この画像を大きなサイズで見るこの1966年型ランドローバーは、第14代ダライ・ラマを乗せて、10年間、ダラムサラの山道を縦横
無尽に走り回っていたものだ。
ナンバープレートはそのものずばり、HHDL XIV(HHは猊下、DLはダライラマ、XIVは14世を意味する)だ。
この車は、8月29日から始まるサザビーズのオークションにかけられる予定だ。
ボコボコの状態だったダライラマの愛車
巨大な輸送用コンテナの扉を開けたとき、マイケル・グリーンは、かつてダライラマ14世が乗っていた66年型ランドローバーの惨状を目の当たりにした。
この神聖な人物の車は、左サイド全体が大破していて、新たなドアを取りつけなくてはならなかったし、フロントフェンダーも取り換えなくてはならなかった。
「驚いたというより、笑いしか出なかった」カリフォルニア州リヴァーモアでランドローバーの修理工場ウェスト・コースト・ブリティシュを経営するグリーンは言った。
「ハンマーでさんざん叩かれたみたいにボコボコだったんだ」悲惨なことにこの車は、2年もの長旅の末、インドからやっと到着した。手違いでロサンゼルスに送られてしまい、トラックに乗せて湾岸地帯まで運ばなくてはならなかったのだ。
この画像を大きなサイズで見るダライラマを載せて岩だらけの道10年間走り回った車
法名テンジン・ギャツォ、一般的にダライラマ14世として知られている彼は、車の運転はしなかったが、ハンドルを握ることに憧れていた。
1966年2月17日、66年型ランドローバーシリーズIIAがネパールに納入され、ダライラマの公式車両になった。この車が選ばれた理由は、その車体スタイルのせいではなく、インドのダラムサラ地方、ネパール、ヒマラヤの曲がりくねった岩だらけの悪路を難なく走ることができる唯一の車だったからだ。
このランドローバーは、ダライラマがチベットを亡命した10年間、彼を乗せてあちこち走り回った。
運転したのは、おもにダライラマの兄弟のテンジン・チョーギャル氏。1976年、この車は引退した(この後、車はレンジ・ローバーにグレードアップした)。
ランドローバーは、チョーギャル氏が2005年まで管理していたが、どうにも修復が必要になって、グリーンの店に運ばれることになったのだ。
この画像を大きなサイズで見るランドローバーがアメリカに送られた経緯
グリーンによると、このランドローバーは、チベットでたびたびボランティア活動をしていた地元の男性の依頼で、アメリカに送られたという。
その男性は、ダライラマが乗っていた車で自分のワイナリーのまわりを走り回ったら、さぞかしかっこいいだろうと思ったらしい。
「金額を伝えたら、その男性は目を丸くして自分の考えを撤回し、車はカリフォルニア州パロアルトにあるダライラマ財団に寄付すると言い出したんだ」財団は、車を復元するのに4万9000ドル以上をグリーンに支払った。
錆びこそほとんどなかったが、ほぼ廃車状態だったという。
「えいやっと勘でいいかげんに駐車してぶつけまくっていたんだろうな」グリーンは左サイドの損傷具合を見て、冗談を言った。だが、グリーンがイグニションにキーをさして回すと、ちゃんとすぐにエンジンがかかった。
このランドローバーは、インドが発行したオリジナルの契約書類と共に到着した。それによると、車はダライラマ本人によって登録されていた。また、ホイールレンチなど、整備ツールが妙にたくさんあった。
「誰かが溶接したり、修理をしたらしいが、何度やったのかはまったくわからない。でも、テンジンに問い合わせると、ぼくが持っていていいと言われた」この車は特に暑い日に独特なにおいがした。
「乗っていた人が、ヘビースモーカーだったみたいだ」グリーンは車の天井の内側全体にタバコのヤニがべっとりついているのに気がついた。「彼らが上物を吸っていたかどうかはわからないが、それがなんであれ、はっきりにおいがわかるよ」
この画像を大きなサイズで見る復元行程が終わりに近づいたとき、グリーンは車が製造されたときの元の色だったブロンズグリーンに塗り直した。
ナンバープレートも磨き上げ、はっきりとHHDL XIVと読めるようになった。
テンジン・チョーギャルは、グリーンの店に3度やって来て、復元の様子をチェックした。「彼は本当に面白い人だ。ぼくを運転手に雇うと繰り返し言っていたよ」グリーンは、もちろんその仕事は受けなかったが。
まだチベットにいた子どもの頃、科学に夢中だった、とニューヨークタイムズの特集記事でダライラマ本人が書いている。
よく、おもちゃを分解しては組み立て直していたという。もう少し大きくなると、アンティークカーを分解し始めた。この66年型ランドローバーは、分解の憂き目は免れたようだと、グリーンは言う。
この画像を大きなサイズで見る車は修理後、eBayのオークションに
ついに車が修復されたとき、ダライラマ財団は、eBayで車をオークションにかけた。インドでのダライラマとの3日間の仏教勉強会、さらには、女優のシャロン・ストーンと個人的に会えるというボーナスパッケージつき。落札額は、8万2100ドル。それ以降、この車は民間の持ち物となった。
この画像を大きなサイズで見るなぜ、2007年のこのランドローバーの入札のときに、シャロン・ストーンと会えるという特典までつけられたのだろうかと訊かれて、グリーンは困った顔をした。
彼が言うには、ダライラマにはセレブのファンがたくさんいるので、そんなセレブがダライラマの
車が売りに出されたことを知ったら、すぐに手に入れてしまうかもしれないからではということだ。「ぼくだったら、リチャード・ギアに売るべきだったと思うな。彼ならきっと欲しがることがわかっていたから」
8月29日、サザビーズのオークションへ
そして、さらに完全な修復が終わった今、再び車は8月29日から始まるサザビーズのオークションにかけられる予定だ。
今度は、落札額は10万ドルから15万ドルになるだろうとサザビーズはふんでいる。グリーンは未来のバイヤーに希望をもっている。
「車に何千ドルもの価値があるからといって、必ずしも車のショーのために手に入れるというわけではない。ぼくなら、あらゆる場所をその車で走るだろうね。そのためのものだからね」
References:rmsothebys / atlasobscura/ written by konohazuku / edited by parumo
追記:(2019/8/30)本文を一部訂正して再送します。














上皇の乗ってたインテグラもものすげえ価値あると思う
どこかで展示されないかな
※1
先日陛下も利用されていた政府専用機がオークションに出されてたね
「マザーテレサのロールスロイス」という
ルパンや怪盗キッドが狙いそうな
素適なアイテムもあるんだぜ。
アメリカの空の下で、ピカピカになったダライラマの車が走るって何かいいね。
ある少年がこの車での思い出を聞かせてくれる事がいつの日かあるかもしれないね
ディフェンダー乗ってたのか…ポンコツで大変だったのでは?
※5
ランドローバー 88 シリーズIIの中期型(の最終に近い)なのでディフェンダーではありません。
89年にディスカバリー販売以降のランドローバー90/110がディフェンダーと言われています。
それにランドローバーはポンコツではありません。
ランドローバーが居たおかげでランドクルーザーも生まれたのです。
修復をするより、むしろボロの方が良い
ダライ・ラマ14世の人柄を表す良い手本
趣のない奴らだ
ボコボコになっているからこそ、ダライラマとともにヒマラヤの曲がりくねった岩だらけの悪路を走ったことがしのばれるのに
ピカピカの新車同然になったら価値がない
※7
それこそ野暮だ
各々の価値観がある
ポンコツ
>>8
お前だ
>「金額を伝えたら、その男性は目を丸くして自分の考えを撤回し、車はカリフォルニア州パロアルトにあるダライラマ財団に寄付すると言い出したんだ」
高すぎ? 安すぎ?
寄付したんだから買い取ったんだろうし高すぎってわけじゃないんだろうけど、「目を丸くした(驚いた)」から「寄付しよう」の心理の流れがわからない。
関係ないが、中国関係の入札がなければいいけど……エージェント使っての落札とかあるから防ぐことはできないんだよなぁ
財団で管理してくれるのが一番だと思うけど
>>10
仏教徒なのかもね
仏教的には身に余る財はよくないからね
近くのコンビニにダライラマが立ち寄った事がある。
自分で商品持ってレジまで行ってたって
写真で見ただけだけど
車はいらん
シャロン・ストーンと一晩なら10万ドル出す