メインコンテンツにスキップ

粒子加速器の中に頭を入れた科学者、アナトーリ・ブゴルスキーの物語(ロシア)

記事の本文にスキップ

54件のコメントを見る

(著) (編集)

公開:

この画像を大きなサイズで見る
量子加速器からの生還 image by: Sergey Velichkin/TASS
Advertisement

 頭を入れたらまずいものはたくさんあるが、荷電粒子を加速する装置、粒子加速器もその1つだろう。最大で光速近くまで粒子を加速させているのだから。

 1978年7月13日は、36歳のロシア人科学者、アナトーリ・ブゴルスキーにとって、最悪の日となってしまった。

 粒子加速器に問題が生じたため、装置の中に頭を入れて故障部品の確認をしていたところ、 76電子ボルトの陽子線の進路上に彼の頭が入ってしまったのだ。

粒子加速器の陽子線が頭を貫く

 ブゴルスキーは、ロシア、セルプホフ市プロトヴィノにある高エネルギー物理研究所で働いていた。粒子加速器に問題が生じたので、強力な陽子線が放たれる装置の中に頭を入れて故障部品を確認しようとした。

 そのとき装置は作動していないはずだったが、実はまだ動いていた。危険を知らせるはずのアラームが、前の実験の間、オフにされたまま、もとに戻されていなかったのだ。

 たちまち、目に見えない陽子線が彼の頭を貫き、脳に打撃を与えた。本人は痛みは感じなかったようだが、千個の太陽よりも明るい光を見たという。

Anatoli Bugorski【Acelerador de Particulas】

致死量をはるかに超えた放射線を受ける

 ブゴルスキーは、自分が陽子ビームを浴びたことは自覚していたが、このことは誰にも言わなかった。そのまま、静かに自分の仕事を完了させ、自分が加速器に頭を入れたことを日誌に書き、どんな症状が起こるのか不穏な思いで待った。

 その夜、顔の左側が腫れ始め、眠れぬ夜を過ごしてから、ブゴルスキーは医者へ行った。そしてモスクワの放射能汚染専門のクリニックへ駆けこむことになった。

 ブゴルスキーが浴びた電離放射線量は、20~30万ラド(吸収線量の単位)とも言われる。これほどの高エネルギーの放射線を浴びた人間はいない。

 致死量をはるかに超えた放射線を受けたため、ブゴルスキーがモスクワの病院に運ばれた時、医師らは彼の死を予測した。

 しかし、集束ビームだった為、陽子線が通過したのはごく狭い範囲だったようで、死を免れたようだ。

 陽子線は彼の頭の後ろから入り、鼻から抜けていた。陽子線が通過した部分の脳は焼け、組織や神経を破壊して、顔の片側を麻痺させたが、骨髄や消化管などバイタルな部分は免れた。

 頭の後ろや顔の傷は時間がたてば治ったが、顔の左側には麻痺が残り、左耳の聴力を失い、まれにてんかん発作を起こすようになった。しかし、知能は以前と変わらず優れていた。

この画像を大きなサイズで見る

事故後のアナトーリ・ブゴルスキーの腫れた顔。右は頭蓋を通過した陽子線の経路

現在も生き続ける奇跡のサバイバー

 18ヶ月後、ブゴルスキーは職場に戻ったが、1年に少なくとも2度はモスクワの病院に通わなくてはならなかった。

 彼は相変わらず科学を追い求め、事故後に博士号を取得した。事故が起きたU-70陽子シンクロトロン室で物理実験のコーディネーターの地位を守り続けた。

 原子力関連については秘密というソビエト政府の方針により、ブゴルスキーは10年以上、この事故のことは口外しなかった。チェルノブイリの悲劇の後、初めて彼の事故のことが明るみに出た。

 アナトーリ・ブゴルスキーは、ただ生き延びただけでなく、自分に傷を負わせた粒子加速器よりも長生きした。

この画像を大きなサイズで見る
アナトーリ・ブゴルスキー image by:Global Look Press

 ソ連が崩壊して経済体制が変わり、政府の資金が枯渇して、プロジェクトそのものが頓挫、結局は放棄された。

 ブゴルスキーは、今でもプロトヴィノで暮らしていて、2020年6月25日で78歳になる。

 市が彼の前の職場である研究所向けの予算を削ったため、てんかん治療の薬代を捻出するのに苦労している。1996年、障害者申請をしたが、却下されている。

References:amusingplanet / web.archive / qzなど/ written by konohazuku / edited by parumo

📌 広告の下にスタッフ厳選「あわせて読みたい」を掲載中

この記事へのコメント 54件

コメントを書く

  1. 最後のオチがロシアの社会保障の現実を映してるね…

    • +97
  2. 証言からすると小さい加速器程度だと物理的な衝撃みたいなのは感じないのかなぁ
    荷電粒子砲みたいなのは夢なのか・・・
    光が見えたのは脳神経がビックリした結果だったりするのか、
    目の中でチェレンコフ光ってやつでも見えたのか気になる

    • +6
  3. ヨシ!

    チェルノブイリも警報切ってたんだっけ

    • +33
    1. ※5
      いや、警報は鳴った。
      若い作業員が安全テストの途中に異変が起こったにもかかわらず強行してしまい、警報が鳴ったけど数秒後には臨界、1分後には爆発。

      • +13
    1. >>6
      止すべきだ
      安全装置を設ける等
      対策を講じても
      万全には出来ない

      • +5
  4. 鉄棒が突き刺さっても生きてる的なものか?

    • +18
  5. こう思うのはよくないことだけど、凄く興味深いね。

    • +27
    1. ※9
      あの時代,黙っていないとさらに悲惨なことになった(家族ごと消失とか).

      • +66
    1. >>10
      Dr.マンハッタンみたいにヒーローになるかもしれんぞ

      • +3
  6. ”市が彼の前の職場である研究所向けの予算を削ったため、てんかん治療の薬代を捻出するのに苦労している。1996年、障害者申請をしたが、却下されている。”
    却下された理由は何だったのかが気になるわな。
    完全に労災だと思うし、良いも悪いも両方とも確認できる良い”モルモット”であり、貢献した人間だともいえるけどな。

    • +37
  7. エネルギー量自体は致死的ながらも、狭い範囲に放射線ビームだけが通過した傍目には、「点」にも見えるであろう「中空のパイプを突き刺され、もぎ取られるかのような」分、組織の壊死は避けられずも全体としては軽微な傷害に留まったのか。

    牛の角を切りで、「切った跡の根本の面での頭突き・突き上げは内臓をも潰すが、それでもやらなければならん」という、何かの漫画だが凄惨描写なも思い出す。

    • 評価
  8. ラミエルなら死んでたな💎💥←← ✴️φ(・ω・*)

    • -2
  9. 加速器を改造発展させると
    ロボットアニメのビーム兵器になるって
    聞いたことがある

    • 評価
  10. さすがロシアというべき起承転結であったな

    • +8
  11. そんなオープンな状態で稼働するもんなのか?
    てっきり低圧とか真空にするとかそういうものかと思ってた

    • +7
  12. 放射能汚染専門のクリニックがあるってのに驚いた

    • +15
    1. ※23
      職員の為に
      施設のすぐそばにあるよ

      • +10
  13. 労災問題ってレベルじゃねぇぞ!
    と思った。これは安全装置の増強が不可欠ですな
    (少なくとも日本では安全装置の増強無しでは作業再開不可だ)

    しかし良く生きていたな、話を聞いてみたい。

    • +2
    1. >>24
      日本だと東海村JCO臨界事故ってのがあってな…

      昔があるから今がある

      • +6
  14. 警報を切ったままにしとくって、もろヒヤリハット案件。
    現場猫待ったなし。

    • +11
  15. 粒子加速器の中は普通は真空になってるはずだけど、覗き込んでたって事はこの時は空気が入ってたのかな?それで陽子の速度が多少落ちたのかも知れないな。

    • 評価
  16. 危険度のわりに雑なつくりになってたんだね

    • +6
  17. 加速器の内部って真空じゃないのか?

    • +3
  18. 陽子線療法はガン細胞焼くのにも使われてる。
    さすがにここまで高出力じゃないが。

    • +7
  19. 脳の回転が速くなったりはしないのかな
    そしたら「うちの子を粒子加速器に入れてください!」
    と言い出す親御さんが現れるかな

    • -3
  20. 頭を加速させたくなるときってあるよなあ

    • +6
    1. ※32
      「家庭用粒子加速器を限定100台販売!
      君も頭がよくなってクラスでNo.1!
      使い方はカンタン、まくらの下に敷いて寝るだけ!」

      • -2
  21. 世界最初のボジトロン砲を受けた人間ってことだよな。

    • +6
  22. 脳の狭い部分だけやられたってのは、たまに鉄パイプとかナイフが刺さっても生きてる人がいるのと一緒か

    • +9
  23. アメコミだとこう言う事が切っ掛けでヒーローが生まれたりするんだよな

    • +9
  24. ネタっぽいね
    加速器のチェンバー内は高真空なんじゃないの?

    • -5
    1. ※40
      素人だけどなんとなく分かる。真空でないと色々な分子にぶち当たっていまうよね。

      • 評価
    2. ※40
      私も詳しくはないですが、加速器自体は粒子線治療に応用されているので、加速器本体でなければ必ずしも真空を必要としないのでは。

      • +4
  25. ロシアの不思議なところは、
    結局、こうして学者や技術者が蔑ろにされている話をよく聞くのに、
    それでも一時期はアメリカと肩を張ったり、未だにロケットを飛ばしたりと、
    部分部分の元気があるところ。

    • +10
    1. ※43
      日本だって基礎研究を冷遇してる割には、青色発光ダイオードだのアビガンだの、部分部分は元気だろう?
      どこも状況は一緒だ。爪先に火をともすような生活しながら先立つもの(資金)を何とか確保して、研究を続けている。

      • +11
  26. よく分からないけど真空じゃないと、って訳ではないのね

    そりゃ、眠れないだろ!!! 怖すぎるわ!

    • 評価
  27. 最後の部分がおそロシアっていうコメント多いが、日本だって「なんでこれが認定されない!?」って案件はかなり多いんだよなあ
    もちろんアメリカやら他の先進国でもそれぞれ大なり小なりあるわけだが

    • +2
  28. >そのまま、静かに自分の仕事を完了させ、自分が加速器に頭を入れたことを日誌に書き、どんな症状が起こるのか不穏な思いで待った
    ここがもう科学者すぎてね……
    毒蜘蛛に噛まれて実況した人もいたけどこれはもう性分なんだろなあ

    • +3
  29. 高校時代の物理教師もなんかの実験で誤って手被曝したっつってたな
    どんな実験かしらんけど
    で、卒業後20年くらいしてから、それが原因か分からんが爪の形が変になった

    • 評価

コメントを書く

0/400文字

書き込む前にコメントポリシーをご一読ください。

リニューアルについてのご意見はこちらのページで募集中!

知る

知るについての記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。

歴史・文化

歴史・文化についての記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。

最新記事

最新記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。