獄みたいな所で生活してるんだろう
真夏でも平均気温が15度という寒さだし
※2
自分も同じように思うけど、
ここの子たちは日本の猛暑の話を聞いて
なんでそんなところに住んでるの?って思うのかもしれないなとも思う
>>2
生まれた時からその環境ならある程度慣れるのかも?
とは言え夏の感覚を知ってる自分は絶対病むだろうなぁ
>>2
サハ共和国は地下資源が豊富
またオホーツク海や河周りの流通から毛皮の交渉、国税からロシア帝国の貨幣制度という歴史もあるからかな
※2
オイミャコンに楽団があって、
世界各地で公演してるんだけど、そのメンバーがね
「オイミャコンの気候風土が一番」
「世界中何処へ行っても直ぐに帰りたくなる」
って言ってたよ。
※2
寒すぎるせいで病因になる細菌やらが活動できない……みたいな話はどっかで見た
NARUTOのペンケースに驚いた
日本の占冠と同じで、それほど北でもないよな
※4
wikipediaのオイミャコンから
~シベリア大地によって大気が大幅に冷却されることが大きく作用している。逆に夏の日中は気温が摂氏30度を越えることもあり、夏と冬、昼夜の気温差が極端に大きい地でもある。7月でも稀に0℃を下回ることがある~
欧州も海流の影響で緯度の割に暖かいし、地域の寒暖は色んな条件が重なるんだね
-50℃って想像もつかん
関東住まいだがマイナスになっただけで大騒ぎなのに
※6
深呼吸すると肺がやられるので深呼吸してはいけない
洗濯物は外に干すと水分が凍って、それを叩き落とすだけで乾燥する
素手で金属の物を絶対に触ってはいけない
みたいな生活だそう
マイナス40度もマイナス50度も
そこまでいくと対して違いが無いようにおもえるのだが
判断がそこでなされるというのは何かあるのかな
※7
-10℃と-20℃では深く吸い込むと肺が痛いから結構違う
-50℃の世界は知らないけどね
たかだか1桁で寒ィ寒ィ言ってるのが情なくなってくるレベルの環境だなww
強く生きねば…
チンギス・ハーンの征西の名残がしっかり残っているね。
生まれた時からじゃないと、殆どの人は暮らしていけないだろうね。
ゆるそうな響きの名前とは裏腹の極限環境
寒すぎると痛みを感じるけど-50度って感覚自体無くなるのかしら?
まるで南極に住んでいるかのような
でも-52℃でお休みになるんだ、どんぐらい寒いんだろう?想像もつかないね。
こういう地域こそオンライン授業が必要
凄いなぁ
今朝の氷点下2度で死にそうなほど
寒がっている自分では耐えられそうにない気温だ
俺、甘ったれてたよ凄い活力もらった
腹くくって覚悟きめたら、多くの事ができるね
寒かったら寿命縮みそう!と思ったけど
オイミャコンがあるサハ共和国の平均寿命は73歳で、ロシア全体の72歳とほぼ変わらない
73歳というのは国別順位のほぼ中央値で、世界平均の72歳とあまり変わらない
そうか動画でやってるように教室に入る前にしているコロナの体温測定は袖を捲った腕内側で検温なのね
そりゃ登校で露出していた顔面では測れないよね
世界一暑い場所と寒い場所で誇張無しに氷と沸騰した熱湯の温度差ってのも凄いな。
今年の夏に30℃超えの熱波がありましたね。同じシベリアでも少し離れているけれど。今年の冬は、どうなっているのだろう?
別の動画で見たんだがこれほどの極寒だと車のエンジンの再始動が出来ないから切ることが出来ないらしい
普通は風が吹いたら遅刻して雨が降ったらお休みだろ……
地下資源が豊富というのでどんな資源があるのかと調べてみたらオイミャコンには特になくて、代わりに温泉があるみたいだね。
定住理由は地熱なのか・・・
昔札幌郊外の夜中、当別町で氷点下十六度を経験したことがあったけど中々とんでもなかったなぁ。
車で移動中に自販機で飲み物買うのに外出たときだったけど、なかなかとんでもなかった
ネクロノミャコン
>再始動ができない
おい待て、どうやって初めにエンジンかけたんだ
※33
ガレージの中とかならまだ多少は暖かいから何とかなるのかな
あと大戦中、極寒のロシアではエンジンの下でたき火をして直火で温めてからエンジンかけたりしてたそうだよ
※33
100vの電源で暖めてる
氷河期にはこれが世界標準の暮らしになるかもしれない。つらい。もっと宇宙開発しよ?
👨「おいみや子!」
👩「おい、小池!」
私などプラス5℃でも布団から出たくないのにすごい
現地の人に聞いたらこう言うかな 住めばミャコンって
動画5分くらいかと思ったら47分もあるんかい。
出てくる女の子は可愛かったな。
人の住む場所が制限されていたソ連時代なら仕方ないけど今のロシアならそこそこ移動の自由はあると思うけど。それでもここに住み続けるということはそれなりに住めば都なのだろうか?
昔シカゴに住んでたが、冬はマイナス15~20度が普通だった。お、今日ちょっとあったかいな?でマイナス15度ぐらい。
一度寒波が来てマイナス30度になって休校になった。その同じ頃、ちょうどカナダの五大湖寄り(1番南)に留学してた友人のところは寒波でマイナス40度だったらしい。
マイナス50度は流石に体験したことないけどこれくらいなら結構地球上で体験してる人多いんでは?ちなみにセントラルヒーティングでガンガンに暖房効いてるから白人は家でTシャツで過ごしてる苦笑。
>>41
追記するとマイナス20度でも平気で外でスクールバス待ってるし風邪もひかんよ。その代わりめちゃモフモフのコート着てるけど。
日本の関東に帰ってきて冬に着てみたら流石に汗かくくらい暑くて不要だった笑
…寒くて呼吸できない?!んなこたーない。普通に呼吸してるししてた。
寒すぎる場合は酒しかないよね
酔う為に飲むのではなく温まるために人類は酒と出会い
地獄とも言える氷河期を乗り越えてきたのだろうね
生命の水なんだよ
そして地球の温暖な日々に祝福の乾杯を!