メインコンテンツにスキップ

都会と田舎、厳しい罰を求める感情は都市部の住民より地方の住民のほうが強い(カナダ研究)

記事の本文にスキップ

53件のコメントを見る

(著) (編集)

公開:

この画像を大きなサイズで見る
Image by StockSeller_ukr/iStock
Advertisement

 イソップの寓話「田舎のネズミと町のネズミ」は、田舎暮らしと都会暮らしのネズミのライフスタイルの違いが、幸せの形の違いにつながることを揶揄したものだ。人間も同様で、生まれ育った場所の違いが、考え方の違いにもつながる。

 罪を犯した人に対して、どの程度の罰が妥当であるのかを判断する基準にも地域差が現れるということが、新たなる研究によって明らかになった。

 地方に住んでいる人のほうが、犯罪に対する寛容さが低く、都市部の人よりも、法や秩序を乱す行為への厳罰を支持する傾向にあることがわかった。

 だがなぜ、こういう状況になるのかは、ほとんどわかっていない。

犯罪者の処罰に関する一般住民の考え方を研究

 刑罰(法にそむいて罪を犯した者に加える制裁)に対する人々の姿勢は、犯罪学研究における重要な分野だ。犯罪学者は、犯罪者の処罰に対する一般市民の考え方・姿勢に関心をもっている。

 犯罪にどう対処するかを決めるとき、その地域の一般住民の声は強力な圧力になるからだ。

 懲罰姿勢に関する研究は、広範な全国的調査になる傾向があり、性別、年齢、社会的階級、教育などによる違いも検証する。

 都市部と、地方や遠隔地で人口に大きくばらつきがあることを考えると、こうした地理的、文化的な違いが、刑事司法制度における処罰の役割についての人々の考え方に影響を与えるかどうかを考慮に入れるのは当然といえば当然だ。

 これを調べるために、2004年、2008年、2011年、2015年のカナダ選挙研究会のデータを検証し、都市部と地方の在住者に犯罪や刑罰に対する姿勢についていくつかの質問をして、その回答の違いを比較してみた。

この画像を大きなサイズで見る
Image by FOTOKITA/iStock

地方の住人の方が厳罰を求める傾向

 まず最初の質問は、「暴力犯罪を犯した若者に対する処遇はどうするのが一番いいか?」というもの。これに対し、地方の人たちは、都市部に住む人たちよりも、暴力的な若い者は厳しく罰するべきと回答する人が多かった。

地方:厳罰に賛成が52%、更生は48%

都市部:厳罰に賛成が43%、更生は55%

 2番目の質問は、「たとえ犯罪者の権利を剥奪することになっても、犯罪に対して断固たる措置をとるか?」

地方:賛成が72%、反対が28%

都市部:賛成が60%、反対が39%

 3番目の質問は、「殺人を犯した人間に対する死刑に賛成か、反対か?」この質問に対し、死刑を支持する声は、地方の人たちのほうが都市部の人たちよりも多かった。

地方:賛成が47%、反対が52%

都市部:賛成が40%、反対が60%

 次に、懲罰的姿勢をより包括的に測定するために、これらの質問と答えをインデックスにまとめた。すべての測定値を一緒にしてみると、地方のコミュニティは”より懲罰的”なカテゴリーに、都市コミュニティは”あまり懲罰的ではない”カテゴリーに分類されることがはっきりわかった。 

地方:より懲罰的が60%、懲罰的ではないが40%

都市部:より懲罰的が49%、懲罰的ではない51%

この画像を大きなサイズで見る
Image by AaronChoi/iStock

なぜ地方に住む人々は都心部に住む人々よりも厳罰を望むのか?

 研究の次の段階は現在進行中だが、「なぜ、地方に住んでいる人たちは、都市部に住む人たちよりも厳罰を求めるのか?」その理由を考えることになるだろう。

 全国的あるいは国際的なレベルの今ある証拠が、たくさんのヒントを与えてくれる。例えば、犯罪への恐怖感、犯罪が増加しているという認識、刑事司法制度に対する信頼の欠如などが、懲罰的な姿勢を高めることが示されている。

 さらに言えば、コミュニティの中の人々が互いに信頼しあい、強い社会的絆がある場合は、懲罰的傾向は少ない。

 特定の価値観が、宗教、所属政党、イデオロギーと結びつくと、懲罰的傾向が形成される傾向にある。

 価値観については、都会と地方の格差が現在の政治における政治的断絶の最大の原因のひとつになっている。

この画像を大きなサイズで見る
Free-Photos from Pixabay

カナダで顕著な都会と地方の格差

 カナダでは、一部のおもだった都市に人口が集中して増大し、都市コミュニティにおける経済的、政治的、社会的力の統合が、近年のこうした断絶の一因となっている

 この研究はまた、犯罪に対する姿勢とそれをいかに制御するかが、こうした政治的差異の中心的要素である可能性を強調している。

 例えば、カナダでは全体的に懲罰的な姿勢は減少する傾向にある。都市部の人々がこうした減少を推進していて、犯罪の問題に対する地方と都市部の姿勢のギャップは拡大しているようだ。

 広範な政治的断絶の原因の一部として、懲罰的姿勢の違いを考慮するのは理にかなっている。例えば、懲罰的姿勢は、こうした分裂の政治的中心にあった社会的、文化的、経済的といった幅広い問題と密接に関連していて、そこには、経済的不安や移民に対する否定的な見方も含まれている。

 つまりこれは、政治的な価値観が犯罪や処罰に対する姿勢をどのように導き、そうした姿勢が地方と都市部の間の政治的分裂の拡大にどのようにつながるのか、を考えなくてはならないことを暗示している。

References:Crime and punishment: Rural people are more punitive than city-dwellers/ written by konohazuku / edited by parumo

📌 広告の下にスタッフ厳選「あわせて読みたい」を掲載中

この記事へのコメント 53件

コメントを書く

  1. 犯罪発生率、件数比べたらわかるんじゃないかな。

    つまり感覚の麻痺。あまり犯罪のないところでは犯罪は恐ろしく許せないものだし、犯罪多発地区ならば人々は慣れ、感覚が麻痺する。自分が被害者になったとき、その麻痺を後悔する。

    • +5
    1. ※1
      田舎だと、札つきの若者は都市部へ追放する
      (荒くれの若者側から村を捨てて出奔するとも言える)
      という方法で厄介払いを図れるけど、
      そういう濃いコミュニティーでやっていけなかった
      有象無象が流れ着く都市部の吹き溜まりでは、
      「更生」をより重視しないと無法地帯になってしまう
      ―――という事情も背景にあるんじゃないかと思う。

      • +3
    2. ※1

      こういうの社会実験や研究って研究者自身のバイアスを考慮してない事が多すぎて他者が追試すると全然違う結果になったりするんよね、なので反証待ちするのが一番正しい行動だと思う

      • +2
  2. 都会は少しくらい変なのが居ても問題無い&他人に無関心で、田舎は人が少ないからこそ変なのは放置しておけないというだけの話なんじゃ?

    • +39
  3. これは映画なんかでも度々描かれるし昔から言われてることですよね。
    村八分ってくらいだから田舎の人間は排他的で閉鎖的で陰湿…って全ての人がそういうわけじゃないですけど。

    • +7
    1. >>3
      人口が少ない=自分が狙われる危険が高いってことだから危機意識が強くなるのは仕方ない

      同じ1人の被害者でも人口が10人の村と100人の町なら被害者になる可能性は10倍違う

      • +2
  4. 田舎は只単に自分に甘く人に厳しい奴が多いだけじゃね?
    クレーマーとか殆どが田舎者だし…

    • -27
    1. >>4
      自然が厳しけりゃ、自分勝手な奴がいたら村が滅びたりするじゃん。
      だから都市部の方が生存しやすい、怠け者でも生きていける、犯罪者も増えるっつー話

      • +12
  5. 単に人が少ないほど自分に累が及ぶ可能性が高いからじゃない?
    都会だと言ってもどこか他人事感あるでしょ

    • +30
  6. うちの田舎の話だけど、娯楽が少ない土地のせいか人の不幸を楽しむ人達がいる。
    刑罰も一種のショーや娯楽になってしまう空気があるんじゃないかな。

    • +23
  7. 例えば子供への虐待の罪が半分になったら…。
    あなたは『よっしゃ虐待したろ』って
    思いますか?思わんよね。
    あいつら子供が動かなくなって初めて
    『しまった、どないしょ』って
    考えるから。重罰って被害者&隔離の
    為だから犯罪発生率を下げたかったら
    別の方法になるからね。
    合理的に考えるか感情的に考えるかの
    違いもあるんじゃないですか。

    • +3
  8. 日本でも同じだと思う
    今なお存在する村八分はその典型

    • +1
    1. >>9
      だから何処の国も結局はそう大差無いって話だろ?w

      • +3
  9. 生活が辛い人は他の人も辛い思いをすれば良いと思うもの。
    その捌け口になってるだけ。

    • -9
  10. 人口が多い→犯罪者が多い&金持ちも多いから狙われやすい→犯罪のニュースをよく聞く→慣れていく。
    って感じでどうでもよくなってるな。

    ネット始めた初期は酷いこと言う人が多いと思ってたけど、
    最近じゃ慣れてきて、逆に敬語だと違和感あったりする。

    • 評価
  11. 近世以前の自力救済の感覚が強く残ってるからだろうな
    法や中央政府の権威が遠い≒当てにできないから自分たちの町の治安は自分たちで何とかしなきゃいけない、という意識

    • +4
  12. 私は千葉の浦安と言う町から茨城の常総と言うところに越しました、幸いご近所の方々にも良くしていただいて「引っ越してきてよかった」と思っています。
    ただ、一点だけ非常に気になる所があって、それは「車間距離」です、田舎の人は車間距離をとりません、まったく混んでいない道路で車が5台いたとします、都会ではそれなりの車間距離をとって走行しています、田舎では「ブルーインパルスかよ!」って言うくらい車間を詰めます、先頭車が異常に低速かと思うとそうでもありません、ナゼそうなるのか?メカニズムは分かりませんが車の運転に関しては都会の方が概ね快適でした、(葛西橋通りであんな嫌な思いしたことあんまりないです)だから最近はなるべく車を使わないように生活してます、「車間距離と地域性」なんかも調べてみると興味深い結果が得られるかもしれませんね。

    • +5
    1. >>13
      毎日車が必須な地域と車は娯楽扱いの都会を比べたらいかんよ
      運転してれば慣れでスピードにも鈍感になるし狭い道をトロトロ走ってたら周りからクラクションも鳴らされる
      通勤時間ならなおさら渋滞を避けるために時間とスピードを気にしてイラつく人も多い

      実際に通勤時は満員電車が来た時に電車通勤の都会のほうが無理矢理乗ろうと無茶したりキレてる奴が多いだろ
      田舎の方が待ち時間多いのに諦めて次を待ってたりする
      日常で使うものほどみんな寛容さがなくなるもんだよ

      • +4
    2. >>13
      ブルーインパルス、やってるやってる、あれじゃ自分が疲れるだろうにね。

      • 評価
  13. 狭いコミュニティーにいる人はそういう傾向がある
    ツイッターとかインスタとかSNSは顕著でしょ
    事件の記事について、法と人権を無視した私刑も辞さないと言わんばかりの言いたい放題

    ご近所と繋がりやすい田舎は、現実でSNSのような言い合いができるから
    思想もそのようになりやすいし、反対派も排除しやすい
    同じ意見を持たないと仲間はずれってよく言聞くでしょ

    都会はわりと周囲との連携が希薄だから、そういう意見交換が少ないから
    意見の多様性が生き残りやすい

    • +15
    1. >>14
      確かに。「FF外から失礼します」ってつけなかったらきれまくってた人がいたのもきっとそうだね。

      • +2
  14. 人が多いか少ないかで関わりあう密度が変わるからね
    田舎でも他県の事となれば無関心になるし

    都会と田舎で比較するなら日本人としてウィグルの問題に対して質問してみてはどうだろう?
    距離の離れた問いに対して都会と田舎で差が出たら興味深い

    • +3
  15. 共和党(保守)の支持者が田舎、民主党(リベラル)の支持者が都会ってのは良く聞くね
    その通りの結果じゃないか

    • +3
  16. 単純に「人が多いか少ないか」ということに尽きると思うわ。

    • +7
  17. かかわる人の数や流動性と関係あるんちゃうかね

    犯罪って人の関係性の齟齬によって発起するようなところがあるから、不特定多数が流動的に接触する都市部では、人の接触が増える分、望むと望まざるとにかかわらず犯罪に巻き込まれやすい。てことは、犯罪者の側に立つ機会も増えることが予想される。

    この点、田舎の、特に限られた面子で回してるようなコミュニティでは、構成員同士のお互いの手の内も分かってるし、不特定多数との接触がない。ために、予測不能な犯罪に関わる機会は少ないと考えてよい。

    また「厳罰化の是非」を「犯罪者の立場・状況を斟酌すること」と捉えなおすと、犯罪者がどれだけ親身になれるか(明日はわが身と思えるかどうか)が鍵になってくるように思う。みんな厳罰を受けるのは嫌だもの。

    これらをまとめて考えて、ひょっとすると自分も「あちら側」に立つかも、な状況の多い都市部の人のほうが厳罰には消極的になる、という感じに解釈すれば筋は通るんじゃないかな。

    あと、田舎でもギスギスしとる集落と明るい集落ってあるから、前者は人間の善意を信じられなくなる分、後者より犯罪を厳罰で抑えようという意識は高くなるかも知らんね。

    て感じで、どやろか。

    • +2
    1. ※20
      自己レス

      犯罪者がどれだけ親身になれるか→犯罪者にどれだけ親身になれるか

      間違えたん(´・ω・`)

      • 評価
    2. ※20
      イナカのほうが、罰を受ける人が近い可能性が高いだろうから、あちら側に立つことを想像するような気がします。
      って感じで、どうも同意しかねますが、面白い解釈なので「+」を押しときました (^^;

      • 評価
  18. インフラやリソース、技術が少ない場所ほど小さなミスが大きなダメージになりかねないからじゃない?
    例えば、モンゴルとかで遊牧民の子供が家畜の柵をイタズラで開けはなってしまったが故に、一家全体が全滅しかねない状況では厳しい罰で律する必要性も出て来る。
    反面おしりペンペンなどは本人の尊厳を減少させ、問題行動のリスクを上げるデータも出ていて都市部ほど様々なリソースが揃っていて、補完するのが容易な環境ではよっぽどな事がなければそこまで重い罰を必要としないんじゃないか?

    • +4
  19. 都市部が犯罪に対して麻痺してるだけなんじゃないか?
    正常なのは田舎の方だったりして

    • 評価
  20. 「身内」だからじゃないかなぁ。
    血縁じゃなくても近所、同じ学校・仕事、どこかしらで繋がりがあるから「どこの誰」ってすぐわかる。自分は知らなくても、家族や知人は「あいつか」ってわかると身近な存在に感じる。
    そうなるとコミュニティ内の異質な存在は排除すべきという本能が働く。

    誰だかわからない他人のことだったら、それに関与してしまうと自分にもリスクが増える。
    だから関わりたくない、責任を持ちたくないと厳罰ではなくそこそこの判決にする。みんなが言うから…とか平均的だと思うから…と逃げ場も作っておきたい。

    それに、まったくの他人でいるほうが問題に対して冷静な目で分析できる。「第三者の視点」ってわけだ。身内ではできない。それがこの結果なんじゃないか?

    • 評価
  21. ネットで過激な事言ってる人達ってやっぱり田舎者なのか

    • -5
    1. ※26
      そういう手合いは現実の惨めさを忘れるためにやってるんだと思ってる
      人を責めてる間は自分を責めずに済むから
      ネットに限らず色んなとこにいるクレーマーとかも

      • +2
  22. 田舎に住む人は都市部の人と比べて収入が少ないよね
    要は生活水準の問題じゃないかな
    生活に余裕がないのに、強盗とか起きたら大変でしょ
    寛容さは余裕から生まれるんだし

    • +2
  23. 都市部に比べて、田舎の方が民度が低めで気性の荒い人が多いでしょ、人間が自己防衛的になると思うよ。 なんか「 ランボー 」思い出した。

    • -6
  24. 都会の電車では、痴漢に対して冤罪を防ぐために、少々寛大でもいい。
    だが田舎の電車では明確な犯罪だ。

    • -8
  25. 田舎には防衛機構が少ない
    当然、犯罪抑止力が弱い
    つまり犯罪行為自体に脆弱なの

    どこにでも人がいて、そこかしこが明るくて、警察がすぐに着てくれる都市に比べて、
    田舎の人間が犯罪を恐れるのは当然すぎる結果

    田舎では誰も守ってくれへん確率が高すぎる
    自衛するしかない

    • +9
  26. 田舎では有害鳥獣による農作物の被害が深刻であり、猟師さんと密接に連携している
    だから猟師の銃器利用について目くじらを立てるものは非常に少ない

    が昨今猟師に対して「通報」する者が多い
    農家曰く「都会から来た連中が即通報するんだよ・・・」
    との事

    そもそも罪でないことまで罪としてしまう都会民というケースです
    グレーな部分を罪としてヒステリックにあげつらう場合もあります

    • +2
    1. >>35
      離島に飛行場作るかって話に似てるね
      古くから住んでる人は利便性を求めて賛成するけど、新規住民は自然や不便さを気に入ってるから反対運動するみたいな

      • 評価
  27. そもそも、都会と田舎の線引が何なのかも分からない研究って時点で、ね。
    無駄な論争を生むだけで、何の生産性もありゃしない。

    • -3
  28. 汝の隣人を愛せよ。
    右の頬をたたく者には左の頬をも向けよ。
    下着を告訴して取ろうとする者には、上着をも差し出せ。
    自分に敵対する者を愛せよ。

    他人の迷惑に寛容でなければ、人口過密地帯の都会に住むことは出来ませんよ。

    • 評価
  29. 「地方の住人の方が厳罰を求める傾向」とか、
    まるで地方の人達がおかしいような書き方なのが気になる。
    意識に差があるってだけでしょ。

    • -4
    1. ※42

      「地方の住人の方が厳罰を求める傾向」って、
      調査結果の事実そのままに言及しているだけであって
      良いとも悪いとも価値判断を含んだ書き方ではないと思うけど?

      これが「まるで地方の人達がおかしいような書き方」と感じるなら
      あなた自身が「厳罰を求める」ことに対して
      「おかしい」という先入観を持っているだけなのでは?
      飲酒運転とかながら運転とか、普通に世論傾向として
      「厳罰化を求める」というワードは使われているよね?

      • +5
  30. 田舎は弱者いじめしか娯楽がないから
    相手を悪人って事にしとけば大義名分で堂々と攻撃できて胸も傷まない
    その犠牲者が実は善人でも構わない
    そうなった事の責任をまた別の誰かに押し付けて標的にできるからね

    • -3
  31. 都会の人は解決を願う。田舎出身の人は罰が当たれが第一で解決後も罰を願う。

    • 評価
  32. これ、統計のとり方の問題じゃないかな。
    これは私の持論だけど、都会って必ず「田舎の閉鎖的な暮らしに出来なかった人(言い方は悪くするとはぐれ者)」のコミュニティが存在する。
    日本で言うと東京の足立区あたりとか、神奈川の一部とか千葉の一部とか。
    そういうところは地方からの上京者が多く、治安が悪い代わりに家賃等が安く首都圏内でも「底辺の人達」が住みやすい条件になってる。
    そうなると犯罪への意識が低い人が増え、結果的に「都市部に住む人達の犯罪への意識」の平均を低くしているんだと思う。
    もしこの統計を港区住人と足立区住人を分けてみたら結果は変わるのでは?
    (足立区の方を散々貶して申し訳ないけど、私個人としては好きな街です)

    • -5
  33. リベラルな傾向の強い人間は、地方の閉鎖性、保守性を嫌って都会に出てゆく。すると結果的に都会ではリベラルな人間の割合が増え、地方では保守的な人間の割合が増える。地方では新しい価値観に触れる機会が減り、よそ者を排除する性質も合わさって、古い価値観のままの社会が続く。

    • +2
    1. ※49
      地方で必要とされる社会性を持たない者が、社会性が低くても生きていける都市に出ていく。

      • 評価
  34. 都会、田舎の区別じゃなくて犯罪の発生率と関係率の差だと思うけどね。
    犯罪の発生率と関係率が低い所は、罪に対して厳しくなる。日本はとかそうだし。という事は日本はド田舎って訳でも無いから、都会田舎という区別は当てはまらない。

    発生率とか関係率が低いと日常に無い「犯罪」という物に対して拒否感、忌避感が出る。発生率とか関係率が高ければ、言ってみれば日常にある犯罪に慣れた状況が出来るので拒否感、忌避感は低下していく。

    • 評価
  35. 人は無意識に確率論で思考してるからじゃないかな?
    10人しかいない村と1万人いる都市で比較すると、10人の村に犯罪者が1人いた場合だと自分に被害が及ぶ確率が高く、逆に1万人の都市に住んでると自分に被害が及ぶ確率が1万分の1になるわけだから寛容な思考になる。

    • +1
  36. 不特定多数の誰かではなく、次は自分かもしれないからね

    • +1
  37. 誤差の範囲だと思う
    人口密度でかなり価値観がかわるんじゃないか?

    • 評価

コメントを書く

0/400文字

書き込む前にコメントポリシーをご一読ください。

リニューアルについてのご意見はこちらのページで募集中!

知る

知るについての記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。

人類

人類についての記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。

最新記事

最新記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。