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56年前の日本。外国人写真家が撮影した1963年の日本人の生活や文化・産業を記録した動画

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 1963年(昭和38年)、それは東京オリンピックが開催される前の年であった。2020年にもまた東京オリンピックが開催され、今年はその前の年にあたることから、興味深い映像である。

 今から56年前の日本はどうだったのだろう?今とどれくらい違うのか?オランダ人の写真家であるマイケル・ロゲ氏が記録した、1963年当時の映像が残されていた。

 半世紀以上前の昭和の東京の人々の暮らし、産業などがよくわかる貴重な映像である。

1963年、日本のホワイトカラーの暮らしに密着

Japanese life and culture in 1963 日本の生活文化

 1963年、日本は高度経済成長の真っ只中にあった。1964年夏に東京オリンピックが初開催されることに伴い、東海道新幹線や首都高速道路などのインフラや競技施設が整備などで建設需要が高まった。

 1962年(昭和37年)11月から1964年(昭和39年)10月までの好景気はオリンピック景気と呼ばれている。

東京での人々の様子

A day in Tokyo, Japan, in 1963 東京

 1963年を象徴する出来事は数々あるが、伊藤博文の新千円札が発行されたこと、アニメ「鉄腕アトム」放送開始となったこと、日米初のテレビ中継実験成功したこと、第1次マンションブームが到来したことなどがあげられる。世界的にみるとこの年、アメリカのケネディ大統領が暗殺された。

 この年のヒット商品は、電気蚊取器(ベープ)、脱臭剤(ノンスメル)、エースコックの即席ワンタンメン(エースコック)、即席焼そば(日清食品)など。

 また、デパートの女性店員の隠語で、年下のかわいい男性を示す「カワイコちゃん」が流行語となった。

1963年の日本の産業

Japan’s industries in 1963. Obsolete by now. 日本の産業

追記:(2019/6/15 )本文を訂正して再送します。

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この記事へのコメント 81件

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  1. こういう写真不思議な気分になるよね
    たった何十年か前なのに。
    今からもっと劇的に変わるよ、移民増やし続けてるから
    このペースだと50年後の比率は半分ガイジン。
    100年後にはほぼ100%
    いつもの街並みの記録も残しておくと面白いかもね

    • -26
    1. ※2
      ちょっと違う
      100年後は日本という国家も領土も存在しない
      太平洋プレートの下に沈んでしまうからね

      • -19
      1. ※56
        それは100年後じゃなく、100万年後。

        • +11
      2. ※56
        日本列島はプレートがボッキリ折れない限り沈みません。
        特に日本海側は億年単位の地層もある場所です、残念でしたね。

        • +1
    2. ※2
      このマイナス評価の数、すでに
      新宿の新成人、半数が外国人なの知らない人がいるんかな?

      • -7
        1. ※88
          これは本当にあちこちあるよね、また今はなるべく表に出て来ないようにもしてるね
          日本語が通用するのは今だけ
          あとは方言化を推し進める一方でローカル化して
          その後消滅してしまう

          • 評価
  2. カラーで残ってるせいかつい何年か前に撮られたような感覚になる不思議。
    でもここに映っている人たちはもうほとんど亡くなってるんだろうな

    • -17
    1. ※10
      いやいやいや、自分トップサムネでちゃぶ台に座ってる子と大体同い年だけど
      元気いっぱいいきて、ここにこうやって書きこみしてるぞ

      • +53
    2. ※10
      お前さんの56年前ってのは、いったい何年前なんだw

      • +15
  3. 父親がソロバンと計算尺で
    ビルやトンネル作ってた時代だ
    自分は生まれてないけど

    • +27
  4. なんとも植木等の歌がぴったりな時代だね。

    • +22
  5. 当時の庶民からと言うと、違和感丸出しw

    • +21
    1. >>13
      普通の庶民よりはもちょっと裕福な家庭っぽいな。この家。

      • +6
  6. 1つ目の動画は「いやいやいやさすがにこれは特殊では?」という感じだけど
    2つ目は地方では80年代でも割とこれに近い部分があったなぁという感じ
    3つ目は90年代でもこんな感じのところで働いていたぞと思った……

    • +19
    1. ※14 ※23
      特に1つ目の冒頭の家族あたり、
      当時の土産物の“100年前の日本の写真(明治期)”
      (何故か室内の床上で竈炊いてたり行水してたり)みたいな
      「これ、ガイジンさん向けのステレオタイプ設定で
      わざと撮ったよね?」って感じの芝居っぽい匂いが強いw

      • +6
  7. 令和になっても我が家の茶の間の風景とあまり変わらない。
    テレビが液晶テレビになっただけ。

    • +7
  8. 大学生で学生服着ている人は見なくなった。(高校生ですら激減)
    自分のころはまだ、応援団員などわずかにいました。(大学全体で10名以下)
    やりたくても、もうボタンとか校章とか残っていないのだろうな。

    • +2
  9. 寿司とか祇園祭とか令和になってもあんまり変化がない。
    といいつつも、なにげに盛り合わせにカリフォルニア巻があったり、祇園祭も山鉾にデジタル無線が搭載されていたりするのかもしれん。

    • +6
  10. 居間で親父が偉そうに座り、給料日に寿司を取り、客間という今では贅沢な部屋があり、家族でプロレス中継を観て、学生は歌声喫茶で歌い、面白味のない日常をやり過ごしていたんだな。

    • -18
  11. 残そうとすると「何で残すの?」「こんなのに価値があるん?」なんてコメントが出てくるが
    何十年後の事を考えられない奴のコメントだよなぁ

    • +37
  12. 流石にオッサンの俺もまだ生まれていない。それはともかく山手線と総武線の101系車両にビックリ。103系車両の元になったモデル。

    • 評価
  13. いつもお寿司を食べている訳ではないだろうし、奥さんがいつも旦那さんの背中を流してるとは思えない(主婦は忙しいのだ)。
    外国のカメラマンが撮影に来たという事で、ちょっと気合い入れた感がありますな。

    それはそうと、カワイコちゃんって、もともと男子を差す言葉だったのは驚き。

    • +32
    1. ※23
      動画はともかく
      >奥さんがいつも旦那さんの背中を流してるとは思えない
      これは家庭によっては普通、家事が忙しいってかそれ含めて妻の務めだから
      今でも田舎のお年寄り夫婦とか現代の感覚からすると女中さん?って間違うくらいの夫婦いるから

      • 評価
      1. >>60
        ※23です。

        そうなんだ‼( ; ゜Д゜)驚きだ。体なんか自分で洗えばいいのに。赤ちゃんじゃあるまいし💧

        男が偉かったのは、自分の稼ぎで家族みんなを養ってたからだろうけど、
        甲斐性も無いクセに偉そうにする馬鹿夫もいたんじゃないかな?と思っています。

        • +5
        1. ※64
          自分は奥さんに体洗ってもらうとか嫌だけど、当時でも現代でもそれぞれ夫婦の形があるんだから、外野から偉そうにしてる、女中みたいって判定するのも違和感ありますけどね。

          • -4
  14. 今会社にボウネクタイで行ったら相当浮くだろうな。

    • +4
    1. ※24 1960年代の初めは蝶ネクタイが流行したことがあったんです

      • 評価
  15. 画像とは関係ないが、途中に流れる、坊やはよいこだねん寝しな、の尺八のレベルが高すぎる、誰の演奏だろう

    • +5
  16. これって海外製作の再現映像かなんかだっけ?
    うろ覚えで思い出せない・・・

    • +1
  17. 過去が良き時代に思えるのは、未来に希望を持てないからかもね。

    • +9
  18. 古き良き日本
    今みたいにチャラい若者がいない

    • -14
    1. ※31
      太陽族(『太陽の季節』ばりに無軌道で享楽的)だの
      カミナリ族(≒暴走族)だの
      みゆき族(街にブラブラたむろし不純異性交遊)だの
      フーテン族(ヒッピー系)だの、
      そういった連中が次々に現れていましてね…。

      • +19
  19. 登場する人のわざとらしさみたいなものは今も全然変わってないね
    映像制作関係の伝統みたいなもんかもしれないけど

    • +12
    1. ※34
      というより、当時はこういう撮影で普通に振る舞えるほうがおかしい。
      カメラは元より照明なんかの機材も今よりずっと大げさだったし、ハンディカメラで手軽に撮るようなわけにはいかないんだよ。

      • -1
  20. 家の前の道が舗装されてない。
    60年台前半は東京でもこんなもんだよね。
    この奥さん、上の子が高校生?大学生?ぽいから、まだアラフォーくらいかな?

    • +5
    1. ※35
      地方だけど、80年代後半でも住宅街の道路は簡易舗装が多かった…。

      • +1
  21. カワイコちゃんって女が男に対して使ってた言葉なのか笑
    初めて知ったわ

    • +11
  22. まだテレビに真空管回路が使われている機種が主流で、あと10年くらい経つと超音波リモコンが出てくる。
    大きな電気屋さんでは老朽化しつつある真空管チェッカーをおいている所もあった。
    そして、そろそろメインフレームが半導体回路になり始めるころだね。

    • +3
    1. >>37
      超音波!?赤外線ではなく!?へえ~

      • 評価
    2. >>37
      サンヨーのズバコン(超音波式)やね
      我が家に有ったで

      • 評価
  23. カワイコちゃんが年下の男性を指す言葉なのは知らなかった

    • +15
  24. 2019の現代人が思いを馳せる56年前と1963年の人が思いを馳せる56年前って全然感覚がちがうんだろうな…

    • +11
  25. サザエさんってまさにこの時代のこのクラスの家庭が舞台なんだな。
    庶民的な家庭って思ってる人多いけど、結構裕福な家庭だよ。
    この時代の庶民の家ってジャイアンの家みたいな長屋。

    • +16
    1. >>40
      長谷川町子さん。エエとこのお嬢かな?

      • 評価
  26. この時代でも都市部の若奥さんが日常着に着物ってないよなあ

    • +12
  27. なんか 賛否もあるみたい
    東京発のメディア発信だからかな
    この時あたりから既に テーブルの文化だっけ 関西は・・

    金八先生  どらえもん  ほか なんだろ 以外に「うる星やつら」あたりまでテーブルでない 

    道路  高速  街並み 雑踏 あたりでしょうか?感慨あるの 親の世代の若かりし頃が意外に 現代的で そこが 意外な共通項として新鮮なのかな  世代を違えても  例えば 若者論が一緒とか・・

    • -9
    1. >>42
      その奇妙なスペースが気になるのですが…
      ひとつ以上あけてますよね?

      • +1
  28. その時すでに テーブル文化でなかったっけ どらえもんとか 金八先生などの東京発のメディア発信だっけ?・・ 

    • +1
  29. この頃の子供はみんなカツオ、ワカメだな

    • +3
  30. ちょっとわざとらしい感じもあるけど当時の映像がこんな鮮明なカラーで残ってるという点では貴重だと思う
    ちなみに「東京での人々の様子」の冒頭で流れる曲が昔よく聞いた
    「Holiday in Japan」って日本の曲をアレンジしたアルバムの曲で懐かしい
    今もレコードが家にあるはず

    • +6
  31. 昔の映像を見るとほんとに不思議な気持ちになって、胸が締め付けられるなあ
    一人ひとりの人生とその軌跡を思うと・・・
    敏感な幼少期の世界が無限に広がっているような、逆に有限である儚さがあるかのような複雑な感覚を抱く。

    • +8
  32. マグマ大使やウルトラマンがリアルタイムで放送する数年前か映像の雰囲気もそれを彷彿とさせる感じだな

    • 評価
  33. 63年というとビートルズが海外では大旋風を巻き起こしてた頃で、日本にもギリ入って来始めた辺りかな?
    その前のベンチャーズなどによるエレキギターが流行っていたころですね。
    この翌年にはオリンピックの他にも、「ウルトラQ」の撮影が始まり、テレビ時代が本格的に訪れる前兆の頃。

    • +3
  34. 花咲き花散る宵も 銀座の柳の下で 略
    楽し都 恋の都 夢の楽園(パラダイス)よ 花の東京

    現に夢見る君の 神田は想い出の街 略
    楽し都 恋の都 夢の楽園(パラダイス)よ 花の東京

    明けても暮れても歌う ジャズの浅草行けば 略
    楽し都 恋の都 夢の楽園(パラダイス)よ 花の東京

    夜更けにひととき寄せて なまめく新宿駅の 略
    楽し都 恋の都 夢の楽園(パラダイス)よ 花の東京

    1930(昭和10)年代のヒット曲。
    戦後復興期の巷では「早く三十年代に戻りたい」と云われていたとか。
    軍国主義で真っ黒な時代だったはずなのにwww(皮肉ですよ、為念)

    • -6
    1. >>52
      蒲田行進曲のテーマソングだ。リメイクだったんだ。

      • +1
      1. ※58
        藤山一郎の『東京ラプソディー』だと思う。婆ちゃんが良く歌ってた。

        • +2
      2. ※58
        蒲田行進曲の元ネタは
        オペレッタ『放浪の王者』の劇中歌
        「Song of the Vagabonds」だよ。

        • 評価
  35. 戦後18年でここまでとは凄過ぎるわ
    2001年と今ではそんなに変わらないのに
    モーレツ18年と停滞18年の差よ

    • +6
  36. 町並みや服は案外いまと地続き感があるんだけど
    人の身長が低くない?あのビジネスパーソンたち、思春期のとき戦争で栄養状態悪かったのかなと。

    • +1
    1. ※61
      もちろん戦争の影響もあっただろうけど、
      戦前の日本人も背が低かった。
      タンパク質とか少なかったんじゃないかな。

      牛肉が安く食られるようになったのは、80年代後半くらいから?
      以前は何かを祝うときとか、ご褒美に食べる感じだったような。
      毎日食べるって感じではなかった。

      自分の親(戦中生まれ/農村育ち)だと、
      それこそ御祝いの時だけ飼ってる鶏を潰して食べるとかだったみたい。
      正月とか、収穫の祝とか。
      鶏を潰すって言葉がわからないかもしれないけどw

      • +3
  37. 志村けんと研ナオコの夫婦コントとかでも、ただいま~って入ってきて、カバンを受け取り、スーツの上着を脱がせてタンスにしまい、どかっと座った志村けんが、おい飯!ってナチュラルにやってたもんな。
    現代の感覚で旦那にやると思うと考えられないな。

    • +7
  38. 懐かしいけど、映画が山ほど撮られた時代だから、映像として希少かといえば微妙かも。

    • +2
  39. 21歳から見ると太古の昔に見える
    特に1個目の家庭は裕福家だからか知らないけど一つ一つの所作が大河ドラマのように綺麗、見習って行くべき

    • 評価
  40. この年代生まれだが、ちゃぶ台なつかしい。
    うちのおやじ酒癖悪く、星一徹みたいにちゃぶ台ひっくり返してたわ。

    • +2
  41. このコメント欄、カラパイア読者の年齢層が垣間見えて面白い

    • +6
  42. 都会だからってのもあると思うが20年も経たずにここまで復活するか
    地上戦のあったドイツとかはどうだったんだろ

    • 評価
  43. こんなもんNHKとか山ほど撮ってると思うけどな
    今は深夜の枠つぶしのミュージックボックスみたいのやってないのか

    • 評価
  44. よく見るとリーマンの服装とか今とあんまり変わらないね

    • 評価
  45. 1963年が56年前で有る事に何故かショックを受けた。

    • +2
  46. 一つ目動画
    一日中家にいられて晩飯も作らず出前の握りずしで和服着て生活できるのなら
    三つ指ついて夫を出迎えて赤子のように体を洗ってやって燗つけて酌するぐらい余裕でできるはwwwwwww

    • +1
  47. なんか、この時代に女性として生まれなくて良かったと思った。

    • 評価
  48. 計算尺を使っている動画初めて見た。 私の学生時代にはよく使ったものだ。
    この計算尺を私はまだ持っているが懐かしくて涙が出る。

    • 評価
  49. 計算尺を使っている動画初めて見た。 私の学生時代にはよく使ったものだ。
    この計算尺を私はまだ持っているが懐かしくて涙が出る。

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